黄の国で双子が生まれたとの報せを受け、招かれたお城でアルカトイルとくだらない喧嘩をして外に飛び出したのがおそらく2時間前。
無我夢中に城下を駆け抜けエルドの森に入ったのがたぶん1時間前。
迷ってたまるもんかと昔読んだ童話のように、森に実っていたトラウベンの実を落としながら帰りの道しるべを作っていたけれど、全部小鳥とリスに食べられていたことを理解したのが23秒前。
まさか童話と同じ結末をたどるとは…本当についてない。お腹も空いた。
きっと今頃アルカトイルは反省して僕を探してるし、何よりお母様が心配する。そうだ、そろそろ帰ろう。ぐるぐると歩き回りながらそこまで考えて振り返った僕はその場に呆然と立ちつくしてしまった。
「……あれ、どっちから来たんだっけ」
~青の国の迷子様~
僕の名前はカイル=マーロン。
ゆくゆくはこの大陸の海向こうにある通称「青の国」を治める王子である。
今後も手を取り合っていく黄の国の王様たちにお祝いのご挨拶をして、新たな世代を一緒に作る双子たちの顔を見に行くことが今回の僕の使命。こんな森の奥深くで迷っている場合ではないのだ。まったくもって不覚。
とりあえず何か帰り道のヒントになるものはないかと歩を進めるも、目の前に見えるのは新緑や木々ばかり。僕の大事な実を食べ尽くした小鳥とリスは、お腹が脹れたのかいつの間にかいなくなっていた。
それから数十分と歩き続け、やっとたどり着いた海岸に転げ出た頃には、この日のために母様が新調してくれた服が引っかき傷や泥でかなり汚れてしまっていた。
帰ったら怒られるだろうか…そもそも帰れるだろうか…そんなことを気にかけていた僕は、海岸にいた先客がにじり寄る気配に気付くことができなかったのだ。
「ねぇ、なにしてるの?」
誰も居ないはずの空間から声をかけられ、ビクリと身体が跳ねる。その勢いのまま振り返った先には「びっくりさせちゃった?」とカラカラ笑う赤いワンピースの少女が立っていた。齢は僕よりいくつか下だろうか。
しかし、しっかりとこちらを見据える丸い瞳と肩につかない長さに切りそろえられた栗色の髪型のせいかどこか大人っぽい雰囲気を纏っている。
「あ、いや、ぼ、僕は散歩に来ただけだ。外の空気を吸いにな。決して迷ったわけではないぞ」
仮にも女性の前で一国の王子が情けないことを告げるわけにはいかないのだ。
迷ってはいないとビシッとフォローを入れつつ答えた僕を、ポカンと見つめた少女は何も言葉を返さない。
何か変なことを言っただろうか。横目でちらっと少女を見るとニヤニヤと愉快という文字を張り付けたような笑顔を浮かべた少女と目が合った。
「お兄ちゃん、道にまよったんだ」
「断じて違う!!!!!!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
果たしてあれから何分経ったのだろうか。
「……あたしはね、お父さんとケンカしたりやなことがあるとよくここにくるの。海をみてるとなんだかおちつくから」
僕が迷っている、などという不名誉な物言いに対して訂正を求め、きゃっきゃと笑いながら逃げる少女を大人気なく追いかけ浜辺を走り回り、互いにゼーゼーと息が切れ座り込んだ浜辺で「君はなぜここにいるんだ」と僕は問いかけた。
もしかしたら付近の土地勘がありそうな少女であれば、黄の国の城への帰り道を教えてくれるかもという淡い期待を抱いていたのは内緒だ。
そんな下心に気付いているのかいないのか、少女はポツポツと答えた。
「あたしひとりで見るにはもったいないくらいキレイな海だから、妹や弟ができたらぜったいに教えてあげるんだ。それまであたしだけのヒミツの場所にしておくつもりだったんだけど……」
今日お兄ちゃんにばれちゃった、と秘密がバレたにしては何故か嬉しそうに少女は微笑んだ。
「ところでお兄ちゃんはどこから来たの? そろそろ日が沈むから帰らないとあぶないよ。きっとお兄ちゃんは森の向こうのお城に帰るのかな…あれ? まちがえてる?」
「いや、大当たりだ。エスパーか君は。」
「やだなーそんなの誰だってわかるよ。そんなキレイなお洋服はお城にいる人しか着れないもの。それより、この海には赤いアクマが出るから早く帰ったほうがいいよ。」
「……赤い悪魔?」
「そう、こどもが大好きなんだって。捕まると海につれていかれちゃうとかたべられちゃうとか。ただでさえお兄ちゃんはステキなお洋服だからさんぞく?っていうのにもおそわれちゃうかも! お父さんが言ってた」
悪魔、捕まる、食べられる、山賊、あまりに馴染みがなく恐ろしい言葉の羅列にすっかり僕は縮こまってしまっていた。綺麗な目をしてるくせにこの少女はサクサクと怖いことを言う。
ええいこうなればなりふり構うものか、早く帰り道を聞いてなんとか城に帰らなくては。
「じゃあ私もそろそろ行くね。お父さんにまた怒られちゃう。お兄ちゃんも気をつけてね」
「待ってくれ!」
僕はそのまま立ち上がり、去ろうとする少女の手首を咄嗟に掴んでいた。
「あ、そうかお兄ちゃん迷子……」
「う、うるさいな。恥ずかしい話だがお察しの通り城を飛び出してから迷ってしまったんだ。森の向こうにある黄の国の城への帰り道を教えてほしい」
あまりに不甲斐なく目線をそらしながら告げた僕の願いを聞きとどけると、少女は掴まれている手とは逆の手を僕に差し出してきた。
