(ボーカロイドと未来とツチノコの歌2【2011年編パート2】の続きです)


翌朝、母さんの叫び声で目が覚めた。
「じーちゃんが、死んだ!」

心臓発作だったらしい。元々血圧は高めだったらしいが、あまりに超展開である。
慌ただしく通夜と葬式が執り行われ、納骨が終わり、あっという間に斎藤家に少し寂しい平穏が戻ってきた。

「あんた、暇でしょ?じーちゃんの部屋、掃除しといてくれない?」
母さんに、半ば強制的に遺品の整理をさせられる事になった。
 じーちゃんの部屋は8疊ほどの和室で、ばーちゃんの仏壇と小さな書斎机が一つあるだけの、さっぱりとした部屋だ。
『要るモノ』『要らないモノ』ダンボールを2つ組み立てて、整理を始める。
 書斎机の引き出しには色々な物が入っていた。白黒写真、軍人のバッチのようなもの、家庭菜園の本・・・。
 一番下の大きな引き出しの中に、じーちゃんが愛用していたノートパソコンを見つけた。
「あ、そうだ家庭菜園ブログ、じーちゃん死んじゃった事、報告しとかないと」
そう思って、パソコンの電源を入れた。W〇ndowsの去年のモデル。俺が使っているパソコンよりも新しい。
 シンプルなデスクトップ。ワー〇、エ〇セル、イ〇ターネットエクスプローラ・・・
「・・・ん?」
 一番端に『裕太へ』と書いたフォルダがあった。
「なんだろう?」
 開いてみると中には文章ファイルが一つと、音楽ファイルが一つ入っていた。
 文章のデータを開いてみる。

『裕太へ
 裕太、元気か?じーちゃんはピンピンです(笑)
 一緒に暮らしているのに、突然手紙なんて書いて何事かと思うかもしれないけど、単純に話すのが恥ずかしいからです。
 裕太、最近元気がないみたいだけど、大丈夫か?
 様子から察するにバンドで何かあったみたいだな。
若いうちに迷うのは大いに結構。存分に迷いなさい。迷っている時こそ、新たな自分に出会えるチャンスだ。
 ワシも道に迷ってる時に偶然ばーさんに出会ったからのう(笑)
 
  ただ、一番いけないことは、迷った末、自分に嘘をついてしまうことだ。それは後悔しか残らない。
 自分に素直になって、まっさらな気持ちで自分と向き合えば、必ず答えは見えてくる。
 ワシも、まっさらな気持ちでばーさんに声を掛けて・・・まぁこの話はいいな(照)

話が長くなってしまったが、裕太、23歳の誕生日おめでとう。
プレゼントは、余計なお世話かも知れないが、「方法を選ばなければ方法はいくらでもある」という事を知っておいてほしいと同時に、「この時代に裕太にしか創れないものを残して欲しい」と言う願いを込めて、このプレゼントを選んだ。
裕太よ。この先どんな困難が待っていようと、未来を作るのは間違いなく、裕太たち、若い世代だ。
そして、その中でも、特に諦めなかったバカだけだと言うことを忘れないで欲しい。
未来を楽しみにしているぞ・・・。          
茂蔵

p.s.裕太へのプレゼントを使って、ワシも試しに一曲作ってみたが、なかなかイイぞ!声が死んだばーさんにそっくりなんだ(笑)』


パソコンが入っていた引き出しの奥から出てきたのは、綺麗にラッピングされたCD-ROMだった。
「キャラクター・ボーカル・シリーズ01 初音ミク・・・」
 それは、音声合成ソフト『初音ミク』のCD‐ROMだった。
 俺は、同じフォルダに入っていた音声ファイルを再生してみた。
『♪あ~か~い~、林檎に~くち〇~る~よ~せ~て~』
 か細い女の子の声で、歴史の教科書でしか見たことのないような唄が流れてきた。
「・・・じーちゃん」
 俺は、このファイルを自分のパソコンに送ろうと思った。
 フォルダをメールに添付する。
「あ、間違えた・・・」
間違えてゴミ箱に入れてしまった。すぐゴミ箱をクリックして取り出そうとする。
 ゴミ箱を開くと、そこには沢山の音声ファイルが捨ててあった。
「じーちゃん・・・この一曲を作るために、こんなにたくさん失敗して・・・」
 涙が出てきた。88歳のじーちゃんだって、必死で前へ進もうと新しい事に挑戦していたのに・・・。俺は・・・何をやってるんだ。
試しに一つ、ゴミ箱の中の音声ファイルを再生してみる。
『・・・茂蔵さん・・・今晩は!』
 あれ?失敗作品じゃない?なんか、さっきの声の女の子がたどたどしく喋ってるぞ?
『茂蔵たん・・・わたし、初めてなの・・・はじゅかちい・・・あ、しょんなところ!らめえええぇぇ!・・・』
 じーちゃん!何やってるんだ!!
 いくら死んだばーちゃんに似ているからと言っても、やって良いこと悪いことがある。

