第一章 01
石造りの王宮の広間で、吟遊詩人が歌を歌っている。
石造りの王宮は壮麗だったが、かといって過度な装飾が施されているわけではなかった。
広間の端で控えている男は、中央で歌う吟遊詩人を眺める。男のほとんどボロ同然の服と比べると、彼の服はずいぶん小綺麗だった。彼が言うには、今歌っているのは、正面の玉座に座している“焔姫”の歌だという。だが、男にはその歌はありきたりに感じられた。言ってしまえば、多くの吟遊詩人たちが歌う曲の単なる替え歌に過ぎないのではないかとさえ思えてくる。そして恐らく、それは正しい。
広間には男と目の前の吟遊詩人を除いて、王宮の人々が十数人ほど集まっていた。
玉座にいる焔姫の他は、この国の宰相や大臣、そして王宮内の侍従たちだ。焔姫は何の頓着もなく玉座に座しているが、実際のところ、焔姫が国王ではないのだという。男がこの都市国家に訪れてからまもなく聞いた話では、どうやら焔姫は国王の一人娘らしい。
齢は二十歳頃だろうか。結婚の適齢期はとっくに過ぎているが、まだ独身なのだという。街の人々の噂では「夫に迎えるなら自分より強くなければ認めん」と公言しているそうだ。が、誰一人として焔姫に勝つ事が出来ないのだという。隣国の将軍達が焔姫に決闘を申し込んで、片っ端から返り討ちにあっているという話は、男には流石に眉唾もののうわさ話にしか思えなかった。
今この場には国王はいないが、だからといって妙齢であろう焔姫が不遜にも玉座に座していいとは男には思えなかった。ところが、広間にいる誰一人として、その焔姫の振舞いをたしなめるものはいない。
そもそも、それ以前に王宮にいる他の人々はほとんど何も言おうとしなかった。時折ひそひそと隣同士で言葉を交わしているようだが、それ以上に大きな声は出さない。彼らも焔姫が恐ろしいのだろうか、と男は思った。
しかし、それもしょうがないのかもしれない。目の前の吟遊詩人は実に十五人目で、何を隠そう男は十六人目にあたるのだが、それまでの十四人は演奏を始めてまもなく、全員が焔姫によって追い払われている。
「やめよ。汝の歌は聞くに耐えん」
吟遊詩人が凍りついて、演奏をやめてしまう。無理もなかった。それは、彼を含めた十五人の中でもっとも厳しい弾劾だったからだ。
焔姫の言動は粗野で、他人への思いやりなどはほとんど感じられない。
「姫様。わたくしは姫様の事を――」
「ほう。ならば教えて欲しいのじゃが、汝はいつどこで余の事を知ったのじゃ? 先ほどの話では確かこの国にやってきたのは三日前で、お初にお目にかかりますなどという言葉を信じれば余に会った事さえなかったはずじゃ」
「それは――」
吟遊詩人は口ごもる。
「汝は、会った事もない余の一体何を知っておると言うのじゃ?」
吟遊詩人という職業は、即興での演奏をよく求められる。その場で歌詞を考えなければならない事も少なくない。そういう意味では、歌詞や曲調がありきたりになってしまったとはいえ、彼は自らの仕事をしっかりこなしたと言えなくもない。ただ、わがままな焔姫に気に入られる事は出来なかったが。
「……わたくしはこの数日、姫様の武勇伝の数多くを耳にする機会を賜り――」
深いため息をつく焔姫に、吟遊詩人はびくりと肩を震わせて口を閉ざす。
「吟遊詩人というものはどいつもこいつも、そのような薄っぺらな言い訳だけは口達者じゃな。呆れてものも言えん」
相手の心を鋭くえぐる物言いにも、周囲の人々は黙っている。焔姫に意見できるものは、ここには誰もいないようだった。
「姫様。も、もう一曲ご覧に入れましょう。わたくしの自慢の曲がございまして――」
「――ほう。つまり、先ほどの余のための歌とやらは自慢出来るほどの出来栄えではないと認めるのじゃな?」
自らの失言に、吟遊詩人の表情が固まった。
「け、決して……そのような」
「もうよい。汝も去るがよい」
焔姫は吟遊詩人を見ようともせず、つまらなそうに片手をひらひらと振って追い払う。
「姫様。今一度、今一度機会を……!」
それでもすがりつく吟遊詩人もたいしたものだ、などど男が考えていると、焔姫は玉座から立ち上がり、腰に下げた剣に手をかける。
吟遊詩人だけでなく、広間にいる者全員がぎょっとして緊迫した空気が流れた。
「この王宮から即刻立ち去るか、二度と歌など歌えないような身体になるか、どちらが望みじゃ?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる焔姫に、吟遊詩人はとりつくろうことも忘れ、慌てて広間から出ていってしまう。
「さて……」
再度ため息をついて玉座に座すと、焔姫は最後に残った男を見る。
「最後の一人のようじゃな。汝がこの国の宮廷楽師にふさわしいかどうか、余に示してみせよ」
たまたま立ち寄った国で、たまたま知った宮廷楽師の募集の報せ。男は立ち上がってかたわらの弦楽器をつかむと、玉座の焔姫を見上げて、そんなものに興味を示すべきではなかったのかもしれないな、などと考えずにはいられなかった。
焔姫 01 ※2次創作
第一話
というわけで、更新開始です。
今回は、第一章の全五話更新になります。基本的には章ごとの更新にしようかと思っていますが、第二章は早速全七話あるため、二回に分けようと思っています。
本文中に「結婚の適齢期はとっくに過ぎている」という文章がありますが、これは時代設定的な問題によります。細かく検証するとアラが見つかってしまうので明確にはしませんが、大ざっぱには時代や地理的状況も決めています。
今後の描写により、なんとなくは伝わるのではないかと思います。
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