『紳士、淑女の皆様方!
今宵は、どのような御話を傾けましょうか?
え、僕ですか?……僕は所詮、語り手ですから。
そうですね……では、とある王女様の話にしましょうか。
始まりの言葉は、いつもと同じように…――』
昔々、或る処に……――
それはそれは、哀しい歴史を刻んだ、或る国の物語。
時は遠い彼方に沈んでしまい、過去か未来かも判らなくなってしまった御話。
「王女様、たまには外出など如何ですか?気分もよくなると思いますよ」
「……ふざけないで。外なんて愚民しかいないわ」
「…失礼致しました」
僅かな沈黙の後に訪れる、予測しきった言葉。侍従は苦い顔を隠しながら、深々と頭を下げた。
「…………」
この国を全て統治し、欲しいものを全て手に入れている少女は、傲慢な顔で溜め息をつくと、そのまま踵を返した。
此処は、誰もが恐れる「悪逆非道」とまで称される国――民はおろか、貴族までもがその安寧を奪われかねない国。
けれど、彼女にとってそんな評判は、どうでもよかった。
生まれたときから健康とはいえなかった彼女は、その身分の重さもあり、たった一人の跡継ぎであるのもあり、一度も城の外へ出たことはなく、周りは彼女の我が侭を何でも認めてくれた。
そのせいか、いつしか王女様は傲慢で、我が侭で、時として手に負えなくなるような性格となった。
自分と、その一族以外は全て愚民。私が一言呟けば、どんなことでもやってくれる。
そんな考えが、彼女の心に根付いてしまったのだ。
そして残酷なのは、齢十四になる彼女が、驚くほど美しい見目姿をしていること。
太陽よりも輝く金の髪、どこの湖よりも深い碧色の瞳。白い肌に、華奢な身体。
その姿を見た貴族や近隣諸国の王子は、彼女の心を見る間もなく、すぐに恋に落ちるのであった。
そして、そんな彼らは王女を求めるあまり、元の姿を失ってしまう。
媚薬を求めて魔女に丸め込まれ、獣や石に成り果ててしまった者、恋焦がれるうちに心が廃れ、発狂してしまう者、王女の賞賛を得たいがため、途方も無い冒険へ出かけてそのまま帰ってこなかった者――様々だ。
そしてその男たちを見るだけで、王女はますます傲慢になってゆく。
自分は世界で一番の人、誰も彼もが私に頭を垂れる――彼女がそう思ってしまうのも、狭い世界しか見ていないとしたら無理はないだろう。
「外なんかよりも、新しいお芝居が見たいわ。何か面白いものを見繕っておいて」
「かしこまりました」
返事に満足すると、「今日中に見たいわ。絶対よ」と言い捨てて、王女はさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。
絢爛豪華なシャンデリア、塵ひとつない紅いカーペット、すれ違えば必ず頭を下げる召使たちの廊下や廻廊を抜け、この国のどこよりも飾り立てた、宴でもできそうな部屋にたどり着く。
「退屈だわ……」
一言そう呟いてから、「レモンを少し入れた、さっぱりする紅茶を淹れて」と待機していた侍従に言いつけた。
いつもの通り、叩けばすぐ返ってくる鐘のように「かしこまりました」という返事が来る。
「……………」
ドレスや髪が乱れるのも構わずに、少女は深い色のベッドに横たわる。乱れても、直すように侍従に言いつければそれでいい。
しばらくして、侍従が「お紅茶でございます」と言い、銀の盆に載せたティーポットとカップを運んできた。
しかし、王女は最初から紅茶が飲みたくて命令したわけではない。退屈しのぎに言ってみただけなのである。
「やっぱりいらないわ、そんなもの。それよりも、このドレスの色が気に入らなくなったから、この前買った黄色のドレスを持ってきて。あと、髪型もそれに合わせたいから、美容師さんもすぐ呼んで」
「……かしこまりました」
「今の間は何なの」
「いえ、何でもございません。失礼致しました」
後でこの侍従を追い出すようにしておこう、そろそろこの女も私に疲れてきているはずだもの、と少女は思いながら、むっくりと起き上がった。