「いいよ! あたしお城へのとっておきの近道を知っているの! 実はたまにこっそり遊びに行くことがあるから。理由はナイショね。ここからはそんなに遠くないからまーっすぐ歩けばおひさまがしずむ前には帰れると思うよ!」
ぱっと差し出された手を握るとぐいっと引き上げられたので素直に立ち上がる。見た目の割に力が強く驚いた。
「そうか……ありがとう。助かる。えっと……そういえば君の名前を聞いてなかった」
「あたし?あたしの名前は―――」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ジェルメイヌー! どこッスかー!」
意識がふっと浮上する。うららかな日差しと小鳥の歌声が心地いい。
そうだ……確か今は新たにアレン、もといアレクシル王が治めることとなった黄の国と再度中身を改めた友好条約を結ぶため、幼い頃よく来たこのエヴィリオスにある城に足を運んだのだった。
あの双子の誕生パーティーから数年後、黄の国は王や王妃、それに双子の片割れであるアレクシル=ルシフェン=ドートゥリシュを不幸な事故で亡くしたことにより、残った鏡写しの子であるリリアンヌ=ルシフェン=ドートゥリシュが国を治めることとなった。
しかし、両親と片割れを一度に失い心の弱った齢14の少女にこの広大な土地の統治は荷が重すぎた。
天涯孤独となった彼女はどこを見渡しても国を動かしていく道しるべが存在しない。
そこで立ち上がったのが先代の頃より黄の国の根幹を支える三英雄を始め、周りの従者や臣下、そして彼女の国の民たちであった。
1人残された王女を国一丸となり支えることで、前王の時代より黄の国の人々の心はより固く繋がったように思える。
その5年後、まさかの事態がおきた。
アレクシル=ルシフェン=ドートゥリシュが生きていたことが判明したのだ。
悲惨な事故現場から辛うじて生き延びた彼は三英雄の1人であるレオンハルト=アヴァドニアの元で匿われ、数年かけて怪我の療養をしていたのだという。
この突然の知らせに国はどよめいた。
と、同時に双子の城での再会の様子を見届けた臣下や民たちは、不安を塗りつぶすほどの歓喜に打ち震えた。
潔く男性であるアレクシルこそが王となるべきだと彼に微笑み、王位を継承したリリアンヌは城を去ろうとまでしたが三英雄マリアムの説得を受け、今は王の補佐をすべく城に留まっている。
私も青の国の王となってからすぐに黄の国と手を取り情勢の安定に尽力しようとしたが、なかなか母や妹の反対を押し切れず、ここにくるまで随分と時がたってしまった。
詳しくは知らないが、生前親交が深かったという黄の国の先代と王妃の墓参りに母を連れていったところ涙を流して墓前に崩れ落ち、謝罪を繰り返していた。
そしてその数日後、これまでの反対が嘘のようにあっさりと許可が降りたのだ。
一国の王が親族らの顔色を伺い判断を下すのはいかがなものかと思うが、その点についてはしばらくの間どうか目を瞑ってほしい。
「姐さん〜! 早く出てくるッス〜!」
ドタバタと廊下を駆ける足音と、とある女性を探す声が聞こえ再び意識が現実へと戻る。
片手に数冊の分厚い本を抱えてるとは思えない力強さで外へと続く窓をバンッと押し開け、テラスや庭をせわしなく駆け回っていたこの城のメイドであるシャルテットが、私の姿をその目にとらえると真っ直ぐこちらへ向かってきた。
「王様! お迎えの準備が未だ整わず、こんな場所でお待たせしてしまって申し訳ないッス!」
「いいんだよ、この日が楽しみで早く来すぎてしまったのは私の方だ。情けないことに早起きしたせいかすぐに眠気に襲われる。それより誰かを探していたようだけれど、そちらはいいのかい?」
「あ! そうだった! 姐さん……いや、ジェルメイヌをどこかで見かけてないッスか?」
「ジェルメイヌか。そういえば今日は見かけてないな……」
「そうッスか……今朝珍しくレオンハルトさんと喧嘩をしたそうで、約束の時間になってもこないので少し心配ッス。もしかしたらまだ城にも来ていないのかも……」
ぶつぶつと不安げに呟く彼女を見ながら私も考えを巡らせる。
『お父さんとケンカしたりやなことがあるとよくここにくるの』
「エルドの森を抜けたところにある海岸…」
「……え?なんで王様、私たちの秘密の場所を知ってるんスか?」
「あ、いや、なんとなく思いついただけだ。特に深い意味は無い、忘れてくれ。」
「はっ! もしかしたら姐さんは今そこに……有り得る! 十分有り得るッス! 王様ありがとうございます。ちょっと探しに行ってくるんで侍女長が私のこと探してたらこの本を渡してほしいッス。 それでは!」
嵐のようにやってきた彼女は同じくハリケーンのように去っていった。
彼女のことは昔から知っているので大して気にはならないが、本の受け渡しを頼むなど、一体隣国の王をなんだと思っているのだろうか……
そんな彼女の破天荒さにふっと笑みを零しつつ、私はなんとなしに置いていかれた山積みの本の1冊を手に取る。
「……ロストメモリー」
古びた分厚い本の表紙には、長いこと様々な人の手に渡り擦れて消えてしまったのか作者名などは何一つとして残されておらず、ただぽつりと"この物語"の題名がかろうじて刻まれていた。
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