自宅の前で顔に浮かぶ汗を拭い、走った為に乱れたスーツと荒くなった息を整えた。
一度だけ深呼吸して、目の前の扉のドアノブを掴む。
扉を開いて自宅の中に入って、レンは帰宅を告げた。


「ただいま」

「お帰りなさい、レン!」


すると間を置かずに、部屋からリンが姿を現した。
小走りで駆け寄り、レンの帰宅を笑顔で出迎える。


「はい。福神漬け、買っておいたよ」


レンは持っていたビニール袋を、リンに差し出す。
それをリンが受け取り、申し訳なさそうに言った。


「ありがとう。ごめんね、余計な手間かけさせて…」


そんなリンの頭をレンは優しく撫でて、笑顔で答える。


「僕がそうしたかったんだから、リンが気にする事じゃないよ。それに、ちゃんと早く帰ってきたでしょ?」

「………うん」


リンはそう言って、嬉しそうな顔をする。
靴を脱いで家に上がるレンに、リンは尋ねた。


「ご飯とお風呂、どっちにする?どっちも、すぐに用意できるけど」

「そうだなぁ…じゃあ―」


考える素振りをしたレンは持っていた鞄を足元に置き、空いた両手でリンを抱きしめた。
突然の事にリンは言葉を失い、ただされるがままに身体を拘束される。


「先に、充電してからね」

「何よ充電って…」


そう言うリンではあったが、言葉とは裏腹に顔は幸せそうで。
レンの顔も負けず劣らず、幸せそうな表情をしている。


「汗臭くない?私、まだお風呂入ってないから…」

「そんな事ない…リンの匂いがする」


恥ずかしげもなくそんな事を言うレンの言葉に、リンは顔をみるみる赤くする。
その反応を楽し気に見ながら、レンは言葉を続けた。


「それに、僕の方が汗臭いと思うよ?仕事終わった後だし」

「…そんな事ないよ。だって、これはレンの匂いだから」


顔を赤くしながら、リンはそう答えた。
攻められっぱなしなのはどこか癪に感じていた彼女は、仕返しとばかりに言葉を続ける。


「私はレンの匂い好きだから、嫌じゃないし気にならないもん」

「それなら、僕も同じだよ。ずっとこうして、リンの匂いを感じてたい」


そう返されたリンの顔は、余計に赤みを増す。
やはり彼に対して口では勝てないと、リンは心の中でそれを悟った。


「…で、どっちにするの?」


レンの背中に手を回して抱きしめ返しながら、リンはさっきと同じ質問を繰り返す。
再度聞かれたレンは、今度はその質問にちゃんと答えた。


「ご飯からでお願いします」

「かしこまりました」


ふざけあった口調でそんなやり取りをして、レンとリンは笑い声を漏らす。
そうして二人は暫く抱き合いながら、お互いの匂いと温もりを感じあった。













「ごちそうさま。…うん、リンのカレーはいつも最高だよ」

「ありがとう。これだけは、失敗した事ないからね」


テーブルの上の空になった皿を片付けながら、リンは笑顔で答えた。
レンは満腹感に浸りながら、洗い物を手伝おうと流し台へと足を向ける。
しかしそれは、皿に水を浸していたリンによって阻止される。


「レンは仕事で疲れてるんだから、休んでていいよ」

「大丈夫、リンの顔を見たら疲れなんて無くなったよ。さっき充電もしたしね」


彼のそんな言葉に、リンは先の事情を思い出して頬を染める。
それでも妻としての意地からか、彼女はそれを容認しなかった。


「じゃあ先に、お風呂済ませちゃって?そうすれば洗濯も出来るから」

「…分かったよ」


少し不服そうなレンであったが、こうなったリンの頑固さは折り紙付きだ。
その申し出を渋々と受け入れ、風呂場に向かう前に一言だけ言い残す。


「一緒に入りたかったら、いつでも来ていいからね?ゆっくり待ってるから♪」

「もうっ!いいから早く入ってよ!!」


顔を赤くしたリンにそう怒鳴られて、レンは笑いながら風呂場へと向かった。
一人残されたリンはスポンジを手に取って軽く濡らし、洗剤をつけてそれを何度か握って泡立てる。


