「塔」は俺の所属する組織の名称で、文字通り象徴としての意味合いも強い円塔が拠点になっている。各地に支部となる塔はあるが、俺の暮らす此処はその総本山に当たるため、規模は他と比較にならないくらい大きかった。この中で全ての生活が賄えるよう計算し尽くされた設計は、例え大部分を魔力に頼っているにしろ舌を巻く思いがする。
  ここまで潤沢な魔力を惜しみなく使える理由。それは「塔」が、魔力を己が望むままに操り制御する技術を備えた者――術士を擁する機関だからだ。魔力の用途は多岐に渡り、生活を少し快適にする程度から高度な破壊戦術までとあらゆる方面で活かされる。とは言え当然術士の誰もがそんな高位の術を扱えるわけではなく、各々の実力及び基礎保有魔力に応じたランク分けと、得手不得手から試算されたタイプの振り分けによって、種々の制限が課されているのが現状だった。
  また「塔」に所属する術士には、例外なく一定の待遇が約束されている。つまり衣食住の保障や医療機関での受診など、生きるのに最低限必要な諸々は全て「塔」が肩代わりし面倒を見てくれるのだ。その代わり突然下りる指令へは絶対服従で、個人の思惑など二の次となるのが常だった。まだ救いなのは、その回数がそれほど多くはないということだろうか。ただその指令というのが随分と厄介な代物ではあるのだが。
  そしてこの「塔」に帰属していない術士も存在する。元々所属していたものの「塔」の画一さに嫌気が差し抜けた者、また「塔」からの勧誘を断った者など、その理由や状況は様々だが、彼らに関して「塔」は一つの規則を設けていた。
  それはいかなる事情であれ、魔術の使用並びにこれに準ずる一切の行為を禁止するというものだ。火を熾すくらいの簡単な術式でさえ許されず、もし破った場合は“厳格な処罰”が下されると言う。どれほどえげつない懲罰が待ち受けているのか想像もしたくないが、噂ではそれ専門の部署が「塔」内に設けられているらしく、俺含む「塔」所属の術士たちは日々死角からの見えない視線に戦々恐々とさせられていた。
  そんな術士のほとんどが住居としている塔の外観は至ってシンプルだ。生憎俺は此処しか直接に知らないが、どこも程度の差こそあれ同じような造りだろう。本部の場合、直径百メートル以上もある真円の円柱が天高く聳える様を想像すれば事足りる。何の装飾も施されていないその高さがどれくらいなのか、はっきりとは分からないものの、相当高いことは言うまでもない。そしてそこまでの高さがありながら自壊しないようにするには、一体いかほどの魔力が必要なのか。考えるだに目が眩みそうだ。
  この肝心の内部だが、まず一階はエントランスとなっている。塔は術士以外の立ち入りが原則禁止されているため、あまり意味のある空間とも思えないが、一応組織の顔となるスペースとしての面目は保っていた。ただそれだけの場所であり、外から見られることを意識している以外の存在理由が思い浮かばない無味乾燥な仕様と言えた。
  そして二階から十六階までは、塔に起居する者たちの食料を生産する農業用地だ。僅かな水と肥料、光で育つ野菜や、一日百個以上の卵を産む鶏、たった一週間で成長する牛など、必要な食料を此処で全て賄うことが出来る。俺たちの命を繋ぐ重要な場所であり、一番なくてはならない地区と皆が断じるだろう。
  その上階は食堂となっており、階下で生産された食材をすぐ調理し食べられるよう何人かが常駐している。大抵はランクの低い術士たちで、彼らが持ち回りで調理場を任されているようだった。
  十八階から三十一階までは俗に「庭」と呼ばれる術士養成機関だ。入園可能な最低年齢は八歳からで、上限は特に設けられていない。正式な「塔」所属の術士を目指す者は、此処で最低八年間術士としての技能を学び、魔力の扱い方や魔術の基礎を修得していくことになる。基本的に「庭」で学んでいる間は魔術がらみの仕事をすることはなく、実地訓練も授業の一環として行われるため、本気で術士を夢見ている者にとっては正にうってつけの環境だろう。入園時期や年齢がバラバラなため一律とはいかないが、十代後半から二十代前半ほどで卒園し、晴れて術士となる道を辿る者が大半だった。
  別に「庭」で魔術を学んだからと言って、必ずしも「塔」へ帰属し術士にならないといけないわけではない。途中で辞めたければ辞めても一向に構わないのだ。そもそも「庭」に入園したはいいものの魔術が身に付かない者だっている。その場合、基礎修業年数を過ぎた後に上層部より退学及び退去を迫られることが慣例となっていた。「塔」に所属出来るのは術士のみで、この可能性が断たれた者は塔からも追い出されるのだ。
