《6》
『マスター、どこか行きませんか?』
「どこか行くって、私は土地神だからな…出雲に呼ばれたときくらいだよ、この地域から離れられるのは」
もっとも、私みたいな下級の神が出雲に呼ばれるのは毎年なんかではなく、本当になんか大きなことのある、数百年に一度とか、そんなもんだ。
友神(ゆうじん)がいるわけでもない。
『マスターは、ずっとここにいて退屈じゃないんですか?』
「そんなもん慣れた。むしろ今は、お前がいてくれてるからな。話し相手に困らなくて楽しい」
『それは…嬉しいです。僕は平気ですけど、マスター退屈していないかな、と』
「優しいな、お前は」
あれから、十数年は経ったかと思うけど、彼の笑顔は当時と何も変わりない。
そうか、お前も、人間じゃないんだな。
老いて、死んでゆく。
それとは違う定めを、送るというのだな。
『ここは、神社なんですよね』
「何だ?今更」
そりゃ、半世紀以上前から神主はいなくなり、四半世紀前くらいには訪れる人もいなくなったし。
私とカイトが出会ってからというもの、現れたのなんか迷い込んだ狸とか、その類だ。
『お祭りとか、無かったんですか?』
「ずっと昔はあったけどな」
私に退屈でないか聞いているようで、実はカイトが退屈しているんじゃないか?
『じゃあ、やりましょうよ、お祭り!』
「はぁ!?」
『だって、せっかくマスターは神様なんですよ?なんか、もったいないじゃないですか!』
「なんだそりゃ!それ、カイトが退屈してるんじゃないか?」
それなら私でなく、人間のマスターといた方がいいんじゃないだろうか?
『やっぱ、やめました』
「んだよ」
『いろんな人が来て、沢山お願い事が来て、マスターが忙しくなってしまったらちょっと寂しいですから』
……なんか、可愛いな。
《7》
「退屈だったら、人間のマスターを探すのもアリだぞ。私の管轄の土地内くらいなら、探してやる」
『そうじゃないですよ。僕は、マスターと、あなたといられたらそれで十分です。あなたが、幸せなら十分です』
「それは、願い事か?」
『神様に願うとしたら、僕は、ずっとずっとマスターのそばにいること。そして、マスターがずっと幸せでいること、それだけです』
私の、幸せか……
私に幸せを願うものは数限りなかったけれど。
私の幸せを願ってくれたのは、君ただ一人だったね。
「ちゃっかりふたつも願いやがって…」
『ごめんなさい!』
「私の幸せは……お前が私の側にいてくれることだ。
………だが。
…永遠は、存在しない。
だから、ずっと、という願いは叶えられない。
変わっていく未来は、私にも分からない。
それに今、この世界を動かしているのはもはや私たちでない。
他でもない、人間だ。
小さな私にできることなんて……」
縁側から立ち上がり、少し萎びてしまった草にそっと触れる。
「健やかに、育ちますように」
草はほんの少し背伸びして、太陽を探した。
「この程度だ。……願われてこれを言うのもあれだが、私からも願わせてくれ。
私の、側にいてほしい」
『何をおっしゃいますか、マスター。そんなこと、言われなくたってそのつもりですよ。
それと、マスター。
僕は機械です。ですから、人間のように老いて死んだりはしませんから。
ずっと、側にいますから。マスターをひとりになんて、させませんから』
《8》
誰も来ない境内で、二人で静かに、暖かに暮らす。
平凡、平穏。何てことはない。
今日も、どこかの昔話と、違う世界の作り話と歌と。
ふと、思い立って、私たちは土手に出かけた。
「どこだ…?ここ」
『マスター、来たこと、あるんですよね?』
「あぁ、何度も。でも、変わりすぎているんだ。何もかも」
川があることから、元土手だったという場所は分かった。
駄菓子屋も、古紙回収ゾーンも、芝生もない。
落ち着かなくなるほど小綺麗に舗装されたビル街と道と、ピカピカと光る巨大な橋。
『時が経つのは……早いのですね』
釣りをしているような人も、いない。
もう、爺は生きていないのだろうな。奥さんと一緒に、静かに安らかに、眠っていてほしい。
ふと、カイトの横顔を見上げる。
「お前は、この年月の間も、何も変わらないな」
『マスターこそ』
至る所にある、再開発と書かれた札を横目にして私たちは境内へ帰った。
「絶対なんて、無いんだな」
『それは違いますよ、マスター』
「え?」
『絶対なんて絶対ない、ってそれはもうすでに絶対です』
「なんだよ、洒落かよ」
笑ってカイトの顔を見ると、彼は微笑んで、でも真剣な目をしていた。
『過去は変えられない、そういう言葉がありますよね』
「あぁ」
『それは、変えられない過去をくよくよするより明るい未来を見よう、変えられる未来をいかにしよう、そういう言葉であると同時に……
どんなに全てが変わっていくように見えても、そのときそこにあったこと、その時間は確かに存在していた、その事実は動かず、絶対であるんだ、そういう言葉なんだと僕は思います』
何千年か、何万年か、もう忘れるほど生きてきたけれど。
