15.発覚

 ルカの仕事は、部隊長の秘書といっても、基本的には事務官である。島の外から情報を受け、部隊長に報告をし、部隊と島の市長らとの連携を取り、さまざまな調整を行うことが仕事であった。

 島の外の主な情報源、新聞では、連日のように大陸の国と奥の国の戦況が報道されている。
 新聞は大陸の国で発行されるので、通常であれば船便で三日ほど遅れて届けられるのが常であるが、今は島に駐留部隊が来ている。郵便飛行機が毎日のように飛び、船便も頻繁に往復し、情報の伝達は早かった。
 新聞は市庁舎の玄関に置かれ、だれもが読むことのできるようになっていた。
 島の人々は、平時よりいちはやく遠く離れた大陸の様子を知ることができるようになっていたのである。

 駐留部隊の事務室は、市庁舎の建物の一階に割り当てられていた。部隊長の秘書的な役割をするルカは、普段はこの事務室もしくは二階の部隊長室に詰めている。この事務所にはルカ以外に三名、人が置かれ、大陸の本部や島の市長や役員とのやりとりを行っている。
 と、事務室の扉が叩かれた。ルカが扉を開けると、島の市長が立っていた。

「本日の志願者の書類を持って参りました」
「お疲れ様です」

 ルカが市長を応接間に通す。書類の伝達などの仕事は、通常ならば市長ではなく、市の事務官がやるべきことなのだ。しかし、この島では、市長が積極的に駐留部隊と関わる。

「それだけ我々を受け入れていただいているのですか、それとも、別の思惑があるのですか」

 ルカは、思ったことを率直に尋ねてみた。それが、ルカの交渉術である。聞きにくいことを思いきって切り出すことこそ、彼女が学んだ人心にすべりこむ手口なのだ。

「どちらも違いますよ」
 日に焼けた顔と明るい色の髪を掻いて、市長は告げた。典型的な島っ子の特徴をもつ彼は、笑うと目じりのしわが深くなる。

「この島の民は、みな家族のようなものです。島の若者はみな大事な子供だ。
 だからこそ、彼らの運命を託すときには、私が来るのですよ」

 ルカの顔に笑みが引かれる。そして、すっと目を書類に落とした。
「お預かりいたします」
 本日の志願は八名だ。今回の戦争が始まってから、これで三十人もの若者がこの島から旅立ったことになる。
「引き合わせは明日10時、最終的な出立は三日後の正午に、正面の港からとお伝えください」
 ルカが事務的な笑顔のまま、定型文を口にする。
 では、と市長は腰を上げて去って行った。

「ああいうのも、つかれるねぇ、ルカちゃん」
 市長が去った後、事務官のひとりが書類から顔を上げて言った。
「あの市長さんも8年前には戦場で戦った一人だ。……志願することがどんなことか、解っているんだろうね」
「個人がどう思おうと、我々には関係ありません」
 ルカは、口を開いた。
「我々の仕事は、敵を討ち、国を守ることです。そこに個人の心情を斟酌する余裕はありません。
……まぁ、個人の感情をあおることで士気が上がるのなら、それは目的に叶うことですから、心情を汲むことも仕事として行うことに異論はありません」
 ひとみを部屋の中に向け、ルカはきびすを返して席に着く。ルカに話しかけた事務官が隣の事務官と顔を見合わせ、肩をすくめた。
 ルカが志願者の書類をまとめて上官に提出しようとしたとき、今度は窓口が叩かれた。

「となりのドレスズ島の者だがね」

 顔を出したルカに、漁師ふうの男は言った。

「つい二十日ほど前か、飛行機が墜落しただろう」

 ルカの顔がはっと強張る。
「その飛行機のパイロットが、この島の者だと聞いてね」
 ルカの頭が、しんしんと冷えて行く。男の言葉が、雪の夜のように頭の中にこだまする。
「新聞で、行方不明だと聞いているので、大変お気の毒なのだが……捜索が打ち切られたなら、その人が借りた舟だけでもこの島で保障していただけないかと思ってね」