  ただそういう止むを得ない際はともかくとして、大抵の者はそのまま留まり「塔」所属の術士となることを選ぶ。理由は単純で、衣食住が確約されるためだ。一度「塔」の帰属から外れれば、再登録しない限り「塔」の支給は受けられない。またその再登録にしても、二度目以降ということもあってか最初とは段違いの厳しい審査が行われ、ほとんど一次審査で落とされるのが実情だ。それに引き換え「塔」にいれば少なくとも野垂れ死ぬ心配は無用で、日々命を繋ぐことにのみ意識を囚われずに済む。
  俺もそんな理由で繰り上がり式に「塔」の術士となった一人だった。吐き捨てたくなるような浅い動機。動機にもなっていない惰性的な許容だ。もしも兄だったら。考えなければいいのに、ついそちらへと思考が飛んでしまう。もし兄なら、“外”でもうまくやっていけるだろう。例え魔術を封じられていようと関係なく、飄々と世界を渡り歩いていけたはずだ。それに比べて俺は――……
「くそっ……!!」
  思わず舌打ちが漏れる。湧き上がる苛立ちを抑え切れなかった。もういない人間に当たっても仕方ないことは重々承知している。にも関わらず、俺の滾る胸の内にあるのは、言いようのない虚無感を火床にした妬心だった。むしろ目の前にいないからこそ、吐き出し口がなく沈殿していく一方なのだろう。一生俺はこの醜い感情を背負っていかねばならないのか。これから死ぬまで――もう二度と会うことはない兄の存在に縛られながら生き続ける。
「……結局、「塔」にいるのと何も変わらないな」
  俺は例え「塔」の外に出ることを決意したとしても、兄の呪縛からは決して逃れられない。記憶喪失にでもなって完全に抹消してしまわぬ限り、本当の意味で自由になることはないのだろう。
  巡らせるだにうんざりしてくる過去ごと引き上げる気分で、俺はベッドから立ち上がった。そのまま乱暴に拭っただけの髪に構わず自室を出る。そうして縦長の廊下を塔中心部へと進んだ。
  「庭」の上、三十二階から九十一階までは居住地区となっている。術士は原則塔内での起居が義務付けられており、支部の塔でも併設された寄宿舎へ入るよう徹底されているらしかった。技量や功績如何によっては、召集命令に即応するという条件付きで外へ居を構えることが認められる場合もあるものの、大方が塔での生活を希望するため、実際に塔を出る者は結婚した人間などごくわずかだ。
  そんな居住地区は下層から、身寄りがなく且つ「庭」に入園可能な年齢未満の子供、「庭」で学んでいる者、卒園し術士となった者、幹部と区画分けされていて、最下層である孤児院区域以外は皆同じ構造をしている。それは規定上「庭」へ入園した時点において「塔」の一員とみなされるからで、早い者は八歳より割り当てられた個室で一人寝起きすることになっていた。俺が今使用している部屋も、その内の一室だ。
  居住地区の俯瞰図は、大皿の上へ整然と切り分けられたケーキとよく似ている。中央にある円状の通路から放射線状に八本の廊下が延びており、突き当たりはそれぞれ展望台へと通じていた。個室に窓はないため、居住地区で下界を見下ろせるのはこの展望台のみだ。
  塔内部は空調が行き届き、外気を取り入れずとも気分が悪くなることはない。かえって汚染された空気を吸うより安全とすら言えるだろう。件の展望台にしても厚い窓硝子が張られ、外部と完全に遮断されている。加えて眼下に広がる景色はさして綺麗でもなかった。けれど何故だか此処には常時誰かがおり、飽かず外を眺める姿が見られる。かく言う俺も週に一、二度はそこからぼんやり地上を見下ろし、物思いに耽ったりして利用していた。
  こんなちょっとした憩いの場へ続く八本の各廊下には、左右それぞれ二つずつ個室へと通じるドアがある。また中央の通路と接する壁面にもドアが一つあり、その向こうも個室となっていた。個室の並びをワンホールのケーキになぞらえた場合、二本の廊下に挟まれた一切れ部分には五つの個室が収まっていることになる。つまり八等分された一フロアにつき、総勢四十人が寝起き出来る収容能力があるということだ。
  男女は一応階層が別になっている。しかし性別よりむしろランクによって厳格にフロアは区分されていた。地位や立場に準じて階層が異なるのは勿論のこと、更にその中でも細かい定義付けがあり、それに基づいてあらゆる物事が決められていく。
  ランクとは術士としての技量のことで、当然高い者が上層に、低い者が下層へ住まうよう計らわれる。この区別は「庭」にいる頃から存在し、年に数度ある実技試験や口頭試問によりクラス分けが為されていた。
