テレビから絶えず、この激しい雨のニュースが流れていた。
騒がしい中継の音が、落ち着いた部屋に響いている。
私はテーブルの上にレモンティーの注がれたティーカップを置いた。
帯人は恐る恐るそれを手にとると、ゆっくりと口元に運ぶ。

「暖まるでしょ?」

そう尋ねると、彼はこくりとうなずいた。
わずかに口元が笑ったような気がした。

さて、一服もしたし、そろそろ傷の手当てをしようかな。

「それじゃあ、傷の手当てをするから傷口を見せて」

彼は何のためらいもなく、Tシャツを脱ぎ始める。
完全に上半身裸になってしまった帯人。

(そうよね。こうなるよね。絶対…。私が浅はかだったよ)

私は消毒液をガーゼにしみこませて、そっと傷口を消毒した。
チクッとしたのだろうか。ときどき、帯人の顔が歪んだ。

「ごめん。痛い?」

帯人は首を横に振ってはいたものの、ちょっと痛そうだった。
私は消毒を終えると、帯人の傷にすべて包帯を巻いてあげた。
彼の傷は多すぎて、けっきょく肌の色はほとんどわからなくなるくらい
包帯を巻いてしまうことになった。

そう言えば…帯人君って肌の色白いなー。
私より白いんじゃないかと疑いたくなるくらい、とにかく白い。
というか、白を通り過ぎて青白い?または灰色?
不健康な顔色ってこういう感じなのかな……?

ふと、彼の顔を見た。
せっかく端正な顔立ちをしているのに、右目を前髪で隠してしまっている。
私はその前髪にそっと指を伸ばした。

パシッ。

「あ。…ごめん」

いきなりだった。
前髪に触ろうとしたとたん、帯人は私の手を強くたたいた。
驚きのあまり、私はしばらくの間、動けなかった。

私は彼に問う。

「なんで、片目を隠してるの?」

帯人はしぶしぶ答えた。

「……傷がある」

「あ。そこも怪我してるの? なら、いい物があるの」

私が救急箱から取り出したそれは眼帯だった。
私はそっと彼の右目に眼帯をつけてあげた。

(思ったとおり。めちゃくちゃ似合ってる)

彼は不思議そうに、何度も何度も眼帯を指でなぞっていた。
その様子を私はくすくす笑っていた。

私はふと、こんな疑問を抱いてしまった。

「ねえ、帯人君」

「ん」

「君っていくつ? 見た感じ、私とあんまり変わらないんじゃないかな?」

「……製造日付は…」

「え」

思わぬ言葉に、私を目を丸くする。

(今。なんて…?)

「製造日付は…」

「ちょっと!待って。……どういうこと?」

驚く私を、彼はまるで見たこともないようなものを見るような目で見ていた。
彼は問われている内容が理解できていないらしく、ただ黙ってこちらを見る。

「つまり…。その、帯人君、あなたは…」

混乱する頭から必死に言葉を絞り出す。

つまり。そういうこと、なの? ねえ? 帯人君。




「ボーカロイド?」



彼はあたりまえのことだと言わんばかりに、こくりとうなずいた。
私は混乱する頭を抱えながら、ソファに沈んだ。

「あーもーびっくりしたじゃんー!」

帯人は首をかしげる。

「つまり、君は怪我人じゃなくて、ただの迷子のボーカロイドなんだ」

(もー。びっくりさせないでよ。病院に連れて行ってたら大恥をかくところだったー)

それならそれで、私にはしなければいけないことが増えるのだ。
この子のマスターを捜してあげなければならない。
私はソファから立つと、電話の受話器を手に取る。

「待っててね。今、警察に連絡して君のマスターを捜してあげるから」

電話のボタンを押そうとしたとき、突然彼の手が私の手をつかんだ。
その力はやっぱり半端無くて、私の手はいとも簡単に動きを止められてしまう。

「痛ッ! ちょっと、なにするの!?」

「ダメ」

「ダメってなにが!」

つかまれた腕を勢いよく引っぱられた。
その力はあまりにも強くて、あらがえなくて、

(ちょ、なにこれ、え、ちょ、ちょっと!)

私はスッポリと帯人の胸の中に収まってしまった。
彼の両手が私の体を捕らえて逃がさない。
逃げられない。

「増田雪子さん」

「は、はい…」

「あなたがいい」

「へ?」

「マスターは貴女がいい」

彼の腕の中で、私は暴れる心臓を抑えようと必死だった。
死ぬほど恥ずかしい言葉を、よくも堂々と口にできるもんだ。
もうこっちが死ぬほど恥ずかしいよ!

「僕のマスターになってくれませんか?」

私はうなずくことしかできなかった。
すごく恥ずかしくて、とにかく離してもらいたくて、
なにも考えることができなくて。
もう、いっそ泣いてしまおうかと思うくらい―。


それからどれくらいの時間が過ぎたのかな。
よく覚えていないけれど、ただ一つ覚えているのは―。


沈黙する部屋にただ一つ流れる、ニュースの音。
その内容がすごく嫌だったこと。


とあるマンションの一室で、男が殺された。
凶器は鋭いなにか。死因は胸部を串刺し。犯人は不明。
ただ部屋のなかには、ボーカロイドの不凍液の跡も残っているらしい。
でも、そのボーカロイドは失踪中なんだとか。


このとき、すごく嫌な予感がしたんだ。
息が詰まるくらい嫌だった。

目の前にいる彼に対する疑念が、私の胸のなかで芽生えてしまったんだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡 第03話「ボーカロイド」

【登場人物紹介】
増田 雪子(ますだ ゆきこ)
 実はマスター子にしようとしていたけど、さすがにいけないかなーと思って
 増田市子にする予定でした。でも市子…うーん市子か。うーん。
 なんだか納得がいかなかったので、帯人のイメージ色が黒か紫なら、
 対極の色をイメージさせるような名前にしよう!!と思いつき、
 「真っ白な雪」というイメージから雪子にしました。

帯人
 この作中じゃあ病んでませんねぇ…。
 まあ、これからガンガン病んできます!!(そのつもり…

閲覧数:1,832

投稿日:2008/11/01 22:25:54

文字数:2,191文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    あわわわッ!!すごくいいお話だなんてッ!><
    嬉しすぎて、今、パソコンの前でブーンってしましたww
    ブクマしてくれるなんて、ありがとうございます!
    更新遅くなるかもしれませんけど、気長に付き合ってくれると嬉しい限りです^^

    2008/11/01 23:57:24

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