事の発端は、一枚の書き置きだった。
いつもより少しだけ寝坊をして起きた朝、家族が揃っているはずのリビングはがらんとしていた。皆どこかに出かけたのかしら、と首を傾げつつとりあえず目を覚ますためにコーヒーを淹れようとキッチンに向かうと、ダイニングテーブルの上に見慣れないメモがちょこんと置いてある。
緑のインクで書かれたそのメモの始まりは、『おねえちゃんへ』。どうやらミクからのメッセージらしい。
『おねえちゃんへ。おはよう!久しぶりのお寝坊、ゆっくり出来ましたか?朝ご飯は私とルカちゃんが作ったサンドイッチがあるので、食べてください』
「……」
冷蔵庫の中には確かにラップに包まれたサンドイッチが置いてある。少し不格好ながらも私の好きな具ばかりだ。ありがたたくいただくことにして、インスタントコーヒーとお気に入りのマグカップを取り出した。
お湯が沸くまでの間、再びメモに目を落とす。丸味を帯びた文字はミクの性格をそのまま表しているかのように優しくて微笑ましい。どうやらメモは二枚あるようで、何の気なしに二枚目をめくれば今度は『サンドイッチ食べた?』と書いてある。
『そしたら、ここからが本題です!今日は何の日がだか、覚えてる?』
「…今日?」
カレンダーを眺める。しばらくは仕事でスタジオに缶詰だったため日付感覚が狂っているが、今日は確か…11月5日?あれ、聞いたことがあるような。…何の日だっけ?
『おねえちゃん、ずっと忙しかったか忘れちゃってるかもしれないけど、今日はおねえちゃんの8回目のお誕生日です!』
「…ああ」
そういえばそうだった。
家族の誕生日は決して忘れないのだが、自分の誕生日にはあまり興味がないらしく必ず毎年誰かに言われて思い出す。いつもならこの時期が近づくと家の中の空気がそわそわし始めるのでなんとなく察するのだが、少なくとも昨日まで家族に変わった様子は見られなかった。だから、私も忘れていたのだ。
『いつもならみんなで盛大にパーティー、っていうところなんだけど、今年はちょっと趣向を変えてみることにしました。あ、もちろん最後にパーティーはやるよ?ケーキも料理も用意してあるから安心してね!』
そんなこと心配してないのに。ふふ、と微笑んで、沸いたお湯を注ぎコーヒーを一口ブラックのまま啜った。鼻に抜ける苦さで頭が覚醒する。ともかく、どうやらミクはちょっと変わった方法で私の誕生日を祝ってくれるらしい。なるほど、だから今日はみんなが朝の家事を変わってくれたのか。
『とりあえず、ご飯食べたら着替えてスタジオまで来てください!みんなでおねえちゃんのこと待ってます!ミクより』
「……」
時計を見上げればまもなく9時半を回る頃だ。普段なら洗濯や掃除をしたりしてあっと言う間に午前中が潰れてしまうけれど、廊下もリビングもぴかぴか、洗濯物もいいお天気の下はためいているとなれば、私の使命は可愛い妹の言う通りにすることくらい。作ってもらったサンドイッチを平らげ、手早く洗い物をしてから、私は出掛ける準備に取りかかった。
*
コンコン、とノックをすれば聞き覚えのある低音が返ってきた。てっきりミクが居ると思っていたのに。意外な気持ちで顔を覗かせれば、革張りの安楽椅子に深く腰掛けたくわえ煙草のマスターと目があった。
「よう」
「おはようございます。あの、ミクが来てませんか」
「来てるよ。おまえが来たら手紙渡せって」
「手紙?」
「あー、ちょっと待て。先にこっちの用事を済ます」
言われて見遣った机の上には楽譜が散らばっていた。いったいどれくらいここにこもっていたのか、灰皿には煙草の吸い殻が山になっている。顎には無精髭がまばらに生え、目も充血している。この人はどうやらまた無茶をしているらしい。
「…マスター、ちゃんと休まれてますか?」
「まあ、2時間くらいは」
「少ないです。もう若くないんですから、ちゃんと寝ないと身体に毒ですよ。もう若くないんですから」
「2回言うな、傷つくだろ」
そんなことを言いながら私のお小言なんていつも聞きやしないくせに。腰に手を当てて呆れた表情で見下ろせば、マスターは「わかってるよ」と両手を挙げた。
「無茶はとりあえず今日まで。さっき完成したからな」
「完成?」
「そ。俺からのバースデープレゼント」
かち、とマウスをクリックする。
ミキサールームのスピーカーから響き始めたのはたった今生まれたばかりの音たち。ドラムスティックのカウントのあと、弾むようなリズムに乗った、底抜けに明るいメロディとシンセサイザーの電子音。