「ホントにもう…」


呆れたようにそう呟きながら、汚れた食器を一つ一つ洗っていく。
そうしながらレンの言葉を思い出し「行ってもいいかな」、と何故か当たり前の様にそう考えてしまう。
自分の思考に顔を赤くしながら、リンは目の前の食器に集中する事にした。

全ての食器を洗い夕飯の残り物も保存し終えたリンは、ソファーに座ってテレビを見ていた。
ただその内容は頭に入ってない様子で、主な目的はレンが戻って来るまでの暇潰しのようだ。


「リン、お風呂空いたよ」

「ぴゃあっ!?」


いつの間にか戻っていたレンに後ろから突然抱きしめられ、驚いたリンが変な悲鳴を上げた。
期待していた反応に、レンは気づかれないように小さく笑う。


「もうっ…!驚かせないでよ…」

「ごめんごめん。でもいくら待っても、リンが来ないからさ」

「い、行く訳ないでしょ!」


リンはそう返しながら、待ちながら何度か行こうかと迷ってた事は言わなかった。
残念そうな顔をするレンであったが、それもどこか楽しそうにしてるのが見てとれる。


「…ねぇ、そろそろ離してくれない?私もお風呂入りたいんだけど」

「う~ん…もう少しだけ、こうしてたいな」


そう言って、レンは抱きしめる腕に少しだけ力を込める。
迷惑そうにしながらも腕から伝わる彼の体温に、リンはどこか安心感を覚えた。


「レン…今日さ、なんかスキンシップが多くない?」

「ん?そうかな…いつも通りだよ」

「…会社で、何かあったの?」


実際レン自身にもその自覚はあって、その原因は仕事の休憩中でのリンとの電話のあの一言であるわけで。
しかし目の前の彼女は何か勘違いしてるらしく、心配そうな声色でレンに聞き返した。
そんなリンがとても可愛く見えたと同時に、心配してくれる彼女の優しさにレンは嬉しさを覚える。


「大丈夫、何にもないよ」

「ホントに…?」

「ホントだって。…それに、原因はリンだしね」

「…なんの事?」


リンの心配を拭い去るかのように、レンが優しく語りかける。
心配そうな様子は無くなったものの、最後のレンの言葉に疑問の表情を後ろの彼に向けた。


「何でもないよ…。ほら、お風呂入ってきなよ」

「誰のせいで、入れなかったと思ってるの」


腕から解放されたリンは、悪態をつきながら風呂場へと向かって行った。
時間も持て余したレンは、今は見る者がいないテレビに目を向ける事にした。









「んー…さっぱりした♪」


そう言いながら、お風呂から上がったリンがリビングへと戻ってきた。
首にタオルを掛けたままで、髪もまだ僅かに濡れている。
それを見たレンが手招きをして、それに従って彼の隣に腰を落とす。


「ちゃんと拭かないと、風邪引いちゃうよ?」

「むぅ…そういうとこ、昔から細かいよね」


首のタオルを取られてそれで髪を拭かれるリンは、そう言って軽く頬を膨らませた。
しかしそうされるのが気持ち良くて、その行為を受け入れる。


「そうやって、よく風邪をこじらせたのは誰だっけ?」

「そ、それは子供の時の話だもん!そんな昔の話しないでよ…」

「先に昔の話をし出したのはリンでしょ…はい、もういいよ」


タオルをリンの頭からどけて、乱れた髪の毛を指をくし代わりにして軽く整える。
リンはそうされながら、話題を変えようと話しかけた。


「そういえば今日ね、ミクちゃんとテトさんが遊びに来てたよ」

「…へぇ、そうなんだ」

「うん、それでね―」


とても嬉しそうに話すリンに対して、表情に笑みを浮かべながらもレンの目は笑っていなかった。
それに気付かず楽しそうに話を続けるリンは、そんな彼の行動に対処が遅れてしまう。


