第七章 戦争 パート12
黄の国の軍隊が緑の国の王宮を包囲したのは、ミク女王の予測通り、その日の午後を迎えてからのことであった。黄の国総勢二万五千に対して、緑の国の残存兵力は三千程度であったと言われている。数だけを見れば黄の国の圧倒的な有利ではあったが、それでもロックバード伯爵は油断をする気分には到底なれなかったらしい。再び夜襲でも受ければどのような被害を受けるものか想定が付かないと考えたからである。残る大将はミク女王だけだろうが、さてどうするか、とロックバード伯爵は思案した。ミク女王はそのおしとやかな外見とは異なり、相当なレイピアの使い手だと聞く。力攻めでも構わない程度の兵力差は有しているものの、窮鼠猫を噛むと言う。妙な抵抗をされ、攻城戦に時間を掛けると青の国から救援軍の一つでもやってこないとも限らない。
できれば今日明日中に陥落させたいものだが、と判断したロックバード伯爵は、包囲網を完成させたという報告を受けた直後に軍議の開催を命じた。十分程度で本陣へと到達したメイコとレンの姿を確認したロックバード伯爵は二人に着席を促し、そして従者に命じて緑の国の城下町の略図を広げさせた。緑の国の城下町は正方形の形をした城塞都市である。王宮を守る城壁は二つ、一つは城下町を全て包み込む外壁、もう一つは城下町と王宮を隔離している内壁であった。南向きに設計されている緑の国の城下町は、南正門から内壁の南正門へと続く南大通を中心とした碁盤の目をした街並みを持ち、その一番奥、王宮は緑の国の城下町の北側に建造されていた。距離的にみれば北側から攻めた方が王宮までの距離は近いが、北側には正門がなく、あるのは通用口として利用される程度の小さな城門だけ。大軍の移動に向いている通路とは到底言えない場所であった。
「城壁を乗り越えるか。」
ロックバード伯爵は呟くようにそう言った。意見というよりも思考の一部が声に漏れたというような口調ではあったが、その声に反応したのはメイコである。
「確かに、最も時間を掛けない攻め方でしょう。」
そのメイコの言葉にふむ、と頷いたロックバード伯爵ではあったが、同時にリスクも大きい。今の黄の国の主戦力は誰がどう見ても赤騎士団である。効果的な攻撃を狙うには赤騎士団による突撃が一番ではあったが、城壁を乗り越えるということは馬を捨てるということだ。果たして、赤騎士団の最大の特色である機動力を損なってまで選択する手段だろうか、と考える。ならば逆に南正門に集中攻撃をかけ、赤騎士団による突撃を掛けた方が効果的ではないだろうか。赤騎士団副隊長のアレクでも呼べばいい意見を出したかもしれんな、と考えながら、ロックバード伯爵はレンに向かってこう言った。
「レン、貴殿はどう思う?」
ロックバード伯爵のその言葉に、レンははっとしたように顔を上げた。何かを思いつめていたのか、どうも集中力を欠いていたらしい。珍しいこともあるものだ、と考えながらロックバード伯爵はレンの言葉を待った。暫く沈黙したまま思案していたレンではあったが、ややあってその重たい唇を開いた。
「僕なら、南大門を突破し、騎馬で突撃します。」
どうやらレンは儂と同じ考えらしい、とロックバード伯爵は考えた。しかし、どのように突破すればいいのか。通常用いられる戦略ならば火砲で援護し、歩兵部隊に城壁を乗り越えさせたうえで城門を内側から開門させ、その後赤騎士団に突撃をさせるという手段になるが、それでは歩兵部隊に余計な被害を受けさせることになる。できればそれは避けたいものだが、と考えたロックバード伯爵は、かねてから考察していた戦略を試してみよう、と考えた。即ち、火砲の一斉攻撃により城門そのものを破壊してしまうという手段であった。近年攻城戦はミルドガルド大陸では発生していなかったから、効果の程は分からないが、味方の被害を極力少なくするにはその手段が一番だろうと考えていたのである。外壁の攻略はその手段を取ろう、と考えたロックバード伯爵は、続けて内壁の攻撃はどうするか、と考えた。もう一度火砲を使う作戦もできるが、重量のある火砲を内壁の攻撃範囲まで移動させるには相当な時間がかかる。その間赤騎士団に呆然と待機させる訳にもいかぬが、と考察しながらロックバード伯爵は更に思考を深める。おそらく、敵は内壁の防衛を優先して固めているだろう。せめて内壁の上方から雨あられと撃ち降ろして来るだろう敵の攻撃を避けることができれば多少は被害も少なくなるのだが、と考えて、ロックバード伯爵は一つの案を思いついた。発案した自分自身が苦笑してしまいたくなるような作戦ではあったが、これ以上の作戦は他に思いつかない。さて、ではその小道具の作成にどれくらいの時間が必要だろうか、と考えながらロックバード伯爵はメイコとレンに向かって攻城戦の戦略を滔々と語り始めた。
