【カイト】


 ミクと過ごす時間は幸せで、そしてあっという間に過ぎていく。
 毎日のように会い、話し、歌う。
 それだけで、この上なく幸せな時間だった。
 けれど、緑の国を経つ時は日に日に迫ってくる。
 養父が俺とミクのことを見逃してくれているのも、その間だけ。幸せな時など、本当に一瞬で過ぎ去っていく。
 気がつけば、もう翌日。
 このまま此処に、ミクと共に居たい。
 そうは思っても、父も完全に納得した訳ではなく、それに、俺には他にもつけなければいけないケジメがある。自分のしてきた事をそのまま放り投げて無責任に幸せに浸ることは、出来ない。


 高台にある木の根元で二人腰掛けながら手を握る。
「明日、行っちゃうんですね」
 寂しそうなミクの声が、胸に刺さる。
 行きたくない、俺だって、ずっと傍に居たい。
 俺の隙間を埋めてくれる人、一時だって離れて居たくは無いけれど。
「うん、行かないと、いけない。父さんにだって、まだ完全に納得してもらった訳じゃない。それに、他にも……色々と伝えなければいけない人がいるから」
「解かってます、解かってるんです、でも…」
 その温もりを、一度知ってしまえば、離れ難い。
 悲しそうな顔を見たくなくて、抱きしめる。その温もりを、暫く感じる事が出来なくなるのかと思えば、尚更抱きしめる腕は強くなる。
「今度、緑の国に来るまでに、父さんや、色んな人達を、絶対納得させてくる。必ず。だから、その時は、ずっと一緒に居よう。もう、離れないでいいように、ずっと…」
「カイトさん…」
「約束するよ。必ず戻ってきて、今度はもう、離れない」
 ミクが俺の背中に手を回し、すがり付いてくる。
 寂しい。でも、この程度の別れで辛いだなんて言ってはいられない。俺はこれからもっと、多くの人を傷つけに行くことになるのだから。
 今まで育ててくれた養父や養母、曖昧な態度を取り続けてきた貴族の子女たち。青の王城にも、報告に行かない訳には行かないだろう。
「約束、ですよ…?絶対」
「うん、絶対だ」
 何もかも、ちゃんとケジメをつけて、戻ってくる。
 必ず。



 そう、約束した。
 行く先々で、色んな人に謝った。
 頭を下げた。
 俺の心は彼女のものだと、そう告げて、色んな人を泣かせて、その悲しみが降り積もっていくようで。恨み言をぶつけられたりもした、悲しみを隠さず泣きじゃくった人も居た。
 それでも、幸せに、と言ってくれた人も居た。
 そうして、降り積もっていく何かが、俺が今まで犯してきた罪であり、これから背負っていかなければいけないものなんだろう。
 そして何よりも。
 黄の国に居る、リン王女のことが気がかりだった。
 噂が広まっていることは、色んな人に会う過程で解かったことだった。会うことを拒絶した人も居た。直接会わないまま、別れの言葉を伝えるだけのこともあった。
 だけど、彼女に関してだけは。
 直接会って、伝えなくてはならない。
 噂を知らない訳は無いだろうと思った。会うのを拒まれるだろうとも思った。それでも会わなければいけない、と。
 彼女は、本来とても頭が良い。思いやりもちゃんと持っている。
 ただし直情的な傾向があり、視野が狭い。
 思い込んだら突き進んでしまうところがあるのが、危険だ。
 そして、悲しむ顔も、何もかも、全部己の中に焼き付けて戒めねばならない。それが、自分の責任だと、そう思う。
 無駄に傷つけてしまった、責任。
 解かっているから尚更、直接会わなければならない。
 しかし、予想通りとでも言えば良いのか。
 親子共々門前払いだ。
 いつもは黄の国に来れば城に泊まって行くようにと言い、ご機嫌な笑顔で迎えてくれていたけれど。それも、今は無い。当然と言えば当然で、それが傷つけた代償ならば、まだ安いものではあるけれど。
 養父は溜息を吐き、けれど文句を言うことは無かった。恐らく解かりきっていたことだからだろう。ルカもまた、何も言わない。ただ、他の者達と宿の手配をしに行った。
 俺は暫く門の前に立ち尽くし、恐らく正攻法では駄目なのだろう、と息を吐いた。
 門番はただ王女の言うことを聞くだけだ。
 それにいくら掛け合ったところでどうしようもない。
 一度引くべきなのだろう。他の方法を探さなければ。それに、この国には他にも会わねばならない貴族の子女も沢山居るのだから。


