はちゅね像とは、ピアプロで一番大きな広場の真ん中に鎮座する、巨大なはちゅねミクの銅像のことだ。
何かの記念に配置されたらしいのだが、とにかく目立つのでピアプロで生活する人々やボカロ達からは渋谷のハチ公みたいにわかりやすい待ち合わせ場所という認識で定着している。
その例に漏れず、俺もまたここでハクさんを待ち続けていた。
「9時58分か……」
そわそわと、右手にした腕時計に目をやる。この仕草をするのは何度目だろうか……既に数千回は超えていそうだ。何せ秒単位で確認してるし。
「そろそろくる頃よね?」
緊張と興奮でいてもたってもいられない俺に、ひょこっと近くの人混みから顔を出した雑音が問いかける。ツインテールの髪型をほどいてストレートにし、帽子を被り、服も地味めに纏めているのは、彼女の手にビデオカメラが握られている事を知れば大体の人はその理由を理解できると思う。
因みに俺はもうこいつを止めるのを諦めていた。
「ああ、その筈だが……てかお前ハクさんに見つかんなよ?」
「大丈夫よ、ストーキングには慣れてるから。これで何度本家の恥ずかしい秘密をツイッターで暴露してやった事か……」
「そんなことまでやってたのか……」
「まあね、なぜかそれでもアイツの株が上がるから止めたんだけど……っと話が逸れたわね。じゃ、私は草葉の陰から見守ってるわー」
そう言い雑音は再び人混みに紛れる。確かにあの溶けこみっぷりならバレはしないだろう。
……しかし、結局初音ミク量産化祭中も普通に外出してないか?こいつ。いやまあ、確かに『普通』ではないけれども。
「シグ君?」
と、その時俺の耳に鈴の音色のように美しいながらも僅かに憂いを含んだ声とともに、哀れな人類を慈悲の目で見つめる女神を彷彿とさせる白髪のボカロが姿を表した。
雑音のごとく周囲の視線を避ける為に地味な服装をしているが、おかげでよりその素朴な美しさは際立ってしまっていた。
「おお……ハクさん……今日もまた一段とお美しい……」
「ふふ、ありがとう。……待たせちゃったかな?」
「いえいえ全然!自分もついコンマ0.1秒前にたどり着いたばかりですよ!!」
少し申し訳無さそうに眉をひそめるハクさんに、俺は慌てて首を振った。
俺が余りに待ちきれず7時の時点でここに来ていたのはハクさんには秘密だ。
言うと、ハクさんはまた笑顔を浮かべる。
「なら良かった!こういうのって待ち合わせ時間の5分前にはいるのが礼儀って聞いてたから……」
「礼儀なんて!俺に対してそんなに気を使う必要ないですよ!!それより早く行きましょう!!」
そう言って俺はハクさんを急かした。せっかくのデートだ、一瞬一秒でも楽しまなければ損だ。
ところが、ハクさんは歩き出そうとする俺の手をその絹のような手で掴み、引き留めた。
「あ、ちょっと待って」
「どうかしたんですか?」
「うん、ちょっとね……あ、来た!」
そう呟き、ハクさんは人混みに向かって手を振った……って、待て。
(え?何?どゆこと?)
