※鏡音が双子じゃないです。駄目な方はバックプリーズ。


視界の端でふと、動くものが見えた。
「あ、レン」
「ん?」
呼べばすぐ返ってくる優しい声。少し低くなっても、昔とちっとも変わらない温かさが何だか嬉しい。
思わず笑いそうになって、慌てて取り繕う。もちろん心の中だけで。
「ボタン、取れかかってる」
たった今レンが羽織ったブレザーの第二ボタン。擦り切れた白い紐が一本かろうじてボタンを引っ掛けて捕まえている状態だった。
「うわー、ギリギリだねえ」
今落ちてもおかしくない。こんな寸前で気づけるなんて運がいい。
いつ千切れるのかな、いつまでもつかな。そんなことを考えながら見つめていたら、落ちたのは上からの問いかけ一つ。
「…あー、リン、外してもいいか?」
…外す?ってことは。
「え、つけないの?」
顔を上げて首を傾げる。レンならボタン付けくらいすぐにでもやってしまうだろうに。
「無理。俺今、裁縫道具持ってねーし」
不意に浮かんだ小さな疑問は、すぐに返ってきた答えで納得として昇華された。
まあ、そりゃそうだよね。普通男の子が持ち歩くものでもないし。
でも、とまたボタンに視線を落とす。もし外したボタンを落としたらそっちの方が手間なんじゃなかろうか?
それならば。いいこと思いついた。
「ね、レン。つけてあげよっか?」
「…へ?」
あたしの妙案にレンは何故か引きつり顔で固まった。…この反応はあまり喜ばしくない。
「だーかーらー!あたしがレンのボタンつけてあげるって言ってるの」
「………え、お前が?」
…何だその間は。
「そーだよ、ほらちゃーんとソーイングセット常備してるもんね!」
だって女の子だし、と続けながら鞄から取り出したそれは、この間ミクちゃんとお出かけした時に買ったものだ。オレンジ色で描かれた花柄が可愛くて即決購入。使う機会あるのかなとは思っていたがどうやら大正解のようだ。ありがと、ミクちゃん。グッジョブ、あたし。
「…いや、持ってるなら貸してくれたらつけるし「駄ー目!」
レンのもごもごした文句は完全無視。それからにっこり笑えば、ほら。
目の前の幼馴染は溜息をつきながらも、脱いだブレザーを渡してくれる。
昔から変わらないこの反応が何だかくすぐったい。
「…大丈夫か?」「任せといて!」
ちょっと待っててね、と声をかけてあたしとレンは立ち上がった席にもう一度座り込んだ。

…一つ文句を言いたい。何でこんなに針穴は小さいの?
目を凝らして瞬きも忘れて、震える手元と小刻みに揺れる針に一点集中。あ、もう少しで通りそう。
「…リン、「ちょっと待って話しかけないでもう少しで通りそうだから!」
そう、今のあたしにレンの声を聞く余裕はこれっぽっちも存在してない。してないのに!
あたしの意識が微かに逸れた瞬間、糸はくにゃりと曲がって針穴を通らず綺麗な弧を描いた。
「あー!もう、レンが話しかけるから!」
もうこれで一体何回目?昔から細かい作業は嫌いだけど、こんな時は自分の不器用さを呪いたくなる。
「…リン」「何?!」
だから思わず出た声はかなり刺々しかった。ああ何当たってるんだろう、あたし。
けれどレンは特に気にする様子も無く。
「素直に糸通し使えば?」「………はい」
…親切なアドバイス、ありがとうございます。
何だか意地張るのも馬鹿らしくなって、言われた通りケースから糸通しを取り出した。
…それでも2回失敗した。…自分で自分に少しばかり失望した。

