会長を退任するに当たって、易経新聞社から自伝の依頼が来た。
依頼が来た当初は、アタシに自伝なんて大それたことをと思っていた。
しかし……アタシたちの会社――鏡音建設は半世紀を越えて、今世代交代を行おうとしている。世代交代に伴い、社内の改革も始まっている。
それに助言をしていた時に抱いたのは、理念を伝えることの難しさだった。
アタシは次期社長の亞北ネルちゃんや会長の重音テトちゃんに不安があるわけではない。
世代交代自体も悪いというわけじゃない。でも、鏡音建設が今後末永く企業の形をとどめた時に、創業時の理念が伝わっていなかったら、それはもう別会社となるのではないかとアタシは考えるようになった。
でも先に言ったように、理念は言葉で伝わるものではない。
理念とは体験そのもの。
そのように考えた時、自伝こそ体験を伝え、理念を伝えるものだと考えるようになった。
だからアタシはこの依頼を引き受けることにした。
多少とも理念が伝わっている次期社長の亞北ネルちゃんや次期会長の重音テトちゃんにさえ、退任する時は必ず来る。その時、世代交代して理念は伝わっているのか。
だから、アタシは自伝として、鏡音建設の理念を伝えていこうと決めたのだ。
決して自己満足のために書こうとしたわけじゃないことをわかってほしい。
以上を記して本題に入ることにする。
このエピソードは、創業時に起こった怪異の話だ。
……別に怖い話ではない。
しかし、この怪異を乗り越えたからこそ、会社が大きくなったとアタシは考えている。
だから外せないエピソードなのだ。
そう、その頃はアタシも現場に立っていた。
いや、さらにアタシ自ら重機を動かしていた。
アタシ専用のロードローラーが大活躍していた時代だった……。
時刻は夕方でオフィスは暗くなっていた。
今オフィスに居るのは、社長のアタシと秘書のレンが居た。
従業員にはすでに帰ってもらっている。
会社が順調ならこれで良い。でも、順調でないなら、大問題だ。
だからそんな中、アタシたちは、必死に営業をかけていた。
なぜなら、会社の運転資金となる資金繰りがすごく苦しくなっていたからだ。
「あ、すみません。……そうですか。次はよろしくお願いします」
隣ではレン兄さんが電話越しにペコペコする。
アタシの方はレン兄さんより早く結果がわかったので、さっさと切った
レン兄さんは受話器を降ろした。
「だめだった?」
「うん」
アタシとレン兄さんは椅子に深く身体を沈みこませた。
「いったいどうすればいいのよ~」
「それはこっちも聞きたいよ」
新興会社には信用がない。信用がないから仕事が来ない。仕事が来ないから信用が上がらない。アタシたちの会社はご他聞に漏れず、負の連鎖に巻き込まれていた。
創業して数ヶ月、コネでなんとか食いつなでいたが、とうとう限界が来た。
仕事がないのだった。
「どうしよう、リンちゃん。このままじゃ」
「なにか仕事があれば!」
といっても、有力な情報は無かった。
まさに八方塞がりである。
このままじゃ倒産は免れない。
従業員には子供を抱えた人もいる。そんな状態で放り出せるわけがない。
「いったいどうしたらいいのよ~」
アタシは机に頭を突っ伏した。
こうなってはお手上げである。
隣ではレン兄さんが困った顔をしているだろう。でもどうしようもないのだ。
仕事がないのだから。
またなにか言われる、そう思ったのだが、意外にもレン兄さんの発した言葉は違っていた。
「……ひとつ、心当たりがある」
「え?」
アタシは顔を上げてレン兄さんを見た。
レン兄さんは今まで見たこともない渋い顔をしていた。
「どんなのよ? なぜ言わなかったの?」
「それは」
「まさか事故物件?」
「工事を請け負った会社は良くないことが起こったらしい」
レン兄さんはあまり語りたくないらしい。
良くないことって、倒産や事故とかかしら。
「レン兄さん、でも背に腹は変えられない」
危険を犯すことになるのかな。
でも、すでにアタシたちの会社はすでにそんな状態だ。
一かバチかやるには、ちょうど良い状態。
懸けても良いかもしれない。
「レン兄さん教えて」
レン兄さんはアタシの目をじっと見てから言った。
「……土木課のメイコさんに話を聞きに行こう」
「ありがとう」
「連絡しておくね。居酒屋で話を聞こう」
レン兄さんは携帯を取り出して、さっそく聞き出した。
手に丸を作ってみせる。
「よし」
アタシたちはすぐに外へ出る準備をして、目的の居酒屋「ユキオンナ」へ向かった。
居酒屋でウーロン茶を飲んでいると、手を上げてこっちへ来る女性が居た。
あの人がメイコさんね。
レン兄さんは恐縮したように縮こまる。
「おまたせ」
「「お待ちしておりました」」
「ではさっそく……大将! 生二つ!」
「へーい」
「え、アタシは……」
「え、全部わたしが飲むのよ」
いきなり二杯も飲むのかよ!
