いつもと変わらない朝―少なくとも、寝起き直後のマスターはそう思っていた。
「………なに、あれ?」
マスターの疑問に、返事をする者はいなかった…いや、出来なかった。テトはただ苦笑を浮かべ、リンは嬉々とした眼差しでレンに目を向けていた。当のレンはというと、部屋の隅で丸くなって落ち込んでいる様だった。頭にある猫耳は若干垂れ、尻尾からもその様子が見てとれた。
「え…レン、なんで猫耳と尻尾?コスプレ?」
「…………」
マスターの質問に、レンは何も答えない。ただひたすらに押し黙り、口を開こうとしなかった。疑問を感じたマスターが再度訪ねようとしたが、テトがそれを制止して口を開いた。
「マスター。レンくん、今は喋らないと思います」
「え、なんで?答えてくれないと、状況が把握できないんだけど…」
「あー…実は、その………」
「っ!テ、テトさん待つにゃ…あ」
テトの言葉を遮ろうとレンの口から出てきたのは、明らかに不自然な語尾。気付いて言葉を止めた時には、既に手遅れだった。部屋に長い沈黙が満ち、その中でレンが消え入りそうな声で呟いた。
「………もう殺してくれにゃ」
「私は可愛くていいと思うよ!」
目を輝かせるリンの言葉は、レンにとってはフォローにすらなっていなかった。彼女は本心で言っているため、なるはずもないわけで。
「………とりあえず、話を聞こうか」
マスターはそう言って、溜め息をこぼした。
*
「―――で…起きた時には、もうそうなってたんだよね?」
「うん、気がついたらにゃぜかこんにゃ事に………」
レンの腕にあるパネルとパソコンを繋ぎ、マスターが操作をしながら尋ねる。レンは相変わらず落ち込んでいて、それに弱々しく答えた…リンに抱えられながら。今の彼は猫耳と尻尾、それに口調だけでなく、身体も普段より一回りほど小さくなっていた。リンはそんなレンを腕に収め、とても満足そうだ。
「ウィルスの類なんですよね?なら、サービスセンターに連絡した方がいいのでは…」
「その必要はないと思うよ、危険性はないみたいだし」
「いや、してよ。僕はいい迷惑だにゃ」
「したとしても、どのみち対応には一週間くらいかかるよ?」
「そ、そんにゃ………」
レンは絶望したような声をあげ、表情は悲しみに沈む。彼にとって今の状況は、余程好ましくないようだ。
「私は暫く、このままでもいいよ。猫好きだし」
「僕は嫌にゃんだよ。言葉は変だし、耳とか尻尾とか邪魔にゃ…」
「あ、レンは犬派だっけ?」
「いや、好みの問題じゃにゃくて」
双子のやり取りをよそに、マスターはレンのパネルからケーブルを抜き取る。マウスを操作しながらコーヒーを口にして飲み、一息ついて口を開く。
「とりあえず害がないのは確かみたいだし、もう少し調べて見るから部屋で大人しくしてな」
「じゃあレン、私の部屋に行こうね」
「…とりあえず、降ろしてくれにゃいかな?」
「やーだ♪」
レンの提案を一蹴し、リンは彼を抱えたまま自室へと向かった。二階に上がったのを見届けたところで、テトはマスターに話しかける。
「リンちゃん、楽しそうでしたね」
「猫好きだからね。…まあ、別の理由もありそうだけど」
「…あるでしょうね」
テトは小さく笑い、マスターは苦笑を浮かべた。パソコンを操作する彼の隣に腰を降ろし、自分の分のカップに口を付ける。
「猫耳、か。まあ、愉快犯なんだろうけど………」
「…どうかしましたか?」
「いや…俺としては、リンかテトさんに付いて欲しかったなと思って」
「マスター…いっぺん死ねば、その思考は正常になりますか?」
「さあ?どうだろうね」
テトの睨むような視線と言葉を受け流しながら、マスターはマウスを操作した。
*
一方リンの部屋ではベッドに腰掛けレンを膝にのせ、上機嫌なリンの姿があった。抱えられているレンの表情からは、どこか疲れの色が見える。
「…リン、そろそろ降ろしてくれにゃい?」
「別にいいでしょ、減るもんでもないし」
「それはそうにゃんだけど…って、あんまり耳いじらにゃいで」
リンが耳を撫でたりくすぐったりすると、レンは頭を振って些細な抵抗をした。しかし今度は尻尾に手をかけ、黒い毛並みの感触を指で堪能する。それにレンが身体を僅かに震わせ、小さく声を漏らした。
