65.再び、海辺の町にて ~リン~
* *
少しだけブリオッシュが上手く焼けるようになったころ、ハクは、リンをもとの緑の王都の酒場まで送ってくれた。
酒場の夫婦は心配のあまり、帰ってきたリンを怒りまくり、そして、玄関の扉を開けて抱きしめてくれた。
「君は王女、僕は召使」
リンは、今日も歌いながら、ハクから習ったブリオッシュを焼いている。
だんだんと腕を上げていくリンを、酒場の夫婦はにこにこと見守ってくれている。
「うちは酒場だが、朝の部も、作るかね?」
少しずつ売り出し始めたブリオッシュは、リンの予想に反して好評だった。
「昔むかし あるところに、悪逆非道の王国の、頂点に君臨してた、齢一四の王女さま」
変わらない過去を抱え、リンは歌い、そして今日も新しいブリオッシュを焼く。
「おう! リンちゃん! また腕を上げたね!」
朝の常連と夜の常連が店につき、酒場の常連は少し増えた。緑の髪の民の港で、かつての敵であった黄の民の焼くブリオッシュ。その材料は、黄の国のバニヤ地方でとれた小麦、青の国からやってきた甘い果物、それを緑の民の特有の釜で、かれらの好むふっくらした食感に焼き上げてある。
変わらない過去に新しい世界が徐々に積み上がっていく。
「今日から青の国に向けて出港なんだ!」「こっちはユドルへ行ってくる!」
「そう、気をつけてね! 無事に帰ってきて、わたしの新作ブリオッシュの感想を聞かせて頂戴!」
明るい港に向かって、広がる道の向こうの地平へ向かって、人々はリンの『緑の職人流』ブリオッシュを手に旅立っていく。
「わたしの作った変わり種の『おやつ』を食べた誰かが、それをきっかけに自分で考えた『おやつ』を発明したら……」
リンは、真っ青な空を見上げた。
「わたしのかつての夢も、叶ったことになるのかしら」
みなが自分自身の舌で、自分の世界を味わう日が来る。そこから自身の生き方を自ら考えて、形にする日がくる。……それが、かつて、罪に手を染めていったリンの願いであった。
「自分で小麦を選んで、卵を手に入れて、砂糖を買って……そうして、とりまく世界を感じて味わって……王でなくても、もっと良いものを目指して行動できる権利がある。それを実感できることって、素敵なことよね」
今、周囲の人々は笑っている。そのことが、何よりもリンを勇気づけた。
出港の声と、ラッパの音が響き、緑の旗の舟が、そして黄の旗に赤の一文字を引いた舟が春の海に船出してゆく。
みなが、幸せになるように。
みなが笑顔でいられますように。
王族や平民などととらわれずに、みながそれぞれの幸せを、その力の限り願い、そして手に入れることが出来る世界でありますように……
わたしは、リン。かつての女王。
「わたしの幸せは……」
リンは、手にしたブリオッシュにかぶりつく。新鮮な果物の酸味と小麦の甘味、そして春の潮の香りを、リンはその全身で味わい、噛みしめた。
「わたしの幸せは、今、わたしとともにある」
『悪ノ娘と呼ばれた娘』 終わり。
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sakagawa
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