傲慢の先
女傑二人が激突する頃。
レンは逃げも隠れもせず、一人静かに自室の執務椅子に座っていた。剣は手元から離れた壁に立てかけているので丸腰。体術は心得ているが、敵に囲まれれば抵抗の甲斐無く捕えられる。それを充分認識した上で、革命軍が王子の許へ来るのを待っていた。
「やっと終わるんだな」
圧政に苦しめられた民衆が立ち上がり、革命を起こして悪ノ王子を打ち倒す。筋書き通りに進んでいる事に喜び、レンは穏やかに笑う。
ここまで長かったのか短かったのか。貴族達をけしかけて戦争を起こし、平和な青の国を踏みにじった。腐っていたが無能ではなかった上級貴族達を粛清して財産を奪い、傍若無人な振る舞いで黄の国民に不安と不満を与えた。
許して欲しいなんて言えない。言う資格も無い。自分の罪は決して許されないと、始めから分かった上での行動だ。今更後悔するなら、そもそもこんな事をしなければ良い。
黄の国は悪ノ王子を倒す事で終わり、新しく生まれ変わる。国が変わる為に悪役が必要なら、俺は王族として役目を引き受ける。革命の象徴として断頭台にかけられても一向に構わない。
国の役に立てるのは民が憎む暴君としてだけ。不意に気付いてしまい、レンは情けなさに呟く。
「かっこ悪いなぁ」
父はこんな事をしなくても王様だった。長年衝突を繰り返していた緑の国と休戦、その二年後に和平条約の調印と言う快挙を成し遂げて、黄と緑の争いに終止符を打った。緑の王子クオと友人になれたのも、お互いの国について呑気に話せるようになったのも、父が東西の平和の為に尽力してくれたからだ。
黄の国の歴代でも特に優秀な王だったに違いない。そんな立派な王様だったから、あのスティーブ一派も従っていたのだと思う。
もう敵わない夢。他ならぬ自分が一番理解していたけれど、レンは吐露していた。
「なりたかった、なぁ……」
父のような王になる。小さい頃からずっと願っていた。だけど結果はこの有様。恨まれて殺される事でしか王族になれない。存在を認めてもらえない。
何故自分は生まれてきたのか。六年前にリンと引き離された時から考えずにはいられなかった。せめて双子じゃなければ、リンは王宮を追放されずに済んだ。王女としてこの国を正しく導いていたはずだ。
男女の双子は呪われている。災いを呼ぶと散々言われたが、やはりそんなのは迷信だ。でたらめだとはっきり言い切れる。国を滅ぼそうとしているのは一人だけ。悪ノ王子である自分だけだから。
ノックも無しにドアが開かれる。やっと到着した革命軍を迎えようと顔を上げ、レンは現れた人物に目を丸くした。
見慣れたメイド服。王子と同じ蒲公英色の髪。頭で揺れる黒いリボン。手には鞄を持っている。確かあの鞄は王都へ来る際に使っていた物だと話してくれなかったか。
「リン!?」
レンの叫びに答えず、リンはドアを閉めて遠慮なく入って来る。レンは椅子を蹴飛ばして立ち上がると、意図が読めない姉へ詰め寄った。
「なんでまだ残ってるんだ! 逃げたんじゃなかったのか!?」
「レンを置いて逃げられる訳がないでしょ」
焦って声を張り上げるレンとは対照的に、リンは落ち着いた口調で返す。最後まで王宮にいるのは当然だと言う態度を見せられて、呆気に取られたレンは姉を見つめる。
「なんで、残ってるんだ……。俺と一緒にいたら捕まるんだぞ……」
悪ノ王子に付き合えば命の保証は無い。リンはそれを分かっている。危険性を理解しているのに逃げようともしない。
「早く、早くしないと」
恐慌状態に陥ったレンの声は弱々しく、顔は不安一色に染まっていた。自分が助かる事は考えず、リンを王宮から逃がす手段を求めて思考を巡らせる。その方法はすぐ傍に転がっていた。
幼い頃一緒に通った隠し通路。光明を見つけた瞬間、体に何かを押しつけられた。リンが鞄を差し出して、受け取るよう示している。
「レン。私の服を貸してあげる。中に入っているからそれに着替えて」
強引に渡した鞄を指してリンは言う。レンが言葉の意味を把握するまで少々時間がかかった。
「何、言ってるんだよ、リン」
一瞬で干上がった喉で声を絞り出す。頭の中が真っ白だ。首筋の毛が逆立つ感覚がする。
リンの服を着て、その後は? リンはどうするんだ?
