荒々しいエンジン音を撒き散らしながら、駆けるネルフォンバイク。

 ビルの間をすり抜け、大通りを横切り、超高速で走って行ったその先には―――――


 『グオオオオオオオオオオッ!!!』


 ―――――荒々しい咆哮を上げる魔獣と、金色の髪を振り乱しながら大鉾を振り回す娘がいた。

 その場で急ブレーキをかけたネル。思わず、口が開いた。そこから紡がれる言葉はなく、ただただ息が漏れ出るだけであった。


 「…っ…!!」

 『とんでもねえや…さっさとトンズラしねぇと巻き添え食うぞ!!』


 ネルフォンバイクは焦り、せかすがネルは聞き入れない。それどころか、ますます近づこうと方向を変える。


 『!?おいネル!!』

 「もっと近づいてみなくちゃわからないよ!!もし…あれがボーカロイドの機能に関する異常なら、よく見ないと治せるものも治せない!!」


 ハンドルを握る手に力を入れ、近づこうとしたその時だった。


 『グオオオオオオオオ!!!』


 吠えた魔獣―――カイトが、金髪の娘―――リリィを叩き飛ばそうと腕を振るった。狂気に満ちた爪はギリギリでかわされたが、生み出された衝撃波は、容赦なくネルに襲い掛かる!!


 「きゃあ!!」

 『くそ!!』


 咄嗟にネルフォンバイクが、全ての主導権を握り急発進。直後、衝撃波がすぐ後ろを削り取って行った。ネルの額を冷や汗が流れる。


 『お…おいネル!!こいつはマジでヤバいぜ!!下手に近づいたら胴体消し飛んじまう!!』

 「そ…そうみたいね…。ゴメン、ネロ。あたしが甘かったわ。ここはさっさと…逃げるに限る!!」


 そう叫んでネルはカイトたちと逆方向を向いて、戦場からの脱出を試みようとした。

 …が、それを許さんとするかのように、ネルの目の前に鉄筋コンクリートの塊が飛んできた。飛び出した鉄筋がバイクの液晶の淵をかすめる。


 「…!!」


 振り向くと、カイトが吠えながらめちゃめちゃに腕を振り回していた。振り回した腕が引っかけたコンクリート片や樹木の欠片が飛び散っている。その中の一つが、ネルの目の前に吹っ飛んできたのだ。


 『グルオオオオオッ!!』


 叫んだカイトの爪が、再び辺りの建物や街路樹を砕く。容赦なくネルに襲い掛かるコンクリートの雨!


 『ネル!!捕まってろ!!』


 ネルフォンバイクが叫び、咄嗟に走り出す。病院に向かっている時以上のスピードでコンクリート片をかわしていく。ハンドルを握る―――と言うよりハンドルに必死でしがみつくネル。ネルフォンバイクの―――ネロの本気の走りはネルですら初めてのスピードだったのだ。

 しかしそれも長くは続かなかった。突然プスン、と音がして火を吐いていた排気管が煙を吹いた。


 『がっ…!!…す…すまねぇ…ネル…オーバーヒートしちまっ…た…………。』

 「え!?ちょ、ネロ!?」


 驚く間もなく、突然ネルフォンバイクは前につんのめった。

 言葉はなかったものの、ネロが最後の力を振り絞ったのか、タイヤが突如エアバッグのように膨らみ、衝撃を緩和。それでも軽量なネルは、ネルフォンバイクから投げ出された。

 その時だ。宙に浮いたネルの体は、突然誰かに受け止められた。

 恐る恐る目を開けるネル。そこにいたのは、桃色の髪を風になびかせる、汗だくのルカだった。


 「ネル!大丈夫!?」

 「う…うん!ごめんなさい…迷惑かけちゃって…!」

 「気にしないの!!それより、さっさとここから逃げるわよ!」

 「待って!ネロが…!!」


 ルカはちらりとネルフォンバイクに目をやった。液晶にネロの顔は映っていない。完全にダウンしているようだ。


 「…相棒だったわね。ほっとくわけにはいかないか。よし、ちょっと危ないけど一緒に抱えて―――」


 そこまで言った時だった。突然の鋭い金属音。直後、吹っ飛ばされたリリィが、ネルとルカに激突した!!鬼百合とリリィと、それに強い力が加わって、余りの重量に3人はまとまって更に吹き飛ばされ、後ろのビルに叩きつけられた。

 地面に崩れ落ちる3人の前には、鋭い爪をゆっくりと下ろすカイトの姿。力任せに振るった爪が、リリィを鬼百合ごと吹き飛ばしたのだ。その眼はいつもの優しいカイトの目ではなかった。ただただ怒りと本能に任せて暴れる、血腥さを漂わせた魔獣の―――いや、化け物の目…!!


 (…悪魔…!!あれはカイトさんじゃない…!!闇に心を喰われた化け物だ…!!)


