真実の真相~ truth of the truth~
何千人の人群れの中でも、後ろ姿ででも、俺はきっとその姿を見つけられる自信があった。
だから今日も見つけた。
「めーちゃん」
見つけたのは、レコーディングスタジオのある建物を出てすぐ。
夕日が当たって、少し眩しかったけれど、ちゃんと分かった。
車道を挟んだ向かいの歩道を、淡いピンク色のコートを着て、めーちゃんは歩いていた。
めーちゃんが、こちらを見る。
俺は車が来ないことを確認して、車道に飛び出し、二車線を渡って、めーちゃんのいる歩道まで駆け抜けた。
俺の後ろを、車が一台通りすぎた。
「カイト!あぶないでしょ」
「平気だよ」
やっぱりめーちゃんには、俺は危なっかしい弟なのかな?
「これから帰るの?」
「そう。カイトは?」
二人で並んで歩き出す。
「まだ仕事」
今年に入ってから、俺の仕事は急激に忙しくなった。
というよりは、ボーカロイド自体の仕事が増えていた。
殺人的スケジュールのミクを筆頭に、リンとレン、めーちゃんも大忙し。
一番暇だった俺まで、恐ろしい勢いで仕事が増えてきた。
もうかれこれ三日ほど家に帰っていない。
「忙しそうね。大丈夫。なんだか私よりも忙しいみたいだけど」
俺を見上げて、眉をひそめる。そんな顔もとても可愛い。
「忙しいけど、毎日楽しいよ」
個性的なマスターやスタッフたちとの仕事は、刺激的で、毎日が楽しい。
要求の厳しいマスターもいるけれど、そんなマスター達は、辛抱強く俺の可能性を引き出してくれる。
マスターの要求に応えられた時、俺は自分の成長を実感できた。
OKを出してくれた時の、マスターの笑顔が嬉しかった。
今まで売れていなかった俺を、認めて使ってくれる新しいマスター、売れない頃から俺を使ってくれていた恩人とも言えるマスター。
その人達の気持ちに応えられることが、ひたすら嬉しくて、幸せだ。
「楽しいんだったらいいわ。安心した」
めーちゃんが笑ってくれた。
少し、寂しそうに見えるのは気のせいかな?
「今日も帰ってこられないの?」
「今日じゃなくて、明け方近くになると思うけど、帰るよ。めーちゃんは先に寝ててね」
「うん。これからレコーディング?」
「そう。殿とね」
ここの所、数ヶ月前にデビューしたボーカロイド、神威がくぽとの仕事が増え始めていた。
俺以外では初めての成人男性の声を持つボーカロイド。
仕事の上では、彼からなにかと刺激を受けているし、仕事が終わってからは、弟……というよりは、なんだか友達感覚で付き合っている。
「ちゃんと面倒見てあげるのよ。カイト、お兄さんなんだから」
めーちゃんはやっぱり、お姉さんだ。
「分かってるよ。それに、殿、俺よりしっかりしてるし」
「だめでしょ。それじゃあ」
呆れられた。
「わかってますって、メイコ姉さん」
ちょっとふざけていって見たら、めーちゃんは足を止めて俺の顔を見た。
なんだか驚いているみたいだ。
確かに『メイコ姉さん』なんて呼び方、ほとんどした事無いけど。
「どうしたの?」
「あっ、ううん。なんでもない」
また歩き始める。さっきよりもちょっと早足。
「明日は早く帰れると思うよ」
「すれ違い。私は明日遅いよ」
「起きて待ってるよ」
俺が暇だった頃みたいに。
「いいよ。先に寝てて」
待ってるって言っても、多分寝てろっていうだろうな。
「わかった。じゃあ、俺、こっちだから」
信号にさしかかったところで、俺は左側を指さした。
丁度俺の渡ろうとした信号が、変わろうとしていた。
「まずっ!じゃあね、めーちゃん」
めーちゃんを置いて、俺は横断歩道を走って渡った。
渡りきって振り返ると、めーちゃんは立ち止まってこちらを見ている。
めーちゃんと目が合う。
慌ててめーちゃんが俺から目をそらす。
「めーちゃん……ちょっと変?」
そうは思ったが、もう時間がない。
俺はまた駆けだした。
仕事が忙しくなった分、めーちゃんと過ごす時間は減ってきている。
俺だって寂しいとは思うけど、これでいいんだ。
俺のめーちゃんへの、姉を思う弟以上の気持ち。
それは胸の底に、沈めて封じた。
仕事の充実、新しい人たちとの出会い。沈めた上に、そんな物がどんどん積もっていく。
このままもっと忙しくなって、もっと封じ込めた上に積もればいい。
雪が降って、地面や、汚い物を覆い隠してしまうみたいに、俺の中のめーちゃんへの気持ちや、もっと汚い物も、全部覆い隠して、消してしまえばいい。
俺はめーちゃんの弟。それでいいんだ。
そんなことを想いながら、俺は次の仕事場へと走った。