メイコさんはゴクリゴクリと一杯目に口をつけた。
「かーっ、うめええ」
仕方なくアタシたちは、通しをつまんだ。
「で、単刀直入に言うわ。やめときなさい」
そうよね。そう言うわよね。
「お願いします」
「……どんな案件かわかって言ってるの?」
メイコさんは腕を組んで言った。
「それは」
アタシはレン兄さんから詳しいことを聞いてない。だから押し黙るしか無かった。
メイコさんはアタシを値踏みするように言った。
「……そこを担当した会社、五件ほど倒産したわ」
メイコさんは二本目のビールをちょっと口に入れた。
「しかも、絶頂期の会社なのにね」
想像以上にひどそうだった。
「そこは正確に言えば私道なのよ。その一軒家を壊して奥にある道路に繋げれば良いという工事なの」
またビールに口をつける。
「でも駄目だった」
「……なんで? どうして?」
メイコさんは首を横に振る。
「それがわからないのよ。わたしも見に行ったところ、一軒家が更地になっている様子など無かったわ。……嘘を付いたのかもしれない」
更地にしたところがまた元に戻る? それってオカルト?
「百歩譲って、更地になってなかったのは良いわ。でも問題は、手を引いた会社は一気に業績が傾いていったそうなのよ」
「曰くつき物件ですね」
レン兄さんが言った。
「だから、あたしはこれ以上紹介したくないのよ」
またビールに口をつける。
「大将、たこやき追加」
「へーい」
テーブルにたこやきが置かれた。
それを肴に、メイコさんはビールを飲んだ。
「そんな案件を、あなたたちがやれるわけ?」
それはそうだ。大きい会社がやれなかった案件を、アタシたちの会社がすんなりやれるわけがない。でも、それでもアタシたちは、
「……その道路がつながれば、どんな良いことがあるんですか?」
アタシは聞いた。
大事なのはオカルトではなく、道が出来たときの恩恵だ。
「そりゃ、住民は便利になるわよ。わざわざ迂回する必要がなくなるのだし」
「それで十分です。アタシたちにやらせてください」
「リンちゃん……」
「どうなっても知らないわよ」
「いいんです。僕からもお願いします」
アタシたち頭を下げた。
メイコさんはしばらく沈黙したあと、
「いいわ。顔を上げなさい」
アタシたちが顔を上げた。
メイコさんは端でたこ焼き二つを口に放り込んで、そこからビールをおなかに流し込んだ。
「ぷはーっ」
――ドン
と、ジョッキが机叩かれる。
アタシたちはそれにビクッとする。
「いいわ。先方にあなたたちのこと伝える」
「「ありがとうございます」」
良い返事が聞けた。このチャンス、絶対失敗してはならない。
「いい? ちゃんとやる遂げるんだよ」
「「はい」」
アタシたちはそのあと軽く雑談をした。
社員たちばかりに無理はさせられないわ。アタシ自らロードローラーを運転する。
アタシは腹を決めて、ウーロン茶をのどに流し込んだ。
「準備は良い?」
「いつでもいけるよ」
翌日になってアタシたちは銀行へ向かった。
まず当面の融資を受けなければならない。資金繰りが厳しいから、使えるものは使いたい。
あとで家に帰って、箪笥をあさることをしようかしら。
アタシたちは北海道経済を影から支える北拓銀行へ向かった。
アタシたちは別室へ案内されたところで、
「倍返しよ!」
銀行では聞きなれない言葉が聞こえてきた。
アタシとレン兄さんは互いに顔を見せ合い、首をかしげる。
しばらく待っていたところ、緑髪ツインテールのスーツを着た女性が入ってきた。
名札には、初音ミクと書いてある。
「ようこそいらっしゃました」
初音ミクさんは深くお辞儀をした。手にはいくつかの書類を抱えている。
てか、さっきの声の人だ。
さっきの言葉はなんのことかさっぱりだけど、銀行内のことは知るわけにはいかないし、聞かないことにしよう。まあ、答えてくれるわけでもないだろうしね。
ミクさんは手持ちの資料を広げた。
「率直に言わせてもらえれば、今のままでは融資できません」
そうだよね。先行きが不確かな企業だもんね。
「でも、あなたたちの様子を見ると、なにか確信がありそうね」
アタシたちは経緯を身振り手振りで正直に話した。
ミクさんはそれを聞いて思案する。
アタシたちはそれをやきもきしながらしばらく待った。
「確証はあるの?」
「はい、かならずやりとげます」
アタシはミクさんをじっと見た。
ミクさんもアタシの目をじっと見る。
「……わかった。良いわ。」
「「やった!」」
アタシたちはハイタッチして、そのあとミクさんとも握手する。
「冬までは時間は少ないわよ。がんばって!」
「「ありがとうございます!」」
アタシたちの準備はこれで十分だ。
あとは計画を実行するだけ。