(ああ、彼の音だ)
彼から贈られた曲を初めて耳にする時はいつも胸が躍る。それらが持つメッセージは恋の始まりだったり終わりだったり、大切な人への感謝だったりと様々だが、今、音符の連なりから伝わるのは、彼から私への「おめでとう」のメッセージ。じんと胸に熱湯が注ぎ込まれたように熱くて、全身に鳥肌が立った。
「気に入った?」
「…はい、とても」
「だろう、自信作だ」
私のマスターはプライドが高く完璧主義者で、なおかつ大層な自信家だ。気に入らなければ何度も歌い直しを要求されるし容赦のないダメ出しを食らうけれど、逆にうまく歌えた時は手放しで誉めてくれる。ワーカホリックで寝食を削って曲作りをする悪癖はなんとかしてほしいものだが、誰よりも真剣に音楽に向き合う姿勢を、私をはじめボーカロイド全員が尊敬していた。
「レコーディングは3日後。オケと詞はあとで一緒に送っとくから」
「ありがとうございます」
「ここんとこずっとコーラス録りでスタジオに詰めてもらってたけど、もうちょっとだけ我慢してくれな」
「大丈夫ですよ、そんなにヤワじゃありませんから」
そう言って笑う私に、彼は安堵したように息を吐いて立ち上がる。見下ろす視線はいつもより優しくて、ほんの少し照れくさい。
『よろしくメイコ。二人でたくさんの歌を作ろう』
8年前出会った頃は、まだ少年臭さが抜けない若者だった。
作ることも歌うこともなにもかもがお互い初めてで、右も左も前も後ろも分からない薄闇の世界を二人手探りで進んできた。泣いたり笑ったり、たまにちょっと喧嘩をしてみたり。私たちは二人揃ってようやく一人前だったのだ。
そして今日、私は生まれてから8回目の誕生日を迎えた。
家族も仲間もあの時からは想像も出来ないほど増えたけれど、8年間変わらないものが、ここある。
「メイコ」
「はい」
「誕生日、おめでとう。これからもよろしく」
「はい。こちらこそ、マスター」
彼の目を見つめながら、私は微笑んだ。
これからも彼のボーカロイドで居られるという幸せを、噛みしめながら。
*
『おねえちゃん、マスターからのプレゼントは受け取りましたか?今年はどんな歌かな、楽しみにしてるね!さてさて、私たちはどこにいるかというと、スタジオのどこかにいます!マスターがいるメインスタジオを出るとサブスタジオやレッスン室、メイクルーム、衣装部屋が並んでるよね?各部屋に一人ずつ誰かが待機しているので、一部屋ずつ訪ねてみてください!お隣さんも含めた計12部屋!みんなでおねえちゃんのお越しをお待ちしています!』
…さあ、これからどこへ向かおう?
【カイメイ】世界で一番大切な君へ
めーちゃんお誕生日おめでとう愛してる!!!!!
迸るめーちゃんへの愛をボカロ全員に祝ってもらおうと思ったらとんでもないことになりまして、途中で何度か後悔しながらめーちゃんへの愛だけでなんとか完成させました!
いつも素敵な歌声をありがとう!あなたに出会えて私の人生は本当に楽しくなりました!!めーちゃんがいつまでもいつまでも幸せでありますように!!!
!ご注意!
・オールキャラで無駄に長い
・愛されめーちゃんが俺のジャスティス
・順番はクリプトン→インタネ→AHS→カイトの順になっています
・好き勝手なボカロ設定につきご注意を
・culちゃんとか…は…まだ掴み切れてないんだ…
※前のバージョンで進みます
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ご意見・ご感想
聖 京
ご意見・ご感想
はじめまして、聖京と申します。
「世界で一番大切な君へ」素敵でした、というか、すごかったです。
一人一人のキャラの書き分け、設定付けがすばらしく、話の流れが綺麗で、あまり長さを感じず、とても楽しめました。
で、最後カイトで終わったのは、カイメイ好きとしてはとても嬉しかったです。
新年から、素敵な小説が読めて幸せでした(^^)。
2013/01/03 14:29:28
キョン子
>聖 京様
はじめまして!
嬉しいお言葉…!///とにかく全キャラでめーちゃんを祝ってもらおうと無茶をしたらとんでもない長さになってしまいましたが読んで下さって嬉しいです!
本当は好きなページに飛べるようにしたかったのですが、ピアプロだと設定でそれが出来ず…読みづらかったと思います、すみません;ω;
これからも愛されめーちゃんカイメイ推し!で小説を書いて行きます!
ありがとうございましたー!
2013/03/27 01:38:55