糸が通れば後はこっちのもの。何度も練習した動作はちゃんとあたしの体に染みついていた。
「…へえ、上手いな」
レンが驚いたように呟く。その反応が嬉しくて思わず笑みが零れた。
「ふふーん!でしょ?」
「ああ。昔底抜けのナップサック作った奴とは思えな痛っ!」「言うな!忘れろ!」
机の下で思いっきり蹴ってやった。目の前でレンの顔が机に落ちるがそんなの気にしない。
ちなみに『底抜けのナップサック』とは、小学生の時必死の思いで作ったナップサックが、荷物を入れて背負った瞬間底が抜けて中の物が地面に落ちたという、個人的に物凄く忘れたい思い出の一つだ。後でお母さんに頼んでこっそり修理してもらったので二度と破れなかった、けど重要な一回目を目撃してた唯一の人物、それがレンだ。
「そんな昔のこといい加減忘れてよね!…もおー…」
もう忘れてると思ってたのに。…いっそのこと記憶飛ばしてしまった方が早いんじゃなかろうか。…やらないけど。
しばらく文句を言い続けてたけど、手元に意識が集中するにつれてあたしの思考は心の深いところへ潜っていった。
針を通す。糸を引っ張る。
レンの、ブレザー。女のあたしのよりずっと大きい。多分羽織ったらあたしなんかすっぽり隠れてしまうだろう。昔は同じ大きさだったのにな。
針を通す。糸を引っ張る。
金色の、第二ボタン。そういえば卒業式にもらうのはこのボタンだよね、なんて考えてふと思った。
…レンは、卒業する時誰にこのボタンを渡すんだろう?
針を通す。糸を引っ張る。
昔どこかで聞いたことがある。繕うことは想いを込めることだと。
だったら、あたしは今何を思ってるんだろう?いつか誰かの手に渡るボタンを外れないように縫いつけている、あたしは。
針を通す。糸を引っ張る。
しん、と静まった教室の中。ちらりと目を動かしてレンを見る。頬杖をついたまま目の前の幼馴染みは黙って窓の外を見ていた。
ずきり、と胸の奥で痛みが走る。
すぐに伏せた眼の裏には、はっきりとさっきの残像が残っていた。
オレンジの光に影を作る横顔。いつもより彩度を増した金色の髪。
…そして、遠くずっと遠くを見つめる、光を映す翠の瞳。
「(…行かないで)」
ふっと浮かんだ泡のような言葉は、紛れもない心の声だった。
針を通す。糸を引っ張る。
レンの右腕には長い傷跡がある。目を凝らさなければ分からないほど薄くなった、…だけど確かに周囲の肌とは色の違う、手首から肘までを繋ぐ長い一本の線。
セーターの下に隠れているそれを、あたしは鮮明に思い出すことが出来る。
…何故ならそれはあたしのせいでついた傷だから。
針を通す。糸を引っ張る。
レンは忘れろと言う。俺は平気だから、リンが無事で良かったと。
…けれど忘れられない。忘れられるわけがない。
針を通す。糸を引っ張る。
ぴし、と腕を突き抜けていく衝撃。針を持つ手が一瞬止まる。
時々、あたしの腕には無いはずの傷が、思い出したように疼くことがある。
誰も知らない誰にも教えていない、心の中に隠した痛み。
だってこれはあたしの罪だから。レンを傷つけてレンに無理をさせて、…それでも助けてくれたことがただ嬉しくて、レンの言葉に安心してしまった自分が受けるべき戒めだ。
高校に入ってからレンは部活をしていない。中学の時あれだけ夢中にやっていたバスケも、傷が痛むからと今ではミニゲーム程度しかやらない。かわりに放課後はあたしの部活が終わるのを待ってくれている。教室で待ち合わせて一緒に帰るのだ。
クラスメイトには幼馴染だし家の方向一緒だしと言って適当にはぐらかしているが、本当は知ってる。
…レンがあたしを二度と危ない目に合わせまいとしての、行動だって。
今でも後悔しているんだろう。あの時一緒に帰らなかった自分を。
レンは何も悪くない。伝えたいはずの言葉は、声に出すことが出来ず胸の中でじりじりと重さを増すばかり。それでも言えないのだ。
…だって、もし伝えてしまったら、レンはあたしを待っていてくれるの?
痛みは消えない。レンの傍にいる時は一層強くなる。上手に息が出来なくなる。
それでも、部活を終えて教室のドアからこっそり覗き見る、レンの姿にいつも心が満たされるのだ。
ああ、何て卑怯なんだろう。レンの痛みを利用してまで、あたしはレンといたいと願っている。
だって、『幼馴染』故に許されたこの距離の心地よさを知ってしまった。…レンの隣に用意された空間が何にも代えがたいと気づいてしまった。
だから今も、あたしは何も言わずレンの優しさに甘えたまま。
針を通す。糸を引っ張る。
「(…本当、嫌な女の子だよね、あたし…)」
考えながらも動かしていた糸は、もうすっかり短くなってしまっていた。手早く玉止めをして糸を切ると、ボタンは確認するまでも無くしっかりと縫いつけられていた。
会心の出来。顔が綻んで心が少しだけ軽くなった。
「よし、完成ー!時間かかっちゃってごめんね!」
はい、とブレザーを手渡すと、レンは早速羽織ってボタンをじっと見つめる。
自分としては頑張ったのだが、どうだろう。
顔を上げたレンは、少し目を細めて柔らかく笑った。その表情に軽く心臓が跳ねる。
あたしの一番好きな笑顔。
「…いいじゃん。助かったよ、サンキュ」
ただのお礼なのに、馬鹿みたいに一瞬であたしの心は満たされてしまった。
嬉しい。圧倒的な感情が胸を支配していく。
「どういたしまして。ちょっとは見直したでしょ?」
「…ああ」
「また言ってくれたらいつでもやってあげるからね!」
立ち上がり胸を張って自信満々に言ってみる。…その裏に隠した本音には決して触れさせないように。
いつでもやってあげる。…だから、その距離にいてもいい?
けれど次の瞬間来たのは、レンの大きな手。そして髪をぐしゃぐしゃと掻き回された。
「よしよしうんうん偉い偉い」
あまりに突然だったからロクな防御も出来ず、あたしはレンのされるがままになった。
「ちょ…レン!髪の毛混ぜないで~!」
あたしの訴えも聞いてくれず、…しばらくしてレンが手を離したとき、頭の上で髪の毛が踊っているのが見なくとも分かった。
ぷっ、と小さな音がして、目の前の幼馴染の肩が震えだした。
「わ、笑わないでよっ!レンがしたんでしょ!」
「…い、いやあ、お前そっちの方が似合うんじゃないのか痛あ!」「酷い!」
正面から思い切り蹴ってやった。その部分を押さえてレンがうずくまったけど無視だ無視。
急いで鞄の中から鏡を取り出して確認する。…これは酷い。手櫛で手早く髪を整える。
人が朝苦労して直している癖毛を何だと思ってる。
「…もー、何なのレン。…人のこと子供扱いしないでよ」
よしよし、だなんてまるで子供みたいに。いじける心の片隅で、ほんの少し喜んでいる自分がいることに気づいた。
口では文句を言いつつも、久々に感じたレンの手の平は昔よりずっと硬くて大きくて…相変わらず温かくて、何でだろう、…涙が出そうだった。
『幼馴染』故に許される、幼い時から変わらないいつものじゃれ合い、のはずなのに。
ああ、何て優しくて温かくて、遠くて残酷な関係なんだろう。
「………あたし、そんなに子供にしか見えない?」
思わず漏れた言葉は、一体誰へ向けたものだったのだろう。
この関係がいつまでも続いて欲しいと願う自分と、…たった今縫いつけた金色のボタンが欲しいと願うもう1人の自分がせめぎ合う。
俯いた先に見えたあたしのボタンが、夕焼けの光で眩しいくらい輝いている。
…ああ、金色はレンの色だ。全然関係ないことが不意に頭に浮かんだ。
「…リン、」
背中から優しい声が聞こえた。あたしより低くて柔らかい、誰よりも好きな声。
ほら、ね。たった一言だけで、あたしの胸は太陽に照らされたみたいにぽかぽかになる。
だから、今のあたしに出来るのは。
「………なーんてねっ!」
とびっきりの笑顔で、いつもの『リン』に戻ることだった。
振り返った視線の先で、…何故かレンは手を伸ばしたまま固まっていた。
「レン、どうしたの?手伸ばしたりなんかして」
「え、いや、その」
さっと手を引っ込めて急にしどろもどろし出す目の前の幼馴染。何でだろ、若干目が泳いでるような?
長い長い沈黙の後、レンが不意にぼそりと呟いた。
「……………ゴミついてる」
「え、やだ。どこ?」
「…あ、飛んでった」
「え、そう?ならいいけど」
上げかけた腕を下ろすと、レンの深い深い溜息が低く耳に響いた。…何かよく分からないけど、レン疲れてる?
首を傾げたのもつかの間、鞄を掴んだかと思うとそのままレンは早足で教室を出て行ってしまった。
「あ、ちょ、レン!待ってよー!」
鞄のチャックを閉めて肩にかけ、大急ぎであたしはレンの背中を追う。
駆けていく真っ直ぐな長い廊下の真ん中に、長く二人の影が伸びていく。