次の日、やっぱりめーちゃんは、夜遅くなっても帰ってこなかった。
寝てていいと言ったけど、そうはいかない。
普通に帰ってきたのならいいけれど、酔って帰ってきた時のめーちゃんは大変だ。
玄関先で朝まで寝てたこともあった(だから俺は、めーちゃんがベッドに入るまでは心配で寝ていられない)。
壁にけりを入れて捻挫をしたこともあった(壁の破壊され具合もすごかった)。
超高音の大音響で歌いながら、家に入ってきたこともあった(おかげで俺だけでなく、リンやレン達も目を覚ましてしまい、ぐずる二人を再び寝かしつけるのが大変だった)。
そんなことがあるので、めーちゃんが帰ってきたら、俺はすぐに出迎えるようにしている。
「ただーいまーーー!」
帰ってきた。
どう聞いても酔っている声だ。
俺は読んでいた文庫本を閉じ、リビングのテーブルの上に置いた。
「カイトーー、ただいまーー」
上機嫌だ。
「お帰り」
玄関に座り込んでいるめーちゃんの側に膝をつく。
「カイトーー」
「はいはい、部屋に上がろうね」
めーちゃんの腕を、俺の方にまわして立たせようとしたが、空いている方の手で、襟首を捕まれた。
真正面、至近距離から見るめーちゃんの顔。
相変わらず綺麗で可愛いんだけど、目の焦点が合ってない。
「いっぱい飲んで来……」
突然、めーちゃんが体重を俺に掛けてきた。
バランスを崩して、乗っかられるような形になる。
驚いている間もなく、唇をふさがれた。
…………。
キス……されている。……よな……。
あわせた唇から流れてくるアルコールの匂い。腕の中の、めーちゃん自身の甘い香り。
めまいがしそうだ。
まずい!
慌てて両手で、めーちゃんを引きはがす。
「め、めーちゃん!」
手が振り払われて、またキスが来た。
……なんで?
なんで俺、めーちゃんにキスされてるんだろう。
柔らかな唇の感触、乗っかられているせいで俺の体に当たっているめーちゃんの胸の弾力。
俺は、なんか悪い、いや、良すぎる夢でも見ているんだろうか?
やっと唇が離れた。
「めーちゃん……どうして?」
「カイトが悪いのー」
まだ酔っている。
「俺の?どこが?」
悪いところに、心当たりが無いこともない。というか、結構ある。
「だってーー。可愛いんだもん」
「……はぁ?」
それって悪いところ?
「それに格好いいんだもん」
……だもんって……。
「走って車道なんか横切ってきたりしてさ、格好いいったら!」
……昨日のあれが?
「いつの間に、こんないい男になっちゃったのよーー!」
俺……もしかして、ものすごく褒められてない?
「スタッフの女の子もー、女子のマスターもー、みーーんなカイト格好いい、イケメンでイケボだって、ほめるんだもんー」
また俺に抱きついてきた。
「わたしのなのにーー」
えっ?
「めーちゃん?今、なんて?」
「カイトはー、私のなのー。他の女の子にも、マスターにもー、がくぽ君にもわたさないんだからー」
なんでここで殿の名前が出るのか分からないんですけど……。
と思っているうちに、またキスされた。
今度はすぐ離れた。
「わかってるもん」
めーちゃんの顔が、泣きそうになった。
「みんなの人気者になって、忙しくなって、いっぱい歌えた方が、カイトは幸せだって……」
顔を俺の胸に埋めた。
「でも……やだ……カイトとられるの……やだ……」
とうとう、泣き出してしまった。
「めーちゃん……」
忘れるところだった。
この人は、誰よりも寂しさを知っている。その分誰よりも強いけど、誰よりも寂しがり屋だと言うことを。
「姉さんなんて呼ばれるのも……やだ……」
「めーちゃん……」
「カイト……」
涙で濡れた顔を上げて、今度は、恐る恐る唇を重ねてきた。
さっきまでの大胆さが嘘みたいだ。
なんて……可愛い……。
今度は俺がめーちゃんを抱きしめ、重ねてきた唇から、舌を差し入れた。
「ん…ん…」
零れる甘い声。
細くて折れそうで、それでいて柔らかい躰。
封じたつもりの想いと熱は、あっさりと解き放たれてしまった。
俺の部屋の、ベッドの上。
目眩がしそうなほど、幸せな時間だった。
俺の腕の中には、生まれたままの姿のめーちゃんが、軽い寝息を立てて眠っている。
眠るのがもったいないな。ずっと見ていたいよ。
めーちゃんを抱き寄せて、そっと瞼にキスした。
でも、ちょっと驚いたな。あんなに大胆に迫ってくるから……。
シーツに散る紅に、そっと指を這わせる。
俺だけなんだね。
「めーちゃん……」
そう、俺だけだよ。これからもずっと。
そのためなら、俺は何だってするよ。