 その後も毎日のように城門に向かい、王女との面会を申し出るが、頑なに断られ続ける。
 このままこうしていても埒が明かない、というのは最初から解かっているのだけれど、他に良い方法も思い浮かばない。
 雨の季節へと移った今は、毎日のように曇天で、現在の自分の状況を表しているかのように思えた。勿論、今日も城門で門前払いを食らったところだ。
 溜息を吐き、黄の王城を見上げる。
 深い堀と、高い城壁に守られ、町全体を見下ろすかのように建っている。
 曇天の灰色の背景のせいか、常よりも重苦しい雰囲気を纏っている気がするのは、思い込みだろうか。
 見上げていても、どうしようもない。それが解かっていても立ち去ることが出来ずに居た。黄の国に居られる時間もまた限られている。その間に、何としてでも王女に面会したい。
 ぽつぽつと雨が降り出す。
 この雨は、一体誰の涙だろう。リン王女のか、それとも、この国の人々のものか。
 次第に雨脚が強くなり始めるが、矢張りそこから動けない。
 この季節の雨ならば濡れたところでそうそう風邪もひかないだろう。
 それよりも、何とかリン王女に会う方法を考えなければいけない。
 城に忍び込む?
 無理だ、城壁を越えていくのは流石に無理があるし、裏門だって兵士が居る。
 手紙も送ってみたが、返事は返ってこない。
 どうしようもないのか。
 涙が見たい訳じゃない。傷つけたい訳もない。それなのにどうして、俺は人を傷つけてばかりいるのだろうか。どうして、こうなってしまうのか。
 重い溜息を吐いた。
「カイト……さん?」
 声を掛けられ、そちらを見ればよく知った金色の髪の少年が目に入った。
「久しぶりだね、レンくん」
「はい……それにしても、ずぶ濡れですね」
「ああ、うん。傘を持ってなくてね」
「毎日のように、リンに会いたいと懇願に来ているのは知っています」
 レンくんの表情が沈む。
 リン王女の一番近くに居る彼なら、彼女が今どうしているのかも知っているだろうか。
「会わせて、貰うことは出来ないかな」
「……とりあえず、裏門の方に来てください。拭くものぐらいでしたらお貸ししますから」
 レンくんが先導するように歩くのについていく。
 裏門に行き、そこの兵士と二言三言会話して、それから俺を促して中に入る。
 雨で体が冷えていたせいだろうか、ふわりと、温かい空気が身を包んだ気がした。
 裏門から入るのは初めてで、ついつい辺りを見回してしまう。石壁に狭い廊下。あくまでも使用人たちが出入りするための場所だということだろう。いくつかドアが立ち並ぶが、そのどれもが質素な様子で、ここは城の裏側、舞台裏なのだと主張しているようだ。
 レンくんはその中の一つを開け、中に入る。俺も後に続いて入れば、中は質素で狭い部屋だった。物も余り多くない。
 恐らく、此処が使用人としてのレンくんの部屋なのだろう。
 レンくんは小さな箪笥の中からタオルを取り出し、渡してくれる。有り難くそれを受け取って、髪を拭く。
「すみません、僕の服ではカイトさんには小さいだろうから、お貸しすることが出来なくて」
「いや、これだけでも十分だよ。有難う」
 申し訳無さそうな顔を浮かべるレンくんに笑みを浮かべて礼を言えば、表情はすっと真剣な顔になる。此処まで来て、何も話さないで帰る訳にはいかないのは、彼とて解かっているのだろう。
「……リン王女には、どうしても会えないのかな」
「駄目です、最近は本当に閉じこもってしまっていて…」
 レンくんが沈んだ表情を見せる。
 彼も辛いのだろう。いつもリン王女の傍に居て、彼女の幸せを願っていたのだから。
「ほんの少しでも良い。ちゃんと話しがしたいんだ。君なら、彼女を説得出来るんじゃないのかい?」
 レンくんはゆっくりと首を横に振る。
「最近は、僕とも会ってくれません」
