「今すぐ手紙を書いて」
 カイトは詰め寄った。せっかく捕まえたのだ、逃げられる訳には行かない。
 確かに一晩眠っていないが今はそんな些細なことは気にならないし、気にしていられる余裕なんて既に闇の彼方である。
「俺と結婚すると、だから生活については安心して欲しいと、そう書いてほしい。知ってると思うけど個人資産ならたんまりある」
 カイトは金遣いが荒い方ではないので、個人資産はまったく手付かずのまま、騎士団の給金だけで充分生活できていた。そもそも外出といっても大勢で安い大衆酒屋で飲み食いをするくらいだ。
「これからの君の衣食住、一生俺が面倒をみる。まず”住”。隊舎は早々に出よう、引越し先は俺の屋敷でも別邸でも君の好きな方を」
 幸い王都の真ん中にある自分の屋敷は殆どが空室で使われていないし、喧騒を離れて静かに過ごしたいのであれば王都郊外にある別邸の方が過ごしやすいだろう。
「お前……別邸なんてあったのか」
「忙しくてここ数年行ってない。今は管理の為にじいや夫婦が住んでるだけだけどね」
 広葉樹林の森に囲まれた別邸の、綺麗な泉に集まる動物達の話を彼女にしたことはあっただろうか。馬で少し遠乗りしてアマリリスの咲く丘にいくのもいいかもしれない。 
「他にもあるのか」
「……ないかな、"今は"」
「なるほど、"今は"、な」
「妹弟たちは今親戚の人の家に居るって言ってたよね?」
「ああ、そうだ」
「こちらへ呼んでくれ。いつでも歓迎出来る準備はしておく。住む場所は彼らの意見を参考にした方がいい?」
 14歳と言っていた双子の弟妹は、そろそろ進路を考える頃合いだろう。
 住環境は別宅の方がいいし、王城までの通勤時間の長さなどは彼女の為ならまったく厭わない。しかし、弟妹のことを考えると住まいは学校から通いやすい方が便利だろう、そう考えると、屋敷の方が都合が良さそうだ。
「カイト」
 脳内で寝室の模様替えを終え、弟妹たちの部屋の場所を決め、会食室のテーブルクロスの柄について考え出したところで、自称元副官(カイト自身が本人の除隊願を握りつぶしているので自称である)の声がカイトを現実に引き戻した。
「お前……さっき言ったことは本当なのか」
「君が騎士団を辞めるからそれを引き留めたくて口から出任せを言ったとかそういった事を気にしてる?」
「そうだ」
「叔父さんもまだ男盛りで特に病気もなく健在だし、従兄弟達は優秀だし、国政について俺が進んで関与することはないと思う。まぁ長男だから家は継がなくちゃいけないけど……それでも……」
 言いながら、自分の浅慮さに嫌気がさしてきた。
 ああ、なんて本末転倒だ。
 彼女を何物にも縛る権利はないと思っていたのはこの俺だ。
 ついさっきまで役に立つと思っていた血筋が彼女を縛るのだ。
 この煩わしい貴族という社会に。

 そこまで言って、重要なことを聞いていなかったのを思い出した。
「メイト……本当の名前は…?」
「……………メイコ」
 視線を外して呟いた。
 だからメイトなのか。
 少し伸びた前髪が顔を隠す。ここ3ヶ月髪を切っていなかったようで、こちらからは表情を窺い知ることが出来ない。
 ただ忙しかったから切る暇がないのだろうと思っていたが、今にして思えば見知らぬエロオヤジに嫁ぐ為に伸ばしていたのだと思うと、そしてその横で自分は何も気付かずのうのうとただ忙殺されていただけだと思うと、忌々しくて仕方がない。
 しかし、彼女が髪を伸ばす理由は先程、自分の為になったのだ。
 なんという優越感だろう。
 煩わしいと思っていたこの無駄にいい血筋も偶には役に立つものだ。
 舌の根が乾かないうちにそんな思考になる程、最低な人間であると改めて自覚した。