「ただいまー」

ねーちゃんが帰ってきた。こんな早く帰ってくるなんて珍しいな。
もちろん、必要なファイルを回収したら、ゴミ箱はすぐ空にした。
「おかえり、早かったんだね」
「うん、明日から出張だから。裕太、掃除?」
「うん、じーちゃんの荷物の整理」
「そっか・・・何かお宝出てきた?」
 カバンをソファに投げると、嬉しそうに部屋に入ってきた。
「ううん、俺への誕生日プレゼントぐらい」
俺は初音ミクを見せた。
「なにこれ?ゲーム?」
「音声合成ソフトだよ。パソコンで入力すれば歌を歌ってくれるんだ」
 ねーちゃんはCD‐ROMを不思議そうに見つめている。
「ふーん・・・」
「どうしたの?」
「・・・おじいちゃんってさ、なんかすごかったよね」
「何が?」
ねーちゃんはCD‐ROMを見つめながら続けた。
「なんか、迷った時に正しい方向に導いてくれるって言うかさ、自分の中で答えが見つかってるのに、そっちに踏み出せないときに背中を押してくれるって言うか・・・」
 俺は頷いた。
「裕太は知らないと思うけど、私が一樹を妊娠した時にね、お父さんとお母さんに『まだ大学生だし、相手には逃げられて、本当に一人で育てられるのか?』って聞かれた時があってね。私は産みたかったんだけど、色々考えたら気持ち揺らいじゃってさ・・・。そしたら、おじいちゃんがね『頼む!産ませてやってくれ!ワシの飯を半分に減らしてもいいし、ワシはベランダで寝てもいいから、産ませてやってくれ!』って、土下座して頼んでくれて・・・。その姿見たら、『あー、私が弱気になってちゃダメだ』って思えてきて。一樹が生まれた時、泣き声が『生まれてこれて良かった』って言ってるように聞こえてさ。『あー、おじいちゃんが言ってた事は間違いじゃなかったな』って心の底から思ったの・・・」
「じーちゃん、カッコいいね」
 ねーちゃんは「ふふふっ」と笑った。
「おじいちゃん、いつも言ってたもんね『これからの時代を創るのは、お前たちだ!』って」

「ただいまー」
母さんが一樹を連れて帰ってきた。
「おかえり!・・・・・」




 自分に素直に生きる・・・か。

 その日の夜、動画投稿サイトで『初音ミク』を検索してみた。
 数え切れないほどの、すごい数の動画が出てきた。
 試しに、一番上の動画を再生してみる。軽快なバンドサウンドに爽やかに初音ミクが歌っている。 2つ目の動画を再生してみる。しっとりとしたバラードを情緒たっぷりに歌っている。
 俺は驚いた。じーちゃんが作った歌は機械っぽい音声丸出しだったのに、投稿されている動画はどれも調和が取れていて、人間の声ではないけれども機械音声でもない、独自のサウンドを展開していた。
 俺は、夢中で動画を見漁った。
そして、ある曲を聞いた。それは、シンプルな静止画のバラードだったが、その歌声は俺の心を貫いた。
 その曲を聞き終わった時、俺は泣いていた。
 とにかく嬉しかった。この歌に出会えた事が、そして作者がこの歌を作ってくれた事が。
 『初音ミク』と言う透明な歌声だからこそ、その歌に込められた作者の想いが、生身の人間の歌以上に伝わってくる。プロに比べると、未完成な部分はあるかも知れない。でも、確かに俺は感動している。
 あぁ、そうだ。この気持ち。初めてビー〇ルズを聞いた時の感覚に似ている。楽しくて、嬉しくて、何度も何度も繰り返し聞いた。そして、自分もいつかこんな風に何かを伝えたい。俺の歌で何かを感じてもらいたい。そう思ってバンドを始めたんだっけ・・・
「俺、何カッコつけてたんだろう・・・」
 カッコ付けて「クロスボムじゃなきゃイヤだ!」なんて思っていた自分が恥ずかしい。『伝えたい』と言う気持ちこそが一番大切だったのに。

この時、ツチノコの言っていた決断の答えが分かった気がした。

俺は伝えたい。例えどんな手段だったとしても、俺は伝え続けていきたい。
なぜなら、これからの未来を創るのは俺たちなんだから。
そうだよな、じーちゃん?




大学を卒業後、俺は販売関係の会社に就職した。
休日には、初音ミクで曲を作って、動画投稿サイトに投稿している。初めは少しの人にしか聞いてもらえなかったが、最近は沢山の人に聞いてもらえるようになった。そのサイトには動画に対して見た人がコメントを残せる機能が付いていて、そこで『感動した!』や『涙が出ました』とコメントをもらえることが何よりも嬉しかった。

 正直、世界を変えるとかは分からない。
だけど、今の俺は、少なくともツチノコとじーちゃんに言われた様に自分に素直に生きていると思う。

 今日も、いつもの電車に揺られながら、ア〇ポッドのイヤホンを耳に突っ込む。初音ミクの歌声が流れてくる。
 さて明日は、どんな曲を作ろうか・・・。
せっかくだし、ツチノコの曲でも作ろうかな。            【2011年編 完】

(ボーカロイドと未来とツチノコの歌4【2016年編パート1】へ続く)

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ボーカロイドと未来とツチノコの歌3【2011年編パート3】

【2011年編】パート3です。全部で約36000文字の作品です( ^ω^)

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投稿日:2011/07/25 14:28:49

文字数:3,997文字

カテゴリ:小説

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