  また四年目以降はそこにタイプという問題が絡んでくるため、更にクラスが細分化されることとなる。タイプとは魔力の方向付けのことを言い、ここで生徒はようやく己の得意分野を知りそれを専門に学べるようになるのだ。
  これらの選別試験で不合格となることはまずないものの、一定の水準まで達しなかった者は、基礎課程の修業基準である八年を終えた段階で退去を通告される。その前に自主的に辞める者がほとんどという現状はあるにしろ、少なくとも年数人は該当者が弾き出されるらしかった。
  しかしごく稀に土壇場で思わぬ力を発揮する魔力形成の者もいて、形式的な振り分けが果たしてどれほど有用なのかと上層部でも議論されているようであった。普段の授業では実力以下の力しか出せない彼らに限って、幹部級すら及ばない強い魔力を有していたりする。それを考慮すれば安易に切り捨てるのも惜しいのだろう。とは言え、何らかの方法で実力を測り判断する必要があるのも確かなため、結論が出るのはまだまだ時間がかかりそうな気配がした。
  また晴れて術士となれた者も順風満帆というわけにはいかない。一度卒園してしまうとランクを上げるのは並大抵でなく、余程仕事で目立った成果を挙げなければ叶うことない夢物語だ。つまり卒園した時点でのランクが、その術士の永久ランクと称して差し支えない。そして低ランクであればあるほど仕事の出来に対する審査は厳しくなる。代えはいくらでも効くからだ。無論ここで相応の評価が得られなかった際は即刻塔を出て行かねばならず、俺含めどちらかと言えば術士になる前より気苦労の多い日々を強いられる人間が多かった。
  ランクは甲・乙・丙・丁の四つに分かれている。その内上位三ランクにはそれぞれA・B・Cとタイプ別の分類がされており、この組み合わせによって仕事での役割が異なっていた。時折それらのタイプどれにも当てはまらない者がいるが、彼らはDタイプと認定され、所謂研究員として「庭」で学んでいる内から助手をやらされたりするようだ。ちなみに俺はぎりぎり甲に届かない乙ランクのタイプA。そのせいで、つい先日少し困ったことがあった。
「あの子、大丈夫かな……」
  ほんの数日ほど前のことだ。卒園したばかりの後輩を含めた六人のチームで俺は仕事に向かった。普段通りの何てことない任務だったが、その時俺が腕に軽い裂傷を負ってしまったのだ。怪我自体は大したものでもなく、単に俺の不注意と判断ミスで片付けられる程度の出来事だった。それなのに後輩が動揺し、あろうことか魔力を暴発させる事故を起こしたのだ。正直そちらの後処理の方が手間取ったと言わざるを得ない。あの女の子は今どうしているだろう。初めての仕事でトラウマを植え付けられていなければいいのだが。
「まあ……気にした所で仕方ない、か」
  次も同じチームに組み入れられるとは限らない。ランクとタイプに関しては顔合わせの折に全員把握したので覚えているが、これだけでは如何ともしがたいものがある。何しろ塔は広い。たまたま行き会う可能性もほとんど期待出来ず、正に一期一会で終わる確率が高かった。
「辞めるも留まるも、結局はあの子次第だしな」
  そんな赤の他人でしかない俺が口を挟むことでもないだろう。そう気を取り直し、俺は改めて中央の通路から目差す地点を見据えた。
  塔の中心部。そこを全階層に渡って、仄かに緑がかった透明な光が貫いている。それは直径十メートルほどの円状に空間を囲んでいるばかりで、一見何ら変わった所は見当たらない。だがその円内に入り行きたい階層や場所を思い浮かべると、瞬時に目的の階へ移動することが出来るのだ。
  おそらく原理としてはテレポートに近いのだろう。しかしただでさえテレポートは魔力の出力や方向付けを決めるのが難しく失敗しやすい術だ。ひとたび計算を過てば予測不能なとんでもない座標へ飛ばされる。そこが不運にも分厚い壁面内だった場合の末路は考えるだに悲惨極まりない。
  そんな高位魔術をいとも簡単に再現している“これ”は一体何なのか。想像も出来ないくらいの魔力を使用しているのは間違いないが、その元が何か追求するにはあまりに情報不足であり未知の領域過ぎた。それ故か、地下にともすれば塔を傾頽せしめるほどの魔石が埋まっているのでは、などの噂は尽きず、似通った風聞なら日常茶飯事で塔内の到る所を飛び交っている。
  けれど俺は知っていた。この地下にあるものが、塔全体を賄えるだけの魔力を有す存在ではないと。だから余計に不思議に思う。これは、一体何なのか。
  結局結論が出ることはなく、今日も俺はどんな原理で動いているのか分からないテレポートスポットへと足を踏み入れた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

