昼休みになった。

あたりはざわつき、楽しそうな話し声が聞こえてくる。

教室で近くの机同士をくっつけてお弁当を広げる者。
学食へ急ぐ者。購買へ行く者。
お昼の過ごし方は皆それぞれだった。

もちろん人が苦手な私は、教室でお弁当を広げたり、学食に行くなんてこともしない。
購買で適当にパンを買い、裏庭へ移動した。

気温はまだ低く、その為か外にいる生徒はいなかった。

裏庭にはところどころ芝生が植えてあり、庭の奥にはとても大きなケヤキが植えてある。
私は庭の奥まで進み、そのケヤキの下に校舎から見えないところに隠れるようにして座った。
ただなんとなく、伊達メガネを外す。

深く、溜息をついた。

奈々を廊下で怒鳴り散らし、一方的に話を断ち切って教室に戻ったはいいものの、私の心はずっとさざ波が立っているかのように落ち着かず、授業にも全く集中できなかった。

「…奈々。」

今朝出会ったばかりの、おかしな金髪の同級生の少女。
私を突然生徒会に誘ったり、伊達メガネをかけていることを見破ったり、そしてそのメガネを取り上げたりと、彼女の行動は全くもって予測不可能で突然すぎて驚くことだらけだ。

けれど。

それを楽しいと感じていた自分がいたことも、否定はできない。

驚いていただけで、恥ずかしかっただけで、どうしていいか分からなかっただけで。
別にそれが嫌だったわけじゃない。

自然と、頬が熱くなってくるのを感じた。

「……っ!どうすれば、いいのよ!」
ぎゅっと目を閉じ、手を握り締め、俯いた。
どうすればいいというのか、あんな状況になったとき、あんな言葉をかけられたとき、私はどうすればいいの!!
握りしめた手に、より強く力を込めた。

すると、どこからか足音が近づいてきた。
奈々かと思い閉じていた目を開き、勢いよく音がする方へ顔を上げた。

けれど、そこにいたのはあの真っ直ぐな金髪の少女ではなかった。

さわやかな青髪の、青年。
一学年上の学年色のネクタイを付けているのだから、先輩だろう。

その人は私を見ると、少し驚いたような顔をしてから、じっとこちらを見てきた。
私は当然奈々が来たものと思って顔を上げたので、しばらく呆然としているだけだった。

お互いの瞳にお互いを映しだし、動かない。
何も考えず、ただ私はその人を視界に入れていた。
風が、お互いの間を吹き抜けた。

やっと思考が少しずつ頭に戻ってきた私は、その人を視界から外し、奈々ではなかったという脱力感と僅かな寂しさと共に再び俯いた。

後悔していた。

奈々に、あのような言葉を投げつけたことを。
けれど、どうしていいのかわからない。
どうしようもない苦しさに胸を締め付けられ、眉根を寄せた。

「あの、…具合、悪いの?」

ふと、どこか清涼感のあるさわやかな風を連想させるかのような声が聞こえた。
いい声だなと思い、つい聞き惚れて、体の動きが止まる。

ザッと芝生を踏む足音が、私の方へ近づいてきた。
「あの、君?」
肩に暖かな手の感触を感じ、声がすぐ耳元で聞こえて驚いて顔を上げる。
それは先ほど私の視界に入っていた青髪の上級生のものだった。
「え、あ…あの…」
いきなりあの奈々よりも至近距離で声を交わすことになり、しどろもどろになってしまう。
ついに相手の目を見ることが出来ず顔を背けてしまう。

ああ、またやってしまった!もう本当にどうしたらいいのかわからない!!
休み時間に奈々とあったことがグルグル頭を回り、息が苦しくなって、自分があんまりにも情けなくて、目元が熱くなった。

すぐ傍にいる上級生が、息を飲んだ。
私も、自分で自分が信じられなかった。
どうしてこんなときに私は……泣いているの!!