夕焼けのオレンジ色の世界できらり、レンの髪が光を放った。


―君の隣にいたいと、願ってもいいですか。

                                  Fin.

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【リンレン】金色君色夕日色【学パロ】

最近忙しくて書きたいネタばかりが溜まっていく七瀬です!こんにちは!(半ばやけくそ←

今回のは前回の学パロのリンちゃんsideです。台詞等は都合上ちょこちょこ変わってたりしますが、その他の設定はレン君sideと同じです。どちらも独立した作品で読めるようには…したつもりです。でもでもどっちも読んでももちろん良いんですよ?ていうかむしろ読んd(ry

…てか何なんだろう…この漂う暗~い雰囲気は…(ーー;)…若干スランプの中書いたのがいけなかったのか…← わ、私は元気なリンちゃん大好きですよ!…でも10代特有の無限ループのぐだぐだ悩むのとかも大好きで(←それが原因だ こうなったらもうレン君に頑張ってもらうしかないですね!(結局そこかい

語りたいことは山ほどあるが、自重できる自信がない…でもこれだけは言いたい…!学パロは美味しいです…!(貴様
いつものように誤字・脱字の指摘、感想、批評大歓迎です。感想をもらったら全力で愛を捧げに行きます(いらん
それではここまで読んでくださって、ありがとうございました!

