その日の夕食は、ルカ姉さんも一緒だった。朝と同じで、やっぱり平然としている。わたしを叩いたことは、ルカ姉さんの中でどうなっているんだろう?
 どうしよう。ルカ姉さんと話をしてみる? それともやめておく? どちらを選んだらいいのか、しばらく考えてみる。
 ……やっぱり、このままにはできないわよね。話をしよう。でも、どんな風に?
 わたしは食事をしながら、ルカ姉さんとどうやって話をしたらいいかを考えていた。わたしが話してもどうにもならないかもしれないけれど、やるだけのことはやってみよう。
 わたしはなるべく急いで食事をした。いつもより早いペースなので、お母さんが怪訝そうな表情をしている。ごめんなさい、お母さん。普段どおりのペースだと、ルカ姉さんはわたしより先に食べ終わって、さっさと食堂を出て行ってしまうの。ルカ姉さんと一緒に食べ終わって、食堂の外に出たところを捕まえなければいけないから。お母さんの前で、ルカ姉さんとは話をしたくない。またルカ姉さんがわたしを叩いたりしたら、お母さんを心配させてしまうもの。
 わたしは意図どおり、ルカ姉さんとほぼ同じ頃に食事を終えた。ルカ姉さんが「ごちそうさま」と言って、席を立つ。わたしも「ごちそうさま」と言って席を立ち、ルカ姉さんの後を追いかけた。
 ルカ姉さんは階段を上って行く。わたしは階段を駆け上がって、ルカ姉さんを呼び止めた。
「待って、ルカ姉さん!」
 ルカ姉さんが立ち止まって、振り向いた。
「何?」
 こっちを見るルカ姉さんの瞳が、なんだか怖い。いつもと同じなんだけど……。わたしは深く息を吸い込んだ。
「あのね……やっぱり、おかしいと思うの」
「何が?」
「ルカ姉さんの結婚のこと……。ルカ姉さん、本当に神威さんと結婚したいの?」
「リンには関係ないわ」
 それが、ルカ姉さんの答えだった。
「関係あるわ……だって、ルカ姉さんと結婚したら、神威さんはわたしの義兄さんになるんだから」
 あまり考えてこなかったけれど、そういうことだ。多分、この家で一緒に暮らすことになるのよね……どうにも実感が無いのだけれど。
「だから?」
 落ち着いた口調で、ルカ姉さんが尋ね返す。……わたしの方が悪いことをしているような、そんな気分になってくる。駄目よ、ここでくじけたら。
「……ルカ姉さん、本当に神威さんでいいの? 神威さんのこと、どう思っているの?」
「神威さんはいい人よ。私も嫌いではないし」
 やっぱり……「嫌いじゃない」なんだ。ルカ姉さんが神威さんへの気持ちを隠す必要は無いから、好きってほどじゃないか、無関心に近いのね。
「好きじゃない人と結婚するの?」
「嫌いではないのよ」
 一瞬、髪をかきむしりたい衝動に襲われる。わたしはそれを必死で我慢した。きちんと話さないと、ルカ姉さんには通じない。
「『嫌いじゃない』から『結婚しても構わない』の? おかしいわ、それって。結婚するのはルカ姉さんなのよ」
「リンには関係ないんだから、口を出さないで」
 わたしは、もう一度大きく息を吸い込んだ。
「結婚は一生のことだわ。ルカ姉さん、そんな気持ちで結婚していいの? だって神威さんのことが好きってわけじゃないし、結婚したいわけでもないんでしょう? 結婚に対する希望がないって、そういうことよね?」
 ルカ姉さんはやっぱり平然としている。……もう通じないのかな。でも、やっぱり、訊くだけは訊いてみよう。
「ルカ姉さん、何から逃げているの? わたし、ルカ姉さんの本当の気持ちが知りたい。ルカ姉さんはどうして『お父さんに逆らわないいい子』を続けてきたの? それが、ルカ姉さんの本当にやりたかったことなの? わたしだって、話を聞くぐらいのことならできると思うし……」
「リン! 何をやっている!」
 階下から聞こえてきた怒鳴り声に、わたしはびっくりしてそっちを見た。……どうしよう、お父さんだ。ルカ姉さんともめているうちに、帰宅していたみたい。嫌だ、なんで今日に限って帰りが早いの?
「お、お父さん……」
 お父さんは階段を上がってきて、わたしを睨んだ。
「お前は、ルカに意見する気か」
「そういうわけじゃ……」
「みたいね」
 わたしを遮り、ルカ姉さんはお父さんの言葉に肯定の意を示した。ルカ姉さん……。
「いつからそんなに偉くなったんだ」
 お父さんの声がいつもより低い。
「そういうつもりじゃないの。ただ、わたしは……」
「リンは私が心配だと言うの。私が本当は結婚したくないんじゃないかって」
 ルカ姉さんはまたわたしを遮って、淡々とした口調でそう言った。怒っている気配が無いのが、逆に怖い。
 一方、お父さんの目は更に険しくなった。まずい。本気で怒っている。わたしは、その場から消えてしまいたかった。もちろん、そんなことはできないのだけれど。
「リン、お前は一体、何を考えている?」
「……ルカ姉さんのことが心配だったの。結婚式を控えているのに……全然幸せそうじゃないし」
 わたしは下を見ながら、何とかそう口にした。次の瞬間、お父さんの怒鳴り声が響き渡る。
「お前に何がわかるというんだ!?」
「だ、だって……ルカ姉さん、どう見ても……」
「黙れ!」
 怒鳴られて、わたしは反射的に口をつぐんだ。
「リン、ちょっと書斎に来い。ああ、ルカ。お前は部屋に戻ってていいぞ」
 暗い気分で、わたしはお父さんの後について書斎へと向かった。死刑を求刑されている被告人は、こんな気持ちで法廷に出向くのだろうか。