でも本当にどうしていいのか分からなくて、自分が情けなくて、後悔や羞恥で胸がいっぱいになって涙が止まらない……!!

止まれ、止まれ、止まれ…っ

何度も何度も心の中でそう叫ぶ。
逃げ出したくて立ち上がろうとしても脚が震えて力が入らない。
もう最悪だ!!

そう思った時、ふわりと大きな手が私の手を包み込んだ。

「ごめん。俺には何があったかはわからないけど、でも…泣けばいい。我慢しなくていい。涙が出てしまうなら、思う存分に泣けばいい。俺の事は、大丈夫だよ。」
清涼感ある声が、ほんの少しの憂いさと、優しさをたたえてまた耳元で聞こえた。
私の耳に、心に、スッと入ってくる。

「泣けばいい」

そう、見ず知らずの上級生に言われた瞬間、心の中で渦巻いていたものがどんどん涙になって外に溢れ出てきた。
そして私は、そのうちぽつぽつと、胸の中にあったことを青髪の上級生に話しはじめていた。
周りの人たちとの事、奈々との事、自分の事、過去に見た夜の駐車場でのこと…

誰でもいい。
私はどうすればいいのか教えてほしかった。

みっともなくていい。誰かを頼りたかった。

昼休みは終わっていた。

それでも青髪の上級生はずっと私の手を大きな手で包み、私の話を聞いてくれていた。
時折相槌をうち、言葉をくれた。

「よく、耐えたね。頑張ったね」と。

私はしゃくりあげながら、その言葉に頷いて返していた。

ようやく私が落ち着いてきた頃。
青髪の上級生は、私の手を握ってこう聞いた。
「君は、どうしたい?」
私はまだ上級生の顔を見れずに俯いたままでいた。

でも、これでは駄目だと思った。

たった今、泣いて、泣いて。
そしてこの人に、自分の中にあったものを打ち明けて。
自分の心を口にして、分かった。

怖がって触れないようにしているだけでは、わからないままで、伝わってこないままで、伝わらないままで…

怖いままで、不安なままで、苦しいままなんだ。
勇気が欲しい。
ほんの少し、皆と同じ空間に入っていくための勇気。
知るための、勇気。

傷ついてもいいと、覚悟するための勇気。

人といて、傷つけずに触れ合うことなんて在り得ないから。
傷つかない、傷つけない相手は、他人だけだから。

私は、奈々と”友達になりたい”

少しずつでいいから、慣れていきたい。
人を知って、人と接することを。
傷つけあい、受け入れあうことを。

挫けてしまいそうになるかもしれない。
今よりもっと、人と接するのが怖くなってしまうかもしれない。

けれど…

「私は、奈々にちゃんと謝って、奈々と友達になりたい。」
泣きはらした目で、涙で顔もぐしゃぐしゃだったけど、私は青髪の上級生の目を真正面から見返して伝えた。
小さな涙の粒が一筋、頬を流れる。
その粒を、少しごつごつした綺麗な指が拭った。

青髪の上級生が、ふっと微笑んだ。
風が吹き、青い髪が木陰に照らされながらさらさらと揺れる。
海の水面を思い出させるように、綺麗だった。

そして、私の手を強くぎゅっと握り直して言った。

「協力するよ。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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私たちの花物語 ゼラニウムの涙

はい、今回は世良ちゃんの意外な一面が垣間見れたかなと思います。世良の決意がこれからの世良にどう影響していくのか、書いていてとても楽しいです。そして今回は青髪の上級生…と、まぁみなさんは既に察している方は察するのでしょうけれどここではまだ伏せさせてただきますが、彼はこの作品のキーマンの一人でもあるので、楽しみにしていてください!次回!今度こそ!!いろんなお花さん出したいです(´;ω;`)!!もう滅茶苦茶がんばりますんでまたの投稿をお楽しみにしていてください!

閲覧数:188

投稿日:2013/04/06 18:29:33

文字数:2,835文字

カテゴリ:小説

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