「ブリオッシュを作りたい!!」
「……はい?」
あまりに唐突なことだったのでつい変な声を出してしまった。ブリオッシュを作りたい?リリアンヌが?
「なんじゃ変な声を出しおって。なにかおかしなことでも言ったかのぅ?」
リリアンヌがムッとした顔で僕に訊く。
「い、いいえ!申し訳ありません、突然のことでしたのでつい……。ところでリリアンヌ様、なぜ作りたいとお思いになられたのですか?」
「んー?いやなに、ブリオッシュは美味しいじゃろ?であればじゃ、わらわが作ればもっと美味しくなるのでは、と思っての」
さっすがわらわ頭いい~とでも言いたげな顔で答えるリリアンヌ。確かに流石彼女だと言うべきだろう。つまるところいつもの『気まぐれ』というわけだ。
「ええと、あの、リリアンヌ様はブリオッシュをお作りになった経験は……」
「ない!」
ですよねー。
「だからおぬしを呼んだのじゃアレン。わらわに作り方を教えるがよい!」
そう言って無邪気に笑うリリアンヌ。うん、断れないな。

リリアンヌと共にキッチンへ向かうと作業中の使用人達が一斉に動きを止めた。皆ギョッとした顔でリリアンヌの方を見ている。
「む、なんじゃ、手が止まっておるではないか。…まあよい、今からここはわらわが使う。早く立ち去るがよい」
リリアンヌの言葉に皆呆気にとられていたが、リリアンヌの顔が少しずつ不機嫌になるのを見て1人また1人とキッチンから出ていった。あとで謝りに行くとしよう。
「もう誰もおらんな?うむ、ではアレン早速じゃがわらわに作り方を──」
「お待ちくださいリリアンヌ様!」
やる気満々で始めようとするリリアンヌを慌てて制止する。
「むぅ、なんじゃアレン、わらわの言葉を遮るとはどういう了見じゃ?場合によってはおぬしとて首をはねることになるぞ」
全身から怒りを放つリリアンヌ。始めようとしたのを邪魔したのは悪かったと思う。だけど──。
「申し訳ありません、リリアンヌ様。ですが、……そのお姿のままお作りになるのは如何なものかと思いまして…」
そう、彼女はいつも通りのふわふわでキラキラなドレスのままだったのだ。あれを着たまま料理するのはかなり厳しいと思う。手元とかちゃんと見えるのだろうか。
「ふむ、そうか、そうであったな。少し待っていて欲しいのじゃが、よいか?」
「え、ええ、構いませんけど…」
そう言うとリリアンヌはキッチンから出てどこかへ行ってしまった。着替えてくるということでいいのだろうか。…さらに派手になってきたりしないだろうか。
あれこれ考えているうちにリリアンヌが戻ってきた。あれは……ネイやシャルテットが着ているものと同じ、使用人の服だ。どこから持ってきたのだろうか。
「これか?ここを出て少ししたら丁度ネイと会ってのう、借りてきたというわけじゃ」
僕の目線に気づいたのかリリアンヌが服の出処を教えてくれた。なるほど、後でネイにも謝っておこう。
「ほれ、こうして着替えたんじゃ、はよう教えぬか」
「あ、はい。ではまず材料と道具を揃えて──」
こうして僕とリリアンヌのブリオッシュ作りが始まった。