「全く……お前という子は。あんまりこっちの手を煩わせるんじゃない!」
 書斎に入るやいなや、お父さんのお説教が始まった。わたしはうつむいて、自分の足元を見る。お父さんと視線はあわせたくない。
「大体お前は何がしたいんだ」
 ……ルカ姉さんの本心が知りたかったんです。本当に神威さんと結婚したいのかどうか。
「ルカが幸せになるのがそんなに気にくわんのか」
 あんな状態で結婚しても、ルカ姉さんは幸せになれないと思います。だって自分の結婚式なのに、他人事みたいなんだもの。そもそも、ルカ姉さんは結婚するのに全然嬉しそうじゃないわ。お父さんはどうして、ルカ姉さんが幸せになるって思えるの?
「ガクトさんは名家の息子だし優秀な人だ。ルカと結婚したいと言ってくれているし、婿養子の話も承知してくれた。我が家にとっては申し分の無い婿なんだぞ」
 それはお父さんの都合でしょう? この家って、そんなに存続が必要な家なの? それに、ルカ姉さんが社長を継いだっていいんじゃない? 神威さんじゃなくて。
「お前はその話を潰す気か」
 あの状態のルカ姉さんと結婚したら、結婚する方も不幸になっちゃうんじゃないのかな……。だったら、潰れた方がむしろいいんじゃ……。
「リン、聞いているのか!?」
「……はい」
 頷く。一応聞いてはいる。聞いているだけ。
「なんだその生返事は! お前は、親をバカにしているのか!?」
 お父さんの怒号が書斎に響き渡る。わたしは思わず肩をすくめた。……気分が、悪くなってきた。
「こっちはお前の為を思って言ってやってるんだぞ! わかっているのか!?」
 何をどうわかったらいいんだろう。わたしの為っていつも言うけど……どう為になっているの?
「親の話はちゃんと聞くものだ!」
 だから聞いてます。聞いているだけだけど。だって全然理解できないし。
「全くお前といいハクといい、面倒ばかり起こして……苦労して育ててやった結果がこれか」
 わたし、そんなに面倒ばかり起こしているの? ちゃんと学校にも行っているし、ルカ姉さんほどじゃないけど、一定の成績を取っているのに。門限だって守ってるし……。
「カエがお前のことを甘やかすからこうなるんだ」
 お母さんのことを悪く言うのはやめてよ。
「本当にあいつときたら……ろくなことを言いやしない。ハクのことだって、あいつがうるさく言うからあの高校に行かせたんだぞ。その結果があれだ」
 お父さんはそのまま、お母さんに対する不満を延々喋り始めた。耳を塞ぎたい衝動にかられたけれど、そんなことをしたらもっと怒ってしまうだろう。
 お父さんの説教は、長々と続いた。ほとんどはわたしが至らないとか、お母さんがわたしを甘やかしたからだとか、そういったこと。大声でずっと怒鳴り続けるので、説教が終わる頃には、わたしは頭がくらくらしていた。
「……で、リン、言うことは!?」
 えっと……何を言えばいいんだっけ……? とりあえず、謝ればいいのよね……。お父さん、いつもそうだから。
「……ごめんなさい」
「それだけか!?」
 あ……あれ、これだけじゃ駄目……? 他に何を言ったらいいんだろう?
「リン!? お前、ふざけてるのか!?」
 ふざけてはいないんだけれど……お父さんのお説教、長すぎて……何を言われているのかがわからなくなってしまった。
「ふざけてないわ……ただ、何を言えばいいのかわからなくなっただけで……」
「……お前はバカか!?」
 今まで以上の勢いで怒鳴られた。……耳が痛い。
「状況をちゃんと理解していないのか!? これだからデキの悪い子供は困る」
「……ごめんなさい」
 よくわからなかったけれど、わたしはもう一度謝った。
「とにかく、もうルカを困らせるようなことを言うんじゃない!」
 え……ちょっと待って。わたし、諦めるわけには……。
「リン、返事はどうした返事は!? お前は、耳まで悪くなったのか!? とにかく返事をしろ!」
「それは……ちょっと……」
 いきなり、派手な音が響いた。お父さんが、机の上の文鎮を投げつけたのだ。わたしにではなくて、壁にだけれど。文鎮が当たったところに、傷ができている。
 あれ……壁じゃなくて、わたしに当たっていたら……。わたしは床の上にへたり込んでしまった。……吐きそう。
「いつまでも聞き分けの悪いことを言うんじゃない! わかったな!?」
「……はい」
「それから、明日と明後日は外出禁止だ」
「……はい」
「わかったらとっとと出て行け」
「……はい」
 わたしはぼんやりとした状態でお父さんの書斎を出て、自分の部屋に戻った。気分がひどく悪い。少し横になろう。ベッドに横になって、目を閉じる。
 ……まだ、耳の奥で、お父さんの怒鳴り声が響いているような気がする。……忘れよう。忘れなくちゃ……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第三十二話【これと結婚するの?】