P.S.今回ここ書くのにパソコンの変換で「顔文字」を出したんですけど、何か可愛いのばかり一杯あって笑えたwwwわざわざ自分で作らなくてもいいって便利ですね!(超今更

閲覧数:1,517

投稿日:2009/10/17 17:37:48

文字数:5,164文字

カテゴリ:小説

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  • 七瀬 亜依香

    七瀬 亜依香

    ご意見・ご感想

    え、ええええ!何かコメント一杯来てる…!あああありがとうございます!(土下座
    てかタグwww誰が上手いこと言えとwww

    <ミプレルさん
    前回に引き続きコメントありがとうございます!楽しみにしていただいたようで嬉しいです。
    青春は甘酸っぱく切なくが醍醐味です!てか大好物← 過去に何かあったかは…何でしょうねえ?(にやり
    親御さん説得行くなら私も同行します!(え もう結婚すべきだと思うんだこの二人…!(待て
    お互いがお互いのこと大切すぎて動けないといいますか…多分自分より大事だと思ってるはずです。だって鏡音だもん!(台無し
    ぐだぐだしすぎたかなと思いましたが、楽しんで頂けたなら何よりです。リンは絶対不器用!(笑)
    次回作もがんばりまっす!

    <狂音 戒さん
    今回もコメントありがとうございます!にやけてましたか、そうですか(笑)青春はいいですよね、それだけでご飯3杯はいける(大真面目
    青春真っ盛りの切ない幼馴染設定は大好きです!今度語り合いましょうk(黙れ
    コラボの方もよろしくお願いしますね。ありがとうございました。

    <錫果さん
    初めまして、てええええっ!!初投稿からですか!しかもブクマ…!あああありがとうございます!(忙しい
    大好きだなんてそんな…!私は学パロの良さが分かる錫果さんが大好きです(黙ろうか

    切ないというか…暗いというか…元気なリンももちろん大好きですが、たまにこうやって悩む時もありますよねだって青春だもん!(良い笑顔←貴様
    同じフレーズのところは何気にこだわったところです。気づいてもらえた…!(嬉)

    錫果さんの愛はがっつり受け止めました!だから大丈夫!(何がだ
    これからも頑張ります!また暇な時にでも構ってください。ありがとうございました!

    2009/10/18 19:08:35

  • 錫果

    錫果

    ご意見・ご感想

    初めまして。実は初投稿作品から一目惚れ、ユーザーブクマ頂いてた者です。
    七瀬さんの書かれる鏡音、大好きです…!学パロ美味しいですよね!

    今回もニヤニヤしながら← 読ませて頂きました。
    なのにどこか切ない雰囲気の文章で…凄く憧れます…!
    今回の同じフレーズが続くところとかも、好きです。

    なんか、上手く書けなくてすみません…
    これからも作品楽しみにしてます!それでは…

    2009/10/17 22:25:51

  • Hete

    Hete

    ご意見・ご感想

    あああ・・・
    始終にやけてた・・・
    いいなぁ~こういうかんじ・・・

    2009/10/17 19:12:19

  • ミプレル

    ミプレル

    ご意見・ご感想

    リン視点きた――――!!!!!!
    …最初の1文目から取り乱してすみません。ミプレルです。だって楽しみだったんだもん!←

    この青春を謳歌する若者による萌えと切なさの絶妙なバランスがもうたまりませんです先生!過去に何か事件があった感じですね…気になります…!暗い、というかシリアスな展開は大好きですよ。大好物です!悩め。悩めリンよ!(前と同じこと書いとる
    2人して幼馴染みの距離を壊したくないと思っているのならこれはもう相思相愛、結婚確定ということでやはり親御さんを説得しなければなりませんね!(待て
    二人とも自己嫌悪に陥っていますが…またそれも美味s(ryじゃなくて。…お互いを想うこそ(?)ですよね…。切ない…この子達にそんなに自分を責めなくてもいいんですよ、と伝えたいです。悩んでるリンレンも可愛くて好きだがな!(台無し

    これ以上書くとなんだか暴走が止まらなくなりそうなので、このあたりで失礼いたします。なんだこの脱線の多さ!
    リンが悩むところは感情移入しやすかったですし、糸通しや底抜けナップサックでは大いに笑わせて頂きました!素敵な小説をありがとうございます。次回作も楽しみにしております!乱文失礼いたしました。

    2009/10/17 18:42:11

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