「やっぱり、レン君っ!」
 思わず指差す先、ミクよりリンゴ一つ分程背の低い少年は、自分が呼ばれた事に気付くと、姿勢を正し、笑顔で挨拶した。
「あ、こんにちはっ! ミクさんっ!」
 鮮やかな黄色地に、赤と緑のチェック柄が入ったベストにクロスタイ。短パンにロングソックス、そしてローファーを履いている。
「街の人に聞きましたよ。ミクさんがスリを追いかけて走り回ってるって」
 ……正しいけど、なんかどうなんだろう、それ。
「日々、お勤めご苦労様です」
 レンは話しながら、スリの前に落ちている、赤いバッグを拾う。
「いやいや、レン君だって凄いじゃない。私より年下なのに、がくぽさんの専属警護人なんだから」
「いえ、ボクはがくぽ先生に付いていくのに精一杯で、前に出て護る、なんてのは全然。こういった毎日のパトロールも、ボクに取っては仕事であると同時に、実地で行う課外授業のようなものです」
 レンはそう言いながらバッグに付いた砂や小石を手で払い、小走りでミクの元までやってきてニッコリ笑うと、ミクにバッグを差し出した。
「はい、どうぞ」
「えっ、あぁ……」
 ミクが言おうかどうか迷った時、
「レン、それはいけないよ」
 がくぽが、少し固い声色で言葉を挟んだ。
「え、どうしてですか? 先生」
 レンが、バッグを持ったまま体をがくぽに向ける。
「そこで伸びているスリは、君が捕らえたんだ。つまり、そのバッグを拾い、持ち主に返却出来るのは、他ならぬ君だけだ。ここでそれを探偵君に渡すのは、彼女に対する侮辱だよ。
 なぜなら、『あなたの代わりに犯人を捕まえました。ですが、あなたはこれを自分の手柄として主張していいんですよ』と言っているようなものだからね」
 ……そ、そこまでは……。
 一瞬、言い過ぎだ、と口を挟みそうになったが、すんでのところで口を結んだ。
 これも彼らに取っては授業なのだろう。ならば、自分は必要以上に前に出てはいけないのだ。
「なるほど。だからさっき、ボクが飛び出す直前、待てとおっしゃったんですね」
 ……やっぱり、あれはがくぽさんだったんだ。
 話が終わると、レンは納得と同時に暗い表情を見せた。そして、そのまま数秒が経過した後、がくぽに向かって頭を下げた。
「指示に背いて、すいませんでした」
「……私ではなく、言うべき人がいるだろう」
 言われたレンははっとして、ミクに振り返り、再び頭を下げた。
「邪魔をしてしまい、すいませんでしたっ!」
 そのあまりに見事なお辞儀に、一瞬固まってしまったミクだが、
「い、いいよレン君っ! 頭を上げてよっ!」
 慌ててレンの近くに駆け寄る。
「私が犯人捕まえても、警察の人に引き渡してたから結果は変わらないし。そもそも目的は功績じゃなくて、バッグを持ち主に返す事だから」
「……怒ってないんですか?」
 レンが、恐る恐る顔を上げる。少し涙目の少年を見て、
 ……やばい、ちょっと可愛い……。
 一瞬、口元が緩くなりそうなのを必死に抑え、ミクはレンの頭をなでる。
「うん、全然。それに、レン君かっこよかったよ、犯人捕まえた時」
「本当ですかっ!」
 レンの表情が、一気に明るくなる。
「凄くっ! というか、凄い速さだったよね。鳥が急降下してる時みたいだったよ」
 言った瞬間、レンの後ろ、がくぽが一瞬吹き出したように見えたが、ミクは表向き気付かなかった振りをした。
 ……あれ、別に変な事言ってないわよね、私。
 笑いのツボは人それぞれだから、と自分に言い聞かせ、レンとの話に集中する。
「……よくわかりませんが、ありがとうございますっ」
 レンが再び頭を下げる。
「い、いえ……どういたしまして」
 子供の素直さと残酷さを実感しつつ、ミクはレンに軽く頭を下げ、次にがくぽに体を向けた。