混乱する俺をさて置いて、ハクさんに呼ばれたらしき男が人混みから姿を表した。
「全く、わざわざこんな所で待ち合わせしなくとも部屋は隣じゃ、ねぇ、か……」
俺の姿を見留めたらしきその男…本音デルは、口を「あ」の形に固定し絶句した。
声を失い硬直する俺とデル。数秒程度その状態が続き、始めに口火を切ったのはデルだった。
「……おい、ハク。これはどういう事だ」
普段の俺だったらこの生意気な言い草につっこむ所だが、今回ばかりは黙ってハクさんの返事を待った。
何故ならそれは俺も抱いていた疑問だったからだ。今日の俺チャンネルは全編「ドキッ☆ハクさんとの二人っきり量産化祭デート♪ポロリもあるよ!」でお送りされるのではなかったのか。
それに対し、ハクさんはにこにこといたずらっぽい笑顔を浮かべ答えた。
「ふふ、驚いた?実は今日は二人に仲良くなって貰おうと思ってね。三人で祭りを楽しむのがいいかなーと」
「ふ、ふざけんな!!なんで俺がこんな三つ編み野郎と!!」
「そうですよハクさん!俺もこんなチンピラ紛いと一緒に回るのはごめんですよ!!」
「あ……ごめん……」
男二人の全力の抗議に、ハクさんは笑顔を一転、泣きそうな顔で俯いてしまった。
「二人には仲良くしてて貰いたいと思ったんだけど……そんなの私の勝手な願いだもんね……やっぱりダメだね私、いつも自分の事しか考えてない……」
「い、いやそんなことは……」
「全く、本当だぜ。少しはこっちの事を考えたらどうだ」
そんな顔をされてしまっては俺はフォローに入るしかない。必死で彼女を慰めるが、一方クソデルはより激しい口調でハクさんを追い詰めていった。
「テメェと回るのもアレだってのに、どうしてもって言うから参加予定のイベントをわざわざキャンセルまでしてやったってのに、まさか一番嫌な顔に会わされるとはな……本当に最悪だ」
「ううう……ごめんなさい……」
「お前……」
そのあまりの言い草に絶えられなくなったのは俺だ。むっと来たので言い返してやった。
「だったら帰れよ。俺とハクさんだけで回るから」
「は?なんでそうなるんだよ!!」
「俺の顔もハクさんの顔も見たきゃねえんだろ?俺もお前の顔なんざ見たくねえから引っ込め」
「ふざけんな!!テメェが決めることじゃねえだろ!!」
「いや、嫌ならいいよ、無理しなくても……残念だけど二人で回るよ」
「ぐ……」
俺とハクさんの言葉に、デルはさっきまでの態度を一変、何か言いたそうな顔をしながらも押し黙った。ざまあみやがれ。
「さて、じゃあ行きましょうかハクさん。あの白いのはほっといて」
「う、うん……ごめんねデル」
「ま、待て!!」
邪魔者を排除し二人で素晴らしき世界へ旅立とうとする俺たちに、尚も諦めの悪いデルはすがりついた。
「なんだ?おみやげなら自分で買いに行けよ」
哀れな負け犬くん?と言外に告げると、奴は死ぬほど眉間に皺を寄せて、次の瞬間思わぬ行動に出た。
「悪かった。少し言い過ぎた」
なんと、ハクさんに向けて頭を下げたのだ。
(なっ……)
驚いたのは俺だ。こいつ……プライドを捨てやがった……!
「実は、言うほどお前の誘いを嫌がってた訳じゃないんだ。ただあんまりにもそこの三つ編みが衝撃的だったんでな……だから、お前がいいなら、一緒に行かさせてくれないか?」
尚も頭をあげずに告げるデル。
今までにない真摯な声に、ハクさんも一瞬驚き、すぐに花のような笑顔を浮かべた。
「うん!もちろんだよ!」
「そうか、ありがとうよ……」
「いやいやそんな……」
さっきまでのギスギスした雰囲気はどこへやら、あっさりと仲直りし嬉しそうに笑うハクさんとデル。
……あれ?なんだこれ?俺が場違いみたいじゃないか……
「……?」
と、デルが一瞬だけ俺の方に視線を向ける。
お前にハクは任せられねえ。
その視線は、確かにそう言っていた。
(こいつ……!)
そのためだけに、プライドを捨てたというのか。思わず俺の体が戦慄に震える。
(くっ……どうやら、思った以上の強敵のようだな……!)
だが、負ける訳には行かない。
俺はこの本音デルという壁を前に、改めて兜の尾を締め直した。
◆◆◆
その頃。
(何これ……!面白い……!!)
