黄の守り手 赤の騎士

 メイコを先頭に革命軍は王宮を進む。庭園から追い縋って来た王宮兵は全員倒したものの、共に突入した兵の半分以上が犠牲になる程の被害を受けた。メイコとミクを含めた侵入者達は剣を握り、周囲を警戒しながら足を動かす。
 落ち着きない様子であちこちへ視線を送り、ミクは張り詰めた表情で囁く。
「静か、ですね」
 屋外の騒音が聞こえる気がするだけで、王宮内は静寂に包まれている。僅かな物音一つ聞き洩らさないよう注意を払っているが、回廊には自分達の足音が響くのみ。玄関広間や途中の部屋を確認しても人の姿は無かった。
「王宮には誰も残っていないようですね」
敵がいないのなら好都合。楽観した考えを口にしたミクにメイコが冷静に釘を刺す。
「断定は出来ません。油断はなさらぬように」
 今この瞬間に襲われても不思議ではない。戦場では一瞬の気の緩みが命取りになる。敵がどこで待ちかまえているか分からないのだ。
 おそらくレン王子がいるのは玉座の間か彼の私室。そう見当を付けた革命軍はまず玉座の間を目指していた。いずれにしろ、そこを通らなければ王子の部屋にも行けない。かつて王宮に仕えていたメイコがいなければ遠回りをしていただろう。ミクも来賓として黄の王宮に入った事がある為、内部の構造を知る一行は最短の道筋で玉座の間へ向かっていた。
 庭園の守りに対して王宮内は人影が全く無い。角を曲がって長い廊下を通り、王宮を巡る回廊を進むも、未だ敵兵はおろか逃げ遅れた使用人すら見かけない。罠や伏兵を疑って物陰を覗き、念の為に天井を見上げてさえ同様だった。
 本当に王子以外は誰もいないのか。メイコの頭にも疑問がよぎる。レン王子は一人で反乱軍を迎え、黄の国最後の王族として華々しく散るつもりだろうか。
 玉座の間がある階層に到着する。歩を進めて回廊に出ると同時に、一行は立ち塞がる人影を目にした。
 黄の国の軍服を着た、淡い金髪を持つ人物が進む先を遮っている。体格は細身だが背は高く、男性とも女性とも見受けられた。手には槍のような棒。しかし刃は取り付けられていない。
 棒きれ一本で待ち構えていた人間に革命軍兵士は面食らう。反射的に剣を構えたメイコが警告を飛ばそうとした刹那。
「何だ、……っ!?」
 その敏捷さはまるで狼。軍服の人間が瞬時に間合いを詰め、棒で兵の喉元へ突きを入れる。足を崩した彼が倒れる前に、隣の兵がこめかみを打たれて意識を飛ばした。不運にも傍に立っていた兵は額に一撃を食らって昏倒する。
「このっ!」
 反応が早い兵が剣を振るい、軍服の人間は身を翻して刃を避けた。後頭部の高い位置で結えられた金髪が舞う。
「鈍くさ」
 軍服の人間が発したのは女性の声。再度攻撃を繰り出そうとした兵は思わず動きを止めた。一瞬の隙を逃さず、軍服の人間は驚愕に目を見開く兵へ鋭い蹴りを放った。鳩尾に深々と蹴りを受けた兵はたまらず剣を取り落とす。響いた金属音は膝が床にぶつかる鈍い音をかき消した。後ろにいた兵が棒で胸を叩かれて呼吸を乱される。
 メイコを除く者達が剣を構えた時、軍服の人間は既に飛び下がって革命軍から離れていた。汗一つかかずに立ち、何事も無かったかのように革命軍を見据えている。
「速い……」
 ミクは息を飲む。目の前で起こった事が信じられない。金髪が舞い踊る様しか見て取れなかった。倒れた者達も同じだろう。瞬く間に五人を戦闘不能に陥らせた相手に射竦められ、残った革命軍兵士達は一歩退いた。
「皆、負傷者を連れて下がれ」
 軍服の人間から目を逸らさないまま、メイコは部下にこの場から離れろと指示する。一斉に攻めかかっても返り討ちに遭うだけだ。限られた空間で味方を攻撃に巻き込まない配慮が必要な革命軍に対し、相手は存分に武器を振り回せる。一人なので同士討ちの心配をせずに戦えるのだ。
 取り囲む事も前後で挟む事も出来なければ、人数の多さは利点と言い切れない。しかも一瞬で仲間が打ちのめされたのに驚き、兵達は浮き足立っている。
 負傷者を含めた兵全員が苦汁の色を浮かべ、しかし命令に従って引き下がった。悔しいのは当然だろう。庭園の戦いや追撃の困難を潜り抜けたというのに、悪ノ王子を間近にして戦線離脱を余儀なくされたのだから。
「賢明な判断だね。雑魚にうろちょろされると集中出来ないから助かるよ」
 兵達の姿が見えなくなり、嫌味の無い褒め言葉がメイコに届く。いつでも手を出せた軍服の人間は、兵達が退避するのを黙って見送っていた。先程の戦闘で小さく聞こえた声は気のせいでは無かったらしく、やはり軍服の人間は女性だった。彼女はメイコの横へ目線をずらす。
