ごめんなさい、と下げられた頭の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。
夕日差し込む放課後の教室、遠くから聞こえる運動部のかけ声、そして、俺と彼女は二人きり。
シチュエーション的にはこの上ないほどバッチリで、呼び出しから告白までイメージ通りに進み、あとは彼女が恥ずかしそうに頷いてハッピーエンド、…というところまでが俺のシナリオだったのだけれど。
――あれ?俺、今、フラれた?
「あ、あの、えーっと」
「私、カイト君のことお友達以上には見れない」
「え、あ、う」
「…本当にごめんね」
言葉を待たず、もう一度ちょこんと頭を下げ教室を出ていく後ろ姿。あっという間に一人きりになった教室で、俺はへなへなと座り込んだ。
勝算はあった。
だって化学の実験班も掃除当番も一緒で、誰よりたくさんおしゃべりもしていたはずだった。彼女が好きだと言っていたロックバンドのアルバムも買って、この曲いいよねなんて笑ってCDの貸し借りもして。ここ最近では、一番良い手応えを感じていたのに。
「…まじ、かよぉ…」
もうすぐ17度目を迎える、冬。
失恋回数は初恋の幼稚園の先生を含んで絶賛30連敗に戦績を延ばし。
膝から抜けていった力は、しばらく戻ってきてはくれなそうだった。
*
「だから、何度言ったら分かるの」
めそめそと不貞寝していた俺に、呆れたような降ってきた。
そろりと見上げると幼なじみのメイコがしかめっ面で俺を見下ろしている。帰宅したばかりなのか、まだセーラー服のままだ。
「あんたは展開が早すぎんのよ。駆け引きってもんを覚えなさい」
「…今回は本当にイケると思ったんだよぅ」
「ほう。イケると思って、その結果は?」
「…惨敗でした」
「でしょう」
ため息をついて、メイコはしゅるりとセーラー服のリボンを外した。
着替えるから布団被ってて、と指示されておとなしく言うとおりにする。メイコの着替えなんてこれまで腐るほど見てきているのだから今更勿体ぶらなくてもいいのにとも思うが、思ったことをそのまま口に出したらこの間痛烈なボディブローを喰らったので同じ撤は踏みたくない。
「大体実験の班が同じとかそんくらいで恋に落ちてどうすんの。女子中学生じゃあるまいし」
「だって掃除の班も同じだったんだよ!これは運命だーって思うじゃん!」
「そんな運命今日び百均でも売ってるわ」
これまた痛烈。物理的にではなく、精神的なボディブローがモロに入って、ぐぅと呻いた。
同い年の幼なじみとして隣家に生まれ育った俺たち。
しっかり者で世話焼きのメイコと、勉強も運動も中途半端なヘタレな俺。幼い頃からこの力関係のまま17年が過ぎようとしている。
自分で言うのもなんだが俺は昔っから惚れっぽく、しょっちゅう恋をしてはフラれて、こうして勝手にメイコの部屋に上がり込んでは慰めてもらったり説教されたり貶められたりしている。割合で言えば、2:5:3といったところで、今日は説教と貶めの合わせ技だ。
「…めーちゃん、冷たい」
「相手してもらえるだけマシだと思いなさい」
「…うう、なんてコールド」
赤ん坊の頃からなにをするにも一緒だった俺たちだが、小学校高学年頃から開きつつあったは学力の差は高校受験目前で如何ともしがたいものになり、メイコは素晴らしく偏差値の高い女子校へ、俺は中の中から下のオトモダチがわんさかいる共学に進学した。
中学時代までのように四六時中一緒にいるわけではないけれど、ことある毎に部屋に上がり込んでいる俺に、メイコはため息をつきつつ相手をしてくれる。
「…大体こないだの子からまだ2ヶ月も経ってないじゃない」
「もう2ヶ月、だよ。恋の傷を新しい恋で癒すには十分な時間じゃないか」
えへんと胸を張ってみせるが、あっそう、と興味のなさそうな返答が返ってくる。
「ハンカチ拾ってあげたとか、携帯が同じ機種だったとか、カイト君は好きになるポイントがたくさんあって大変でちゅねー」
「…ぐ…」
さすが俺と偏差値が15違うだけあってよく覚えていらっしゃる。
ハンカチは前回、携帯は前々回の恋のはじまりだ。…確かに今考えれば、あれはちょっと先走り過ぎたかもしれないけれど。
でも、今回は間違いなく運命だと思った。同じ班で仲も良くて、彼女だってたくさん俺と一緒に居て笑ってくれていた。なのに。「付き合ってください」の「くだ」くらいまででごめんなさいと頭を下げられた俺のこの気持ちのやり場ったら。