ドレスを替えるのは、今日で三回目である。時間を持て余すとき、王女はそれを埋める術は、ドレスを替えることと、お菓子を食べること、それかお芝居を見たり買い物をしたりするくらいしか持っていない。
「王女様、ドレスをお持ちしました」
「お入り」
彼女の一言で扉が開き、お決まりの侍従が六人ほど入ってくる。皆、ドレスの着替えのためだけに雇われた人たちだ。
「王女様、今召されているドレスはどういたしましょう?」
「捨てておけばいいわ。どうせまた着たくなれば新しく作らせればいいもの」
ちなみに、彼女がこれを作らせたのは一ヶ月ほど前。国民が三ヶ月食べてゆけるほどの金を積んで買った代物だ。
そんなびっくりするようなことを言うのだって、少女は何とも思っていない。
腕や首を少し傾けるだけで、後は侍従がすべて着替えをさせてくれる。裏地は王女好みの特別な絹。
「王女様、髪型はどのようなものがよろしいでしょうか?」
「そうね……このドレスに合わせるのは言うまでもないけれど、ちょっとふんわりさせてほしいわ。髪飾りも軽やかなものを用意して。淡い緑や、赤がいいかしら」
「かしこまりました」
この美容師や、着替えをさせる侍従だけは、彼女のもとに仕えておよそ八年もする古株だ。彼女らは熟知した様子で、王女の満足いく姿にドレスと髪型を仕立て上げる。彼女も、この人たちだけは解雇する気はしない。
「いかがでしょう」
「………髪型はいいわ。けど、ネックレスにもう少し輝きが欲しいわね。蝶のあれなんかがいいんじゃないかしら」
「これでございますか?」
素早く差し出された銀のネックレスを一瞥し、
「そう、それよ。早く付け替えて」
と王女は命令した。
「……これでいかがでしょうか?」
「ええ。もういいわ、下がって」
「かしこまりました」
パタン、と幽かな音と共に、扉の閉まる音がする。それを聞きながら、王女はまた「退屈だわ……」と呟いた。
そう、彼女にとっては、この世の全ては退屈なのだ。
しかし、すぐにまたいいことを思いついたのか、
「あ、……そうだわ」
と独り言を言った。
「レン!すぐにきて!」
「……ただいま参りました、リン王女様」
彼女が言ってから数秒で、レンと呼ばれた召使が、部屋に入ってくる。
「どう、このドレス。この前買ったものよ」
「………すごく似合いますよ。色も形も、王女様にぴったりですね」
「……レン、今は誰もいないわ。敬語はやめてって、何回言えばわかるの?」
「ああ……ごめん。ついつい、身に染み付いちゃっててね」
肩をすくめて、召使――レンは笑った。
その笑顔は、はじめて見る人なら、思わず息を呑んでしまうほど――そう、固まってしまうほど、王女とそっくりであった。
髪や瞳の色はもちろん、頬の形や、ちょっとした仕草までもが、リンと呼ばれた王女にそっくりなのだ。
「ねえねえ、今日はお芝居を見るのだけれど、その前にあなたのブリオッシュが食べたいわ。作ってちょうだい」
そうだ、そういえば……王女にとっての楽しみは、ドレスやお菓子だけではない。それよりも一番楽しいのは、この召使――レンと一緒にいることだった。
「わかったよ」
――そう言うと、王女の双子の弟は、穏やかに微笑んだ。
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ヤナギ ヤスネ
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ご意見・ご感想
黄昏の記憶
その他
≫きょあさん
コメありがとうございます!
これを励みに、続きを……頑張ります。
ゆるゆる更新になりそうですが^^;
2009/09/28 17:11:04
ぐんそう
ご意見・ご感想
はじめまして、きょあと申します。
作品を読ませていただきました!!
始まりの文章が素敵で、とても気に入りました♪♪もちろん、その他も良かったです!
続きが楽しみです☆ヽ(´▽`)/
2009/09/27 23:59:17