「緑兵団の頭はあんただった訳か。自分の国ほったらかして一体何のつもりなの?」
 打って変わった非難と相手が見ている先にメイコは違和感を覚え、続けられた科白で疑問が解ける。
「随分と良い御身分だね。緑の国王女ミク・エルフェン」
 まさか、とメイコは顔を振り向けて確認する。視線を逸らせば即座に懐へ飛び込まれる危険があったが、金髪の女性は不意打ちを仕掛ける反面律義でもあるようで、会話の途中で攻撃を仕掛けては来なかった。
 てっきりこの場から離れたと思っていた緑の王女は、斜め後ろで正面を睨みつけている。
「王子の虎の子だから無礼が許されるとでも? 身の程を弁えなさい」
 王族を前にした物言いではないと相手を咎める。ところが金髪の女性は口調を改めずに返した。
「虎の子ね……。確かにあたしは虎の娘。的を射ているよ」
 レン王子を守る最後の壁であり切り札であるのを彼女は認め、不可解な言葉に眉を寄せるミクへ挑発的に笑みを見せた。王女への態度を改める気など皆無である。
すっ、と片手で持った棒を動かす。先端を突き付けた先は緑の王女。笑みは消えていた。
「無礼で身の程を弁えるべきはあんただよ、世間知らずのお姫様。黄の国の内乱に緑の軍隊連れて参加するなんて頭おかしいんじゃないの? 大体、兄王子を手伝いもしないで他国の問題に首突っ込んでる場合な訳?」
「これは黄の国だけじゃない、東西の、青の国も含めた三国の為よ! 悪ノ王子に味方する貴女に言われる筋合いは無いわ!」
 流暢な批判にミクは食って掛かる。短剣を構えて突撃しかけたのをメイコが押し留め、踏み出した足が下げられた。だがミクはしぶしぶと言った様子であり、金髪の女性へ怒りを向ける。
「私は絶対に許さない。カイト王子を暗殺し、彼の国を踏み荒らした悪ノ王子を! お父様も認めてくれたわ。黄の国を救うのは隣国の王女としての使命。私は当然の正義を為しているだけよ」
 語る内に自分の立場を思い出したのか、ミクは得意げ言い切る。熱い自信を溢れさせる王女は自らの口上に酔いしれているようにも見えた。ミクからは見えないがメイコは困り顔を浮かべ、金髪の女性は冷めきった目で口を開く。
「自覚無しか、救えない。救う気はないけど」
 と言うか関わりたくない。西側へ帰れ。本音を嘆息で誤魔化して黙りこみ、腕を下ろして構えを解いた。
 その瞬間、ミクが短剣を腰に据えて飛び出した。メイコが金髪の女性に集中していた為、ミクへの注意が不足していたのだ。
 制止の声を振り切り、ミクは行く手を阻む相手へ突進する。一見隙だらけの金髪の女性に剣先が迫った。
「見くびられてるなぁ」
 斜めに一歩前。金髪の女性はそれだけで刃から逃れる。宝剣が空を切ったミクは勢い余った足を止め、慌てて体の向きを変えた。余裕の表情で眺める相手が目に映る。武器を構えてすらいない。
 馬鹿にされている。羞恥と怒りで顔を赤く染めたミクが斬りかかり、今度は身を引くだけで避けられた。なおも繰り出す剣は悉く避けられて掠りもしない。無我夢中の攻撃を軽々とあしらわれ、ミクに焦りの色が浮かんだ。
 がむしゃらに振り下ろされた剣が空振る。軽く後ろへ跳んで距離を開けた金髪の女性は、冷静な口調でミクへ告げた。
「あんたは剣を使ってるんじゃなくて、剣に使われてるだけだっての」
 自分の器以上の力を手にして調子に乗っている。金髪の女性が下した厳しい評価にミクが叫ぶ。
「黙りなさい、この無礼者!」
 詰め寄って振り上げた剣は虚空を裂く。相変わらず刃は届かない。言い分や攻撃が通じないのもそうだが、人を小馬鹿にして反撃を行わないのも腹立たしい。見くびられているのはこちらの方だ。
 視界の端に長い金髪が入る。また、と苛立ったミクが向き直ると同時に、突如右腕に衝撃が走った。剣を握っていた指が緩む。
「えっ?」
 滑り落ちる宝剣を呆然と眺め、ミクは痛む右手の甲を無意識に撫でた。何が起きたのかを考える。状況を把握した時にはもう遅かった。
「箱庭の世界しか知らない人形王女が」
 軽薄だった口調から一転、比べ物にならない程低く平坦な、憤怒が色濃く表れた声に背筋が凍り付く。恐怖に震えて声さえ出せず、無意味な思考だけが頭を巡る。
 箱庭が世界の全てで、外の世界を知らない人形。それは緑の国の誰もが知っているお伽噺。それにかけた揶揄。西側の民話は黄の国にも伝わっているのか。
 首筋に鈍い衝撃。目の前が徐々に暗くなり、意識も薄くなっていく。脳裏の疑問を訊ねる事も許されない。
「あんたみたいのを独善って言うんだよ。勘違い正義の偽善馬鹿」
 ミクが気を失う寸前に聞いたのは、自分の行動を否定する冷酷な言葉だった。

