覚悟しておいて。
<王国の薔薇.間章:sideメイコ>
父さんが死んでからというもの、私は物思いに耽ることが多くなった。
『憎むな』
父の最後の言葉を、何回も噛み締めたから。
どういう意味なのか。何を伝えたかったのか。
始めは無茶な話だと思った。肉親を目の前で、しかも理不尽に殺されて憎まないでいられるはずがない。
死刑の判決を最終的に決めるのは王女だ。
王女、つまり私達が代々仕えて来た王家の娘。恩知らずにも程がある。
―――王女に復讐してやる。
そう思って、私は信頼できる人達に声をかけ始めた。勿論王宮に気付かれては全てが終わりだからごくごくひっそりと。
幸い、というべきか、つい最近まで騎士団長を務めていたせいで顔は広かったから、ゆっくりとでも確実に輪は広がっていた。
でも、そうしていていくつか気付いた事がある。
一つ目は人々の事情だ。
確かに人々の恐怖や怒りは強い。でも、敢えて立ち上がろうとはしない。恐らく、確実な勝算がなければ彼らは動かないだろう。
でも、考えてみれば当然のこと。
何度彼等との間に壁を感じただろう。
私は王宮に仕えていた一族の娘、蓄えだってあれば十分な教育だって受けた。
少なくとも、私は明日の食事どころか今日の食事すら心配しなければならない立場じゃない。
つまり、恵まれていた。
『メイコさん、俺達だってそう思います』
話を振った市民は、大多数が言う。
『でも俺達はそんなことまで手が回りません。俺達は、とにかく自分や家族が生きていく術を考えなきゃいけないんです。あの王女を倒して非道な振る舞いを止めさせられたらどんなにか生活が楽になるでしょう。でもそれまで生きていけるか分からないんです』
活動していて、よく分かった。
最大の都市である城下街であっても人々の生活は苦しいのだ。
畑を作れば作物を税として取られ、商いをすれば沢山の金を納めろと要求される。
人々は笑顔で商談をする。
でもその笑顔の殆どは作り笑顔を貼付けたもの。
外から見るだけではわかるまい。
でも中に住めば、何を言わずともわかる。
駄目だ。
私は段々危機感を強めた。
このままだと、この国は滅びる。
だって市民が死に絶えてしまえば国は存在しようがないのだから。
―――王女、そんなこともわからないの!
手を握り締めて見上げた、壮麗な王宮。
彼女は、それが人々の屍の上に立っていると気付いているのか。
仮即位してから一度も王宮から出てこない我が儘王女様。
文字通り世間知らずの箱入り娘、ということか。
そして、気付いたことのもう一つは―――・・・
物思いに沈んでいると、ドアがノックされて外から開かれた。
「メイコさん」
静かな声に顔を向ける。
ひそやかに佇んでいたのは、右腕となってくれているルカだった。
「ああ、ルカ」
彼女自身は余り自分の話をしない。
ただ天涯孤独で、今現在は黄の国である家に居候していると言う話だ。
別に気にならない訳じゃない。過去の話とか、居候の経緯とか。
でも私達立ち上がろうとしている者達には触れられたくないものを持つ人も多くて―――まあ、だから自発的に話さないことを突っ込んで聞くつもりはない。
ルカは私が騎士団長をしていた頃からの知り合いで、居候先の家族の話は聞いた。
なんでも流行り病で両親を亡くした兄妹の家庭で、兄が貯めたお金で暮らしを繋いでいるのだとか。
兄は成人していると言うし、珍しい事でもないだろう。
・・・いやね、お節介焼きメイコさんとしては妙齢の男女、しかも他人が一つ屋根の下に住むのはどうなのかなー、と思ったりする訳ですが・・・まあ問題は無いみたいだし、いいのかな?
「どうかした?」
軽く問う。
返事は予期しないものだった。
「『王女の想い人』が、仲間に加わりたいと訪ねて来たわ」
「―――え?」
彼は見るからに育ちの良いお坊ちゃまだった。
「貴方がカイトさん、ねぇ」
「はじめまして」
「聞いてるかもしれないけど、私はメイコ。・・・しかしまあ」
あの噂も本当だったのね。
正直眉唾ものだと思っていた。
彼女だって一応ティーンの女の子なんだから恋の一つや二つしていたっておかしくはないんだけど、どうも彼女がそんな「普通」の感性を持っているとは考えにくかったから。
カイトさんの顔を眺める。
何が起きてここに転がり込んで来たのか、一目で予想できた。
何度も見て来た表情。
そして私自身も良く知っている表情でもある。
怒りと悲しみと喪失感、憎しみを押し込んで無理矢理封じたみたいな顔。
本当にあの噂が本当なのだとしたら・・・王女、非道も良いところね。
恋敵を殺すなんて、一国の主がして良いことではないわ。
「・・・貴女が反乱を指揮していると聞いて、是非加わらせて頂きたくて」
「武器は扱える?」
「剣ならばそれなりに」
「黄の国で顔が利く相手なんかはいる?」
「友人ならば、貴族のなかに数人」
成る程。
私は軽く顎に手を当てて情報を吟味した。
こう言ってはなんだけど、それなりに使える立場ではありそうね。
「―――いいわ。協力は喜んで受けます」
「ありがとう」
ほっと表情を緩める彼。
確かにまあ・・・綺麗な顔してるというか。優男って感じだわね。
剣の技量もいつかちゃんと確かめなければならないし、彼の住む場所も確認しておかないと。無いなら無いで手配しなければ。
ああ、そうだ。
私は改めて彼の目を見据えた。
言っておかなければならないことを忘れていた。
「ねえカイトさん」
「はい」
彼もまた居住まいを正す。
それでいい。
これは決して生半可な気持ちでは受け止めて欲しくない事だから。
「来ると言うなら分かっていてね。努力はするわ、皆が悲しまないように。でも―――」
そう、いろいろな人と関わって気付いたもう一つのこと。
もしかしたらこれは父さんの言葉に通じているのかもしれない。
絶対的な正義なんて、ない。
それぞれが自分の正義で行動して、世界は成り立っている。
でも時にその正義はぶつかり合い、譲り合えなければ争いになる。
そして最後に、『勝敗』が決まってしまう。
「必ず誰かが泣くことになる。その涙を背負う覚悟はあるの?」
泣くのは王女側の誰かかもしれないし、私達の誰かかもしれない。
憎しみは憎しみを呼ぶ。
だからきっと、父は私にああ言い遺した。
――――父さん、ごめんなさい。
それでも私は、黙って見ていることなんて出来ない!
思いを込めて見詰めた先で彼は青い目を一度閉じ。
開いてから、答えた。
「―――はい」
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