「疲れた」
4時間ほど経過した時、ついにリリアンヌの口からそんな言葉が出てきた。
「なんで上手くいかないの!?ほんっと腹立つ!アレン!なぜ出来ぬのじゃ!」
「ええと、それは……」
材料を目分量で入れたり、勝手にアレンジを加えたりしてるのだから上手くいかないのは当然だと思う。やる気はすごいのに変なとこでちゃんとしないんだから…。
「リリアンヌ様、まずはレシピ通りやってみましょう。量もきちんと計ってください」
「…めんどくさい」
「そうおっしゃらず、ね?」
「……アレンはいつもこんなめんどくさいことをしておるのか?」
「ええ、もちろんです」
僕はもう慣れてしまったのでほんとは目分量でやってるけど言わないでおこう。
「そうか、…なら仕方ないのう」
何が仕方ないのかは分からないがやる気を取り戻してくれたのなら何よりだ。
「では一緒に作っていきましょう」
分量調節に苛立ちながらもリリアンヌはレシピ通りに作っていく。そして──。
「で、できた。できた!」
焼きあがったブリオッシュを見てリリアンヌが飛び上がるほど喜んでいる。僕も初めて自分で作った時は同じように喜んだので気持ちはすごくわかる。
「ア、アレン!できた!わらわの作ったのできた!」
「ええ、うまく焼き上がりましたね。少し試食してみましょうか」
僕がそう言うと彼女はブンブンと首を縦に振った。可愛い。
「出来たてですから火傷に気をつけてくださいね?」
「あふっ!…うぅ、舌がヒリヒリする……」
注意を促したが遅かったらしい。冷やすもの必要かな?
「しかし…うむ、美味い!流石わらわじゃな、初めてだというのにこうも美味しく作るとは。アレン、おぬしも食べてよいぞ」
どうやら必要なさそうだ。リリアンヌはとても美味しそうに自分の作ったブリオッシュを食べている。可愛い。
「ありがとうございます。では少し…」
うん、美味しい。ふわっふわだし甘さの加減も丁度いい。初めてでこれは、流石僕のリリアンヌと言うしかない。
「どうじゃ?」
ニコニコしながらリリアンヌが聞いてくる。
「とても美味しいです。初めてでこれは正直驚きました」
「うむうむ、そうであろうそうであろう!」
リリアンヌがニコニコしながら胸を張る。すっごく可愛い。
「そうじゃアレン、おぬしのも食べてよいか、よいな?」
そう言うとリリアンヌは僕の作ったブリオッシュをぱくり。
「……美味しい」
不機嫌そうな声で彼女が呟く。
「わらわのより美味しい!どうして!?同じように作ったのに何故おぬしの方が美味しいのじゃ!」
これは……怒ってる?
「え、いや、そんなはずは…」
何から何まで彼女と同じように作ったのだ、味に違いが生まれるはずがない。慌てて自分の方を食べてみたがやはり味に大差はない。若干甘いぐらいだろうか。
「いいや、おぬしの方が美味しい。なにをした、わらわにも教えよ。隠し事は許さぬ。…魔術か?」
「いえ、本当に何もしていません!隠し事なんてしませんし、魔術だって使えません!…少し待っててください」
僕への疑いをやめないリリアンヌ。こうなったら誰か第三者に味見してもらうしかない。キッチンを出て探しているとマリアムとシャルテットがいた。どうやらお説教中のようだ。
「…どうして雑巾が粉々になるの?」
「わ、分からないッス。絞っただけッスから…」
「貴女もう少し力加減を──あら、アレン。どうしたの、何か用?」
ついに雑巾もやったんだねシャルテット…。じゃなくて。
「マリアム様、お取り込み中申し訳ありません。少しよろしいでしょうか。あ、シャルテットも」
頭にハテナマークを浮かべている2人を連れてキッチンに戻る。
「…どうして王女がここに?」
「一緒にブリオッシュを作っていたんです」
マリアムの問いに僕は答える。
「何をする気じゃアレン」
「リリアンヌ様、マリアム様とシャルテットの2人に僕らのブリオッシュを食べ比べてもらうのです。味に違いがないことが分かるかと」
「ふむ、では2人とも食してよいぞ」
リリアンヌの許可が出たので2人に僕とリリアンヌのブリオッシュを渡す。
「ではまずこちらの僕の方からお願いします」
「ええ」
「わかったッス」
ぱくり。もぐもぐ。ぱく。ごっくん。
「いつも通りね、美味しいわ」
「めっちゃ美味いッス!流石ッス!」
…褒められるとやっぱり恥ずかしい。
「で、では、次にこちらのリリアンヌ様の方をお願いします」
ぱくり。もぐもぐ。ぱく。ごっくん。
「…どうじゃ?」
リリアンヌもやはり自分の作ったものは気になるらしい。緊張した様子で2人に聞く。
「とても美味しいです、リリアンヌ様。甘さも丁度いいですし、とても初めて作ったとは思えません」
「めっちゃ美味いッス!流石ッス!」
「…そうかのぅ」
リリアンヌも褒められて恥ずかしいらしい。顔が少し赤くなっている。
「ではなく!アレンの方が美味しかったであろう?」
「いえ?特別アレンの方が美味しいということはありませんでしたけど…、ねぇ?」
「そうッスねー、どっちも同じくらい美味しかったッスよ」
「そうか、ううむ、……わかった。ご苦労であったな、もうよいぞ」
リリアンヌに言われ、2人がキッチンを出ていく。
「違うと思ったんじゃがのう…。アレン、おぬしほんとになんもしとらんのか?」
リリアンヌが聞いてくる。食べて笑顔になっている君を思い浮かべながら作っているからかな、なんてとてもじゃないが言えない。
「ええ、なにも」
「……ん、ならばもうよい。今日は楽しかったぞアレン。さあ、おやつの時間じゃ。用意せよアレン!」
「はい!」
君は笑う。いつも以上に、無邪気に笑う。


