「あー、暑いー…」


夏。

先日日本列島を直撃した台風は、この地域に何日も大雨を降らせた。
その時に作ったてるてる坊主が、今はもうすっかり晴れた窓際に風鈴のように揺れる。


「…すいか食べよう」


部屋の冷蔵庫から1/4カットのすいかを取り出し、キッチンまで行って切って(一つはゆかりん用に小さく)、お皿に乗せて部屋に戻った。

先日しるるさんからもらった、羽のない扇風機を首振りで点けているのだが…羽がないと扇風機という感じがしないのは私だけだろうか。
「ワレワレハウチュウジンダー」をやりたいのは私がまだ子供だからだろうか。
夏の風物詩だよね？


数ヶ月前に我が家にやってきたちびゆかりんだって暑さには弱いのだろう。
さっきだって羽のない扇風機の中心で遊んでた…

……あれ？


「ゆかりん、いない」


ゆかりん失踪。



＊



うちのちびゆかりんは誰に似たのか、よく失踪するうえに、神出鬼没だ。
気づいたときにはもういなかったり、もういたり。
さらに鍵をかけて出たはずの部屋にいつの間にか入っていたりするので、ピッキングまでできるらしい。
この三ヶ月で余計なことを覚えたようだ。


よく失踪する我が家の妖精は、その身体には広すぎるかなりあ荘内の冒険が大好きらしい。
よく共有リビングにいたり、廊下をてとてと走り回ったり、割とみんながいる場所に勝手にいるのだ。

だがちびゆかりんは他のちびボカロに比べて一回り身体が小さい。
だから見つかりにくいらしく、今まででちびゆかりんを見たことがあるのは私、一緒にちびるぅちゃんを作ってもらったちずさん、それを作ったネルちゃん、そのネルちゃんを(存在的に)作ったターンドッグさん、そして管理人のしるるさんの5人。

事実、先日はずぶ濡れで部屋に帰ってきた。
ゆかりんの話によると、「とてとてしてたら、ふわってして、ぬるいうみに、どぼーんしたの」。
要するに歩いていたら急に身体が浮いて、共有お風呂(ぬるま湯)にドボンだったそうだが……
どこをどう歩いたらお風呂にドボンなんだろう。まさか水道管とかに入り込んでるんじゃないだろうな。
とにかく目撃されないのが不思議なくらいかなりあ荘を歩き回るのだ。




「ゆかりーん」


そんなわけで、探すのが混乱な妖精を探すということに。
そういえば、ゆかりんと初めて会った日も同じことがあったっけ。

バスケットを部屋に置いて、共有キッチンでりんごをむいてきて、それを持って部屋に戻ったらこつぜんと姿を消してたんだよね。
それでさんざん探し回ったら、しるるさんが「この子どうしたの？」ってつまみ上げてたんだっけ。
「さっきネルちゃんに作ってもらったんです、ありがとうございます」って言って部屋に戻って、
冷蔵庫に入れてたりんごを一緒に食べたんだよね。
マカロンのサイズに切ったりんごをすごく美味しそうに食べてたっけ。


その後の自己紹介も大変だったなあ。


「私はね、ゆるりーだよ」
「ゆうりー？」
「ゆるりー」
「ゆるるー？」
「…ゆ、る、りー」
「ゆ、る、りー！」
「そう。さ、私はだあれ？」
「ゆるなんど！」
「！？Σ（゜д゜lll）」


ゆるるだとしるるさんと被っちゃうし、ゆうりは別人だし。
ゆるりーだと「るり」の発音が難しいらしい。


「…もう好きに呼んでいいよ(ゆるなんどに吹いた)」
「ゆるねえ！」


なんだかんだで、「ゆるねえ」に落ち着いたのだが。



その後しばらく過ごして、あまり喋らないおとなしい子にも関わらず、好奇心は誰よりも旺盛だってこともわかったけど。
ちなみにマカロンクッションがお気に召したらしく、部屋ではそこでもふもふして遊んでいたり、
それをベッドにしてめーちゃんの服の切れ端を布団にしたりしている。
もふもふしたがるのは私に似たようだ。






「ふみゃああああああああ離れなさーーーーい！」


思い出に浸っていると、二階からどっぐちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
ターンドッグさんの部屋をノックして開けると、そこにはどっぐちゃんの頭に乗ってもふもふしてるゆかりんと、目を丸くしているターンドッグさんがいた。



「ゆかりんここにいたんですか？」
「いや、俺にもさっぱりだ。どっぐちゃんの叫び声がしたと思ったら、急にそこに現れたんだ」


どうやらまた変な道を歩いてきたらしく、ここに着いたのはつい先ほどのようだ。
それでどっぐちゃんという最高にもふもふした可愛い子がいたから飛びついた、と。
…ああ、私にそっくりだ。


「その前にこいつ離しなさいよー！」
「こいつ…？」
「なんだかゆるりーがいつもより黒く見える！？ううう、とにかく早くうううう」


どっぐちゃんをジト目で見ながらゆかりんを引っぺがす。
ゆかりんをこいつ呼ばわりなんて、いくらどっぐちゃんでも許さないぜ？

ゆかりんが私の袖をくいくい引っ張る。
そしてどっぐちゃんを指差している。


「わんちゃん、おはなしするの？」


わんちゃん＝喋る
…違うよ！？


「あの子は特殊なの」
「もふもふ！」
「そうだねーもふもふしてるねーしたいねー」




数分後。
なんやかんやあってターンドッグさんの部屋を出たら、清花ちゃんがいた。
…なんで私のシルルスコープは勝手に丁度いいタイミングで着くんだ？
と思ったら私の髪のあたりをぺしぺししている小さい子が私の肩にいた。ああ、ゆかりんだったのか。


「清花ちゃん、こんにちは」
「こんにちはゆるりーさん。…あの、その子は？」
「ちびゆかりんだよ。ネルちゃんに作ってもらったの」
「昨日、しるるさんも同じこと言ってました。…可愛いですね」
「でしょ～」


ゆかりんは清花ちゃんを興味深そうに見ている。
そういえば、ちびボカロには清花ちゃんが見えるって、昨日しるるさんに聞いたっけ。


「ゆかりん、清花ちゃんだよ」
「きよか？」
「そう。清花ちゃん」
「きよねえ！」


お姉ちゃんと呼ばれたことが嬉しいのか、「清姉…！」と清花ちゃんは目をキラキラさせていた。


「触ってみる？」
「はい！」


即答する清花ちゃんの右手にゆかりんをちょこんと乗せ、左手は私がしっかり握る。


「わあ可愛い…妖精さんですね…」
「でしょでしょ～」
「…あれ？ゆるりーさん、私の手…」
「そう、私、触れるよ。清花ちゃんの手、ひんやりして気持ちいいね」
「そ、そうですか？」


そういえば清花ちゃんはしるるさん以外には触れたことないんだっけ。




その後。私の部屋で、清花ちゃんとゆかりんと私で、美味しく涼しくすいかを食べた。
ちなみに種は食べた。味はしなかった。