絶対に、逃がさないよ。
今度はめーちゃんのこめかみにキスをした。
俺、もう、我慢なんてしない……。
いつの間にか、俺は眠っていたらしい。
目が覚めた時、気づいたのは、軽い腕のしびれ。
……。
ああ、そうだった。めーちゃんに腕枕をしたんだ。
めーちゃん……。
慌てて目を開くと、めーちゃんの背中が目に入った。
なんだか、慌てふためいている。
酔いと目が覚めて、今の状況にパニックっている。っていう所かな。
目を覚まして良かった。
このままこっそり、この部屋を出て行かれたらたまらない。
「おはよう、めーちゃん」
起き上がって、俺はシーツでめーちゃんの躰を包んだ。
いつもよりも強い、甘くて優しい匂い。
怖々といった感じで、めーちゃんが振り向いた。
「お、おはよう」
声が裏返ってるよ。素直で可愛い人だな。
そんな人に、今から妙な手管を使おうなんて、俺はやっぱり卑怯かな。
分かってくれなんて言わないけど、それだけ君に逃げられたくなくて、必死なんだ。
「まだ朝早いから、自分の部屋に戻って寝直したらいいよ」
さりげない風を装って言った。
思った通り、めーちゃんは、ちょっとムッとしたような顔。
「でさ、昨日の夜の事は、お互い忘れよう。えーと、そう、事故だと思ってさ」
「ちょ、ちょと、事故って、どういう意味!」
俺の言葉に、顔色を変えて詰め寄ってくる。
「えっ、えーと、言葉通り。めーちゃん酔ってたし」
俺はベッドに肘をついて、後ずさった。
「それに、めーちゃん、俺の事好きじゃないでしょ」
「えっ?!」
「俺の事、弟だとしか思ってないでしょ」
「……」
「だからね、忘れた方がいいんだよ。忘れて、姉弟に戻ろう」
躰を起こし、前髪に手を入れて、俺は俯いた。
きつい……。
自分で言ったくせに。
めーちゃんの性格なら、俺がこんな事を言えば、逆にうやむやにしたり、無かったことにしたりは絶対しないだろうって。計算して言ったくせに。
計算で言った自分の言葉に、ダメージを受けてる俺って、本当に馬鹿で最低。
「……忘れるように、俺、努力するから……っ……」
もう無理。声が震える。
こんな下手な駆け引きやって、本当にめーちゃんに無かったことにされたらどうしよう。
そんなことになったら、俺は本物の道化だ。
「わ、忘れろですって!忘れるですって!何考えてるのよ、このバカイト!」
めーちゃんの怒鳴り声。
「えっ」
めーちゃんは本気で怒っていた。
「酔ってたからって、私が好きでもない男と、しかも弟ぐらいにしか思っていない子供相手に、あんなことする女だと思ってるの?!」
慌てて頭を横に振った。
知ってる。めーちゃんはどこまでも真っ直ぐで、正しくて、綺麗な人だ。
「あんたはどうなの?!見境無く誰とでもあんなこと……」
「するはずないよ!めーちゃんだから、俺!」
俺だって、酔って正体を無くしている女の子に、あんな事はしない。
めーちゃんだから、どうしても、どうしても欲しくて、どうしようもなくて、あんなことされて、言われて、もう、我慢できなくて、俺は……。
力一杯めーちゃんを抱きしめた。
「俺、めーちゃんが好きだ!頭がおかしくなるくらい、めーちゃんが好きだ。だからめーちゃんが酔ってるのがわかっていても止められなかったんだ!ごめん……ごめんね……」
本心の言葉は、あっけないほど楽に出た。
「馬鹿ね」
俺の髪をなでてくれる、優しくて、温かい手。
「私も好きよ」
もう、離せない。
めーちゃん……君を愛してる。
【カイメイ】真実の真相~ truth of the truth~
「悪い男1~カイトの真実~前編」の、カイト側から見た話です。
カイトの壮絶(?)な片思いは、これで終結……と言ったところでしょうか。
「初恋」→「grow」→「真実の真相」 と来た、カイト一人称創作。
……疲れました。三人称の倍ぐらい、神経すり減りました。
その分一人称のコツをつかんだような気がします。
しばらくは、気楽なお笑い小説を書くのに走りたいな~。
あっ、がっくんルート……。
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左手に沿っても行き止まり
右に並んでいたのに
傍で握っていたキミの手が
いつしか見えなくなってたことに気づいた
答えなんかないこの世界 迷う僕たちは
一緒に手を伸ばしては 今を進んでい...ふたり迷路で

MINO-U
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