「レ、ン…?」


気が付けば腰に左手を回され、顔には右手が添えられていた。
この時になって、リンは初めてレンの表情に気がつく。
だが時は既に遅く、次の瞬間には唇を塞がれていた。


「んっ、ふ…!」


やや乱暴に口付けされ、塞がれた隙間から空気が漏れる。
不意打ちでされた為に酸素が不十分なリンは、空気を得ようと口を離そうとするがレンがそれを許さなかった。


「ちょ…レン、待っ…んんっ…!」

「っ…やだ。ん…」


離れたほんの瞬間にそれだけの言葉を交わして再び口を塞いで、今度は舌をリンの口内に侵入させた。


「んっ!?…ふぁ、んっ………!」


歯茎や口の壁をレンが舌を使って刺激する度に、リンは身体を震わせてそれに反応を示す。
飲みきれていない唾液は溢れ滴り落ち、彼女が着ているパジャマのズボンを汚していた。


「…っ、ふっ…はぁ…」

「はっ………」


ひとしきりそうしてレンが口を離せば、二人の唇の間に唾液の糸が伸びる。
目の前にはリンが息を荒くして顔を紅く染めながら、瞳に生理的な涙を浮かべていた。
そんな彼女を先程の口付けとはうってかわって、優しく包むように抱きしめる。


「…ごめん、リン」

「…ねぇ、急にどうしたの?やっぱり、何かあったんじゃ…」

「あー…いや、そういう事じゃなくて、さ…」


気まずそうにそう言う彼に、リンは訳が分からず疑問の表情をする。
少しばかりレンの行動理由を交わした会話等から考え、脳内に一つの理由が浮かんだ。


「…もしかして、ヤキモチ?ミクちゃんとテトさんに」

「………」


答えは返ってこなかったが横目で様子を窺えば、レンの耳は赤くなっていた。
それを見てリンは、自分の予測が当たっていると確信する。


「リンが…『早く帰って来て欲しい』なんて、言うからじゃないか」

「男の人ならまだしも、ミクちゃん達にまでヤキモチって…」

「仕方ないでしょ…僕の一番は、ずっとリンなんだから。昔も、そしてこれからもね」


リンは自分を抱きしめつつふてくされてそう言う夫が、子供っぽく見えて可愛いなんて思ってしまう。
同時にその言動が昼間の自身と重なり、それを白状するかのように告げる。


「それなら…私も、レンと一緒だね」

「…どういう事?」

「私も、ね…ミクちゃんとテトさんと話しててもなんか寂しくてつい、『早く帰って来て欲しい』なんて言っちゃたの…」


レンの腕の中でリンは恥ずかしそうな顔をして、彼の胸に顔を伏せる。
そうして顔を少しだけ上げて、上目遣いでレンを見つめた。


「私の一番だって、いつだってレンなんだよ?ずっと前からそうだし、これから先だって…」

「………ズルいよ、リン」


レンはそれだけ一言呟きリンが苦しくない程度に、抱きしめる力を強くする。
その顔はリンに負けず劣らずに赤く、目の前の彼女を直視出来ないでいた。


「そんな顔でそんな風に言われたら、我慢できなくなる」

「そ、それは我慢して欲しいです…」


言葉の真意を読み取ったリンは、焦りながらそう返す。
少しばかり落ち着きを取り戻したレンが、彼女の顔を見ながら「努力するよ」と苦笑して答えた。


「その代わり、って訳じゃないんだけどさ…」


顔を赤くしたまま言葉を濁すリンを見て、その後の言葉を黙りながら待った。
そんな彼の瞳を見つめながら、リンは満面の笑みで言う。


「明日レンが仕事に行くまで、私はずっとレンの傍にいるよ。だから、レンは私の傍にいてくれる?」

「…もちろん、いるに決まってるでしょ」


レンはそう言って、リンの額に優しい口付けを落とす。
そうされたリンはお返しとばかりに、レンの頬に同じように優しく口付け仕返した。
そうしながら再び視線を交わせば、二人は幸せそうに微笑みあった。















(会えなかった時間の分以上に、愛するキミを感じていたいから)


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【新婚みね】一秒でも長く、㎜でも近く【音坂さん】

コラボで投稿したので、こっちでも上げておきます(・ω・)


本家様:音坂さん(http://piapro.jp/otosaka) サイト(http://nanos.jp/keyring/)
第一弾→(http://piapro.jp/content/0374gnrboodsoeiv)
第二弾→(http://piapro.jp/content/kq060fuu86dubu0e)
第三弾→(http://piapro.jp/t/xAHA)

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投稿日:2010/11/20 15:31:44

文字数:4,889文字

カテゴリ:小説

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