「舟? 借りた? いつのことだ」
 ちょうどその時、事務室の前を通りかかった部隊長が口をはさむ。ドレスズ島の男は、突然の高官の登場に目を瞠る。それでも好機だと思ったのか、ふと息をついて言葉を続ける。

「ええ、飛行機の落ちた日に、舟が一艘、もやいが外されていまして。あの結びは人の手でないと解けないものですのでね。もしかしたら、飛行機が遭難したものだから、どうにか助けを呼ぼうと手近な舟を使ったのでしょう。そして、海に出た後に亡くなったのでしょうな」

 男は沈痛な面持ちをし、ルカに向き直り、訴える。
「わしも海の男ですから、急場に舟を使ったことを責めはしません。ただ、当面の保障だけ、この島でしていただけたらと」

 ルカの表情は真白に固まったままだ。状況を聞いた部隊長は、男の住所を聞き、帰した後、眉をひそめて言った。

「……これは、生きているかもしれんな」
 ルカは、志願者の書類を抱えたまま固まっている。
「コルトバ上等兵、ごくろうであった。次の仕事として、いそいでパイロットの、島での身元を当たってくれないか」
 ルカは、反射的に命令を復唱して承諾する。しかしその頭の中は真白だった。身元をあたるもなにも、ルカはリントが身を寄せている場所も知っている。
「もし彼が生きているようなら、彼はわが軍にとって必要な者だ。保護せねばなるまい」
「……保護。」
 リントの能力と軍の事情で、その言葉が何を意味するか、ルカもすぐに思い当った。
「はい、隊長」

 命令を受けたルカは、今度はルカ自身が市長のところへ向かった。そして、戸籍やかつて住んでいた場所、移転先などのリントの情報を手に入れた。そうして似顔絵つきのポスターを作成した。続いて電信を打ち、すべての島の駐留部隊に、リントの生存の可能性を情報として送った。もちろん、大陸の国の本部にもだ。

「行方不明者、生存の可能性あり。見つけた者は、市庁舎まで連絡求む」

 刷り上がったポスターを、広場の掲示板に張り出した。あっという間に人だかりができて、島がざわめきに満ちた。
 作業を終えたルカは、部隊長に呼ばれて二階の部屋へ赴く。掲示板を中心に広がる騒ぎを、市庁舎の窓から部隊長とともに見下ろしていた。

「大陸の国では、飛行機を操縦できる者はまだ少ない。生きているのなら、見つけ出したい。
 ……黄色の飛行機のリント・カトプトロスは、郵便飛行機仲間の中でも、有名であった。
 その腕前で、島と大陸の同盟軍を救ってくれたならと、国の飛行機部隊に真っ先に召集されたと聞いた」

 はい、とだけ答えるのが、ルカにとっての精一杯であった。

「無事に、保護出来るといいがな」
「……はい」

 ルカに出来ることは、わざわざポスターを作成し、行方不明ということを強調し、自らは口をつぐみ、時間を稼ぐことだけだった。
 しかし、島は狭く、人の口に上る噂は早い。リントが無事に逃げおおせるよう祈ることがどれだけ功を奏すか、すでにルカには望みを持つことは出来なかった。


……つづく。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 15.発覚

……ばれた。

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:143

投稿日:2011/06/27 22:45:52

文字数:2,893文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    ばれた……だと……。これは続きが気になる展開!
    そういうわけで案の定即読ませてもらいましたよー 今回も面白かったです!
    GJ!

    2011/06/27 23:08:05

    • wanita

      wanita

      今日も早ッ☆ いつもありがとうございます!
      次回は週末UPの予定です^^。リント、レンカ、ヴァシリスといった「リント側」の人々の思いを、ありったけのwanita調で思い切りかまそうと思います。どうぞよろしく!

      2011/06/27 23:16:39

オススメ作品

クリップボードにコピーしました