「ねぇ、本当にこの格好で変じゃない?」
「変じゃないですって、心配しすぎですよ」
「だって、ご家族に変な印象もたれたらイヤだし……」
「大丈夫です、あの、メイコさんは、その、いつだって可愛いです」

かぁ、と染まる頬を見て、俺の頬も熱くなる。
「いい大人が二人で赤面しあっている様は見てるこっちが恥ずかしい」と悪友カップルに揶揄されたのは、果たしていつのことだったか。


卒業して半年。
東京に出て一応社会人と名の付く存在になってから、一日はあっという間に過ぎていく。すべてが目新しく、慣れていくだけで精一杯だった生活もようやく軌道に乗って、俺と彼女も二人でいることが自然になった。
音楽雑誌のライターの彼女と、映画の配給会社で働く俺。一緒に過ごす時間は夢見ていたより少なかったけれど、それでも遠距離でモーニングコールだけが頼りだったあの頃に比べれば格段に精神衛生は向上された。一年間のあの日々があったからこそ、会おうと思えばすぐ会える距離というのは、それだけで奇跡だと思えた。

お互いの家族に挨拶に行く、という話になったのは、自然な流れだったと思う。俺はまだ社会人一年目のぺーぺーだし、彼女もまだまだ駆け出しのライター。すぐにでも結婚、ということにはならなかったけれど、せめて自分の家族には紹介しておきたいということで二人の意見が一致した。「俺たち、いつか一緒になります」。そんな風に紹介できる相手と同じ気持ちで居られること。それはとても幸せなことだと俺たちはベッドで身を寄せあいながら笑った。
俺には彼女しか、彼女には俺しかいない。恋人同士なら当たり前のことかもしれなくても、随分長い間回り道をしてきた俺たちにはそんな些細な当たり前が大切な宝物だった。

そして、二人で休みを合わせた秋の連休。
俺たちは今日、私鉄とJRの交わるそこそこ賑わう地方都市に降り立った。ここは大学に入るまでの十八年間俺が生まれて育った場所だ。駅前にはおっさんもおばちゃんも元気な商店街が残っていて、遠くには街を見下ろす中国山脈の山並みがある。

まずは俺の実家へ、そして明日は彼女の実家へ赴く。――大切な人を、大切な人たちに紹介するために。
駅前で拾ったタクシーの窓から景色を物珍しそうに眺め、見たことのない名前のコンビニがあったとか交差点の名前がすごく長かっただとか、彼女はそんななんてことないことを大発見のように俺に伝えてくれる。可愛い彼女だねぇ、とタクシーの運転手にからかわれ、また二人して顔を赤くしているうちに、いつしか俺の実家の前へと到着した。

「……」
「そんなに緊張しないでください、皆メイコさんに会えるの楽しみにしてるんです」
「……ほんと?」
「本当です。……自慢じゃないですけど、俺が女の子家に連れてくるのなんて初めてなんですから」
「……そう、なんだ」
「だから、安心してください。メイコさんが笑っててくれた方が、俺は嬉しい」
「……うん」
繋いだ指先をきゅっと握って、彼女は大きく深呼吸をする。
よし、と気合いを入れた矢先、「……この服、ほんとに変じゃない?」という今日だけで三度目の質問に俺はうっかり吹き出してしまった。

「ただいまー」
「お、お邪魔します」
「おかえりなさい!」
リビングからひょこんと顔を出したのは妹のミク。エメラルドグリーンの長い髪を今日は高い位置で一つに括って、薄手のニットと、短めのデニムスカートを身につけている。現代っ子の妹はしょっちゅう髪型やら服を変えているため、最後に会った時と何がどう違うのか朴念仁の兄には分からない。
「いらっしゃいませ、おねえちゃん!」
兄に適当な出迎えをした後、ミクは一番の笑顔で彼女に向き直る。輝いた目でいきなり妙なことを言うんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
「……おまえなぁ、いくら何でもその呼び方は気が早すぎるだろ」
「いいじゃない、だって将来はおねえちゃんだもん。そんなことより早く紹介してよ」
「……父さんと母さんは?」
「二人で一緒にすき焼きの材料買いに行ってる」
「今かよ」
相変わらずマイペースな両親にため息が漏れた。いったい何のために到着する時間をメールしたのか。
「……まぁいいか。こちら、メイコさん。えーと、俺の、その、お付き合いしてる人」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「で、これが」
「これ?」
「……こちらが、妹のミク」
「よろしくお願いしまーす」
えへへ、と嬉しそうな笑顔を見せるミクに、彼女もようやく安心したように笑った。