「ねぇリン、貴女なにか作れるものはある?」
クラリスが私に尋ねる。
「なんで?」
理由はなんとなくわかるのだがあえて聞いてみる。そのまま答えるのはなんか…やだ。
「今日は子供たちが大勢来るでしょ?だからおやつもたくさん用意しておかないと」
やっぱり。ずっと私が外を眺めているから、暇なら子供たち用のおやつを作れってことね、わかったわかった。
「ブリオッシュなら……作れるよ」
私が答えるとクラリスは驚いた顔をした。
「意外…、何も出来ないんだと思ってた」
巷じゃ聖女なんて言われていたりするけど、こうみえてクラリスは優しい顔して酷いことをさらっと言う。
「前に1回だけ作ったことがあるの」
「そう、じゃあお願いね」
そう言うとクラリスはどこかへ行ってしまった。
「はぁ……」
こうして私はブリオッシュを作ることになった。めんどくさい。

材料と道具を無事揃えることが出来たので早速作り始める。あの時のことを思い出しながら作っているからか隣に彼がいるような感じがする。うん、なんか安心する。きっと美味しいのができるに違いない。

「できた…」
流石私、久しぶりなのにうまくいくなんて。時刻は3時少し前、なんとか間に合ったみたい。
「いい匂い…、あ、出来たのねリン」
そんなことを言いながらクラリスがやって来た。ずっと見てたんじゃないかと疑うほどタイミングがいい。
「たくさん作ったし1つ味見していいよ」
「そう、じゃあひとつ」
そう言ってクラリスはブリオッシュを食べ始める。大丈夫、うまくできているはず。
「…どうかな?」
「うん、美味しい!すごいよリン、こんなに美味しいブリオッシュ初めて」
本当に美味しそうな顔をしてクラリスが褒めてくれた。嬉しいけどやっぱりちょっと恥ずかしい。
「ありがとう、でも大げさじゃない?」
「そんなことない、きっとみんなも大喜びすると思う」
そう言うとクラリスはブリオッシュを子供たちのもとへと運んでいってしまった。
気になって様子を見に行くと、子供たちが美味しいそうにブリオッシュを食べていた。笑顔で美味しいと言っている子供たち。またこの笑顔が見たい、そう思った。
それからというもの私の楽しみはブリオッシュを作ることになった。笑顔の子供たちを思い浮かべながら、今日もブリオッシュを作っていた。
「リン、前よりすごく美味しくなってる!何かしたの?」
出来たてのブリオッシュを食べながらクラリスが聞いてくる。
「そう?特に何もしてないけど……」
材料もレシピも何も変えていない。試しに食べてみたが変わってる気はしない。
「変わってないわ。強いて言うなら少し甘いくらいね」
「えー?美味しくなったと思うんだけどなぁ」
そう言われてもなにもしてないし…。最初の時から変わったことなんてあの子達の笑顔を思い浮かべてるかくらいで──。
「…ふふっ、そういうことね」
「え、なに?どうしたのリン?」
「なにも。そうね、確かに美味しくなったのかも」
あの時、君のブリオッシュが美味しく感じたのはそういうことだったのね。何もしていないなんて嘘つきなんだから。
「…ありがとう、アレン」
「何か言った?」
「なーにーもー。さあ、おやつの時間よ。持っていきましょうクラリス、子供たちが待ってるわ」

いつも私を笑顔にしてくれた君のブリオッシュ。君から教わり、今度は私が子供たちを笑顔にしてる。もしも、また君に逢えたなら、その時は私の作ったブリオッシュを食べてほしい。君の笑顔を思い浮かべながら作ったブリオッシュを。

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君と私のブリオッシュ

アレン君のブリオッシュ教室は文字数の関係で泣く泣く消しました、悲しい。いつか描きたいです。

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投稿日:2018/09/10 04:20:46

文字数:5,089文字

カテゴリ:小説

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