「がくぽさん。さっきはありがとうございます。おかげで転ばずに済みました」
 ミクのお礼に対し、がくぽは、左手を腰に、右手を胸前に持って行き、
「なに、市長として当然のことをしたまでだ」
 と、また軽くポーズを決めた状態で返事をした。
 ……なんというか、いちいちやらないといけないのかな、あれ。
 市長でもあり芸術家としての才も発揮するがくぽは、各種演説や挨拶でもよくポーズを取っている。それはこの街に住む人間なら誰しも知っている事だが、このように超至近距離で見る機会は中々ない。
 ……だからって、見れたから嬉しいってわけでもないんだけど。
 なんとも難しいところである。
「ところで、がくぽ市長」
 一段落したところで、ミクは以前から気になっている事について話をする事にした。
「なんだい? 小鳥ちゃん」
「……小鳥ちゃんって呼び方、やめてくださいってば」
 以前から、がくぽはどれだけ人がいようと、平気で大声で呼んでくるので、ミクはその度に赤面していたのだ。
「はっはっはっ! 何を言う小鳥ちゃん」
「ミクです」
「小鳥ちゃんはいくつになっても、私の小鳥ちゃんだよ」
「なんですか、それ」
 まるで、
『まるで、籠の中で飼ってる。みたいな言い方ね、それ』
「えっ」
 突然頭上のサングラスから声が聞こえたので、ミクは驚いた。なぜなら、
 ……リンが話に割って入るなんて珍しい。それに、声がどことなく攻撃的な気がする。
「おや? その声は……リン君か」
「え、リンのこと知ってるんですか? 市長」
 ……あの引きこもりのリンを……引きこもりのリンをっ!
『……ミッティ、後でちょっと話し合いましょう』
「こ、心を読まないでしょっ」
 もしかしたらサングラスに心を読む機能があるのかと、一瞬ミクはサングラスを外してみる。
 ……さすがに、何もないか。って、見ても分からないけど。
「ふふふ……本当に二人は仲がいいね。で、リン君のことかい? あぁ、知っているとも。最近は顔を見ないがね」
 と言い、ミクが手に持っているサングラスを凝視するがくぽ。そして一言、
「……まさか、そんなに小さくなっていたとは」
「はい?」
 唐突な発言に、ミクは上手く反応出来なかった。
『……がくぽ。それ、わざとやってる?』
 ただ、サングラスから聞こえる声は、相変わらず攻撃的であった。
「まさか。君の元気そうな姿を見られて、安心しているだけだよ」
 ……いや、姿見えないし。
『どうだかね』
 色々と突っ込みどころ満載だったが、正直この場から早く抜け出したかったミクは、口を挟む事なく、傍観するのであった。
「……さて、そろそろ我々は行くとするかな。レン君」
 がくぽがレンに視線を向ける。
「はい先生っ」
 それに応えるように、レンはスリの元まで駆ける。そして、一度屈んでから、スリの体を自分の方に倒し、右肩にかけると、そのまま持ち上げた。左手には、件の赤いバッグがぶら下がっている。
「毎回思うけど、レン君力持ちってレベルじゃないよね、それ」
 職業柄よく見かけはするものの、見慣れるまでには達していない。レンは、自分より頭一つ分以上高い人を、軽々と持ち上げるのだ。
「え? あぁ、これですか」
 レンは、表情一つ変えずに、スクワットをしてみせる。
 上下に動く度に、スリが軽くうなっているようだが、特に気にする様子はない。
 ……大丈夫なのかな。色々と。
 心配するミクをよそに、レンは話を進める。
「別に、言う程力があるってわけじゃないんですよ?」
「え、そうなの?」
 予想外の返答に、ミクの声が軽く跳ねる。
「はい。ボク自身探りながらなのでちょっとだけですが、力の入れ方と言いますか、体の使い方を知っているだけです。コツさえ覚えれば、ほとんどの人が出来るようになると思いますよ」
「ほへぇ。そうなんだ」
