「お姉ちゃん」
「なあに?」
「おねーちゃーん」
「なーにー」
後ろに座る私に、ミクは、とさっと、小さな背中を預けて来た。
「そんなにしたら、髪の毛梳かせないわ。ミク」
「…うん」
私は小さなため息をついて、可愛い妹の頭を胸に抱えた格好で、持ち上げたミクの長い髪の毛先をブラシで梳いた。
…丁寧に、痛まないように、さらさらになって、艶が出るように。
ミクの自慢のその髪は、今日に限って、どうした訳か、透き通るようなピンク色をしていた。
ルカのそれともまた違う。
もっと淡くて、うっすら銀色がかって、所々に濃い色が、波紋のように散っている。
髪の一束を手の中で揺らすと、その中でピンクの波が、水のように風のようにゆらゆらと踊った。
「さくら、なんだって」と、ミクは言った。
「そうなの」と、私。
ほんとうに久しぶりに、
昼から家にいたミクに、
お茶でも煎れてあげようかと様子を見に行ったのは、ついさっきの事。
ミクは、自室いっぱいに広げた新衣装の中で、
桜色になってしまった後ろ頭をこっちに向けて、なんだかぼうっと窓の外を眺めているところだった。
声をかければ、振り向いて、おねえちゃん、と、しずかな顔で、わたしに微笑み返す。
…ああ、これは、いけないわ。
「ミク、こっちにおいで」
それで私は、考える間もなく、
大きくて小さな妹に、両手を差し伸べずにはいられなかったのだ。
一階の縁側は、ぽかぽかと日差しがあたって、家の中よりあったかいくらいだった。
えんがわ、そう、縁側。
…歌で知った。お隣さんにあってすごくよかった。
そう、誰かが言って、誰かが賛成をして。私たちの庭にも、新たに去年、作られたのだ。
そよそよと風の吹く居心地のいいその縁側と、
それから、今まさに満開の、桜の木が。
私は、なんと目の色までピンクになったミクを誘って、縁側のいちばんいいところに陣取り、
満開の桜と桜ミクさんを同時に愛でることにした。
メイク箱を持って来て、さあどうしようかしら。
ミクが来たばかりの頃にしてたみたいに、長い長い、魅力的な髪を梳いてあげることにする。
ミクは、久しぶりに子供みたいに扱われて、少し照れ、はしゃいだ声をあげ、
次はミクがお姉ちゃんの爪やってあげる!なんて明るい横顔を見せてくれていたけれど。
後ろから私が、その長い髪を全部ほどいて、ブロックに分け、毛先から、生え際から、真ん中から、丁寧に丁寧に、櫛を入れてあげているうちに、
だんだんと、
口数が少なくなってくる。
それで、戻るのが冒頭の話。
私の胸に後頭部を埋めたミクの前で、最後に残った右の毛先をキレイに梳き終わると、
私は、手を開いて、握っていたミクのピンク色の髪をぱらぱらと風に散らした。
そよ風に散る、桜のはなびら。
かわいい妹の、桜色の、長い髪。
二人で、うすピンク色の儚いモノが、風に踊る様子を眺めていると、
ミクは急に、寝返りを打つみたいに体をよじって、私のお腹に、ぎゅっと力一杯抱きついて来た。
私は、縁側に寝転んだみたいになったミクの、小さな頭をゆっくり撫でる。
頑張り屋さんのミク。どんなことがあったって、ひとつの文句も言わなかったミク。
小さな背中を覆って縁側の下にまで流れおちるピンク色の髪の上に、本物の花びらが舞い散って、
まるで、桜の絨毯みたい。
「…ちょっとだけ、疲れちゃったのよね」
私がそれだけを言うと、
ミクは顔を伏せたまま、ふぇ、と子猫みたいな変な声で鳴いた。
私はその声がおかしくて、くすりと笑った。
そうしたら、小さな私の妹は、そのまま私の膝の上で、声を殺して泣き出してしまう。
…ずっと我慢してたのに、耐えきれなくなっちゃったのね。
泣き止もうとして出来ないで、
ごめんなさいと言おうとして言えないで、
アイドルとも思えない様子で、鼻水の音をずるずるさせて、
小さい手で、私のスカートをぎゅうぎゅう握りしめて…
私は、そんなミクが、健気で誇らしくて、
それはもう可愛くて、仕方がなかった。
「縁側作ってよかったわね」
「…ぉねぇ、ちゃ…」
「はいはいどうしたの」
「おねぇちゃぁぁん…」
「ここにいるわよ」
「ぅぇえー……」
縁側もよかったし、桜もよかった。
まっしろな桜の下では、
なんだか、
そうね。
夢のなかにいるみたいで、
いつもと違う自分を、許せるような気がするの、ね。
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