「メイコさんはおにいちゃんの一個上なんですよね?」
リビングへ案内し、なぜか俺がお茶を淹れている間、ミクは興味津々といった様子で彼女の隣をキープしていた。相変わらずのちゃっかりぶりだ。
「うん、ミクちゃんはいくつ?」
「高二です!おにいちゃんと学年は五つ違いで」
「そうなんだ」
「メイコさんも歳の離れた弟さんと妹さんがいるんですよね」
「そうよ、よく知ってるね?」
「だっておにいちゃん、メイコさん連れてくるって電話してきた時ぺらぺら喋ってたもん」
「おい、人聞きの悪いことを言うな。おまえが根掘り葉掘り聞いてきたんだろうが」
「えー、だって途中で自分から暴露したじゃん、別に聞いてないのに」
「……おまえなぁ」
「あはは、二人、仲いいんだねぇ」

すっかり彼女に懐いたミクはアルバムを自分の部屋から持ってきて、俺の小さい頃の失敗談やら兄妹喧嘩をしたときの話やらを得意げに話して聞かせた。俺自身久しぶりに見る小さな頃の自分の姿。それを珍しそうに覗き込む彼女の横顔。笑顔が今とおんなじだね、と微笑む彼女の指が示す小さな俺は、バスケットボールを抱えて楽しそうに笑っていた。

自分の生まれ育った家に彼女がいる、というのは不思議な心地だった。嬉しいような、少し気恥ずかしいような。過去ごと俺のことを受け入れてもらっているようなくすぐったい気持ち。
ようやく帰って来た両親と一頻り挨拶をし終えて、俺の家族と、俺と彼女は晩飯を共にする。昔からめでたいことがあると、うちは必ずすき焼きだ。
「こいつは昔からぼんやりしててねぇ」「そうね、転んで血が出てても気付かないような子だったわね」「そのくせ気がつくとやたら痛がるヘタレなのよね」。示し合わせたかのように俺のことをこき下ろす両親とミクに、「ちょっとは褒めろよ!」と突っ込む俺。彼女はそんな俺たちを見てよく笑った。

「そういえば、メイコさんご家族は?」
――彼女の表情が少し変わったのは、母親の何気ない質問がきっかけだった。ほんの一瞬だけ固まった笑顔。それに気がついたのはきっと俺だけだったと思う。
「……ええっと」
歳の離れた弟妹がいるという話は聞いていた。思春期でナマイキなんだけど可愛いの、と姉の顔をしていた彼女の表情をよく覚えていて。
「母と、十歳下の双子の弟妹がいます。母は看護士をしていて、……父は数年前に病気で」
あら、という母親を最後に、言葉を探す食卓。
思わず息を呑むと、彼女と目が合った。形の良い眉がハの字に下がり、くしゃりと泣き笑いのような表情になって。
ごめんね、と彼女が小さな声で呟いたのが聞こえた。


