「なっ・・・!? こ、“殺しの初音”・・・!?」
先程まで金属バットを持っていた男は両腕をダラリとぶら下げたまま叫ぶ様にしてミクのあだ名を言った。その腕は動く事は無い。ミクが木刀を振るった勢いで折れてしまったのだろうか。
「へぇ・・・。私のその呼び名を知ってるんだ・・・。なら・・・これからテメェがどうなるか・・・分かるよな・・・?」
最初にリンとレンを心配そうに見た後、ミクは男に向かいながらそう言った。その顔から表情と言う表情は失せ、恐ろしい程の目つきで男を睨み付けていた。
「・・・初音に弟と妹はいない筈じゃ・・・!?」
「さっきのは言葉の綾だよ・・・。あの二人は私の可愛い幼馴染でね・・・小さい頃から良く一緒に遊んでたんだよ・・・。だからね・・・許せねぇんだよ・・・。この二人を傷つけたテメェらがよぉ!!」
ス、と木刀を構え、ミクは男に突入する。男は何を出来る訳でもなく、ただ、木刀の餌食となった。ドス、と鈍い音がして男が声もなく倒れる。
「弱い奴・・・」
吐き捨てる様にミクはそう呟くとリンとレンの方に駆け寄る。その表情は何時も通りのミクの表情だ。不安そうな顔をしてレンの頭をそっと撫でる。
「酷い怪我・・・。早く此処を抜け出したい・・・所だけど・・・」
突然、ミクは座りながら木刀を振るう。リンが驚いている間に後ろの方から「がっ・・・」と言う唸り声らしき声が聞こえてその方を見ると別の男が蹲っていた。
「どうやらそういう訳にも・・・いかねぇみてぇだな・・・」
不敵な笑みを浮かべながらミクは辺りを見回す。地に伏していた男達の姿は無く、代わりに違う男達がズラリと二十名ほど辺りを囲んでいた。
「援護隊・・・て訳か・・・。レンの言う通りだ・・・」
「まぁ、私も援護隊・・・のつもりだよ。後、」
ミクの言葉が終わらない内に、ミクが何もしていないのに次々と男達がなぎ倒されていく。その戦いの中にいたのは、五十センチ程の木刀を両手に持っている、ネルだった。
「ネルちゃんもね」
フ、と少しだけ笑って見せるとネルもそれが分かったのだろう。木刀を素早く振るうと近くにいた男達を蹴散らして此方の方に駆け寄ってきた。
「リン、無事か? ・・・って・・・レン!? 意識は・・・無い・・・。・・・脈は一応、安定してる。だが・・・時間の問題だな・・・。ミク、私が此処にいるから、お前は周りにいる邪魔な奴らを担当してくれ。・・・私は近距離派だからな・・・」
ネルは素早くレンの脈を首で測った。そしてミクに敵を倒す様に頼む。
「分かったよ。早くレン君連れて行かないとね」
ニッコリと微笑みながらミクはそう言うと敵陣の中に突っ込んでいった。次々に襲い掛かる男達をミクは焦らずに順番に薙ぎ払っていく。ネルもリンとレンに襲い掛かろうとしている男達を木刀を振るう事で倒していく。そんな中、何も出来ずにいるリンは、ポツリと
「あたし、何か役立たずだね・・・。レンは私の所為で怪我しちゃうし・・・今だって・・・ミク姉とネルがいないと・・・何も出来ない・・・」
そう呟くと「そんな事は無い」と木刀で相手の鳩尾を打ちながらネルは言った。
「リンは役立たずじゃない。レンはお前の為を思って怪我をしたんだ。お前が怪我しない様に、てな。まずはそれを喜べ。そしてこの後、看病しろ。レンの看病はリン、お前に任せる。私とミクは何もしない。でも、何か手伝って欲しい事があれば、言ってくれ。微量ながらも力になろう」
ふとネルを見れば少しだけ頬を赤らめていた。ネルが照れるなんて珍しいな、と思いつつもネルの言葉に感謝し、「ありがとう」と呟くと「如何致しまして」と言う返事が耳に届いた。
「終わったよー!」
ミクがそう言ったので辺りを改めて見回すと皆が皆、地に伏せかえっていた。フ、と息を付いてネルはフォン、と木刀を振るって ス、と腰に剣を差す様にそうした。
「まだ何か来るとやだし・・・此処は早々に撤収しようか」
「そうだな」
二人がそう言ったのでリンもようやく立ち上がり、慎重にレンを三人で抱えてまずは病院に行く事にした。
そして、一夜明けた、旅館では
「・・・まだレン君・・・目ぇ覚まさない・・・?」
「うん・・・」
少しだけ、寂しそうな表情をしながらリンは応えた。そして目線を元に戻す。その先には布団に入っている、頭に包帯を巻いたレンの姿があった。
昨日、病院に運ばれたレンは怪我を見てもらい、処置をしてもらった。怪我は思いの外軽く、直ぐに退院する事ができた。だが、問題が一つ。レンの目が覚めないのだ。昨日から、眠りっぱなし。それが心配なのだ。
そっと、レンの頬を撫でてみる。ちゃんと血は通っている。その事に安心すると同時にまだ目覚めないのが不安になってくる。
「リンちゃん」
ポン、とミクがリンの肩に手をそっと置く。
「心配する事ないよ。きっと、レン君は起きるよ。大丈夫、あの時もそうだったんだから」
「うん・・・」
あの時、と言われリンの肩が一瞬ビクリと震えたが気丈にリンは頷いてみせた。
「じゃあ、私、こっちの部屋にいるね? 何かあったら声掛けて」
「有難う、ミク姉」
パタリ、と襖が閉じてから、リンはフゥ、と息を付いた。と、
「ん・・・」
と言う声が微かに耳に入って来た。ハッとしてその方を見てみるとレンの瞼がゆっくりと動き、そして、少しずつ、開き始めた。そして完全に目が開くと寝ぼけ眼でリンを見た後、痛そうに顔をしかめた。
「レン! 大丈夫!?」
「ん~・・・まだ少し頭痛むけど・・・平気」
そう応えてレンはゆっくりと起き上がった。そしてリンの方を見て フ、と柔らかく微笑んだ。そっと、腕を伸ばしてリンの頭をそっと撫でた。
「怪我なかったみたいだな。良かった・・・」
「良かった、じゃないよ! 馬鹿レン!」
何時の間にか溢れ出ていた涙をボロボロと流しながらリンはそう言うとレンに抱き着いた。その様子にレンは一瞬、驚いたようだった。
「どっ・・・、どれだけ心配したと思ってんのよぉ・・・! し、心配したんだからね! もう、目ぇ、覚めないんじゃないかって・・・。起きないんじゃないかって・・・! もう、あたし、やだよぉ・・・! レンが怪我するの見るのやだぁ・・・! もっと・・・、もっと自分大切にしてよぉ・・・!」
ひっく、ひく、としゃくり上げるリンを見て、驚いた様だったがその口元を綻ばせるとギュ、とリンを抱き締め返した。
「心配掛けてごめんな、リン。もう怪我しないから。俺は大丈夫だから。だから、な? 泣くなよ。大丈夫だからさ・・・」
そっと、大切なものを扱う様に、それでいて、手放さない様にしっかりとリンを抱き締めながらレンはそう言った。
暫く、リンの瞳からは涙が零れていた。
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