何回何十回とフラれても失恋のツラさは薄まるものではない。だからこそ、人間は新しい恋を求めるのだ。しかし悲しいことに、それが実を結んだことはまだない。
「…俺、なにがいけないのかなぁ…」
「……」
顔は別に悪くない。…と思う。
お人好しで平和主義だから性格も結構いい方だと思うし、スタイルだって中の上といったところだ。
…ということは頭?『カイト君は頭が悪いから付き合えない』と言われたことはないけれど、もうそれくらいしか原因が思いつかない。ていうかこんなこと言われたら絶対トラウマになるし。
はぁぁぁぁ、と重く長いため息を吐いて、目を閉じる。
闇の中で、光は見えない。…31回目の恋は、もうしばらく時間が掛かりそうだった。
「…もう、ほんと仕方ないヤツね、あんたって」
やがてメイコの最高潮に呆れた声が聞こえたかと思うと、勢い良く毛布をはぎ取られた。
うわあ、と情けない悲鳴を上げつつ、蛍光灯の眩しさに目を細める。見上げたメイコは何故かいつもの家着ではなく、ジーンズとモヘアのセーターを身につけており、外出用のコートを羽織っていた。
「ほら、いつまでもうじうじしてんじゃないわよ。バカみたいに前向きなのがあんたの取り柄でしょ」
「…え、え?」
「…今回もカラオケでいいんでしょ?さっさと発散して、次の恋でも見つけなさい」
ほら、と脱ぎ散らかしていたコートを投げつけられて、ぽかんと口が開いた。ということは、つまり?
「…つきあって、くれるの?」
「…だから私のとこ来たんじゃないの?」
呆れ半分、怒り半分、そして照れ臭さを少々混ぜたような顔。
ああ、この顔も30回目だろうか。いや、もしかしたらもっと見ているかもしれない。
なにせ俺は、恋愛以外でもヘタレで、彼女には迷惑をかけっぱなしなのだから。しょうもない俺の弱音に何だかんだ説教を垂れつつも、最後はこうして俺につきあってくれる優しい人。
ああ、やっぱり、俺。
「めーちゃん、好き」
「……、それはどうも」
にへら、と笑うと一瞬だけメイコの眉が動いた。しかし、おざなりに礼を言うとすぐにそっぽを向いてしまう。
「ちょ、反応薄いよ、もっと『きゃっ、ありがとうカイト私も大好き!』みたいな返答を…」
理想とは違う反応にぶーたれると、メイコはまるで体中の酸素を入れ替えるような長いため息を吐く。
「…あんたね、私の言ったこと全然理解してないでしょ」
「え?」
「…好きとか大好きとか、簡単に言わないの。そういうのはもっと熟成するのを待って、ここぞっていう時に言うもんよ」
「えー、そんなのまどろっこしいよ。好きだって思ったらすぐ伝えなきゃ。人の気持ちなんてナマモノなんだから、熟成なんて待ってられない」
「…それでも。私は、そう言う事は軽々しく言ってほしくない。だから自重しなさい」
お願いだから、と目を伏せたメイコにそれ以上抗う事は出来なくて、分かったよと唇を尖らせる。好きだと思ったから好きだと言っただけなのに。俺の幼なじみはとことん真面目だ。
「じゃあ、これからはちょっと自重する。俺めーちゃんに嫌われちゃったら生きていけないもん」
「……」
「よーし、今日は久々に失恋メドレーだ!」
やっぱり失恋した時は、思いっきり声を出して歌うに限る。脳内で早速セットリストを作りながら、俺は浮き足立った気持ちでコートに袖を通した。
「…ったく、人の気も知らないで…」
「え?なんか言った?」
「なんでもない。さっさと行くわよ、失恋番長」
「ちょ、その不名誉なあだ名やめて!せめて恋愛勇者とかにして!」
ぎゃあぎゃあとお互い喚きながら、先を争うように階段を下りる。
行ってきますと二人で声を揃えて出かける玄関。いつしか自然と笑顔になって、失恋の辛さは10分前よりもずっと薄れていた。
*
次の日。
「おい、カイト」
「おー、おはよーがっくん」
始業HRの前、ざわつく教室で背後を取られた。剣道部エース、イケメンに分類される悪友の顔には意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。
「聞いたぞ、おまえ、またフラれたんだって?」
「あーうん、そうなんだよね」
「…なんだ、さぞへこんでると思ったのに、意外と元気そうだな」