「……どうして」
「僕が……リンにカイトさんとミクさんのことを、隠していたから」
「……そう」
 隠していたというよりは、言えなかったのだろう。
 リン王女が傷つくことが解かっていたから。
 一番悪いのは、俺だ。
 曖昧な態度のままで居た、俺だ。
 だからこそ、ケジメをつけなければいけない。
「せめて、部屋の前まで連れて行ってくれるだけでもいい。それ以上何もしなくても。だから、少しでも、リン王女と話すことは出来ないかな」
「そうして……」
「レンくん?」
「そうして、もっとリンを泣かせるんですか?傷つけるんですか?」
「違う。ちゃんと話さなきゃいけないんだ。このままじゃ、駄目だということは君だって解かってるだろう。話がしたい、話さなければいけないことがあるんだ、リン王女にも、君にも」
「違わない!結局あなたが帰った後にリンは泣くんだ!僕はもう、リンの泣き顔は見たくない!!」
 今の、リン王女がどんな状態なのか、俺には想像することしか出来ない。
 だけど、レンくんはそれを目の当たりにしたのだろう。そして、自分も深く傷ついて、彼女の泣き顔に傷ついて。
 これ以上泣いて欲しくない、そう思う気持ちが、解からない訳じゃない。
 それでも。
 解かっていも、俺は来たんだから。来なくては、いけないと。
「俺の口から、ちゃんと伝えなくちゃいけない。ちゃんと謝りたいんだ」
「帰って、帰ってください!」
「レンくん」
「僕だって、あなたに伝えて欲しかった!あなたの口から伝えて欲しかった!でも、リンは知ってしまったんです、噂で、最悪の形で!これ以上あなたが何を言ったって、リンの傷が浅くなる訳じゃない、帰ってください!!」
 レンくんは、今まで見たことがないほどに激昂し、目尻に涙をためて俺を部屋から押し出した。
 これ以上、無理に彼に頼むことは出来ない、か。
 傷つけたい訳じゃない、悲しませたい訳じゃない。
 それなのに、どうしてこうなってしまうんだろう。
「レンくん」
 体格差があるから、いくらレンくんが俺を押し返そうと、追い返そうとしても、踏みとどまることは出来る。でも、無理矢理此処に留まったとして、何が進展するとも思えない。
 ただ、呼びかける。
 その呼びかけに、レンくんはぴたりと俺を押し返す腕を止めた。
「ごめん」
「……謝らないでください」
 俯き、表情が見えないけれど、声が震えているのが解かる。
 彼もどれだけ泣きたいのか。片割れの少女が傷つき、泣いているのを、自分のことのように受け止める。そんな彼も、きっと大声で泣き出してしまいたいに違いないのに、必死にそれを堪えている。
 震える肩に手を置く。
「……せめて、これだけは伝えてくれないかな」
「何でしょう」
 ゆっくりと顔をあげて見据えてくる。
 泣きそうな表情で、唇を噛み締めて、それでも俺の方を見て。彼の強さは、尊い、と思う。
「『申し訳ありません』と、それから『私を憎んでくれて構いません』と」
 他の何を憎むより、恨むより、俺を恨んでくれた方が何倍もマシだと思う。怒られても、詰られても。殺されてもそれは、俺の自業自得だろう。
 それに何より、何かを憎むことが出来たほうが、リン王女の気持ちもまだ、少しは上向くかもしれない。内に引きこもるよりは、ずっと、マシだろう。
 レンくんは、はっとしたような表情を浮かべ、それからまたくしゃりと顔を歪める。
「お願いできるかな」
「……はい」
 こくりと頷いたのを確認して、笑みを浮かべる。
「有難う」
「いえ、こちらこそ、すみません」
「じゃあ、俺は戻るよ」
「はい」
 レンくんが、深々と頭を下げるのに対し、首を横に振る。
 タオルを返して、俺は再び裏門から城の外に出た。
 雨はもう上がっていて、薄いやわからな光が町に差し込んでいた。

