第十章 悪ノ娘ト召使 パート3

 魔術の気配がするわ。
 十名ほどの兵士達と共にメイコの自宅を取り囲んだルカは、自宅に向けて声をかけた直後に魔術の波動を感じ、喉が枯れるような感覚に陥った。そのまま、右手を扉に向けて翳す。この気配はワープの魔術の波動であるはず。だとすれば、この場所にはもう人間は存在しない。理性はそう告げているが、それでもルカは確かめなければ納得出来なかったのである。そのまま、鋭くルカは魔術を唱えた。
 「エル・ウィンド」
 直後に発生した強力なカマイタチがメイコの自宅の扉を切り裂き、木造の扉を吹き飛ばした。僅かに残された扉の欠片を足蹴りにしてメイコの自宅に乱入したルカは、予想通りの結末を目の前にして思わずと言った嘆息を漏らすことになった。その場所には、誰も存在していなかったのである。誰かがワープの魔法を使ったに違いない。だが、ワープの魔法は最高位魔法の一つだ。ここまでの術者は相当に限られる。少なくとも、ルカが知悉している人物の中では一人しか思い浮かばない。
 グミ。やはり貴女も、黄の国を滅ぼすつもりなの?
 その考えに思い当たり、ルカは思わず胃が焼ける様な気分に陥った。かつての愛弟子が、今は私に牙をむいている。下手をすれば私以上の術者であるグミと戦って、私は勝てるのだろうか。しかも、グミを傷つけることなく。そう考えて、自身の表情が青ざめたことをルカは否応なく自覚した。

 やはり、迎撃に使える兵士は二万が限界か。
 黄の国の王立軍が持つ最大のスピードで軍の編成を終えたロックバード伯爵は、ガクポがもたらした報告を受けて溜息交じりの吐息を漏らした。最盛期には四万を誇った黄の国の軍勢は既にその数を半減させていたのである。緑の国との戦争で欠損したという理由もあるが、最大の原因はメイコとアレクが軍を引いてから除隊者が大量発生したという理由であった。略奪を良しとしない兵士達はリン女王を見限り、次々と除隊していったのである。現時点における黄の国の総兵力は二万三千に過ぎない。アレクが予想したよりも黄の国はその兵力を大幅に減少させていたのである。ルカ殿が危惧している反乱でも起これば一瞬で黄の国が滅亡するということはロックバード伯爵には十分に理解出来る現象であったものの、かといって青の国の迎撃に向かわなければもっと不利な立場に立たされることになる。王宮を囲まれた状態で反乱が起これば、怒涛のごとき勢いで青の国の兵士達が城下町へと乱入することは目に見えていた。ならば、僅かに勝つ可能性に賭けるしかない。その為には主力が青の国の軍を防ぎ、万が一反乱が発生した時にでも冷静に対応できる人物を残しておく必要がある。ロックバード伯爵はそう考えると、ガクポに向かってこう言った。
 「ガクポ、済まぬがレンをここに連れて来てくれ。」
 その言葉にガクポは神妙に頷くと、ロックバード伯爵の私室を退出して行った。私室に一人になったロックバード伯爵は更に思考を深める。ガクポはこれまで軍の統率を行ったことがないが、先陣を切って戦わせれば兵の士気向上に十分な効果をもたらすはずだ。何しろ、剣の腕前はあのメイコよりも上なのだ。ガクポを中心とした陣形を組めば、なんとか青の国の軍を抑えることができるだろう。では、開戦場所はどこになる、とロックバード伯爵は考え、もう一度机に広げられている地図を眺めた。距離を考えると、この辺りか、とロックバード伯爵は考える。その街の名前はカルロビッツ。ザルツブルグと黄の国の王宮の丁度中間地点にある街であった。ここが天王山だな、とロックバード伯爵が決意を固めた時に、再び扉がノックされた。入室を促すと、予想通りにガクポとレンが私室へと入室して来る。その二人に向かって、ロックバード伯爵はこう告げた。
 「青の国が進軍していることは知っているな?」
 その言葉に、レンとガクポが真剣な表情で頷いた。
 「軍の編成はもう決めてある。儂が第一軍、そしてガクポが第二軍だ。総勢二万で青の国を迎え撃つ。」
 ロックバード伯爵がそう言うと、レンが不満そうな声でこう言った。
 「僕も、戦います。」
 その血気溢れる言葉をなだめるように、ロックバード伯爵は言葉を続けた。
 「レンは王宮の守備だ。未確認情報だが、メイコが反乱を起こすという情報がある。」
 ロックバード伯爵がそう告げた時、レンとガクポは同様の反応を見せた。二人とも驚愕に目を見開いたのである。先程のルカ殿との会話だけで内容を推測するにはガクポは力不足か、とロックバード伯爵は考えながら、言葉を続けた。
 「勿論、あのメイコが反乱を起こす可能性は低いと儂は考えておる。しかし、万が一ということがある。レンは王宮に残す三千の兵を纏め、危急の際はリン女王を守るために戦ってくれ。この役目を果たせるのは、もうお前しかいないのだ。」
 その言葉に、レンは深く頷いた。本当なら、一万は兵を預けたいところだったが、とロックバード伯爵は考えた。もしかしたら、これがレンの姿を見る最後になるかもしれない、と考えたのである。もし、レンの右手に凶兆の痣さえなければ。ロックバード伯爵に代わり、黄の国王立軍全軍を率いた人物はレン陛下であったのだろう、という妄想を脳裏に思い浮かべたロックバード伯爵は、最後にレンに向かってこう言った。
 「レン、儂のいない間、王宮を宜しく頼む。」
 「畏まりました。僕の命に変えても、リン女王をお守り致します。」
 レンは力強く、そう言った。