 恐怖に苛まれるルカ。その時、リリィがルカたちに気付いた。


 「!あんた…ルカさん!それにそっちの金髪は…亞北…亞北ネルか!?」

 「はっ…はい!」

 「久しぶりだな、ネル…なんて言ってる場合じゃな―――い!!とんでもないぜあのバカイト…!!馬鹿力過ぎる!!おまけにめちゃめちゃ動きが素早い!!一旦引いて、体勢立て直さなきゃ―――」


 言い終わらぬうちに、つんざくような轟音が響きわたった―――否、それは咆哮―――黒き大翼の魔獣の咆哮だった。


 『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』


 六枚の黒い翼を目一杯に広げ、のけぞったカイトは、いきなり振り向いて口から蒼い音波を撃ち出した。

 咄嗟に鬼百合を突き立て、音波を防ぐリリィ。しかし尚も音波を撃ち続けるカイト。

 その時だ。突然、何かの砕ける音が響いた。はっとしたリリィが目の前を見れば―――そこには、鬼百合の表面に禍々しく走った、大きな亀裂があった。


 「そ…そんな!あたしの鬼百合に…ヒビが…!!」

 「嘘…!?」


 愕然とするルカ。ネルはルカにしがみ付いて、まるで全てを諦めてしまったかのような顔をしている。


 「もう…ダメ…!!」


 リリィが性に合わないような弱気な言葉を漏らした。その瞬間、鬼百合のヒビは一層大きく広がった!!

 もう駄目だ。ルカが思わず目をつむった、その時だ。





 ――――ドウッ!!!





 突然の空気の唸り。その直後、それまで3人にかかっていた圧力が突然途絶えた。


 「…………?」


 何が起こったのか分からないルカは、そっと目を開けてみた。



 『―――まったく、なんでまたこの町は騒がしくなっているのだ?せっかく気晴らしに来たのに全くもって意味がないではないか。』



 「!!」


 今度は思わず目を見開いた。その呆れきったような、頭に直接響く声を聞いて。

 鬼百合の前に立ち、カイトの音波を碧い焔で防ぐ灰色の影。2本の尻尾を揺らしながら碧い焔を噴出し続けるその影は、振り返って小さく笑った。


 『よう、ルカ。何をそんなところで腰を抜かしている?さっさと立たぬか。』

 「ロ…ロシアンちゃん!!」


 ルカが嬉々として叫んだ。そこにいたのは、ルカの盟友であるロシアンブルーの猫又・ロシアンであったのだ。


 『そんな嬉々としている場合か。…なんだこれは?あの優男がなぜこんな化け物のようなことになっている?』

 「それがわからないのよ!!いきなりこんなことになっちゃって…!!逃げ出そうにも逃げ出せないし…!!」


 それを聞いたロシアンは鼻息を一つ。そして一歩前に歩み出た。


 『吾輩が本気を出せばこの馬鹿を叩きのめすこともできるが…そんなことをすれば辺りに甚大な被害が出るな。ここは性に合わんが…『逃げるが勝ち』を選ぶとするか。』

 「だからどうやって逃げるのよ!!?」

 『幻術を使う。3か月前の夜、がくぽを追い払ったあれだ。』

 はっとしたルカ。ロシアンの碧い焔『碧命焔』は、攻撃・防御共に使用可能だが、最大の真価は幻術を使う時に発揮される。3か月前にがくぽが攻めて来た時、夜の番をしていたロシアンはがくぽと死闘を繰り広げ、倒すには至らなかったものの幻術で見事がくぽをだまくらかし、追い払うことに成功していた。


 「で…でも、また倒れたりしない!?」

 『心配するな!!この3か月、戦争の中に身を投じ戦いの感覚を取り戻してきた。早々倒れたりはせぬ!!それより、さっさと逃げる準備をしろ!!そこの金髪二人抱えておけ。幻術を使うと同時に駆けだすぞ!!』

 「わ…分かった!」.


 ルカが腰の抜けているネルと、唖然としているリリィを抱え込む。それを見たロシアンは、目を見開いて、荒々しく吠えた。


 『ギィオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』


 その瞬間、ロシアンの体から吹き出す莫大な量の碧命焔。あっという間にカイトの目の前を、碧命焔の壁が覆った。


 『グオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』


 お構いなしに蒼い音波を放ち続けるカイト。音波は焔の壁を突き破り、ロシアンに直撃した!!


