「さて、皆さん」
緑絵グミが口を開いた。
踊り場にいる全員が彼女を見る。
「私には、犯人がわかりました」
どよめきが起こった。
「一体誰なの、緑絵さん」
赤原先生が言った。
「確かに、まずそこが聞きたいとお思いでしょうが、事件の整理をさせていただこうと思います」
推理小説にありがちな独特の言い回しだ。
「結月先生が階段から落ちた時、及川先生は階段にいてそのあと東階段の方に駆けていく緑の体操服の生徒を見た・・・間違いありませんね?」
「ええ」
うなずく及川先生。
「緑の体操服、というと私たち一年生の体操服と同じです。したがって、この緑の体操服を持っているのが犯人です」
先生たちがざわめく。
じゃあ、やっぱり生徒が犯人なんじゃ・・・・・。
「犯人はそれを使って犯行を行いました。そこまではうまくやった、そういうふうに思えますが、私たち一年生は今日初めてこの学校のすべての先生にお会いしました。お会いした、と言ってもほとんどの先生とは顔を見るだけです。顔を見ただけでその人を階段から突き落とそう、というのは聞いたことがありませんのでこれは違うでしょう。したがって犯人は生徒ではありません」
先生たちは露骨にほっとした表情を見せる。
う~ん、でもそういうことは・・・
「ですので、この中に犯人がいます」
先生たちの顔が凍り付く。
「ああ、もちろん私たちは入りませんよ」
「緑絵さん、なら一体誰が犯人なの?」
「もちろん今からご説明いたします」
緑絵グミが赤原先生に向かってそっと微笑む。
「赤原先生のご希望通りにお教えいたしましょう。犯人は・・・」
緑絵グミが歩いていく。その先には・・・
「あなたですね。駒村先生」
驚いて目を見開いている、駒村先生がいた。
「なんで私が結月先生を押さなければいけないのかしら?あなたたちと同じように私は今日、初めて結月先生にお会いしたのよ?」
「しかし、あなたしか私には考えられないのですよ、駒村先生」
緑絵グミは駒村先生に一歩近づく。駒村先生は一歩退く。
「理由は?なんでそう思った理由は?」
「駒村先生。あなたは及川先生が呼びに来た時、ジャージに着替えていたそうですね」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「本当はジャージに、ではなくスーツに着替えていたのではありませんか?」
「え?」
と駒村先生は思いっきり顔をしかめた。
女の子がそんな顔をしちゃだめだよ。
ん・・・・あ。そうか。
「着替えている途中だったら、どっちに着替えているようにも見えますよね」
これ、わたしね!!
「そういうことです。初音さんもそこそこいいところに気が付きますね」
と緑絵グミ。
「でもそれじゃ、なんの証明にもならないでしょ?」
「ああ。そうでした。まずそこをお見せしなければ・・・結月先生」
緑絵グミは振り向いて結月先生を呼んだ。
結月先生は首をかしげて
「何か?」
と言った。
「少し柔軟をしていただけますか?いつも部活動でしているのと同じものを」
「ええ。いいわよ」
先生は踊り場で足を開いた。ちょっとここ狭いんですけど・・・。
(そうそう先生はいつもパンツスーツを着ているそうだ。いつ転んでもいいように)
「よっと・・・」
「おおっ」
わたしはかなり驚いた。だってめっちゃくちゃ柔らかいんだもん!!
そのあと先生はいくつかの柔軟をした。どれをしてもぐにゃんぐにゃんに曲がっていたので心底びっくりした。
「さて皆さん。ご覧いただいた通り結月先生はとても柔らかく階段から落ちた程度では、大きな怪我はしないでしょう。したがってもし犯人がこのことを知っていたのであれば別の方法で結月先生に怪我を負わせるでしょう。・・・駒村先生、これで私が先生を犯人だと申し上げた理由が分かっていただけたかと思います」
その時の駒村先生の顔は青ざめていた。
駒村先生が口を開いた。
「でも、それだったら及川先生だって同じじゃない・・・」
「私、結月先生にお会いしてるわ。春休みの部活の時に・・・」
「あっ・・・」
駒村先生はしまったというような顔をし、両手で顔を覆った。
そして、
「そうです・・・私です。私が結月先生を階段から突き落としました・・・」
踊り場がざわめく。
「なぜなのか、理由を教えていただけますか?」
駒村先生は顔から手を離し、黙ってコクンとうなずき、
「私大学一年生の時に、付き合っていたの・・・今の結月先生の恋人と・・・」
「えっ」
驚く結月先生。
「付き合っていたら、突然別れよ、って・・・なんでって問いただしたら、結月先生に告白されたから私と別れるって・・・」
去っていく駒村の恋人・・・座ってただ茫然とその背中を見送るしかない駒村・・・
「そのあとをつけていったの・・・私。そうしたら相手の女なんか、顔だけが取り柄のただのドジな女じゃない!!!!!私の方が・・・私の方が、私の方が、絶対いいに決まってるのに!!!!!!!」
街を楽しげに歩く、駒村の恋人だった男とゆかり。ゆかりが突然こける。そんなことだけでも楽しげに微笑みあう二人。それを血のにじむほどに唇をかんでみている駒村。
「・・・」
結月先生は目を見開き、手で口を覆っている。
「しかし、そんなことで結月先生を階段から突き落とすのは許されません」
「・・・」
駒村先生はへなへなとその場に崩れ落ちるように座った。
「そうよね。あなたの言う通りだわ。・・・ねぇ」
「なんでしょうか」
「どうしてわかったの、私だって」
「この学校では新しく入った先生はその年の新入生と同じ体操服が与えられます。先ほども申し上げたように入学初日に体操服を持ってくる生徒はいません」
「それだけで?・・・」
「いえ、あともう一つあります。先生たちの中で一番若いあなたが入学式の後片付けをしていないなんておかしいのですよ」
緑絵グミが言い終わると、駒村先生は力尽きたように頭をガクッと落とした。
「これで、私がこの部の部長にふさわしいと認めてもらえるかしら?」
「・・・・・」
「ミク、最初に約束してたでしょう?」
ルカわたしの顔を横から覗き込む。
言い忘れていたが、わたしたちはあの後また部室に戻ってきた。
「初音さん」
「・・・・わかった、認めます・・・」
ぶ~~~・・・ああなりたかったなぁ・・・。
「ならよかった・・・ではまた明日」
「え、もう帰るの?」
「ええ」
「あ!ねぇ!!」
「ほかに何か?」
「わたし、あなたのこと、グミちゃんって呼んでもいい?」
「ええ、いいですよ」
――――――わたしはその時のやさしくきれいに微笑む緑絵グミの・・・いやグミちゃんの笑顔を忘れないだろう・・・・・・・・・・・
「なるほど、初音さん。あなたそんなことおもっていたのね」
「えっ」
「結構最後の最後まで諦めていなかったのね」
「・・・ええと、グミちゃん?」
まさか・・・・。
「あなたさっきから頭の中で考えていたこと全部口に出てたわよ」
「ええっ!!!ど、どこから!?」
「えっと、あれはまだ桜が舞っていたころていうあたりから」
「ええっ!!」
全部じゃん!!最初からじゃん!!!
「なんで止めてくれなかったの!?」
「ああ、おもしろかったからよ」
ふふとグミちゃんは楽しそうに笑った。
「もう!!グミちゃんのいじわる!」
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