 少し開けた窓から朝日混じりの風が吹いた。
 俯いたままのメイコの中途半端に伸びた髪を揺らし、襟足が揺れ、真っ白な項が露わになった。
 柔らかそうな髪を撫でたいという欲求が不意に湧き上がり、カイトはそれに従った。
「ごめん」
「後悔してんのか?」
「そうじゃない。メイコ…の気持ち考えずに突っ走った。ごめん」
 まだ彼女の名前をスムースに紡げない。
 数秒前に知ったばかりのこの名前を違和感なく紡げるようになるにはどの位かかるのだろうか。
「君を貴族社会に君を縛り付けたい訳じゃない。俺がメイコを手放せなくて、卑怯な手を、それも自分の力でどうにもしてない血筋を使って君を引き止めただけだ」
 メイコは片眉をあげてカイトを見やる。
 ハシバミ色の瞳を見て、カイトは態度だけでなく声と視線も未だ項に触れたままの右手も全身すべてを使って訴えた。
「君を縛り付けたくないのも本当で、君にずっと傍に居て欲しいのも本当だ」
 伝えなければ。
 このチャンスを逃す訳にはいかないのだから。
「だから……しがない、いいとこ騎士団長で良ければ、僕と結婚してください」
 そう言って素早く右手を取り傅(かしず)く。
「マスターの名の下に生涯の歌を捧げます」
 この礼の仕方は彼女もよく知っている。
「祝福を」
 頬にキスを返せばこの宣誓は成される。
 カイトたち騎士は使えるべき王にこの誓いをするが、王の他に1人だけこの誓いをすることが許されている。
 それは尊敬する師や上官、または仕えるべき貴族などだ。そして、妻にと乞う相手にも。
 自分が欲しいのはメイコだけだ。


 暖かいものが唇に触れた。


 くちびる……?
 確かに正式な妻問いには唇に返すのだが、最近は公式な場面でも頬と頬を合わせるだけで問題はない。この儀式を模した行為をする結婚式ですら略式だ。
 へ、ちょっと訳が分からない、整理しよう、俺はメイコに……え? 
「誠意を示す方法を考えたらこれしか思いつかなかった」
 困ったように微笑むメイコにカイトただ、綺麗だ、としか思えなかった。
「俺はもうお前に生涯の歌を捧げると決めたんだ」
――――なんて殺し文句だ。
「ちょ、苦しい」
 衝動に任せて掻き抱く。
 メイコは既にその1人を選んでいた。
 カイトが隊長になる時に『メイト』を副官に指名した時、その生涯でたった1度の誓いを捧げた。
 その相手はカイト。
 そういえばあの時触れた『彼』の頬は男とは思えない柔らかさだったことを思い出した。
「カイト!本当に苦しい、お前、加減を考えろ!」
 華奢な肩のラインを。
 優しく柔らかなこの体を。
 力加減を忘れた抱擁で、想いが伝わればいい。
 この人を国中で1番幸せにしなくてはならない、そう誓った。










「手紙。これから一緒に出しに行こう」
「それは明日だ」
「朝食を食べたらすぐに行こう」
「話を聞け、鏡を見たか、今日は寝た方がいい」
「でも仕事がまだ残ってる」
「どうせ先月白い奴らを手伝った時の経費申請書と始末書だろ。そんなの俺がやっておく。とにかく眠れ。凄い顔だ。」
「え……」
「起きたらもうひと頑張りしてもらうからな。隊長と副長が一度に休むのは事だぞ」 
「分かった。一眠りして、手紙を書いて、2人で出しに行って、今後のことを話そう。場所は…」
「隊長室だ。書類を片付けながらでも出来るだろう」
「ははっ、スパルタだなー、俺の奥さんは……」
「当たり前だ。それからな……」
「なに?」
「"いいとこ騎士団長"だ?ふざけるな、騎士団長は当たり前、もっと上を目指せ、誰がついてると思ってる、俺の旦那はそんなに野心がない男なのか?」



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

隊長カイト×男装副長メイコ2

ご好評頂いたので、つ、つづ、つづきを…!!書いてしまいました…!!

閲覧数:349

投稿日:2012/06/25 00:26:58

文字数:3,081文字

カテゴリ:小説

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