「あ、ごめん。痛かった?」
「痛くはにゃいけど…ちょっとくすぐったいにゃ」
リンは耳と尻尾から手を離し、何かを数秒考えレンの手首を掴む。そしておもむろにレンの手のひらを、親指でまんべんなく圧迫し始めた。
「リン?」
「………肉球」
「にゃいもんはにゃいよ」
この上なく残念そうなリンに、呆れたように言葉を返す。ひとしきりそうした後リンは両腕で、いつもより小柄なレンの身体を包むように抱きしめた。
「レンの身体、いつもより温かい気がする」
「そうかにゃ?自分ではよく分からにゃいけど」
既にリンからの行為に対して抵抗を諦めてるらしく、レンはされるがままになる。しかし彼自身も嫌な訳ではないようで、リンから伝わる温もりに自然とその頬は緩んでいた。リンは唐突にベッドの上に寝転がり、再びレンの耳をいじり始めた。
「…うん、やっぱり可愛い」
「そう言われても嬉しくにゃいにゃ…」
「私もちょっと欲しくなったかも…いいなぁ、猫耳」
「あげれるならあげたいにゃ」
リンが本気で羨ましそうに言って、猫耳をいじり続ける。レンからしてみれば現状は煩わしく、男のプライド的に不満を感じずにはいられなかった。
「そう嫌がらなくてもいいじゃない、似合ってるよ?」
「この上にゃく嬉しくにゃい誉め言葉だにゃ…」
そう言ってふてくされた顔をするレンに、リンはたまらず抱きしめる力を強める。今の彼の一挙一動はリンにとって、可愛くて見えて仕方ないようだ。
「こうしてるとさ、私がちゃんとお姉さんに見えるね」
(あんまり変わってにゃい気がするにゃぁ…)
笑うリンの言葉に対して、レンは心の中で呟く。それを知らないリンは、そのまま言葉を続けた。
「私お姉さんなのに、いつもレンに頼ってばかりだからさ…今日くらい、お姉さんらしい事してあげたいの」
先程とは違って、リンの声はとても静かだった。彼女の腕に収まって黙っていたレンが口を開いて言った。
「…リンは馬鹿だにゃ」
「なっ…!?」
予想だにしてなかった弟の言葉に、リンが声を詰まらせる。その後には僅かに怒った様子で、レンに言い返した。
「馬鹿ってなによ!これでも真剣に…」
「だからそんにゃ事、気にする必要はにゃいよ」
リンの怒りに、レンはやや呆れたように答える。それでもその声は、どこか優しげに響いた。
「リンはリンだし、僕は僕にゃ。姉とか弟とか…上とか下とか、関係にゃいんだよ。僕たちは二人で一つにゃんだから」
「レン………」
「それに僕だって、リンには沢山助けられてるにゃ…感謝してるにゃ」
レンは自分を抱きしめる腕に、優しく手を添えた。自分の気持ちを言葉だけでなく、行動でも示すかのように。リンはレンの頭に額を当て、返事をした。
「…ありがとう、レン」
「こっちこそ…いつもありがとうにゃ、リン」
「うん…語尾のせいで、イマイチ締まらないね」
「…一言余計にゃ」
レンは溜め息をこぼし、リンは小さく笑う。ひとしきり笑ったリンが、腕の拘束を解こうと力を抜く。しかしその腕を掴む事で、レンがそれを阻止した。リンはレンの行動に、疑問を抱く。
「レン?」
「…お姉さんらしい事してくれるにゃら、今日は少し甘えてみるかにゃ」
腕を掴むレンの手に、少しばかり力が込められる。リンがよく見てみると、彼の顔に赤みが増していた。
「も、もう少しだけ…こうしてて欲しいにゃ………」
「…うん、分かった♪」
とても嬉しそうに返事をして、リンはレンの向きをくるりと自分の方へと向けた。突然の向かい合わせに驚くレンを、逃がさないように身体をしっかりと拘束する。
「リ、リンちょっ…!?」
「お姉さんらしい事、させてくれるんでしょ?」
「…あーもう、好きにするにゃ」
遠慮なく抱き締められながら、レンは羞恥を誤魔化すように目を瞑る。視界を閉じた事で、不思議と他の感覚が敏感になる気がした。触れ合う肌から伝わるリンの鼓動と温もりが、先程と比べより強く感じられたから。それがとても心地よくて、レンは自然と意識を委ねた。
(たまにはこういうのも悪くにゃい)
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