 『ぐおおおおおおおおおおおおおおおお……!!』


 断末魔の悲鳴とともに、後ろのビルが崩れていく。それを見ながら狂ったように吠えるカイト。

 だが次の瞬間、ロシアンの亡骸とビルの瓦礫から碧命焔が大量に噴出した。吹き出した碧命焔は一塊になっていき、そしていきなり天空に飛び去った。

 碧命焔が飛び去った後には、元通りのビルと地面。そしてそこに、ロシアンたちの姿はなかった。


 『グルルルルル…グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!』


 それを見て怒り狂うカイトは、黒い翼をはばたかせ、遥か天空へと飛び去って行った。





 そのころ、自分の元に戻ってきた碧命焔を取り込んだロシアンは、ルカ、ネル、リリィと共に走っていた。

 ―――いや、正確に言えば、『乗せて』走っていた。ロシアンの体は、いつもの数十倍の大きさになっていて、ルカたちはその背中に乗っていたのだ。


 「すごいよロシアンちゃん!こんな姿にもなれたの!?」

 『吾輩を何と心得る。齢300年の猫又ぞ?』


 その時、ルカにしがみ付いてカタカタ震えていたネルが大声を上げた。


 「あっ!!ネロ…あたしのネルフォンバイクが…!!」

 「そういやあたしの鬼百合も…!!」


 つられてリリィも、自分の相棒のことを思いだした。


 『ん?こいつらの事か?』


 そう言ったロシアンは、2本の尻尾をネルとリリィの前に差し出した。右の尻尾にはネルフォンバイクが、左の尻尾には刀身のひび割れた鬼百合が握られていた。


 「ネロ!」

 「あたしの鬼百合!!」


 ロシアンはそっと2つを二人の前に降ろす。二人は各々の相棒の元へゆっくりと近づいた。


 「ネロ…良かった…無事だったのね…家に帰ったら、すぐ治してあげるからね…。」


 涙をにじませたネルは、ボロボロのネルフォンバイクを抱き締める。

 一方、ヒビだらけの鬼百合を抱えたリリィは、小声でルカに訪ねた。


 「…なんなんだよ、こいつ…?いったい何者なんだよ!?」


 ルカはまるで自分のことのように、誇らしげに言った。


 「私の最高の友達、ロシアンブルーの猫又のロシアンちゃんよ!!」


 その様子を聞いていたロシアンは、小さく咳払いをして、ルカに話しかけた。


 『ルカ!このままボカロマンションに向かうぞ!一度体勢を立て直す!!それでいいな!?』

 「…分かったわ。お願い、なるべく急いで!!」


 ルカの言葉を受け、ロシアンは地面を強く蹴り空へ飛びあがった。そして目の前に見えたボカロマンションに向かって、まるで天を駆けるように飛んで行った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒼紅の卑怯戦士 Ⅴ~救世主ロシアン、参上!!~

猫又ロシアン、参・上!!こんにちはTurndogです。

ルカの危機にかっこよく現れるロシアン!!猫なんだけどなんだこの凛々しさwww
そしてバカイトはまだまだ暴れます。お仕置き決定ですなwww

ロシアン巨大化ネタは犬○叉に登場する猫又・雲母を参考にしました。雲母可愛いよ雲母www
雲母に虜にされたことがある人挙手!!www何を隠そう私もその一人www

ところでこの回、実はリリィ攻略のための手掛かりが一つ隠されているんです!!それを見つけられた人は超天才ですねwww
『師匠』と呼ばせてくれ!!www

次回。カイト暴走の秘密が明らかに…!!

閲覧数:323

投稿日:2012/06/01 23:54:10

文字数:4,800文字

カテゴリ:小説

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    せやな~
    こっち読んでへんかったわw
    いっことばしとったわw
    どうりでいきなりロシアンがおったはずやw
    すまんすまんww

    キララよりもケロちゃんの方が先だったさかい、そっちの方が印象つよいわ~

    さ、リアルで一度もつかったことのない関西弁なんてこのくらいにしてとww


    リリィの弱点……
    っていうか、鬼百合の弱点だったりしない?ww
    リリィの怪力に耐えられるのに、音波でヒビが入るってことはさ……
    あ~でも…わかんないww

    2012/06/07 20:51:42

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      やっぱそないなことなっとったか?www

      時代の違い…みたいな何かを感じるな…www

      バカイトこの時めっちゃ強いイメージだからなー…全然考えてなかったわ、鬼百合の強度とかwww(おい

      2012/06/07 23:39:05

  • 雪りんご*イン率低下

    雪りんご*イン率低下

    ご意見・ご感想

    新作キタ━━━(゜∀゜)━━━ッ!!
    ネルさんかわいいよネルさん(((

    リリィの弱点……鬼百合に傷がついちゃったりしたら弱気になっちゃうところ……とか?
    ……はい、違いますよね。はい。

    2012/06/03 10:55:10

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      ヘイ!!ただいま絶賛執筆中ううううちょっち行き詰ってコマっテルさいwww
      なるだけ可愛くするのがバトルものの難しさ!!…だってそうしないとみんな強すぎて物騒なんだもんwww

      真相が知りたい人は!!このまま読み進めるべし!!
      …え、新しいの書いてから言え?
      …え、強制すんな?
      お願いします読んでくださいお願いします<(_ _)>

      2012/06/03 12:32:32

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