薄々勘付きはしても、レンはそれを認めたくなかった。だから訊くべきでは無かったのだ。リンが答えを口にすれば、現実を認めざるを得なくなる。
しかし気付かないふりをしても無駄だろう。もしも立場が逆だったら、自分も同じ事をしたに違いないから。
レンにとっては死刑宣告よりも残酷で、望まない言葉が優しい笑顔で告げられる。
「私が悪ノ王子として王宮に残る。だから、私の服を着てすぐに逃げなさい」
放心して身じろぎもしないレンに背を向け、リンは王子の私室と繋がっている衣装部屋へ移動した。レンの服を一着掴んで頭のリボンを解き、メイド服から手早く王族衣装に着替える。実際に着てみると厚着や慣れないのも相まって予想以上に服が重い。
髪を結ぼうとして手を止める。小さく折り畳んだメイド服を持って衣装部屋を出ると、先程と全く変わらない姿のレンが佇んでいた。
「何してるの。早く着替えて!」
リンが駆け寄って行動を促す。レンは姉の姿に目を見開き、唇を震わせて声を上げた。
「駄目だ……。駄目だ、駄目だ!」
鞄を放り出して拒絶する。鏡を見ている気分だった。見た目の差異は髪形と頬の傷跡だけ。自分と片割れの顔が似ているのを恨んだのは始めてだ。誇らしかったそっくりな外見が、今は憎くて仕方がない。
「悪ノ王子は俺なんだぞ! 何でリンが身代わりにならなくちゃいけないんだ!」
納得なんて出来ない。罪を重ねた自分とは違って、運命に振り回され続けたリンは生きるべきだ。王女として生きるのはもう無理だけど、せめて市井の人間として幸せに生きて欲しいのに。
「どうしていつもリンが辛い目に遭わなくちゃいけないんだ!? 何で……」
言葉を詰まらせたレンが俯く。両肩が震えていた。
「リンが、死ななくちゃいけないんだよ」
涙が出ない。辛くて苦しいのに、泣いて頼む事も出来ない。まるで人形だと考えたレンは自嘲する。
「はは……。俺、おかしいだろ。こんな時ですら泣かないんだ。狂ってるよ」
正に悪ノ王子。やっぱり俺は壊れてる。双子の姉が犠牲になると知ったのに、涙の一つも流さないんだから。
狂っているのを証明するように、レンは笑い顔をリンに見せる。
無理をしている自覚が無い笑顔。傷ついた心を仮面で守ろうとする王子を見ていられず、リンはメイド服を落としてレンを抱き寄せた。
「狂ってなんかないよ。ずっと我慢してたから、泣く事を忘れちゃってるだけ」
振り解く事は簡単だった。しかしレンは抵抗せず、華奢な姉に体を預けたまま耳を貸す。
違う。俺は我慢なんかしてない。泣けば汚い大人達に付け込まれるから。弱かったら何も守れないから。だから泣かないようにしていて……。
あれ……。
最後に泣いたの、いつだっけ?
「自分の罪と過ちに気付いてて、悪だと認められるなら大丈夫。リリィも、近衛兵隊の皆も、王宮兵の人達も、そんなレンだから見捨てなかった」
「馬鹿じゃないか。革命軍に勝てないって分かってるだろ」
「誰かを守りたい気持ちは理屈じゃない。それはレンが一番分かってるはずでしょ?」
違うんだ、とレンは首を横に振る。理屈や損得じゃない事は知っている。何故自分を守ろうとしてくれるのかが分からない。
「どうして俺を見捨てないんだ……」
微かな声でレンは呟く。耳元で聞こえた疑問に、リンは単純明快な理由を返す。
「皆レンが大好きで、感謝しているんだよ。純粋で真っ直ぐで、誰かの為に一生懸命になれるレンを」
レンは思わず息を飲む。支えてくれたのは忘れようもないが、彼らに特別な事をした覚えは無い。ただ自分が目指すものの為に動いていただけだ。
「俺、あいつらに何をした?」
「自覚無いみたいだけど、レンは何人も救ってて、その人達を大事に思ってるんだよ」
リンはようやく体を離す。怪訝な表情を浮かべるレンは、姉の話を信じられない様子だった。
「レンが皆を大切に思っていたように、私達もレンを大切に思ってる」
王子姿の双子が見つめ合う。一人は唇をきつく結んでいて、一人は温かく笑っている。
「大丈夫。私達双子だもん。きっと誰にも分からないわ」
リンに悲愴の色は無い。小さい頃、王宮を抜け出そうと誘った時のような笑顔を見せていた。
レンは頭を振る。誰よりも守りたい片割れを失った悲しみ。六年前に味わった喪失感と絶望は二度と御免だった。
父上と母上は命を落として。リンは居場所を奪われて。メイコ先生は追い出されて。リリィと近衛兵隊は死地に飛び込んで。
大切に思っている人は皆いなくなる。周りから離れていく。
「嫌なんだよ、もう……」
隠していた本音が滑り落ちる。レンは仮面をかなぐり捨てて悲鳴を上げた。
「独りになるのはもう嫌だ!」