手を握り締める。
あ、あと、まず当面の給料も払わないといけないわね。
「家にちょっと帰るわよ」
「うん」
アタシたちは銀行から飛び出した。
アタシは家の箪笥から着物を取り出して、それを並べていく。
「いいのリンちゃん?」
「……ルカおばあちゃんならきっと許してくれる」
箪笥から並べたのは、ルカおばあちゃんから渡された着物類だ。
そこには成人式のときのために用意してくれた振袖も含まれる。
「これでいいの」
アタシの頭の中で、ルカおばあちゃんとの思い出がよみがえる。
よくおばあちゃんは、怪談話をしてくれたっけ。
おばあちゃんの本は売れないけど、着物なら質に入れられる。
もし失敗したならばとは考えない。
だってもう後にはひけないのだから。
社員たちのためにも、アタシの覚悟を見せてやる必要があった。
「これで全部ね」
「じゃあ連絡するね」
アタシはなんとも言えない気持ちになって、部屋を飛び出した。
おばあちゃんの書斎をじっと見た。
鬼太郎の話とかもあるな。
それをちょっとパラパラめくってみた。
懐かしいな。
ルカおばあちゃん、ほんとに怖い話が好きなんだな。
「…………」
じーんとしてきた。
そのあと質の業者さんが来て、査定された。
結構な金額だった。
絶対買い戻す。だからごめんね。ルカおばあちゃん。
「いよいよね」
「出来るだけのことはした」
「あとは計画を進めるだけ」
「がんばっていこう」
「うん……がんばるぞい」
アタシたちは戦いはここからだった。
さっそくメンバーを集めて、あたしたちは道内のその場所へ向かった。
トラックにはあたし愛用のロードローラーと、さまざまな重機を載せた。
アタシたちは車を進めて、目的の場所に着く。
「姉御、着いたぜ」
「ここが噂に聞くハウスね」
人目見たところ、確かに邪魔な家だった。
ここが道路になるだけで、ここの住人たちが便利になる。
ますます使命感にアタシたちは燃えていた。
お払いはすでに済ませておいた。
あたしたちはすぐさま重機の準備をしていく。
「あねごー!」
「さっそく始めて!」
アタシたちは内心ビクビクしながらも解体工事をし始めた。
夕方になる頃、3分の1ほど壊して終わった。
「…………」
拍子抜けするほどなんにもなく、無事故で安全だった。
「なんにも無かったですね」
ひと段落したところでみんなで集まった。
Kが場を和ませるように言う。
「……たぶん割に合わないから投げ出したんです」
「姉御、これならうまくいきそうですね」
「なんにも無かったわねえ」
メイコさんの情報、嘘だったのかしら。
あたしたちは重機を一角に止めてから、今日一日の仕事を終りにした。
「解散」
「「「へーい」」」
これなら上手くいきそうだ。着物もすぐに取り返せるかもしれない。
――そのように思っていた。
翌日の朝、電話が鳴るまでは。
時刻はアタシたちが会社からそこへ向かおうとしたときだった。
レン兄さんがニコニコして電話を取り出して、次第に顔が険しくなってきたときだった。
「リンちゃん……怪異だ」
「なんですって!?」
「詳しくはあっちで」
アタシたちは営業車に飛び乗って、目的の現場に向かった。
車が目的の家に近づくにつれ、その怪異がわかった。
アタシたちは現場で車を急停車させる。。
そこにあるのは、解体したあとがなく、何事もなかったように無傷で立っている一軒家があった。
「……いったいなんなのよ!」
途方に暮れる社員たちの目の前で、アタシはそう愚痴るしかなかった。 つづく
鏡音リン(大人リン)『鏡音建設・会長鏡音リン自伝『共鳴』』前編
予定を変更して、鏡音リン(大人リン)ちゃんとなりました。
今回のお話は、鏡音リン×ロードローラーの組み合わせを聞いて思いついたのを書きました。成長物語として書けた気がします。
正直、あまり元ネタは分かっておりませんが、いくつか動画を見ましたが、まあ私なりのお話を書けたらいいと思いました。
これはもう古参ネタですね。わたしは新規だからなあ。
あえて言えば全盛期のときには、DIVAアーケードしかやってなかったのが勿体無かったな。あ、でもマジカルミライにはなんとか行きましたが。
某動画では第2波に該当するファンかもしれない。乗り遅れた。
今落ちついているのは良いことでもありますが、ちょっと勿体無かったなあ。今でもニコIDはありませんし。うーむ。
まあとにかく、楽しんでくれたら嬉しいです。
次回こそは弦巻マキちゃんになる予定です。でも進捗状況によっては、琴葉茜ちゃんになります(関西弁をどうするか)。
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