食卓に盛られた料理。それを毎日残さず食べるのは、コンチータにとって、子どもの頃から当たり前の日常である。
 昔と違うのは、一人で食べていると言う事。母が亡くなるまでは三人で、父が亡くなるまでは二人で食事をしていた。
 父はとにかく『食べ物を残す事』に関しては異常なまでに厳しかった。作ってくれた人や食べ物に失礼だ、出された料理は残さず食べなければならない。残す事など言語道断だと言っては、好き嫌いなく何でも食べていた。
 そこまで強く言わなくても良いと、母が父を宥めていた事はよく覚えている。母は食事の礼儀作法については厳しかったが、最高級品で無くても良いから美味しい物を食べて、楽しく食事が出来る事が最高の贅沢だと話すような人だった。
 ささやかで、だからこそ大切な時間。それが無くなったのは、母が病気でこの世を去ってからだった。
「残しては駄目だ」
 父はコンチータにそう言い続けた。もうこれ以上食べるのは無理な時でも、口に入れると同時に体が拒否する程嫌いな食べ物が出され、どうしても食べ切れない時でも、コンチータが料理を残そうとしたと分かった時には鬼のような形相になり、全部食べきるまでコンチータに席を立つ事を許さなかった。
 コンチータにとっては父の言動は非常に苦痛であり、同時に疑問も湧いていた。
 残さず食べる事。それは美徳であり、食事をする上では最低限の礼儀だろう。残す事を前提にして料理を頼むような事はしてはならない。
だが、どうしても食べられない物を無理矢理食べさせる事は失礼にならないのだろうか? 嫌いで仕方が無い物を泣きながら無理をして食べる姿を見て、果たして喜ぶ人はいるのか。
 疑問が湧いても、コンチータはそれを言う事は出来なかった。言えば父に怒鳴られるだろう、怒られるだろう。何より、その考えを持った事に父は悲しむだろう。
 疑問を持ちつつも、コンチータは残さず食べる事を心がけた。美味しい物も、美味しくない物も、出されれば全て食べきった。
 全ての皿を空にした時は、父は笑顔になり喜んでくれた。それが嬉しくて、父をがっかりさせたくなくてコンチータはひたすら食べ続けた。そうしていく内に、自分が持っていた疑問をいつの間にか忘れていった。

 いつの頃からか、満足するのには通常の量では足りなくなっていき、昔であれば充分であった量でも満足する事が出来なくなり、一度に食べる量が増えていった。だが、たった一つとして残す事はしなかった。
 目の前の料理をひたすら食べる。鳥の骨の髄まで出汁を取ったスープが空になれば、それを入れていた、パイ生地で作られた皿にもかぶりつく。カイトは味にこだわるだけでなく、たまにこうした趣向を凝らした物を作る時もある。
 食卓にはまだ沢山の料理が並んでいる。これを残さず食べなければ晩餐は終わらない。
 給仕を行っているリンとレンが空になった皿を下げたりして忙しく走り回る中、コンチータは目の前の料理をひたすら食べていた。
 一欠片も残してはいけない。出された物は全て食べ尽くさねばならない。食事を進める右手ごと食べてしまいそうな程の勢いでコンチータは食べ続けていた。
 晩餐が終わり、空になった大量の皿をリンとレンが片付ける様子を眺めつつ、コンチータはぼんやりと考える。
 美食家として世間を賑わせていた頃とは想像できない程、今の生活は静かだ。あの頃は行く先々で大勢の人に囲まれ、店に行けば料理人や支配人が駆け寄って来ては、料理のこだわりはここだの、最高級の食材を使っているだのと、聞きたくも無い自慢話を披露していた。
 コンチータが店に来たとなれば、大きな宣伝効果となり売り上げが伸びる。その魂胆が見え見えだった。
 他人から見れば華やかに見える生活は、コンチータにとってはただの苦痛だった。自分が行動一つ起こす度に騒ぎ立てる世間に嫌気が差していき、諸国漫遊の旅が終わる頃には、静かに暮らす事を望んでいた。
 うるさくて仕方のない世間から逃れたくて、買い手のいなかったこの館を買い取り、自分以外誰もいなくなった屋敷を売り払い、緑に囲まれたこの地に移り住んだ。
 ここに来てからの生活は穏やかなものだ。都会の喧騒も無いし、自分の動向を探ろうと後をつけまわし、報道のネタにしようとする人間もいない。この館に住んでいるのは自分と三人の使用人だけ、訪れるのは毎日食材を届けてくれる初音農業組合と巡音水産組合の二人と、たまに館の修繕や剪定等を頼んだ時に来る業者の人間だけだ。
 リンとレンを引き取ったのはただの気まぐれだった。道の脇で力無く座り込んでいた二人を見た瞬間に足を止め、目を離す事が出来なくなっていた。コンチータは丁度使用人が欲しかった頃で、リンとレンは住む家が無い。お互いの利害が一致した結果、使用人として働く事を条件にして館に住まわせることにした。リンは性格こそ悪いが仕事はそつなくこなす事が出来るし、レンは頭こそ悪いものの、何故かお菓子作りだけはカイトに並ぶ程得意である。
 カイトを雇った理由は腕がいい事も確かだが、何よりも料理人としての誇りを持ち続けている事だ。料理を提供する側ががどんな相手であろうと媚びを売る事をせず、使う食材が高級なものであろうとなかろうと、その時に作れるもので最上級の味を生み出す。
 きらびやかさに溢れていたが中身は薄かった昔よりも、心が満たされている充実した今の生活の方がずっと恵まれていた。

