空が、赤かった。
泣き腫らした瞳のように朱く、飛び散る鮮血のように紅い。
太陽の断末魔のように、朱い紅い夕日は降り注いでいた。
赤光のカケラが、王を失くしたクロイツェル王国を染め上げる。
メイコ・シェオーリア・ルルフレーヌは、クロイツェル王宮のバルコニーから真っ赤な夕焼けを見ていた。
長い歴史を重ねて古びた石造りの手摺りに身体を預け、白い腕に頭を乗せる。
今日、“クロイツェル王国”は終わりを告げた。明日から、この国は王を持たない国になる。
ここに至るまでに、沢山の血が流れた。仲間達の屍を山と積み上げてやっと、血みどろの手で自由を掴み取れた。
「メイコ」
名を呼ばれて彼女が振り返ると、そこには青い髪のミオソフィリエ人が一人立っていた。
「カイト、抜けてきてよかったの?」
深い青の髪と、海の青をした瞳。さほど日に焼けたわけではない白い肌は、夕闇にほのかな赤色を帯びている。
彼は海を隔てたミオソフィリエ王国王子で、名をカイト・クレイモア・フェルス・ミオソフィリエという。相手は王子なのだから、本来はこんな風に対等な口を聞ける相手ではない。が、革命の主要メンバーの一人なのと本人の希望もあって、結局は今まで通りの話し方になった。革命を起こした後の細かい仕事を唯一政治に詳しい王族である彼に一任し―――仮に臨時政府を置くにしろ、何分革命の主要メンバーの大半は農民や町民。一番政治に近いメイコとて実際は戦うしか能のない剣士だ―――メイコ自身は風に当たっていた。
カイトに伝えるべき言葉があった気がする。夕日を背にしばらく考え込んだメイコは、やがてぽんと手を打った。罪深い双子が《大獄》に堕ちてからの細々した用事に忙殺され、危うく忘れそうになっていた。
「レンが、貴方宛の伝言を託していったわ」
「何て?」
「『貴方が魔女になれば、歌姫は目を醒ます』って」
「・・・それは、俺に女装しろと?」
カイトは基本的にいつも穏和な笑みを浮かべている。王女への怨みや愛する人を亡くした悲しみに顔を曇らせる事もあったが、元は人畜無害な笑顔の似合う王子だ。ちなみに、彼の故国ミオソフィリエでの人気も高いらしい。
だが、今はその笑みも凍り付いていた。いきなり訳の分からない事を言われれば誰だってそうだろう。
「いえ・・・多分、予言か占いか託宣か、そのあたりでしょう。よくは知らないけど」
「聞かれる前に言っとくと、『言葉を操る』のはクロイツェルの十八番だから俺には無理。多分メイコの占いの方が当たる。我らがミオソフィリエは水を治め、雪と氷とを纏う民だから」
各国ごとにそれぞれ違う民族が集い、比較的得意とする魔法の種類も異なる。
王族は各国の魔法をどの国民よりも得意とし、それ以外にも先天的に他国の魔法を使う事ができる。が、ミオソフィリエ王家に連なるカイトが占いをしたとしても、必然的に元々それらを得意とするクロイツェル国民に劣る。
クロイツェル、ミオソフィリエの二国はカイトが言った通りの魔法を得意とする。隣国フィステューゲンは地と植物に関わる魔法を得意とし、新しい品種の植物ができたといえばそれはほぼフィステューゲン王国で造られた物だ。海を隔てたウェステティリア皇国は、生命なき物を治めるからか武器や身近な刃物を造る職人が多い。国民達も職人気質で、風の噂では皇自身も剣を精製するという話だ。
「一応占ってみるわ。でも、期待はしないで。クロイツェルきっての予言者であり占い師であり言霊遣いの双子が残した予言だもの、どこまでできるか・・・ミオソフィリエの民なら、ここに水鏡を作れる?」
カイトがミオソフィリエの民の名で水を呼ぶ。蒼い水は夕日に淡く輝き、やがて一枚の鏡を成した。
水でできているせいか、鏡の表面は普通のそれより青みがかっている。
鮮やかなワインレッドをしたメイコの瞳が、不思議な色に煌めいた。葡萄酒をなみなみと湛えた杯のイメージ。魔力が滞りなく身体を循環している印だ。
メイコは1度深呼吸をすると、そっと手の平で鏡に触れる。
鏡に現れた波紋がそれまで映していた風景を消し、新たな像を結び始めた。
【オリジナル小説】ポーシュリカの罪人・7 ~革命の夕暮れ~
双子が寝てるので、一方その頃なポーシュリカ編。しばらく続きます。
今回はカイメイです。メイコの魔法が映すモノとは?ってカンジですが、学年末試験があるのでうpは早くても3月になります。
あしからずorz
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