君は、また私の初めてになったね。
そんなこと、私に教えてくれた奴、君くらいしかいないよ。
『そろそろ、寝ましょうか』
「そうだな」
《9》
再開発は進み、境内も取り壊されるかと思ったが、さすがに神社に手を出すということはしないつもりらしい。
ただ、裏山は相当変わるみたいだ。
「落ち着かなくなるな」
『でも、神社に何もないだけずっといいですよ』
「そうだな」
裏山に しょっぴんぐもーる が出来上がる頃には、私がカイトと出会ったときから百年近くになっていたんじゃないだろうか。
『映画見ませんか?映画!マスターの姿は人に見えませんから、チケット代僕の分だけで見られますよ!』
「チケット代になるほど賽銭がねーよ」
『あ…』
時は流れ、再開発どころではなく、この土地を管理している国そのものが革命などで大きく変わったり、すぐ隣の土地が大災害にあったり、そんなことだらけの中、神社が焼け落ちてしまうこともあった。
「カイト!逃げるぞ」
『はい!』
それでも、ずっと変わらない君の姿。
だから、信じていたんだよ。
自分でも、気がつかないうちに。
《10》
人間の歴史は進むのが速い。
最初の日々に、最新として話した話は、今では遙か遠い昔話。
五百年にもなると、人間の価値観というものは全く変わっているものだ。
今唱えられているのは、何説だ?
「おはよう、カイト」
『マ……スタァ…』
「おい、カイト。どうした?」
--error--error--
『寿命……みたいです』
何だって!?
『保証……期間よ…り…ずっと……長く動いて…いられました』
え……え…?
『僕、幸せでした……マスターが……ずっと側で笑ってくれて…』
「おいおい、今度はどんな作り話だよ!演劇調の演出か!?」
彼は、静かに首を横に振る。
静かに、悲しげに、微笑む。
『ありがとう……ございました…大好きです……マス…タァ……』
プツン、という小さな音を立てて、彼は動かなくなってしまった。
「なぁ、起きろよ!起きてくれってば!おい、おいカイト!!」
さすっても、揺すっても、ただ安らかな顔のまま、動かない。
そうだ、あれだ!
一番最初に彼を起動したときに行った、手回し発電だ。
「起きろ!起きろカイト!」
レバーを、回す。
「起きろ!起きろ起きろ起きろ起きろ起きろっ!!」
回す。回す。回す。
「なぁ、いつまでそうやってるんだよ!おい、また別の話をしてくれよ!歌を歌ってくれよ!なぁ!」
回す回す回す回す回す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
嘘だ……そんなの、あり得ない。
《11》
「嘘つき…ずっと側にいてくれるって、私をひとりにしないって、そう言ったじゃないか……」
……違う。
最初から、ずっとなんて、永遠なんて存在しない。
形あるもの、いつかは壊れる。
経年劣化、そんな言葉がある。
全てのものは変わっていく。
知ってた。わかってた。
君に出会う、ずっと前から。
出会っては、別れる。
それを繰り返してきたから、"さようなら"には慣れていた。
……はずだった。
君は、誰よりも長いこと、ずっと私の側にいてくれたから。
自分でも気づかないうちに、私は永遠を願っていた。
ずっとそうだと信じていた。
君だって、絶対じゃない。
形がある。いつかは、壊れる。
だけど、君といた時間は、あまりにも長すぎた。
君は私にとって、あまりにも特別でありすぎた。
2人でいた暖かな時間が、無くなってしまって……
初めて、気づいたよ。
君が、すごくすごく大切だったって。
大切なものは失って初めて気づくってさ、どこの人間だっけ、よくも言ったもんだよね。
行かないで。私の側にいて。
ひとりにしないで。寂しいよ。
これが…人間の別離、ってものなのか。
《12》
私が君に話した最初の話。
「昔々…永遠の命を願った者がいたんだよ…」
その結末は……
何もかもが変わっていく様を見続けた者はこう言った。
永遠の命なんていらないよ。
永遠に死んでいるのと同じ。
そんなもの、もういらないから…
普通に生きて、同じように死んでいけたらどれだけ幸せか。
そしてその人は気づいたんだ。
限りがあるからこそ、移ろいゆくからこそ、この世界は美しいんだって。
「永遠なんていらないから、
君と一緒に消えてしまえたら……
永遠も絶対も、存在し得ないなら……」
『どんなに全てが変わっていくように見えても、そのときそこにあったこと、その時間は確かに存在していた、その事実は動かず、絶対であるんだ、そういう言葉なんだと僕は思います』
「カイト!?」
どこか遠くから聞こえたような、君の声。
君が私にくれた時間は……変わらない。
限りがあったからこそ、その時間はよりいっそう輝く。
「ありがとう……大好きだよ」
涙と、時とを胸に抱いて………
私は静かに、瞳を閉じた。
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