夢の痕~siciliano 2

一週間どころか、一ヶ月近く経ってしまいました…。
思いがけず風邪を引きまして、それが随分と長引いておりました。
今期の風邪は、何だか長引いている方が多いように思います。
どうかもうすぐ春だと油断せず、皆様ご自愛下さいませ。

肝心のお話ですが…会話分が皆無な文章の羅列です。
まだ序盤ということもあってどうしても説明が多くなってしまい、とても読み辛いと思います…。
あまりに酷いので、章節の初めを二文字分空けてみましたが、読み辛さ自体は変わりません。
御覧頂く際は、覚悟して挑んで下さい><;
次回はようやくKAITO以外のキャラクターが出てきますので、その意味では多少マシになるかなぁ、と思っています。
なるべく早く投稿出来るよう頑張ります!

ちなみに「塔」は組織として、「」なしは建築物として、という区別があったりします。
そんなことを言っていて誤字があるかもしれませんが…その場合は生暖かくスルーしてやって下さいましm(_)m

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閲覧数:225

投稿日:2012/02/25 04:03:32

文字数:5,829文字

カテゴリ:小説

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  • 藍流

    藍流

    ご意見・ご感想

    第2話投下お疲れ様です!
    体調を崩しておられたのですか(゜Д゜;))) お大事に……ってもう治っておいででしょうか。

    今回はLiliumさん設定の「塔」が細かく描写されて、世界観が掘り下げられましたね~。
    この世界でどんな物語が展開するのか、ますます楽しみです!
    そしてこちらのKAITOさんは私があまり書かないタイプの性格のようで、これまた楽しみ(´∀`*)
    次回登場というキャラクターが誰なのか?も気になるところですねー!

    2012/02/27 11:44:01

    • Lilium

      Lilium

      メッセージ、ありがとうございます!
      風邪の方は、まだ時折咳き込んだりしますが概ね治りました。
      またぶり返しそうな気がしなくもないですけど…どうにか踏ん張ります><

      細かく…というより少々くどい文体だと思います^^;
      読了(という言い方も変ですが)本当にお疲れさまでしたm(_)m
      確かに、一般的なKAITOのキャライメージとは違うだろうなぁと感じています。
      彼の過去やら何やらが自然とあの性格を作り上げました。
      次回登場のキャラは絶対にご存知のはずですw
      ただ次々回の方はもしかするとご存知ないかもしれませんが…その前に早く次を投稿できるよう頑張りますね!

      2012/03/03 02:26:26

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