 思わず「私でも?」と聞きそうになったが、レンが「ほとんど」と言ってしまっている以上、もし質問して「ミクさんはちょっと……」などと言われたら軽くへこむ。
 ……というか、それを見越しての、あの言い方なのかも。
 最初から「出来る」と断言しないことも含め、彼なりに計算しているのだろう、と、ミクは思う。とはいえ、さっきのバッグの件もあり、完全にとはいかないようだが。
「ふふふ……とはいえ、レンはその“ちょっと”が達人級だからね。私も何度かレクチャーしてもらったのだが、レンのレベルまでは……」
 と、ストレッチのように右肩を軽く回すがくぽ。
「そ、そうなんですか……」
 ……何でも器用にこなす人だと思ってたけど。
 しかし、どちらかというと細身で締まっているがくぽが、怪力のように物を軽々と持ち上げる姿はあまり想像出来ない。
「体の使い方かぁ……探偵業にも応用出来そうな響き……結局、体力勝負になることが多いからなぁ」
 探偵業を始めて三年目。今までの経験上、頭脳を使うより、今回のように足を使う回数の方が多かったのだ。
「まぁ、消費体力を少なくする、体に無理なく大きな力を出す。というのが目的なので、探偵業もそうですが、実生活でも役立つと思いますよ? よろしければ、お時間が合う時に色々と教えて差し上げますよ」
「本当っ!? やったぁ! ありがとう、レン君」
 喜ぶミクを見て、がくぽが微笑んだ。
「小鳥ちゃんは、本当に素晴らしい探偵だね」
 思わぬ褒め言葉に、ミクは一瞬驚いたが、直後には表情を硬くし、はっきりとした口調で、
「私はただ、この世から……いいえ、せめて、この街から、犯罪が消えればいいと、その抑止力の一部になれたらいいと、そう思っているだけです」
 そう応えた。
「……そうか。なるほど」
 ミクの言葉に、がくぽが優しく微笑んだ。
「……?」
 キョトン、とするミクに対し、がくぽは、「なんでもないよ」、と前置きすると、改めて胸を張り、
「私もそうだ。私も、この世から全ての犯罪が消えればいいと、そう思ってるよ」
 と、声高々に、そう言った。それに、隣にいるレンも続く。
「ボクも、そのお手伝いが出来れば、と、常に思っていますよ、先生」
「うむ。これからも、よろしく頼むよ、レン」
 がくぽが、レンの頭にポン、と手を乗せた。
「はいっ!」
 ……いい関係なんだなぁ、二人は。
 市長であるがくぽと、警護として行動を共にするレン。だが、レンはがくぽのことを先生と呼び、逆にがくぽがレンに教えを乞うこともある。
 二人がいつ知り合ったのかは分からないが、ミクの記憶が確かなら、がくぽが市長になった時から隣にいたはずなので、それなりの年数は経っているのだろう。
 ……あれ、となると、レン君が何歳の頃からなんだろう……。
 両手で数を数え始めたミクに対し、がくぽは時計を一瞥してから、
「……さて、これで失礼するよ小鳥ちゃん。バッグは、私達が責任を持って持ち主に届けよう」
 それと、
「何かあったらいつでも協力する。市長として、というのもあるが、共に悪を滅する為に行動する、仲間として、ね」
 と、軽く手を振った。
「あ、は、はいっ! ありがとうございますっ!」
 頭を下げるミク。それに合わせ、がくぽの隣にいるレンも軽く会釈する。
「では、ミクさん、またお会いしましょうっ」
 そう言うと、がくぽとレンは大通りに向かって歩いて行った。
 しばらくその後ろ姿を見ていたミクだが、先程まで走り続けていた分の疲労が一気に来たので、近くに置いてあった木箱に腰を下ろした。
「……ふう。何だかんだいって、ちょっと疲れちゃった……」
 軽く息を吐く。すると、頭上から労いの言葉が聞こえた。
『お疲れさま、惜しかったわね』
「リッちゃんっ! 急に怒った感じの声になったからどうしたのかと思ったわよ」