 右手、首筋と立て続けに手刀を打ち込み、金髪の女性は崩れ落ちたミクを見下ろす。浅葱色の髪を回廊に広げて倒れたまま起きる気配は無い。完全に気絶しているのを確かめて、ミクではない誰かへ話しかける。
「この王女とやり合ってる間、いくらでも隙はあった」
 回廊を駆け抜ける事は可能だった。余計な戦闘を避けてレン王子の許へ行けたはず。何故そうしなかった。金髪の女性は対峙する人物へ問う。
「そうするべきなのは分かっていたと思うけどね。王女を援護しようともしなかったでしょ?」
「一騎打ちを邪魔する気はありません」
 あんなのは戦いですら無い事を理解していただろうに、返答は実にあっさりとしている。金髪の女性は詮索を諦めて「ああそう」と呟いた。
「物は言いようだね。ま、そう言う事にしておくよ」
「それはどうも」
 メイコは短く述べ、金髪の女性が携える武器に注目する。黒塗りの棒は相手の背丈よりやや短く、槍のような長柄武器に見えるが、その両端は丸く穂先も刃も存在しない。兵達が僅かでも侮ってしまったのは、剣などに比べると単純で見劣りがする武器だったからだろう。
 だがメイコは知っていた。金髪の女性が持つ得物について。
「棍。ですね」
「へえ……」
 金髪の女性は感心と驚きが混ざった反応を返す。どうやら当たりと判断して良さそうだ。彼女は後退してミクから離れ、たんっ、と床を打って棒を垂直にする。
「知ってる人がいるとは思わなかった」
「昔、父から聞いた事がありましてね。実際に使い手を見るのは初めてですが」
「そりゃそうだろうね。結構珍しいみたいから」
 黄、緑、青。三国のどこでも少数派。淡々と事実を述べて、金髪の女性は右手で棍の中央部を、左手で下半分の中程を握り、腰の位置で真っ直ぐに構えた。先端がメイコに突き付けられる。
「レン・ルシヴァニア王子殿下の侍女、リリィ」
 臆せず堂々と金髪の女性が名乗る。軍服を着てこそいるものの、彼女は兵士でも騎士でも無かったのだ。革命軍の有志達と緑の王女は王宮のメイドに敗れたと言う事である。
 リリィの本職を知ったメイコは肝を冷やす。兵を下がらせて正解だった。彼らが事実を聞いていたら当分立ち直れないだろう。大の男がメイドに負けた衝撃は計り知れない。
 メイコはリリィへ歩み寄る。倒れたミクの傍まで進んだ所で足を止めると、彼女を抱き抱えて回廊の端に優しく寝かせた。兵達が退いた時と同じく、リリィは手出しをしなかった。
「そろそろ、始めましょうか」
 メイコはミクを背後に剣を構える。レン王子に会う為にも革命を成功させる為にも、リリィと戦って勝たなければ話にならない。
「革命軍総指揮、いや……」
 自分の名を続けようとしたメイコは口上を止め、剣を握る手を胸に当てた。そして、改めて名乗りを上げる。
「黄の国元近衛兵隊長にしてレン王子の剣術指南、メイコ・アヴァトニー」
 高らかな声が回廊に響く。剣を正眼に据えた直後にリリィが駆け出した。走る勢いをそのまま乗せた棍が打ち振るわれ、鋼と黒の得物がぶつかり合う。
「流石は赤獅子さん。一筋縄じゃいかないって訳ね」
「全く、王子には驚かされてばかりですよ。あの子はいつも穿った事をして、常識や定説に風穴を開けてくれる」
「なんだ。レン様の事分かってるじゃん」
 武器を押し合いながらの世間話。会話は長く続かない。力比べなら分があると判断したメイコが剣を打ち上げる。しかしリリィは寸前で腕を引き、棍を弾き飛ばす一撃を受け流した。
 左手を剣の腹から柄を握る右手の下へ移し、メイコは踏み込みながら両手持ちにした剣を振り下ろす。軽量の棍を真っ二つに斬り折る力強い剣を、リリィは左へ跳んで回避する。
 単発の攻撃が重いメイコと、身軽さを生かして戦うリリィ。幼少期の王子に仕えた者と現在の王子を守る者の戦い方は正反対で、長所と短所を相殺し合っていた。
「だからって、はいどうぞと通しはしないけど」
 間合いを取ったリリィが片手に持った棍を真横に伸ばして道を塞ぎ、態勢を整えたメイコが応じる。
「ええ。私も易々と通れると思っていませんよ」
 互いに譲れないものがある。譲らないのならば真っ向からぶつかる他にない。負けられないのは同じだ。