また取り残される位なら置いて行く方を選ぶ。リンを失ってまで生きる価値を見出せない。国を変える為の人柱になった方が良い。
温かくて柔らかい感触が手を包む。相変わらず泣けない己に苛立っていたレンは、姉に手を握られて心が凪いだ。
「六年前。レンは私に生きてって言ってくれたよね」
その言葉を支えに生きていたとリンは語る。レンがいたから苛酷な環境に耐えられたのだと。
「私だって同じ。王宮に残ってる人達だってそう。国の為とか道理なんて後回しで、レンに生きて欲しいの」
それだけ愛されていると伝えて、リンは両手を握り締める。
「いつも守ってもらってばかりだった。一回くらい守らせて」
義理に訴えられたレンは僅かに表情を硬くする。彼が動揺した隙にリンは床に落としておいた物を拾い上げ、レンの右手首に結び付けた。黒い布の端が揺れる。
それはリンが愛用していたリボン。レンは手首に巻かれたリボンを愕然と眺め、続けて姉へ目を送った。
「これ……」
「あげる。お守りに持って行って」
要らない。そう言って、あたかも形見にするように渡されたリボンを解いて突き返したかった。だけども姉の意思がぶれない事を悟ってしまい、レンは目を閉じて歯を食いしばる。
守りたいのは同じなのに。片割れに生きて欲しいと願っているのは一緒なのに。
両手を固めて震わせ、やがて目を開く。緩めた掌には血が滲んでいた。諦めを抱きながら、レンはリンを見据えて口を開く。
「逃げてよ、姉様」
予想に違わず、リンは首を横に振った。胸に手を当てて告げる。
「王子は私。貴方は王宮最後の逃亡者。革命軍が狙っているのは悪ノ王子で、レンの命じゃない」
リンはレンから離れ、放り出された鞄から服を取り出した。メイド服をレンに押し付けて、今すぐ着替えるよう再び促す。
レンが緩慢とした動きで背中を向け、リンも体を反転させる。着替えを待つ間に部屋を見渡して、執務机近くの壁で目を止めた。飾られている宝剣ではなく、壁に立てかけられた長剣に歩み寄る。片手で持ち上げようとして、レンの剣が予想外に重い事に気が付いた。
足下に王族衣装を散らかして、着替え終わったレンが振り返る。始めて着たメイド服に戸惑っている内に、リンが両手で剣を抱えて戻って来た。
「忘れ物だよ」
レンの腰に剣を括り付け、リンは鞄に入れていた外套を羽織らせた。剣が上手く隠れているのを確認すると、鞄に自分が着ていたメイド服を押し込んでレンに差し出す。
「無くしたり盗られたりしないでね。当面生活が出来る位のお金が入ってるから」
受け取った鞄とリンを交互に見遣って、レンはゆっくりと頷く。後頭部で結ばれたままの髪が上下に揺れた。
リンは苦笑してレンの髪を解き、そのまま自分の髪を結ぶ。そうして、姉弟の姿は完全に入れ替わった。
王子姿のリンに手を引かれ、メイド服を着たレンはされるがまま付いて行く。暖炉の脇まで移動し、リンは壁に手を当てた。何の変哲の無い壁の一部が押されてへこみ、同様にもう二カ所押し込む。すると壁が扉のように開き、王族しか知らない隠し通路が現れた。
王宮の敷地外に続く抜け道を前にして、再度レンは抱き寄せられる。
「レンは独りじゃない。その事を絶対に忘れないで」
リンに耳元で断言され、レンの目に迷いが浮かぶ。
「リン。俺、やっぱり……」
ここに残る。リンを置いて行けない。その言葉は発する前に霧散した。
「……ごめん!」
突如腕を下ろしたリンに体当たりされる。姉に不意打ちに反応が遅れ、レンは鞄共々隠し通路へ転がり込んだ。すぐに立ち上がろうとしたものの、慣れない服のせいで上手く動けない。
「大好きだよ。レン」
満足に態勢も整えられない中、リンの笑顔と言葉が脳裏に焼き付いた。
立ち上がったレンの鼻先で扉が閉まる。この通路からは王宮へ入れない。あらん限りの力で扉を叩き、レンは怒鳴り声を上げる。
「ここを開けろ、リン! これは命令だ! 今すぐ扉を開けろ!」
姉に初めて命令を出す。こんな別れは認めない。最後の最後で顔を会わせないで、満足に言葉を交わす事もしないなんて。
薄暗い通路で少年の声と鈍い音だけが響く。どんなに殴って叫んでも、扉の向こうから何の反応も無い。
壁を殴る手を止め、レンは大きく息を吸う。
「リン、聞こえるか! いいや聞け!」
声が届いているか定かじゃない。リンはもう部屋にいないのかもしれない。それでも姉に伝えたい言葉があった。
「俺だって同じだ! 俺も、君の事が大好きだから!」
力なく拳を振り上げて壁を叩く。両手の側面は破けて血が滲み、一筋が涙の代わりのように伝っていた。
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