――――――――――#4
また戦闘かと思ったが、そうでもないみたいだ。弱音ハクはじっと窓の外を見ている。
「レン君、今日の所はいいですよ。考えて置いてください」
「はい?」
ハクはいきなり宣言すると、書類を片付けだした。
「ですが、ここにいる限りは「VOCALOID」として訓練を受けてもらいますし、戦闘にも参加してもらいます。よろしいですか?」
「はあ……」
「2週間の猶予を差し上げます。それまでにお返事いただけなければ、今回はご縁がなかったと言うことにさせてもらいますので」
さっきまで福利厚生や任期の話などをしていたとは思えないくらい、淡々と言い切った。レンは急に、聞きたかった話を質問してみた。
「あの、「VOCALION」のパイロットはどうなったんですか?」
「「VOCALION」?」
ハクはああ、と暢気そうな声を出し、レンに顔を向けた。
「捕虜として収容していますよ。命に別状はありませんが、病棟で経過観察中です」
「そうですか」
命に別状はないと聞いて、思わずホッとした。ハクは無表情にレンを見ている。
「今からお見舞いに行きましょうか。私も用がありますので」
「いいんですか?」
「ええ」
そう言うハクは、特に笑いもせずに頷いた。
――――――――――
「助けてください!助けてください!許してください!ごめんなさい!ごめんなさい!うわああああああぁああああ」
ドアを開けた瞬間、中にいた少女がベッドから飛び降りて向こうの壁まで後ずさった。
長袖長裾の病院服で、両腕を後ろ手に縛られてる。何度もこけては、立ち上がろうとしたり壁に体当たりしてる。
「うわぁ……」
思わず口にしてしまったが、全く予想外の状況だった。
「World of War。グレートコードの一つで、コード使用者は全力を出し切ることが出来ます」
「すいません、申し訳ございません、神様、神様私の罪を許してください、恐ろしい、恐ろしいのは嫌ですどうか」
弱音ハクは目の前の光景を見ても、全く動じない。少女がどれだけ喚き散らしても、ハクの声は良く通って聞こえた。
「World of――」
「レン君は、2回使いました。そうでしたね?」
2回。
「エルグラスで1回。相手は、重音テト」
UNKNOWN――――――――――「VOCALOID」。
UNKNOWN――――――――――さあ、おもいをかさねてと、あかいみちびきは、あさやけのらせんにひびく。
GUEST――――――――――まわる、せかい、
UNKNOWN――――――――――おどる、つきも、たいようも、かぜも。ほしと、わらいながら。
UNKNOWN――――――――――ところで、あなたのおなまえは?
弱音ハクが手にしているハードディスクレコーダーから、あの時の「歌」が聞こえてきた。
――――――――――
「ひっ」
少女は急に静かになって、呆然とこっちを見ていた。そしてレンの顔を見ると、言葉にならない絶叫を上げて、意識を失った。
「エルメルトで2回目。相手は、まあ名もなき兵士ですね」
「嘘だ」
「パイロットも「VOCALION」も大したダメージはありませんでした。墜落したのはパイロットが操縦を放棄したからでしょう」
ハクは気絶した少女を抱えて、手馴れた様子でベッドに戻した。
「World of Warはグレートコードの内で、最強に近い力を持ちます。それは、物理と精神に同時に作用する力を使う事が可能です」
レンは呆気にとられたまま、ハクの話を聞いている。
「エルグラスで、重音テトは敗走しました。彼女はUTAU国家連合が編成する攻響兵団の内で最強の名が高い「VOCALOID」です。この子と、同じ国です」
――――――――――
弱音ハクは別の「歌」を再生した。
――――――――――かさなるおもいは、
GUEST――――――――――偽者、乙。
GUEST――――――――――滅びの炎の音を聞け。
GUEST――――――――――焼ける大地の嘆きを聞け。
GUEST――――――――――我らの家の思いでよ響け。
GUEST――――――――――知るがよい、去った物達の名を。
GUEST――――――――――捨てた我名において、知るがよい。
「まさか」
「もっと簡単に言えば、World of Warは願ったことが全て現実になるグレートコード。例えば、戦争で死んだ人間全ての嘆き声を聞けと言えば、聞こえるのです」
「この子は」
「さあ、この基地では大体が大丈夫ですし、この子も大丈夫なのでは?」
まるでさらりと言ってのけるが、余りにもむごい事をしてしまったのではないだろうか。
「レン君も大丈夫でしょう?この子は自分で乗り越えられるなら、また元の様になるでしょう」
「俺だって、一ヶ月も二ヶ月も――」
「この子は1秒で現実を知らされましたから、ちょっとショックが強いかもしれないですけど」
「何が言いたいんですか」
――――――――――
弱音ハクはハードディスクレコーダーをしまって、少女に布団をかけた。
「力には扱い方があります。この第7機動攻響旅団で「VOCALOID」として戦うなら、兵士として戦うなら、それなりの方法を学んでもらいます」
「兵士として」
ハクはベッドに腰掛けて、少女の額を拭いてやっている。
「ただ、敵を倒せばいい。そんな時代がありました。しかし、まだそういう時代は続くようです。この子は「VOCALOID」の素質がない、少し歌が分かるだけのオペレーターです」
「何だって!」
鋭い眼光で見返されて、レンは怯んだ。
「昔は全ての敵が強かった。しかし次の時代は、」
ハクが立ち上がる。
「今日の授業はこれで終わりです。続きは明日にしましょう」
――――――――――
機動攻響兵「VOCALOID」 1章#2
ハクさんの本気。敵パイロットの少女はモブさんです。
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