右手にハンドオイルが塗りこまれていく。ゆっくりとマッサージをするカイトの大きくて、しなやかな手にふいにどきりとしてしまった。表情に出さないよう、視線を外す。
柔らかい室内灯が店全体をふんわりと暖かくさせている。カイト一人で切り盛りしているこの美容院は小さいながらも繁盛しており、メイコもよく通っている。
並んでいる大きな鏡に自分の横顔と、目の前に立つカイトの姿が映った。今日のカイトはいつもと違う。普段会うときとも、髪を切ってもらうときとも。その違いにメイコは心臓が高鳴るのが分かった。そんなメイコの様子に気づいたのか、鏡の中にいるカイトが、不思議そうに首を捻る。
「顔動かすのはいいけど、手は動かさないでね?」
そう釘を刺され、体が硬直する。左手もオイルを揉みこむようにマッサージをされて、仕事で疲れている指がじんわりと暖かくなっていく。
「慣れないんだもの、こういうの」
「髪を切るのと一緒だよ、そんな緊張しないで」
目の前にいるカイトは笑いながらメイコの髪を優しく撫でた。いつもカイトに切ってもらっている茶色い髪は、枝毛も無くいつもさらさらに保ってある。
美容師の彼が最近始めたサービスがこのネイルアートだった。元々手先が器用なので、デザインセンスがあるカイトだからだろう、今ではヘアカットよりネイルアートの客が増えてしまっているようだった。
爪の先を綺麗にカットし、甘皮処理を素早く行う。ずっと黙ったままのカイトに声をかけづらくて、メイコも黙って手先を見つめていた。
彼の手が多くの女性客に触れているかと思うと、微かに嫉妬心が湧き上がる。仕事だから仕方ない、と思う反面、この綺麗な指先を独り占めしたいという子どもじみた欲求を持ってしまう。
「……何考えてるの?」
声をかけられて、顔をあげた。
「え?」
「眉間に皺が寄ってたから」
指先で眉間をとん、と押されて、メイコは苦笑いを浮かべた。
「ううん、ちょっと疲れてるだけよ」
「もう少しで終わるから、もうちょっと我慢して?」
ベースコートを塗りながら優しい笑顔で言う彼に、笑顔を見せて。
「大丈夫、ありがとう」
と言った。彼の仕事場で、彼の能力を独り占めできるという感覚がくすぐったくて、でもどこか嬉しくて。綺麗に塗られたベースコートを珍しそうに眺めて感嘆の息を漏らすと、カイトが色見本を出してきた。
明るい系の色と、ラメがふんだんに使われた大人っぽい配色。どちらも見事だと思ったが、これが自分の爪に塗られると思うとどれか一つには選べなかった。
「ポリッシュはどうする?あんまり派手だと仕事しづらいだろうし」
「んー、折角だからカイトに任せようと思ってたんだけど……」
正直に言えばどんな色が似合うのか、どんなデザインがあるのかもよく分からない。そう答えると、カイトは少し悩んだようにマニキュアが載る台を見て、二つ三つポリッシュを出してくる。薄い赤色にラメが入ったものが綺麗で、でも完成された形が想像出来なくて、メイコはじっと見つめてしまった。
「この色がいい?」
「……でも、少し派で過ぎる気もするわ」
「大丈夫、俺に任せて」
そんな風に言うのはずるい。
メイコは少し顔を赤くさせて、一つ頷いた。
鳴れた手つきで筆にポリッシュを乗せて、反対の手でメイコの手をぎゅっと掴んだ。まず親指、と呟いて彼は優しく親指に触れる。どきりとして、メイコは強張らせた。普段会うカイトは自分より年下の所為か可愛くて、放っておけないところが魅力だった。でも、今日の彼は違う。自分の仕事に誇りを持って自分に対して最高のサービスをしようとしてくれている。
その姿に、更なる魅力を感じて。
触られる手が熱い。いつもならそのまま手を振り払ってしまうのに、マニキュアを塗ってもらっている状態ではどうすることも出来ない。薄い赤色のポリッシュが塗られていくのを見つめることしか出来なかった。
「……思ったより薄いのね」
「だから、重ねづけするんだよ」
照れ隠すように呟いた言葉を、カイトは率直な感想に聞こえたのだろう、もう一度手を取ると根元からではなく、爪の真ん中あたりからもう一度ポリッシュを塗り始めた。グラデーションを作るように塗っていくと、爪の先端に向かう程、赤く、そしてきらきら輝くネイルに仕上がっていく。
「凄い、綺麗」
出来上がった手を光に反射させるようにひらひらと動かす。その度にラメが輝いた。
「まだ乾いてないからあんまり動かしちゃダメだよ。ほら、そっちの手も」
おずおずと左手を差し出す。一回軽くマッサージをしてから、指に触れる。顔が近づいてきて、どきりと心臓が大きくなった。何事もなかったかのように塗り始めるカイトに、メイコは自分の動揺を悟られまいと下を向いた。
カイトの顔を見ている余裕など無かった。
「はい、出来た」
少し時間が経ってから完成した爪は、特殊なドライヤーで乾かされて更にきらきらと輝いている。メイコがまじまじと自分の爪を見つめていると、優しく手をどかされた。カイトの青い瞳に吸い込まれるように見つめられた。
「……俺のこと惚れ直した?」
仕事の笑みではない、本来の彼の笑顔を見せられて。
「ば、馬鹿」
メイコは顔を赤くして否定することしか出来なかった。
コメント1
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カイトは磨いていたグ...カウンターの距離
なめこ
この作品は、以前書いた、カフェの話の番外編的な話です。
一連のカフェを舞台にした話を読んでいないと、ちょっと分かりにくいかもしれません。
それでも良いよ。または、読んだことあるよ。という方は前のバージョンからどうぞ。Cafe・ただのいたずら
sunny_m
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ご意見・ご感想
キョン子
ご意見・ご感想
まんまと惚れ直しましたw
これは…指フェチにはたまらないです死んでしまうよ私にもマニキュア塗ってください
ちょっとヤキモチ妬いてるめーちゃんがかわいいいいいいい
手先が器用な兄さんは大変おいしいですね!
お客さんからのアプローチとかするっと切り抜けるんだろうね!!かっこいい!!
2010/05/13 11:53:16
なめこ
コメントありがとうございます!
かっこいいカイトを目指して書いたのでそう言っていただけると嬉しいですv
指フェチに萌え萌えしてもらえるよう頑張りましたー!
お客さまからのアプローチは華麗にスルーすると思いますwめーちゃん命なので!
2010/05/14 02:45:56