前回の続きです。
翌日。
芽衣子は、誰かが、ごそごそと起き出すような気配と、まぶたの裏に、まぶしい光を感じて目が覚めた。
「ん‥‥朝‥‥?」
寝ぼけ気味に、目を開けると、少し離れたところに敷いてある薄水色の布団が、はだけていた。
「海‥斗‥‥?」
先に起きたの‥?探しに行こうっと。
そう思いながら、草鞋に足を通して、海斗の家族を起こさぬように土間に降り、外へ出るふすまを開いた。
「海斗~?海斗ー!」
おかしいな‥大きな声で呼んだつもりだったけど‥‥聞こえなかったのかな‥?
そう思い、先ほどより大きな声で叫んでみる。
「海斗ー!海斗ー!!」
海斗の家族は、旅商人なので、住んでいるところは、仮住まいである。その、仮住まいが、村の少しはずれにあるほうなので、少し歩かないと、民家がたくさんある所が見えない。
「ちょっと歩いてみるかな‥」
芽衣子もそれを知っていたので、たった一つしかない道を、集落の方へ歩いていった。
「もう!どこ行っちゃったのよ‥‥」
口ではそう言ったものの、やはり、彼女自身も、自分の家のことが心配で仕方なかった。
芽衣子は、道ともいえない近道を通り、民家の裏側に出た。見覚えのある、藍色の羽織が、彼女の視界に入る。
「‥あっ!海斗!」
そう声を上げたものの、気がつかなかったのか、反応が無い。
「気がつかなかったのかな‥‥」
そう首をかしげながら、海斗に駆け寄る芽衣子。
「ねぇ、海斗!どうし──」
そう言いかけ、海斗の、視線の先を見た彼女は、はっとして、持っていた羽織を取り落としてしまった。
「‥‥‥っ!!」
ドクンッ。
なんと、昨日までちゃんとあったはずの村が、焼け野原になり、黒焦げた、原型を留めていないものばかりが、無造作にそこに存在していた。
「‥う‥そ‥‥で‥しょ‥?」
ふらふらと、焼け野原の中に足を踏み入れていく芽衣子。
「めー‥ちゃん‥‥?」
はっと我に返り、芽衣子の存在に気がついた海斗が、彼女に声をかける。
「ちょっ‥危ないよ。まだ火があるかもしれないから‥‥!」
しかし、彼女の耳に、海斗の声は入らない。
芽衣子は、一つの焦げたものを見つけ、そこへ近づき、それの正体を確かめようとしゃがみこむ。
そして、びくっとして、
「‥‥っ!まさ‥か‥みん‥な‥‥?」
たじろぎ、あわてて、そこから逃げるように、転びそうになりながら離れる。
なんと、彼女が確かめようとしたのは、村の者たちの、焼け焦げたものだったのだ。
「イヤっ‥‥」
彼女の瞳から涙がこぼれる。
「めーちゃん‥‥あの‥さ‥話したいことがあって‥‥」
海斗が、遠慮がちに、何かを切り出そうとする。
あれ‥なんで‥こんなに何も無いんだろう‥‥?おかしいな‥そんなに‥火事ってひどかったっけ‥‥?何か‥何か忘れてる‥‥?
そこまで考えて、芽衣子は、咳を切ったように、自分の家の方へ駆け出した。
「‥‥‥!?めーちゃん‥!?」
驚いて、あわてながら、芽衣子の後を急いで追う海斗。
「めーちゃん!どうしたの!?ねぇってば!」
両親のことで頭がいっぱいになっている芽衣子には、彼の声が届いていない。
と、芽衣子は、自分の家に行く途中で、ドンッ!と誰かにぶつかった。
「‥‥‥っ!」
「っと、ごめんな、お嬢ちゃん!」
海斗の父親が、炭のように焼けた柱を担いで通っていく。
「父さん!!何があったの?」
海斗が駆け寄り、父親に問いかける海斗。芽衣子は、それを背後で見ていたのだが‥‥。
「さっき‥あの場所‥村に広がったの‥‥?」
困ったように、黙ったまま何も答えない父親に、苛立ちを覚えた海斗は、
「ねぇ!どうたのさ?みんなは?みんなはどうしたの!?」
鬼気迫った、海斗の、訴えるような表情にたじろぎながら、父親は、諭すように昨晩あったことを話した。
その様子を見ていた芽衣子の視界に、海斗の、悲痛な表情が入る。
「どうしたのよ?海斗?」
不安になった芽衣子が、彼に問いかけると、海斗は、
「なんでも‥ない‥‥」
そう言いながらも、チラッと、近くにある、医者の住む家を見ていた。それに気づいた芽衣子が、
「なんでもなくないでしょ!!」
そう言って、彼を押しのけると、その家の木戸をガタンッ!と強く開けて、部屋へ入った。
「おじさん!!誰かいるの!?」
「あ!芽衣子ちゃん、そっちは──」
医者が止めるのも聞かず、ずかずかと奥の部屋へ行く芽衣子。そんな彼女のあとを、海斗が追ってきた頃には、彼女は、部屋の中にあるものを見ていた。
「‥‥‥っ!!うそ‥‥?」
芽衣子は、ふらふらと覚束ない足取りで、わらに包まれた両親の遺体のそばへ行く。
「父‥さん‥?母‥さん‥?」
黙って唇を噛み締める海斗。うつむくしかない医者。
「ちょっと‥うそ‥でしょ‥‥?」
答える者はいない。
「うそよぉっ!!父さぁん!母さぁん!嘘だって言ってよぉ!ねぇ!!」
わらにしがみつき、芽衣子は、ただ泣きじゃくるばかり。そんな芽衣子の隣に、海斗は、黙って座った。
「‥‥‥」
そして、芽衣子の白く柔らかい手を、両手で包み込むように、キュッと握った。
「‥‥!!海‥斗‥‥?」
驚いて彼を見る芽衣子。彼は、ただ、穏やかな表情で、
「めーちゃんは‥1人じゃないよ‥?」
「‥だってっ‥父さんと母さんは‥‥死んじゃったじゃないの‥‥」
彼女の瞳には、悲痛な色が浮かんでいる。がしかし、海斗は、それにも動じず、ふっと微笑んで、
「僕がいるよ」
「え‥‥?」
「僕が、めーちゃんの父さんと母さんの‥でも、僕じゃ代わりにならないかもしれないけど‥‥」
「なによっ!はっきり言いなさいよ!」
「めーちゃんが寂しくないように‥僕がそばにいてあげる。だから、めーちゃんは1人じゃない」
「‥‥‥」
芽衣子は、海斗に、何も言い返せなかったし、両親を失った悲しみが癒されたわけじゃない。
けど、彼の優しさだけは、彼女をしっかりと包んでいた‥‥。
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ご意見・ご感想
enarin
ご意見・ご感想
再び今晩は!、続き拝読させて頂きました!。
焼け野原、両親の焼死・・・今までの”日常”が壊れる時。トラブルどころではない状態発生ですね。
めーちゃんは普通の子、しっかりものの海斗とは違い、その”現実”をまだ受け止められない・・・。
海斗はめーちゃんの両親の代わりになってあげられるのでしょうか?。
では次に移らせていただきます!。
2010/03/18 16:44:36