人混みにまぎれ三人の後を追う怪しげな少女の姿があった。
その少女……すなわち雑音ミクは、ビデオカメラを片手に体を小刻みに震わせ、思わずといった感じで言葉を漏らした。
「いやあ……まさかこんな事になるとはねぇ……あのシグの裏切られた感が最高だわ……!そしてハク、あのシグとデルの気持ちにまるで気づいてないとか本当いいキャラしてるわ……!あ」
そこで漸く彼女は、周囲から奇異の目線を向けられている事に気づいた。
気まずい空気の中をそそくさと立ち去りつつも、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
(ああ、早くBINZOKOのメンバーとかで鑑賞会開いて色々話し合いたい!!楽しみだわぁ……!!)
その脳内に不吉な思考を広げながら、彼女は三人の後を追ったのであった。
小説【とある科学者の陰謀】第十話~波乱と男心~その一
はい、もはや一週間更新で安定し始めました、陰謀シリーズ第十話でございます。約束通りシグは突き落としておきました←
個人的にはあまりに好意に気付かないハクさんが書けてもう大分満足です。デルもシグも大人しく振り回されてなさい←
後、なんかもう雑音を暴走させるのが楽しくて仕方ないです。陰謀シリーズ終わったら雑音主人公でなんかやろうかな……←
今回は亜種のレンタルありません!すみません!なんだか最近あんまり出せてない気が……出番増やせるように頑張りたいです!!
……ところでどうもこの話はうまいサブタイトルが思いつかなかったんですが、なんかいいのありますかね?←
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もっと見る量産化祭中には、様々なイベントや出し物がそこら中で行われている。
その大多数は、初音ミク人気に惹かれやってきた客に自分たちを知って貰おうと考えた亜種達が開いたものだ。そしてそういった中に混じり、また、《男の娘☆ボカロ同盟》も
活動をしていた。
「リッちゃーん!こっち向いてー!!」
「サイン下さいサイ...小説【とある科学者の陰謀】第九話~祭りの始まり~その二
瓶底眼鏡
近未来的な装飾の成された薄暗い部屋の中に、円卓を囲む十数人の人影があった。
ケータイをいじったり、隣と話し込んだりと、皆一見思い思いに過ごしているように見えるが、その中には確かに緊張した空気が漂っていた。
「……さて」
俺の右隣の黒髪ツインテールの少女、雑音ミクが発した一声に敏感に反応し、皆が静まり...小説【とある科学者の陰謀】第八話~悪の組織、始動~その一
瓶底眼鏡
「……」
(……どうする……)
俺に許された選択は2つ。
一つは普通に一言残す事。俺の面子は保たれるが、どんなリスクがあるかわからない。最悪もう一度死ぬ。
一つは組織の宣伝をする事。俺の命は助かるが、無数のギャラリー、そしてハクさんに狂言を吐く変人と認識されかねない。最悪死ぬ。社会的に。
即ち、どっ...小説【とある科学者の陰謀】第四話~天国と地獄~その二
瓶底眼鏡
「……」
街のざわめきが遠い。
パフォーマンスを行っていた商店街を離れ、住宅街まで戻った俺が第一に思ったのは何故かそんな事だった。
夜の帳が降り始める中、俺が立つのは一つの宿舎の前。
普段俺が日常生活を送っているものより数段綺麗なそれは、亜種の中でも凄まじい人気を誇る者のみが生活を許されている、言わ...小説【とある科学者の陰謀】第九話~祭りの始まり~その三
瓶底眼鏡
……空が狭い。
いや、狭まっているのは俺の視界だ。
……空が暗い。
いや、光を失っているのは俺の視界だ。
手のひらにねっとりとした感触がある。
血だ。
自分の身体から鉄臭いアカイロが流れ出ていくのを、俺は不思議な程冷静に認識していた。
(そうか……)
思考の速度が次第に衰えてゆく。気だるい眠気に逆ら...小説【とある科学者の陰謀】オープニング~一人の男の物語の終わり~
瓶底眼鏡
「え?な、何?」
「ハクさん、後ろに」
俺はすぐさま、オドオドしているハクさんを庇うように前に出た。とりあえず、なにがどうあれハクさんにだけは指一本触れさせないようにせねば。
チンピラは俺たちの顔をニタニタと見つめ、挑発するような声色で言った。
「まさか、こんな所で会えるとはなぁ……」
「……」
(...小説【とある科学者の陰謀】第十話~波乱と男心~その3
瓶底眼鏡
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ご意見・ご感想
脱兎だう
ご意見・ご感想
今更ながらコメ残しに来ましたー。
さりげなくいつも読ませていただいてます。
亜種の件ですが、ゆっくり話を進めていって、
それで出せそうな時に出すと言った感じでよろしいので
焦らず、ゆっくり物語を進めていってくださいね。
そしていつも文章力すごいですね・・・!