 赤い騎士と金髪の侍女が再び衝突する。この一騎打ちが革命の最後を飾る戦闘であるのを、二人は考えもしていなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第49話

 パワー型とスピード型の一騎打ち。
 メイド服のままだったら革命軍の皆さん涙目です。装備が箒やデッキブラシだったら血涙だったかも。

ハク「棍と棒の違いって何?」
グミ「呼び方は違うけどほとんど同じ。分類するなら、棍は『持ち手が無くて攻撃機構が付いていない棒』堅い木を丸く削って作られてる。木製じゃないと棍とは呼ばない。
 棒は『握る所と打つ所が違う道具』こっちの方が武器に近いかも」
ハク「ややこしい……」
グミ「古代では『剣は野蛮な武器』って考えもあったから、王侯貴族は棍とかの打撃武器を持っていたとか」
ハク「刃物じゃないから血は出ないよね。危険は危険だけど」
グミ「いくらただの棒だからって、囲んでタコ殴りしたり打ち所悪かったりしたら人は死にます。『たかが棒で死にはしない』って考えは絶対に持たないように」

グミ「見た目で言うなら、孫悟空が持ってるのが(如意『棒』だけど)棍。鬼が持ってるのが棒」
ハク「説明がぞんざいになってない?」
グミ「他にイメージしやすいのが見つからない。で、棍は要するに単なる棒だから剣より強そうに見えないけど、『突けば槍 払えば薙刀 振れば太刀』って言われる位万能で、歴史は剣とは比べ物にならない程古い」
ハク「見た目シンプルなのに何なのその強さ」
グミ「前回の斧槍とは逆だね。手軽だから誰でも扱える。まあ、だからこそ奥深くて、極めるにはやっぱり修練が必要」
ハク「シンプルなものって結構難しいよね。ホットケーキとかオムレツとか」
グミ「炒飯も難しい。何でパラパラにならないんだろう……。たまにしか上手くいかない」

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投稿日:2013/06/17 21:34:47

文字数:5,673文字

カテゴリ:小説

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