 *


「……カイトくん、起きてる?」
薄暗い灯りの中、天井をぼんやり眺めていると、ベッドの下から彼女の声がした。はい、と吐息だけで返事をすると、控えめに布団から体を起こす音が続く。
「……ごめんね」
「どうして、謝るんですか」
「……言おう言おうと思ってたんだけど、タイミングが掴めなくって」
何の話、と聞かなくとも分かる。
ベッドにちょこんと頭と両手を乗せ、俺の返事を待たず彼女はもう一度ごめんと詫びた。
「……いえ、俺こそすみません。気付けなくて」
「ううん」
首を振ると髪がさらりと揺れる。香ったシャンプーはいつも彼女が使っているものではなく、俺の実家で使われているものだ。手を伸ばして頭を撫でると彼女が気持ちよさそうに目を閉じる。
「……お父さん、メイコさんがいくつの時に?」
「……十七歳。ミクちゃんと同じ歳の、冬」
「……」
「今でもまだ覚えてる。すっごく寒い日でね。ちょうど、弟と妹の誕生日の次の日だった」
メイコさんが十七歳、ということは弟さんと妹さんは七歳だったはずだ。セーラー服を着て、小さな双子と手を繋ぐ彼女の後ろ姿が目に浮かぶ。
「癌でね。二年くらい、ずっと母の病院に入院してて」
「……」
「ずっと抗ガン剤の副作用で苦しんでたんだけど、……もうやめようって自分で決めて、最期は眠るみたいに」
「……そう、だったんですか……」
おそらく彼女はその姿をずっと見てきたはずだ。テレビや本での知識しかないけれど、髪の毛が抜けたりひどい嘔吐を繰り返したりと抗ガン剤治療は副作用に苦しむ患者さんは多いという。
身近な家族の苦しむ姿を、彼女は、ずっと。
「……どんな、お父さんだったんですか」
ふと彼女の目が開いた。頭を撫でていた手をそのまま頬に持っていくと、そっと小さな手に包まれる。
「……優しくて真面目で、ちょっと抜けてて」
「……」
「自分がどんなに辛くても弱音なんか吐かないで、いつも笑って、家族のことを大事にしてくれた人」
「……」
「……ちょっとだけ、カイトくんに似てるかなぁ」
彼女が微笑むと胸がきゅうっと締め付けられた。
見たことなんかないくせに、幼い彼女が楽しそうにお父さんに抱き上げられてるところが思い浮かんで、鼻の奥がツンとする。
「……メイコさん」
「なぁに」
「……こっちに、来ませんか」
少し間があって、うん、と彼女が答えた。

俺の腕に吸い込まれるようにすっぽり収まった彼女を掻き抱く。鼻先に感じるシャンプーの香り。遠慮がちに俺の背中に回った腕の感触。これまで二十三年間を生き抜いてきた、彼女の形。
贅沢で、身の程知らずな願いかもしれない。けれど、もっと早く彼女と出会いたかったと切実に思う。
辛いことや悲しいことを肩代わりすることは出来なくても、せめてその涙を拭うことが出来たなら。
だって俺は、彼女を守るために生まれてきたのだ。

「……メイコさん」
「なぁに」
「俺、あなたを守ります」
「……え?」
「力不足かもしれないけど、ずっとずっと、守ります」
「………」
「ずっとずっと、一生かけて。あなたがもう泣かなくても済むように。……だから」
だから。
これからもずっと、俺の隣にいてください。

小さな頭が胸に押しつけられて、ぎゅっと背中の指先に力がこもり。
少しの沈黙のあと、はい、という返事が聞こえた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】ファミリア・ファミリア

※2011/11/19発行の同人誌『桜』の書き下ろし部分です※
完売して時間も経ったのでweb再録します。

【桜】
現パロカイメイ・大学時代の先輩後輩設定。純情派2人。

同人誌収録は以下(※加筆修正あり)
・『桜の頃に』(http://piapro.jp/t/PINh
・『モーニングコール』(http://piapro.jp/t/b3ua)
・『ファミリア・ファミリア』(これ)
同シリーズでweb掲載のみ
『恋扉桜』内『君へ続く道』(http://piapro.jp/t/cWNr

今回web再録する『ファミリア・ファミリア』は様々な経験を経て社会人になった2人が自分の家族にお互いを紹介する話です。カイトの妹でミク、めーちゃんの妹弟でリンレンが登場します。

お買い上げいただいた方、本当にありがとうございました!!

※前のバージョンで進みます

閲覧数:730

投稿日:2013/07/24 23:21:58

文字数:4,339文字

カテゴリ:小説

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