 つい視線を上に向けるが、もちろんそこには建物と空しかない。
『そりゃ、まぁアイツだもん』
「あいつって、市長でしょ?」
 二人がいつから知り合いで、会話の内容からするに親密、というわけではないが、
 ……喧嘩する程仲がいい、って、どっかの国の言葉よね……。
 何にせよ、各々繋がりや関係というものがあるのだろう。
 ……なんだか、そういうのって、いいなぁ。
 少し、目を閉じてみる。
 すると、呼吸が落ち着くだけでなく、色々な思いや記憶が浮かんでは消え、浮かんでは消え、自分を構成する全てが、語りかけてくるようだった。
「……ところで、リッちゃんはさっきから何してるの? 何かカタカタ聞こえるけど」
 耳を澄ますと、サングラスから、かすかに「カタカタ」と、何かを叩く音がする。
『犯人はあの二人が捕まえちゃったからね。ミクが話をしている間に、さっき取れたデータを解析してたの』
「ほへぇ」
 間の抜けた返事をするミク。
『……興味ないんでしょ』
「い、いやっ、そういうわけじゃ……はい、正直わかりません」
 ありません、と言わない辺り、回避行動と言えなくもないが、このやり取りも何十回目かになる程やっており、
『まぁ、ミッティはウチの道具の有用性を理解してくれてるから、それだけで満足だけど』
 と、リンも妥協しているようなものである。
「あはは……ごめんね。ありがとう」
『こちらこそ。データ収集のご協力、感謝してますよ』
 と、ここまでがお約束だ。
『そうだミッティ。この後時間ある?』
「うん、大丈夫だよ。家に行けばいいの?」
 リンが時間があるか聞いてきたときは、サングラスの調整か、新しい道具を渡す時くらいで、どちらにせよ、リンの家にいく必要がある。だから、ミクは先読みしてそう応えた。
『まぁ、そういうこと』
 それをわかってるリンは、色々な意味を含めて、そう返す。
「了解。じゃあ向かうね」
 と、立ち上がったミクに対し、少し離れたところから呼び止める声がした。
「あのう……ちょっとよろしいですか?」
「はい?」
 ミクが振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
 背丈はミクと同じ程で、長い金髪を揺らし、ゴスロリ服に身を包んだその少女は、口元を緩めながら確かにこう言った。

「ミクさん、あなたの……両親殺しの犯人についてお話があるのですが」

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

紅茶色クロスロード(後半)

19世紀後半。イギリスのとある街を舞台に、さまざまな人々が、各々の思惑を胸に生活している。そんな中、私立探偵である表の主人公ミクと、昼はバーのシェフをしている裏の主人公カイトが、奪われたものを取り戻すために、周囲の人々を巻き込みながら奮闘する様を描く。

「私の答えは……そうこれだっ!」

こんにちは。陽素多智夫という者です!

この小説は、デジタルハリウッド大学福岡ゼミ卒業制作作品であるボーカロイド楽曲、「紅茶色クロスロード」の原案小説です。

小説は冒頭のみとなっており、続きは曲を聴いていただいて、自由に想像を膨らませてください。
なお、字数制限のため小説を前後半に別けております。

前半→http://piapro.jp/t/TK7y

楽曲リンク
http://www.nicovideo.jp/mylist/43579923/

閲覧数:126

投稿日:2014/04/26 01:53:28

文字数:5,758文字

カテゴリ:小説

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