拍子抜けしたといった調子で羽交い締めにしていた腕から解放される。つまんね、と聞き捨てならない言葉が聞こえたが、今日の俺は華麗にスルーだ。
「ふふふ、俺は生まれ変わったのだよ、神威くん」
「は?」
「失恋は通過点に過ぎない。自らを輝かせるための」
「……」
「想いが叶わずとも、その人を確かに愛したという行いは尊い。その尊さこそが、魂のステージを1ランク上に…って、なんだ、この手は」
「いや、なんか頭沸いてるから、熱でもあんのかと」
「失礼だなおまえ!」
神妙な顔をしたがっくんの手を振り払う。
…いやいや、落ち着け。俺は生まれ変わったのだ。こんな悪友の茶々ににいちいち目くじらを立てるなど、成長した俺にはふさわしくない。
「これからは俺の事を、恋愛勇者と呼んでほしい」
「は?失恋番長の間違いだろ?」
「だぁ!違う!恋愛勇者!コールミー、恋愛勇者!!俺は今までの俺とは違う!恋、即、爆の精神はもう卒業した!これからはゆっくりと熟成させて、まるでワインのような恋を楽しむのだ!」
「…おーい、だれかキヨテル呼んできて。だめだこいつ早くなんとかしないと」
「なんでだよ!俺超いいこと言ってるのに!」
結局その後学級委員のテルくんを呼ばれ、俺は保健室に連行された。
非常に不本意だったけれど、宿題をうっかり忘れていた1限の数学をエスケープ出来たので、…まあ悪い事ばかりではない。成長した事へのご褒美だと思う事にしよう。
放課後、俺は珍しく寄り道せずにまっすぐ家路を辿った。
普段なら好きな女の子と自然に会えるルートを選んだり喋る機会を虎視眈々と狙って放課後は多忙なのだが、恋愛勇者たるものなりふり構わずという姿勢は望ましくない。寄ってくる買い食いやゲーセンの誘惑を振り切り、高校入学後初めて5時前に自宅に着くという快挙を成し遂げた。
フェンスを開けようとしたのと同時に、ちょうど隣家の玄関のドアが開く。
家と家の間は低い生け垣で仕切られているため、出て来た人物の顔が簡単に確認出来る。メイコだ。
「め…」
手を振ろうとして、メイコの後ろの人物に気が付いて言葉を呑む。そして、反射的に生け垣に影にしゃがみこんで隠れた。
なんだ、あの子。誰だ。
メイコと同じ制服の、長い薄桃色の髪の毛の女の子。――控えめに言って、超絶に美人だった。
「ごめんねルカ、わざわざ家まで来てもらって」
「ううん、全然平気。私も助かっちゃった」
「また明日ね」
「うんまた明日」
ばいばい、と少女二人は笑顔で手を振り合い、ルカと呼ばれたその子は足取り軽く隣家の門扉を開けて去っていく。揺れる髪の毛と一瞬だけ見えた笑顔に、俺の心臓はまずい兆候を示していた。
「っひゃ…!って、なんだカイトか、びっくりしたぁ」
彼女の姿が見えなくなったところで生け垣を飛び越え、玄関を開ける一歩手前のメイコの肩を掴んだ。こげ茶の瞳が驚いたように振り返るが、突き動かされる衝動に支配されている俺はそれどころではない。だって、これは、間違いなく。
一目惚れフラグというやつだ。
「…さっきの、誰?」
「さっき?ああ、ルカ?」
「ルカ?ルカちゃんって言うの?メイコの友達?」
「…うん、クラスメイト」
「そうなんだ、ねぇ、あの子彼氏とか居る?」
「…なんでそんなこと聞くの?」
怪訝そうな表情を浮かべるメイコ。しかしすぐに何かに気が付いたように目が丸くなって、メイコはルカちゃんが去っていった方向を見遣った。
まさか、と呟かれた言葉に、にへらと笑顔を返す。
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超絶かっこいい『恋愛勇者』(http://www.nicovideo.jp/watch/sm16742993)がインスパイア元です。
ま た 現 パ ロ か
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・めーちゃんは幼い頃からずっとカイトが好きですが、決して表には出しません
これまで50本以上のカイメイを書いてきましたが、今回初めてめーちゃんに矢印が向いていないカイトです。
書いている間中すげえ殴りたくて仕方なかった←
こんなところで終わっていいのか自分でもボカンナイデス
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