ちょ う だ い ?
求められているのは、時の流れを知らない、「初音ミク」として動くこの身体。
カタリ、カタリ。震える、美しい声音を生む唇。血の通わないはずのそれが、心なしか青く見える。
頼りない口元を動かし、
「い…や……、いやっ! 嫌っ!」
ミクの、必死の拒絶。それを表示するように頭を左右に振れば、長い青緑の髪が波打つ。
少女の柳眉が、きゅっと寄った。
「いやっ! 私は、壊れるわけにはいかない……っ。私は、私は歌わなきゃ……歌を歌わなきゃいけないの!」
ミクの、幼さを残す顔が歪む。
「歌を……歌いたいの……っ」
ついにまろやかな頬を滑り落ちた水滴。人間で言う、涙。
ミクは作られた存在であると言えど、自我を持ち、心を持っている。機械の身体を持つ、“人間”だ。
「そう……、そんなに嫌なんだ。なら、別にいいよ」
「え……」
顔を捉えていた少女の手がスルリと落ちる。
そして、俯いた少女の口元が、歪な笑みを形作った。
「それなら、アナタを壊して手に入れればいいだけだもん」
途端、少女の背後に蠢く闇。
噴き上がる炎のように現れ、少女に従うかのように、時に纏わりつくかのように、闇は踊る。
「さあ、ウイルスたち。あの子を、壊してあげて。出来るだけ苦しく―――ゆっくりと、ね」
ミクに絶望が浮かぶ。
腹の底からわき上がる笑いを耐えることなく、少女は劈くような狂笑を上げた。
少女に応えた闇の使者がぬるり、と動き出す。
「い、や……、来ないで……っ!」
逃げられない。理由はわからないが、身体が動かないのだ。
じわり、じわり。追い詰められる恐怖に、ミクは抗おうと必死に身じろぐものの、やはり自由は取り戻せなかった。
「無駄よ。アナタの回路に侵入したこの子たちが、すでにアナタの身体の動
きを支配してるんだもん。あとは、初音ミクという存在を消せば、この身体はあたしのものになるの。ああ、すっごく楽しみ」
少女がコロコロと無邪気に笑う。
その間にも、闇はミクを浸食する。足を、腰を、胸を闇が覆い、さらにその闇が喉元に至ろうとした。
その時だ。
ピタリ、と蠢く闇が動きを止める。それと同時に、空間を大きく震わせたのは、
「ああああああああああああああああああああああああああ―――っ!!!!」
真紅の髪を振り乱す少女の絶叫。
激しい幼さの残る顔を歪め、歯を噛み締める。
「な、何……?」
為す術のなかったミクは、呆然と苦しみ悶える少女を見つめることしができない。
そのミクの耳に届いたのは、聞き覚えのある凛とした歌声。
『 繰り返したのは あの夢じゃなくて
紛れも無い現実の私達 』
歌がミクの意思へするりと流れ込む。
知っている。
この曲は―――――。
すぅ、とゆっくり息を吸う。そして、
『 夜明けが来ると不安で 泣いてしまう私に 』
そっと、音を紡ぐミクの澄んだ声。彼女の命とも言える「歌」が、その小さな口から生み出される。
「や、めてよ……っ!! 歌わないでっ!!」
身体を襲う激痛と戦いながら、振り乱した真紅の髪を頬に張り付け、少女が声を絞り出す。一方、ミクは水を得た魚のように生き生きと、柔らかな微笑を浮かべて音を生み出す。
『 「大丈夫」と囁いたあなたも 泣いていたの? 』
そして、どこか遠くに聞こえていた音を、近くに感じる。
リンク。
外と内とが繋がった。
『 抱き寄せて欲しい 確かめて欲しい
間違いなど無いんだと 思わせて 』
ミクの澄んだ歌声に、凛とした歌声が重なる。
ぐん、と暗闇から光の方へと、意識を引っ張られる感覚がミクを襲う。
「こ、の…っ! こうなったら―――っ!!」
トン、と少女が、暗闇を蹴った。
瞼の裏から、少女が消える。
途端に、さらに歌を近くに感じ、ミクは逆らうことなくそちらへと意識を向けた。
『 触れていて 戻れなくていい それでいいの 』
ゆるり、ミクの強く閉じられていた瞼が開く。
透明な筒状の機械の中。その外から硝子に手をつけ、こちらを怒ったような、けれどどこか心配そうな顔をした女性が覗き込んでいるのが見えた。
目が合うと、凛とした歌声を生む口元が、わずかに緩む。
女性の、ピンクの髪がさらりと流れたのを見て、ミクもやんわりと微笑を浮かべた。
そして、
『 誰よりも大切なあなた 』
(※『』……「magnet」 作詞・作曲・編曲:流星P様 唄:巡音ルカ・初音ミク 歌詞:初音ミク Wiki「magnet」参照)
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