37.永遠の愛

 いとしいひとよ、あなたをよぶ。

 リントとルカが、歌いながら岬への道を登る。その後ろを、ヴァシリスとレンカが並んでついていく。

 岬の先に、手を広げて立っていた女神像は消えていた。
 まるで海に飛び出していったかのように、そのサンダルだけを綺麗に脱ぎ捨てて。

「リントの飛行機が、落っこちたときに引っ掛けて海に落としちゃったのかと思ったけど」
 終戦後、女神像が無いことに気づいたレンカが、一度海に潜って探したが、女神像の姿はどこにも無かった。
 きれいさっぱりと消えていたのだ。
「不思議なこともあるものね」
 そう言うレンカに、ヴァシリスは思い切り腕を組んで渋い顔をした。
「困るんだよなぁ……まだ『王の像』と対応させた調査も済んでいないのに、女神にどこかに勝手に行ってもらっちゃあ」
「今度は王様が『待つ番』ということかしらね」
 大陸のほうには、海から引き上げられた王の像が、島を向いて建てられた。終戦の記念として、足元に、終戦の日付を記された小さな石板が置かれた。

「海の絆が、平和でありますように」

 現在、大陸では、王の像が腕を広げて、島を向いて見守っている。

 ……今、岬へと上るレンカの姿は、いつもの海へ潜る作業着ではない。
 真っ白なドレスに、白いベール。常緑の葉と花で作った冠。
 この島の、婚姻の衣装であった。その腹がわずかにふくらんでいる。
 島でたった一つの教会で式を挙げ、島の古いしきたりに則ってこの岬へとやってきた。
 歌うリントとルカに導かれて。

 ヴァシリスとレンカの後には、大勢の島の友が続く。八百屋のオヤジ、惣菜屋のおかみさん、そして、有志で楽器を持って集まった、にわか楽師たちだ。
 皆、ルカとリントの歌に聞き入りながら、また、思う存分伴奏を盛り上げながら、笑顔でヴァシリスとレンカの背についていく。
 ふわりふわりとレンカのスカートとベールが、海からの風に踊る。
 潮は満ち、快晴。絶好の『島日和』だった。

 岬にたどり着いたルカとリントが、人々を振り返る。
 海と消えた女神と、新しい夫婦に捧げるように、美しい島の唄を歌い上げる。

「結婚の歌としては、どうかな、とも思うけど」
「ヴァズとレンカなら、いいんじゃない? 問題ない……どころか、最強の祝福かもしれないわ」

 リントとルカの声が、祝福されるふたりに向かって、高らかに解き放たれた。

「抱き合えた……」
「喜びは、永遠……!」

 楽器を手にした楽師たちが、勢いに乗るように自然と一歩前に進み出た。ヴァシリスとレンカの後ろで、歌声にのって気持ちよさそうに笛と弦と太鼓の音を飛ばす。
 海風に乗って、その音楽は鮮やかに真っ青な海へと飛び立った。

 余韻が風に乗って消える。その神聖な静寂の中で、ヴァシリスがレンカに向き合い、レンカがベールを上げて微笑み、そして、静かに口付けを交わした。
 どちらともなく相手に向かって腕を伸ばし、そしてしっかりと抱き合った。

 一瞬、風が止まった。
 そして、歓声が沸き起こった。

「幸せになれよ!」「抱き合えたー!」「喜びは永遠―!」
 音楽が、先ほどとは打って変わって、派手にアレンジされて響き渡る。
 笑い声が、笑顔が、そして祝福の言葉が、ふたりを包み込んだ。

「あ、ほらほら! ヒゲさんとレンカは、もうひとつメインイベントがあるだろう!」

 リントが、懐からとりだしたのは、白い小石と、小さな釘だった。

「昔、女神の下でそういうしきたりがあったんだろ? 石に、誓いを彫って、海に投げる」

 レンカとヴァシリスが顔を見合わせる。

「王様発見記念としてさ、またそういう行事が始まってもいいんじゃないの? ……千年ぶりにさ」

 レンカは石を見、そしてヴァシリスと顔を見合わせた。

「リント……この石じゃ、材質がやわらかすぎるよ」
 ただでさえ島の岬の潮の流れは複雑なのだ。この石が海に落ちたら、あっと言う間に言葉は波に削れて消えてしまうだろう。
「いいんじゃないの。ふたりで何度も彫って、一緒に投げに来れば」
 リントが二人に渡した白い石は、島の道端で拾ったような、本当にただの石ころだ。
「面白いかもな」
 提案に乗ったヴァシリスが口元に笑みを浮かべて、釘で石に言葉を彫りつける。
「ん……上手く彫れない」
 苦戦するレンカの手元を覗き込んで、ヴァシリスが微笑んだ。
「どれ、何と書きたい?」
 尋ねたヴァシリスに、レンカは小さく耳打ちする。ヴァシリスが、照れながらもうなずく。
「ん。……じゃ、こうだ」
 ざ、ざ、とヴァシリスが力強く石に痕を付け、レンカに渡す。
 レンカの顔が、ぱっと輝く。
「……現代の文字は曲線が多いからな。こうすればいい」
 そこには、直線で描かれた、単純な図形があった。
「なるほど! さすがヴァシリスさん! 千年前の文字なら、上手くかけるね!」
 うーえっほん! と、リントがわざとらしく咳払いをする。

「見せ付けてないで、早く投げてしまえ! おふたりさん!
 オレは今、正直企画したことを後悔したぞ! 甘ったるくて死にそうだ!」

 爆笑がまきおこり、その笑いの中でふたりの投げた石が海に向かって弧を描いた。

「さー! 宴会だ宴会だ! うらやましいぞ馬鹿野郎!」
「いいわねぇー! 私の若いころも、こういう風習があればよかったのに」
「何も恥ずかしいことはしていないのに、目のやり場がないのはなぜだ?!」
「ソレスさん、可愛いこと言ってないで、彼女の一人でも作ったらどうですか」
「なんだよそれ! 男に誉められても嬉しくないぞエスタ!」
「……君たちを漫才コンビにするためにドレスズに行かせた筈ではなかったのだがね」

 島の人々と大陸の人々が、レンカとヴァシリスを取り巻きながら崖を降りていく。
 終戦後、初めて行われた晴れがましい舞台は、瓦礫の中で復旧にいそしむ人々にとって、ずいぶんと良い息抜きになりそうだ。
 海から吹く風に背を撫でられながら、リントは微笑んだ。

「さ、俺達も行くか、ルカ」
 振り向いたリントを、ルカがくいっと捕まえた。

「!」

 その唇に、ルカの顔が重なった。

「……私たちも、いつか」

 口を離したルカの頬が、わずかに朱に染まる。
 リントが、大きく笑顔を見せた。

「ああ、必ずな!」

 女神のサンダルのつま先の先、岬の突端で、リントが力強くルカを引き寄せた。

 ……抱き合えた、喜びは永遠……!

 遠くに音楽と歌う声が響いている。女神像が消えた今、岬の突端から、ふもとへと降りていく道がはっきりと見渡せる。にぎやかに歌い、笑い、騒ぐ人々が。
 リントとルカは、手を取り合い、そして歌い騒ぎ祝いに沸く人々の下へと、岬を駆け下り走っていった。




……最終回へ続く!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 37.永遠の愛

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:193

投稿日:2011/09/19 23:48:14

文字数:2,828文字

カテゴリ:小説

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