<<ゲーム開始から10分経過 残り1時間50分>>

 簡素な住宅街の道を一台の深紅のバイクが駆け抜ける。
 制限速度無視、信号無視といった道路交通法完全無視状態で男二人を乗せたバイクは風となる。
 運転手である先輩の後ろにへばりつくようにしてしがみ付いている卓は、走り出す際に渡されたヘルメットの耳元から聞こえてくる声に耳を傾ける。どうやらヘルメットの中にイヤホンが仕掛けてあるらしい。
「なるほどな、鬼ごっことはあいつらが考えそうなわけだ!!」
 如何にも面白げに言う先輩の声は鮮明にヘルメットの中に響いてくる。因みに、ただ今先輩は絶賛ノーヘルで運転中である。右耳に着けた小さなインカムを介して卓のヘルメットに声が送られているのだ。
 吹き荒ぶ風の中、卓は必死になって先輩の腰にしがみつきながらヘルメットの中で声を出す。
「先輩、あの双子のこと知ってるんですか?!」
「ああ、あいつらのことならよく知ってるよ!なんつうか、腐れ縁みたいなもんだ!俺最近JIDでバイトしてるしな」
 その言葉で、先輩がボーカロイドのことについていろいろ知っていた理由に納得がいった気がした。
「だから、研究を飛び出したって聞いて真っ先にお前んとこ行くのも予想できたわけだ!」
 今の状況に至るまでのことを、卓は先輩から簡潔だが既に教えられている。先輩が言うには、双子は予定されていた実験を無視して早朝に他の開発課が製作していたあの馬鹿でかい車を盗み、唯一枚「正義は我にあり!」と書かれた紙を残し姿を消したらしい。目的は不明。前日までで不審な行動は見られなかったらしい。
 たったそれだけの情報で―――
「先輩、よくあいつらがこんなことするなんて思いつきましたね」
「言っただろう?腐れ縁だからな、あいつらの立場を考えると、そうしたい気持ちもわからんでもないし」
「立場・・・って何のことですか?」
「いろいろだよ、いろいろ!」
 先輩らしからぬ、はぐらかすような言い方に違和感を覚えた。だが今はそんなことは後回しだ。
 T字路をクラッチの切り替えて減速しつつ、そのままのスピードで一気に曲がる。近くにいた買い物帰りのおばちゃんが悲鳴と共に両手を上げて固まっていた。
 先輩はトントンと耳につけていたインカムを叩いて何かをしていた。
「しかし鬼ごっこねぇ・・・卓、お前が言われたのはさっき聞いた内容で確かか?」
「は、はい!間違いないです」
 おばちゃんのことを振り返り気にしつつ、卓は頷く。そう、これまでの道中、卓は先輩から事態の推移を聞きつつ、自分が見聞きした事実を伝えていた。
「オッケー、てことは、卓以外の人間の途中参加は大歓迎ってわけだ」
「え、ってことは先輩も手伝ってくれるんですか?!」
 卓がつい前に乗り出したせいで一瞬バイクのバランスが崩れる。その揺れに再び席へと引き戻される。
「でなきゃ二人乗りなんてしてないだろ。そもそも車に対して人力はハンデありすぎだっての。それにこんな面白そうなこと、参加しないわけないだろうが!」
 顔を見なくても、先輩が子供みたいな笑みを浮かべているのを容易に想像できた。
 そういえば、この人も祭り人気質だった。ことあるごとにいろんなイベントに首を突っ込み、あるときは暴走し、あるときは奔走していた。そのことごとくに、卓は巻き込まれ、いつも尻拭いと方向修正の手伝いをさせられたものだ。だが、今のこの状況で、これほど頼もしい人物は他にいない。そのことに卓の心臓は自然と跳ねた。
 しかし、改めてこうして先輩の行動原理を思い出すと、思いのほか先輩と双子は似ているような気がした。腐れ縁と言うよりも、同族故に自然と集まってしまっているのかもしれない。
 卓の志向はそこで一度途切れ、先輩の声に現実に引き戻される。
「卓、こいつはチャンスだ。あいつらは少なくともまだ俺が卓に合流したことは知らない。てことは、あいつらの考える卓の移動方法は、徒歩と自転車、後は交通機関に絞られる」
「つまり、こうしてバイクで追いかけていること事態が、既にあの双子の意標ってことですか?」
「そうだ!てことは、うまくすれば油断している連中の横っ腹に飛び出して足を止めることもできるはずだ」
 確かに、速度に限界のある自転車やルートが限定されるバスなどの交通機関、ましてやタクシーなんて物に比べれば、このバイクのほうが倍以上の速度で動けているはずだ。先輩との合流が向こうにばれている可能性はほぼゼロ。正しく千載一遇のチャンスだ。
「な、なるほど。でもどうやって連中の行き先を絞るんですか?」
「さっき聞いた話だと、フィールドは別にこの街の中と限定されてない。となると、あんだけでかい車だ。おそらくは逃げやすい街の外に出ると思うんだが、既に高速道路は封鎖している。追突事故ってことで情報が流れてるから、ナビシステムを使ってる連中のマップにもそのことは既に伝わっているはずだ」
 なんかとんでもない事態に発展している気がしたり、明らかに国家権力とかそんくらいの何か大きな力が動いているみたいだがそこはあえてスルーする。これも慣れの成せる業だと信じたい。
「そうなると、高速道路を使わず街の外へと向かう道・・・・・そうかっ!」
 卓の中で一つの答えがひらめいた。首都からもはずれ、街としては中規模に位置するかしないか程度のこの街で考えられる交通網。それは、とある場所から真っ直ぐに伸びた一本の道。その道こそ、隣町とを繋ぐ生命線となっている。
 そして、そのとある場所とは――――――
「商店街だ!!あそこからなら最短距離で街から出られる道がある!」
「ご名答!この住宅街を突っ切った先で商店街方面に向かう連中の鼻を折る!」
 その言葉と共に、バイクのスピードが更に増す。まるで、人だけではなく、このバイクさえもこの状況に燃えているかのようだ。
「勝ちに行くぜ、卓ッ!お前のマスター魂を見せてやれ!」
 先輩の鼓舞するような声に、卓の体中の血が滾るような感覚を覚えた。マスターなんて自覚は未だにないが、だからと言ってこんな一方的な喧嘩を吹っかけられて黙っているほど聖人ではないのだ。
 決めたことには男を見せろ、それが今は家を空けているどっかの馬鹿親父の言葉だ。だからというわけではないが、卓は多くを語らず、唯一言を腹の底から吼える。
「おうッ!!」
 そう応えて、二人を乗せたバイクは住宅街を抜けて一般車道へと信号を無視して躍り出る。ここから先は一気に商店街へ抜けるだけ。
 負けられない戦いが、ここにある。
 そう思っていた二人は、道路に飛び出してたと同時に現れたその巨躯に度肝を抜かれた。そして、その鉄の塊に乗っていた黄色い髪の少女、宿敵は突然のことで飛び出さんばかりに目を見開いて固まった。
「「「・・・・・・・嘘?」」」
 1メートルもあるかないかの距離。三人は同時に同じ言葉が漏れ、思考停止。三者三様、ありえないものを見る目でお互いを見つつ、最初にリンが悲鳴を上げた。
「ちょっ、レン!やばい、急いで!!」
 その一言に、ミラー越しに卓達を確認したレンはリンと同様に信じられないと言った顔で驚き、しかしすぐさま速度を上げて引き離しにかかった。
「この・・・っ!単車舐めんなよガキ共!!」
 ワンテンポ遅れ、先輩も負けずとフルスロットルでエンジンを吹かし、獣の唸り声のような音と共に加速する。直線での加速力では先輩のバイクが勝っている。バイクはどんどんと追いつき始め、後一歩で手の届く距離まで来た。
 しかし・・・・・
「ちっ!!」
「うわわわわっ!?」
 急激な減速に卓が振り下ろされそうになる。しかしそこは何とか意地で先輩にしがみついて堪える。どうして急に、と思い声をかけようとする。だが、それは前を見ればすぐわかることだった。
 商店街の入り口付近にある信号が赤色をしていたのだ。人の行き交いもあり、とてもではないがあんな中を走りぬけることは無理だ。だが、レン達は二人の想像とは裏腹に減速をしない。
 減速したために自然とレンたちの乗る車から引き離されて距離ができてしまった。その距離を勝機と見たのか、レンはその巨躯には似合わない機敏な機動でドリフトをした。
 目の前に突如としてできた黄色い鉄の壁に、バイクは更に減速を余儀なくされる。何をする気なのか、眉間に皺を寄せていた先輩は、そしてあることに気づく。
「まさか・・・あいつら!?」
 タイヤを削り、車体を横滑りさせながら、レンは絶妙なハンドリングとアクセルワークを行いつつ叫ぶ。
「リン、頼む!」
「あらほらさっさ!!」
 意味のわからない返事をしつつ、リンはシートのそこから細長い筒状のものを出して、パーツを展開、解除、装備する。
 車はそれら一連の動作が行われる中で速度を落とし、そしてたどり着く。
 そこは信号ではなく、その手前に位置する商店街の入り口だった。アーチ状に作られた入り口は、いかにも商店街らしさを醸し出し、人がまばらにその無駄に広い商店街の通りを歩いている。
「馬鹿ッ!やめろ!」
 先輩が制止の声をあげるが、そんなものは届くはずもなく、リンは開いた天井に身を乗り出して筒を構える。
 それは唯の筒ではない。正しくは対戦車グレネードランチャー、「RPG」であった。
「突貫!!」
 リンの掛け声と共に、RPGが風を切るような音を上げ発射される。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

