夢を見た。
わたしがいるのは、高い塔のてっぺんにある小さな部屋だ。窓はあるけど、ドアは無い。他に誰もいない、円い小さな部屋の中で、わたしは一人、ベッドに腰を下ろしていた。
しばらくそうしているうちに、だんだん息苦しくなってきた。部屋はそんなに広くないし、窓は一つだけ。そしてその窓はしまっている。石の壁と床の部屋はがらんとして冷たくて、その中にいるだけで、圧迫されているような気分になってきてしまうのだ。
外の空気が吸いたくなって、わたしは窓を開ける。窓の外には、青い空が広がっていた。思わず窓枠から身を乗り出す。そのはずみに、何かが落ちた。
……髪だ。ものすごく長い髪。わたしの背中から、塔の外へと滑り落ちて行く。みるみるうちに、髪は地面に届いてしまった。わたしの髪、こんなに長くなかったはずなのに。
驚いて窓枠から少し身を離す。でも、髪の大部分は塔の外に残ったままだ。どうしよう、この髪。どうやったら引き上げられるんだろう。
途方にくれていると、不意に髪が引っ張られた。驚いて、もう一度窓から身を乗り出す。見ると、下にレン君がいて、わたしの髪をつかんでいる。わたしに気づいて、塔の下からわたしに手を振った。
思わず手を振り返そうとして、わたしははっとなった。駄目だ、こんなことをしては。
「離して!」
髪を引っ張る。でも、レン君はわたしの髪を離してくれない。
「お願いだから、離して!」
こんなところを見つかったら、わたしたちは二人とも……。
……目が覚めた。まだ意識が半分夢の中に残っていたわたしは、反射的に髪に手をやった。……いつもと同じ、肩につく辺りのところで切り揃えられた、わたしの髪。
わたしは憂鬱な気分で、ベッドからのろのろと置き出した。塔じゃないけど、閉じ込められているのは同じ。だから、あんな夢を見たんだろう。
わたしも……結局、出られないのかな……。それとも、死んでしまうんだろうか……。
浴室の洗面台で顔を洗い、寝巻きを脱いで普段着に着替える。衣類は昨日、お母さんがわたしの部屋から持ってきてくれていた。……後はもう、することがない。わたしは椅子の一つに腰を下ろし、物思いに耽った。月曜だけど、学校には行かせてもらえない。レン君にもミクちゃんにも会えない。……二人とも、きっと心配するだろう。レン君、ミクちゃんに昨日のこと、話すのかな。
ドアをノックする音がして、鍵が開いた。お母さんだ。朝食の乗ったワゴンを押している。
「リン、朝ごはんを持ってきたわ」
「……ありがとう」
こんな部屋に閉じ込めなければ、わざわざ持ってくる必要なんて無いのにな。でも、それを言ってもしかたがない。
食欲はないけど、一応食べる。あんまり美味しくない。……半分ほど食べたところで、限界が来てしまった。胃がひどくむかつく。
「リン?」
わたしは、お母さんの前で首を横に振った。
「ごめんなさい……これ以上食べたら、多分吐いちゃう」
お母さんの表情が、さっと曇った。
「……お昼は、リゾットにするわね。それなら食べられるでしょう?」
わからなかったけれど、一応頷く。お母さんは、食器をワゴンに積み込んで、部屋を出て行った。鍵をかけるのを忘れてくれないかなと思ったけれど、しっかり鍵はかけられてしまっていた。
わたしは椅子に座って、またぼんやりとしていた。……レン君、今どうしているのかな。電車に乗っている頃だろうか。学校に着いて、わたしがいなかったら、きっとショックよね。
……会いたいな、やっぱり。
そうしていると、またドアがノックされて、鍵が外されて、開いた。……お母さんだ。
「リン、ずっとそうしていても退屈でしょう? 部屋から適当に持ってきたわ」
お母さんが持ってきてくれたのは、プレーヤーと音楽CD、それから何冊かの本だった。どれもわたしの部屋にあったものだ。
「いいの?」
「物を持ち込むなとは言われてないわ」
持ってきたもらったものを見ているうちに、わたしはあることを思い出した。
「あの……お母さん。クローゼットに隠してあるもののことは……」
「……何も見てないから」
そう、お母さんは答えた。隠しておいたCD――レン君から借りたものと、わたしが買ったものが混じっている――やミミのことは、見ない振りをしてくれるみたい。わたしは、少しほっとした。……同時に、申し訳ない気持ちがする。
「リン、他に何かほしいものはある?」
わたしの頭に真っ先に浮かんだのはミミだった。レン君がくれたぬいぐるみ。抱っこして撫でたかった。……でも、折角「見ない振り」をしてくれているものを、持ってきてもらうわけにはいかない。この部屋には、物を隠せる場所もないんだし。
……あ、そうだわ。
「お母さん」
「なに?」
「机の上に、束になった英語のプリントが置いてあるの。あれを持ってきてもらえる? それと、英語の辞書と、ノートと筆記用具もお願い」
以前、レン君の家に行った時、探した詩人の手紙。レン君はあの時の言葉どおり、印刷したものをわたしにくれた。けど、量も多いし内容も難しいしで、未だに全部読めていない。
どうせこの部屋にいてもすることなんてないのだ。だったら、あれを読もう。全部英語だから、お父さんも「学習用のプリント」だと思うだろう。
「こんな時にお勉強?」
「う、うん……英語だと時間かかるから」
お母さんは怪訝そうな顔をしたけれど、わたしの言ったものを持ってきてくれた。お母さんが部屋を出て行くと、わたしは書き物机の上にプリントと辞書を広げた。
この手紙が書かれたのは、今から大体百五十年ぐらい前のことだ。きっと、書いた人も想像していなかっただろう。自分たちが死んでしまった後に、こうやってこの手紙を読む人がいるなんてことは。しかも、内容はとても個人的なもの。
書いた二人が知ったら、なんて思うのかな。恥ずかしくてたまらなくなるのだろうか。それとも、そんなのは些細なことだって、そう思うんだろうか。わたしにはわからない。でも……。
この手紙を読んでいれば、わたしは少しは希望を信じられる気がするの。強い愛に生きた人たちが書いた手紙だから。
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