2011/07/28 12:45:48
瓶底眼鏡
おお、わざわざありがとうございます!
亜種については本当に申し訳ありません、そして、暖かいお言葉ありがとうございます。
お褒め頂き光栄です!!でも、文章力に関しては自分も未だに未熟さを思い知らされる場面が多々ありますので、これからも精進したいと考えております。
2011/07/29 12:24:41
アンジュ×ディヤブル
ご意見・ご感想
はじめまして!ディヤブル★です。
瓶底眼鏡さんの小説全部読みました。
すっごく面白かったです!
続きを期待していマス! byディヤブル★
2011/07/26 15:09:39
瓶底眼鏡
おお、わざわざありがとうございます!!
今後も見捨てないで頂けると光栄です!!
2011/07/26 15:28:52
オレアリア
ご意見・ご感想
びんさん今日は!
メッセージを書かせて頂くのが遅れてしまいました(汗)
いよいよシグのヘブンズデートが始まるかと思いきや…?やはりどうやっても、世の中なかなか上手くいかないものですねww
文字通りどん底に突き落とされてしまいましたか…
ま、まさかのデルが一歩譲歩した…ですと!?
いつもはあれだけ妹にも当たってくる奴が…これぞ正にツンデル!?
宜しい、デルは俺が貰い受けま(ry
それでもこの2人の睨み合いは当分は収まる気配が無い…救いは無いんですか!?
2011/07/20 08:05:28
瓶底眼鏡
こんにちは!
いえいえ、わざわざコメくださるだけで凄くありがたいですよ!
まあアレですね、作者がひねくれている以上上手く行く筈ないんですよね←
大丈夫シグは強い子だからちゃんと這い上がる←
デルがそれだけ本気という事で←
陰謀シリーズのツンデレキャラは彼ですので←
どうぞ!!←
あるといいですねぇ←
2011/07/20 08:56:31
絢那@受験ですのであんまいない
ご意見・ご感想
ハク姉――!俺だ――!結婚してくr(((殴蹴爆
天然ハクさん可愛いです。デルがデレた…それが本音か。
よし、そこに私を交えてダブルデートしようk(ry
この際相手はシグでもいいwww
雑音ナイス!です。ブクマもらいます。
2011/07/19 17:23:07
瓶底眼鏡
ハク「え?あ、ふふ、ありがとう」どうやらお世辞だと思っているご様子です←
ハクさんは自分に対して好意的な感情を抱かれている事に全然気付けないんですね。だから気づかぬ内に修羅場を生産する←
デルは超ツンデレキャラです。果たしてこの一件でデレ期に突入出来るのか!?←
どうぞ行ってらっしゃ(ry
しかしながらシグにはハクさんしか見えてないんですよ……残念ながら←
今回の雑音の行動で「キャラが勝手に動く」という現象を思い知りました!
ブクマありがとうございます!!
2011/07/19 19:31:17