 食卓の上の物が全て片付けられ、リンとレンが台車を押して厨房へ去って行き、広間は静けさに包まれる。しばらくは何をする事も無く座っていたが、もう食後の休憩も終わっている。
自分の部屋に行こうと決めてコンチータは椅子から立ち上がる。立ちくらみがしてよろけたが、少し休んでから歩き出す。
 一歩目は問題無かった。二歩目を踏み出した時、何となく気分が悪くなった気がした。三歩目で足がふらついているのを自覚した。四歩目を出したと同時に、視界がぼやけた。
 せめて部屋に戻り、ベッドに横になるまで耐えなくてはと思いはしたが、ぐらつく体を気力だけで支える事は出来なかった。
視界が一瞬だけ白くなってから黒くなり、自分の体が倒れ、床とぶつかる音が聞こえた。
「コンチータ様!?」
 意識が朦朧としていたせいで、誰が呼んだのかは分からない。意識を手放す寸前に聞こえたのは、床と接している耳に大きく響く足音だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

恐ろしくない悪食娘 4

 一世を風靡した時の人だったコンチータ様

 学校の給食とかで、食べる側に辛い思いをさせてまで無理やり全部食べさせるのは、やられた側を傷つける事はあっても、その食べ物を好きになる事はありません。むしろ、それがトラウマになって余計に食べられなくなります。

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閲覧数:489

投稿日:2011/03/14 13:49:14

文字数:2,645文字

カテゴリ:小説

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  • 星蛇

    星蛇

    ご意見・ご感想

    読ませて頂きました!
    人物紹介が終了し、これから物語が動き始めるんですね。
    続き楽しみに待ってます。

    レン大好きな私としては、密かにブルオッシュの登場を待っています(笑)

    2011/03/15 19:34:58

    • matatab1

      matatab1

       コメントありがとうございます。
       正直、今の状況で投稿大丈夫かな……? とビビりまくっていたので、暖かいコメントをもらえてほっとしています。
       
       いもけんぴアイスとか、特製ブリオッシュとか、悪食娘コンチータのメニューネタをもっと入れたかったんですが、上手く入れられずに断念しました(泣)楽しみにして下さっているのにすみません……。
       
       今回の話はかなり短めで、次の投稿分でおしまいです。もう少しお待ちください。

      2011/03/16 09:45:33

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