ロックバード伯爵の提案した小道具が完成したのは、それから二時間が経過した頃であった。黒く塗りつぶされたその物体を見て、ロックバード伯爵はもう一度苦笑する。必要は発明の母、とは言うものの、余りに滑稽ではないのか。何しろこの黒い物体だけでは何ら威力を発揮せず、火縄銃が主流となりつつある現在においては最早時代遅れと評価されてもおかしくはない武器と合わせて使用しなければならないのだから。そして、その物体の輸送手段もこれまた原始的である。結論からいえば馬であった。精鋭の赤騎士団に両手で抱えて持つような珍妙な物体を担がせて突撃される様は果たして敵にはどのような姿に映るのだろうか、と考えながらも、ロックバード伯爵はメイコに向かってすぐにその物体を馬に括りつけるように指示を出した。合わせて、その物体を起動させる為に必要となる古びた武器も背中に背負うように指示を出す。途中で誤作動を起こせば危険な物体である為、扱いには重々注意すべしとの指示も追加で出してから、ロックバード伯爵は遠方に見える南正門を視界に納めた。石垣造りの城壁に固い煉瓦造りの城門。火砲という存在がなければ突破だけで数日がかかるだろう防衛壁である。その城門に標準を合わせた火砲の準備が整った旨の報告を受けたロックバード伯爵は、一つ頷き、冷静にこう言った。
「開戦だ。」
直後に、大地を揺るがすような大音量と共に、黄の国の火砲の砲弾がただ一点、南正門を目指して飛び出してった。
ロックバード伯爵の緑の国の王宮の攻城戦に対して、後代の歴史家は二つの評価を下している。一つはロックバード伯爵が考案した奇妙な兵器の使用について。しかしこの兵器は用途が酷く限られるものであった為、結局その後の歴史では普及せず、単発的な兵器だとして厳しい評価を下されることが多い。もう一つは、ミルドガルド史上初めて使用された戦術である。それが外壁突破に使用された火砲の一斉砲撃であった。この時代の火砲といえば、あくまでサブウェポンであり、砲手は各個にばらばらに撃つという手段が常であった。これまで、火砲を使用させる場所の殆どが野戦の場所であったのである。野戦において火砲を出来るだけ効果的に使用するには、とにかく数を撃ち続ける以外の方法はなかったし、状況が刻々と変化する野戦に置いて、いちいち一斉砲撃の為に標準を合わせ直していたらその間に敵の位置が変化してしまう、という認識が一般的に流通していたのである。
しかし、今の戦場は動かない的を打ち破ることである。当時の火砲は命中率、威力共に現代の砲台に比べるとまるで子供の玩具のような程度のものしか持ち合わせてはおらず、一般的には固い城門を打ち破るには威力が不足していると認識されていたが、ロックバード伯爵はならば一斉に撃てば良いだけではないか、と考えたのである。この戦いの後、火砲戦術は一斉砲撃が一般的となり、より多くの被害をミルドガルドの各地に与えることになるのだが、後世の歴史家はこの戦術の為に、ロックバード伯爵を指して「火砲戦術の父」という前向きな評価を下している。そのロックバード伯爵はまさか自身が後世にその様に評価されることなど露にも思わず、ただ自分自身が考案した作戦が的中したことを知って、彼にしては珍しく戦の最中に笑みを漏らした。たった二回の一斉砲撃で、見事に南正門は打ち破られ、騎士が通過するに十分な隙間を生じさせたのである。鼻を突く硝煙の香りに無意識に瞳をしかめたロックバード伯爵は、続けて従者に伝令を出した。
「全軍突撃。」
従者は復唱を行うと、ロックバード伯爵の元から駈け出して行った。メイコに突撃の指令を伝えに行くのである。
ハルジオン36 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第三十六弾です!」
満「今回は火砲が大活躍だ。」
みのり「実際はどうなの?一斉砲撃くらい、誰もが思いつきそうだけど。」
満「詳細は分からないが、海戦に限って言うと、大砲の一斉砲撃を初めて採用した軍隊は日本軍らしい。」
みのり「そうなの?」
満「・・たしか。司馬遼太郎先生の『坂の上の雲』で、日露戦争の際に一斉砲撃を初めて使用したという文面があった・・気がする。レイジが『坂の上の雲』を読んだのは高校生の時だから、大分記憶があいまいだけど。」
みのり「陸戦でもそうなのかな?」
満「陸戦に関しては実は資料がない。ググれば出てくると思うけど、あの野郎、めんどくさがりやがった。なので、あくまでミルドガルド大陸史では初めての戦術だと理解してくれたらいいと思う。」
みのり「誰か詳しい人がいたら教えて欲しいね。」
満「そうだな。もし分かる方がいればご一報くださいませ。」
みのり「で、次回分だけど。」
満「ああ。調子に乗って書いていたら投稿文字数越えたので次回分は既にある。すぐに投稿されるので少しだけ待っていてください。」
みのり「それでは次回で!」
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