 「アク、頼んだぞ。」
 同じ頃、ザルツブルグを無傷での占領に成功したカイト王はアクに向かってそう声をかけた。青の国の本陣が置かれた場所はザルツブルグ一番の規模を誇る旅館である。王侯貴族向けに造られたその旅館は下手をすれば青の国の王宮よりも贅が尽くされているのではないか、と言うほどに立派な造りをしていたが、その様な美術品に興味を持つカイト王ではない。カイト王が興味を持つものはただ一つ、ミルドガルド大陸の統一であったのだ。そのカイト王の言葉に一つ頷いたアクは、颯爽とアクの特徴である長剣を翻すとカイト王に当てられた私室から退出して行った。アクはカイト王が放つ、黄の国攻略の為の最後の布石だった。即ち、グミとメイコと協力して黄の国の反乱を助太刀する強力な戦士。その実力を正確に見極めていたカイト王は、たとえ反乱軍の兵力が黄の国の残存兵力に及ばなくてもアク一人の力で形勢を逆転出来ると判断したのである。黄の国には大陸一の剣士と名高いガクポが存在しているが、ガクポですらも今のアクの敵ではないだろう、とカイト王は考え、薄い笑みを漏らした。後はタイミングを計るだけだ。果たして敵はどの位置で迎え撃って来るのか。順当にいけば中間地点であるカルロビッツになるが、とカイト王は考え、さて、では軍略の天才であるロックバード伯爵との知恵比べと行こうか、と思考して薄い笑みを漏らした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン55 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「第五十五弾です!」
満「再び戦争、だ。」
みのり「それに、ストーリーが変わったね。」
満「ガクポが青の国の迎撃に参加してる。」
みのり「と、いうことは・・?」
満「まぁ、それはその内わかるだろ。」
みのり「そうね。では次回投稿をお待ちください☆」

閲覧数:332

投稿日:2010/05/03 23:09:48

文字数:2,856文字

カテゴリ:小説

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  • tio

    tio

    ご意見・ご感想

    いよいよ悪ノ娘部分クライマックスですね!結末を知っているとはいえ、ドキドキしてしまいます(>_<)

    泣く準備は万全です(笑

    2010/05/03 23:50:00

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとうございます♪
      続きを必死で書いてます。。。

      是非お楽しみください!
      号泣よろです(笑)

      2010/05/03 23:59:21

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