小説『ハツネミク』part.3双子は轟音と共に(5)

また少し時間が空いてしまいましたが、何とかまとめることができました。できることなら、各話パート7までで収めたいと考えています。
慣れないアクションシーンが多いため、まだ一部直そうか悩んでいる箇所があるので、納得がいかなければ後日こっそり修正しておこうと思います。
拙い文書ですが、読んで頂けたら幸いです。

閲覧数:144

投稿日:2009/05/26 22:24:46

文字数:3,866文字

カテゴリ:小説

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  • warashi

    warashi

    ご意見・ご感想

    こんばんは~!^^
    ご無沙汰しております、いつもコメントありがとうございます。
    面白いと言って頂けて感無量です!
    リンは何も考えなくても勝手に書いていけるのでとても楽です、なのでちょっと更に酷くなるかもです^^;
    こんな私の書いたものでも楽しみにして頂けて、とても幸いなことだと感じています。本当にありがとうございます。
    また続きも頑張って書いていこうと思います、よろしくお願いします!

    2009/05/29 00:52:32

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    ご意見・ご感想

    こんばんは~
    鬼ごっこが始まってから、さらに面白い展開になってきましたね^^
    リンは人混みの中でなんか出そうとしてますが、どうなるんでしょうか?続きが楽しみです。
    お待ちしてますね~

    2009/05/28 23:05:31

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