 仕方が無い。
 今は、これ以上は無理なんだろう。
 もう少し彼女が落ち着くまで、この国に居る事が出来ればいいが、大口の取引先でもあるリン王女があの状態では、現在この国で商売をするのは父としてもやり難いのだろう。
 恐らくすぐに移動することになる。
 これ以上は、待つことも出来ない。
 それでも、また次に来た時は。
 その時はちゃんと、話すことが出来るだろうか。
 落ち着いていると良い。
 今は、そう願うしかないのかも知れない。
 レンくんですらあそこまで不安定だというのなら、リン王女はそれ以上だろう。
 溜息を抑えられず、空を見上げる。
 次に会うときには全てケジメをつけよう。そう、思っていたけれど。どうやらそうも行かないようだ。それでも、次はミクと共に、この国に来ても良い。
 傷つけても。
 それでも。
 笑っていて欲しいと思うのは、傲慢なのだろうか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第二十一話【カイミクメイン】

カイト視点です。
本当に幸せを手に入れるためには、ケジメをつけなければいけない。
でも、そう簡単につけられるケジメなら、必要ない。
そして、努力や誠意が実るとも限らない。

またカイトが鬱々状態に入ってきてますが、ご容赦ください。

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閲覧数:631

投稿日:2009/09/02 12:11:14

文字数:5,399文字

カテゴリ:小説

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  • 甘音

    甘音

    その他

    こんにちは。
    いつも感想有難う御座います。

    確かにカイトは悪役向きじゃないですね。
    ただ、これまでカイトが相手をしてきたご令嬢たちは、カイトがどういう人か知ってますからね、いきなり悪役を演じたところで無意味だろうなとも思います。
    それならば、矢張りカイトらしく、誠実に謝罪を繰り返すしかないのです。憎むなら憎んでもいい、とカイト自身は思っているけれど、憎めなくしているのも彼自身ですね。
    レンはまだ14歳の男の子、現代に換算すればまだ中学生ですからね、未熟です、やっぱり。未熟でもそれでも、一生懸命な結果なので見守ってあげて欲しいです。

    いや、本気とか、はまあいいとして、「プロの犯行」は違いますよ!プロじゃないですよ!!
    とてもプロには敵いません!ww

    2009/09/30 11:02:14

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんばんわ~です。遅くなってすみません。
    すこしだけ余裕ができたので今日中に次のも読ませてもらいますね。

    カイトってつくづく悪人にはなれないなぁって思いました。むしろなにもせず悪役、つまりは完全なる憎まれ対象になればいいんだけど彼の誠実さがそれを拒んでしまっているし。ケジメをつけるつもりの謝罪だけど救われるのはたぶんカイトだけだと思う。誠実に謝られたら憎めないものですから。幸せになるためには過去を清算する必要があるのはわかってるけど、あまりにも大きすぎて担い続けるのは大変だと思うけど、ヒールを演ずるほうが周囲の人の傷は浅く済んだんだと思いました。素直に憎めるから。カイトにしてみればこれが正しいと思って行動してるんだろうけどね。
    レンも未熟なんですよね。リンが泣いている理由はレンにもあることは分かってると思う。でもどうしたらいいか分からなくて、ほとんど八つ当たりに近い感じでカイトに感情をぶつけているように思えました。

    ほんと「甘音さんの本気」ですね。「プロの犯行」でもよさそうなくらいすごい。
    一眠りしたら次のをよませてもらいます~ではでは

    2009/09/27 01:41:03

  • 甘音

    甘音

    その他

    こんばんは。
    すみません、ここで会わせたら話しが進みませんので…。うん、ごめん、レン。

    分岐点や選択肢はいつも無数に存在していますので。
    そして確かに此処は重要な分岐点だったはずなので。それでも、駄目なものは駄目なのです。
    レンもリンもまだ子供ですからね。レンなんかは勤めて理性的であろうとしていますが、内心は結構ぐちゃぐちゃだったりしますし。
    それが表に出るようになったぶん酷い、ということでしょう。
    そして何とかならないものか、と言われても……うん、此処まできたらはっきり言いましょう、なんともなりません!

    ちなみに「甘音の本気」なんてタグつけたら駄目ですよ、恥ずかしいから。
    次回も頑張ります。

    2009/09/05 09:36:09

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    レン! そこは会わせてあげなきゃダメだああああぁぁぁ……
    理性派のお前がなんてことだああああぁぁぁ……

    こんばんは、甘音さん。今回も読ませて頂きました。
    あ~……。何か今、大事な分岐点で選択肢を誤ってしまった瞬間を見たような思いです。
    そうか、レン。お前でもダメだったか。
    仕方ない、と言うしかないんですかね。何だかんだ言って、まだ少年ですもんね。と言うか、ここまで感情をむき出しにしたレンって、シリーズ初ですよね。そのぶん「そこまで重かったか」とシミジミしてしまいます。
    最後の「レンくんですらあそこまで不安定だというのなら、リン王女はそれ以上だろう」というくだりに、ものすごく不安を煽られます。確かに、あのレンですらこの有様なら、リンの心情は今どんな惨状を呈しているのやら……想像するだに空恐ろしいです。
    カイトが懺悔の巡礼に出て、ミクは一人で健気に待っているんでしょうね。この2人、ホントにいじらしいなぁ。毎回言ってますが、何とかならないものか、何とか……努力や誠意が実るとも限らない、それは事実なのですが。

    ん~、なんだかいよいよ「甘音さんの本気」が出てきた感じです。タグつけようかな……w
    たいへん感情移入しやすくて面白かったです。次も期待して待ってます!

    2009/09/03 22:22:01

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