【わたしには姉さんがわからない】の、ミクの台詞に賛成の方は挙手をお願いします。

閲覧数:911

投稿日:2011/11/18 18:46:00

文字数:4,272文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • 雪りんご*イン率低下

    雪りんご*イン率低下

    ご意見・ご感想

    雪りんごです。
    頑張って読んでまだここですね。
    でもとりあえず読破に近づいていってる…と信じたい(笑)

    ウチは【わたしには姉さんがわからない】のミクちゃんの台詞は賛成です。(*・ω・*)ノ
    リンちゃんの代わりにお父さん殴りたくなってきてます。
    はい。とりあえず大惨事になる前に牢屋に連れて行かれるようです。さよなら~

    2012/04/01 17:52:26

    • 目白皐月

      目白皐月

       こんにちは、雪りんごさん。メッセージありがとうございます。
       すいません、長くて……。
       でも考えたこと全部伝えようと思うと、どうしてもこれくらいの長さになってしまうんです。

       リンのお父さんは、他の方のレスにも書きましたけどまともじゃないので……。この人を「娘のことをこんなに心配しているのに!」なんていう人がいたら、精神鑑定を受けてほしいです。
       ただ、「ひどい人」にしておかないと、リンが「ここから連れ出して!」と思うことに説得力が出てこないので仕方がないのですが。

      2012/04/01 23:13:55

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました