悪徳のジャッジメントを題材にしたショートショート集です。
 ギャグですのでご注意を。

【PV撮影前のとある風景】
 今日は「悪徳のジャッジメント」のPVの撮影だ。珍しく真面目な曲(悪ではあるけれど)の撮影なので、僕は結構楽しみにしていた。だって普段ヘタレとかバカイトとかそんなのばっかりなんだよ? 悪でもこれくらい格好よければ言うことないよ!
「あ、カイトさん。衣装ここに置いておきますね」
 僕が楽譜を片手に盛り上がっていると、ルカがやってきた。
「ありがとう、ルカ」
 ルカが持ってきてくれた衣装を見て、僕は妙なことに気づいた。黒っぽい法服があるのは当たり前として(判事だからね)この、モーツァルトの肖像画がかぶってるようなカツラは何なんだろう?
「ルカ」
「なんですカイトさん?」
「これは何?」
 僕はカツラを手に取った。
「何って、カイトさんの衣装ですよ」
「いやだからさ、カツラはいらないでしょ?」
「え? 何言ってるんですか。判事はカツラをかぶるものですよ」
 ……は?
「それはどこの国の話?」
「イギリスです」
 ルカはさらっと答えた。ちょっと待ていっ!
「イギリスって判事がカツラをかぶるの?」
「かぶりますよ。民事では廃止されましたけど、刑事ではまだ着用が義務づけられています」
 へー、世界は広い……じゃ、なくって!
「ここは日本じゃないか!」
「でも、マーロン判事が槌を持ってるところから判断すると、舞台はどう考えても日本じゃないですし。だから、カツラぐらいかぶってもらわないと」
 嫌だあああっ! こんなんかぶったらまたネタにされるうっ!
「今じゃカツラなんかかぶる国の方がきっと少数派だよ!」
「でも、現代じゃないでしょう? ムーミンの原作の中の裁判シーンでも、裁判官役のスノークがカツラかぶってたりしますし。イメージ的にヨーロッパですから、かぶるのが妥当だと思いますよ」
 なんでそうまでして僕にカツラをかぶらせたいんだよ! これは新手のイジメか何か!?
「さ、カイトさん。時間押してるんでさっさとしてくださいね」
「絶対に嫌だああああっ!」


 この後カイトが「旅に出ます、探さないでください」という置手紙を残して出て行こうとしたため、PVは結局カツラ無しで撮影されることになったという。



【その訴えはきけない】
「マーロン判事!」
「ああ、なんだね」
「あんたは、金のためならなんでもやるという悪徳判事だろうっ!」
「そうだが」
「じゃ、なんで俺の主張を却下したんだ! 金なら払うと言ったじゃないかっ!」
「ああ、そのことか。君には悪いが私にも、譲れない一線というものがあってな」
「何だって!?」
「申し訳ないがニコニコ動画を敗訴させるわけにはいかないんだよ。何せあそこは私たちの活躍の場だからね。君がニコニコ動画に恥ずかしい動画を投稿されて、彼女に振られた上に仕事をクビになったというのは気の毒だと思うが、その主張だけは認めるわけにはいかないんだ」
「…………」



【悪徳判事の祝福を】

 どうも、こんにちは。
 ここは裁判所の中のガレリアン・マーロン判事の執務室です。僕はここの職員で、主に、マーロン判事のもとで働いています。
 マーロン判事という人は、金次第で判決を左右する悪徳判事ということで有名ですが、お金以外のことには全く興味がないので、僕としてはむしろ気楽です。何せこの国、司法全体が腐ってて、まともな判事なんて一人もいません。僕の同僚の一人は、判事がセクハラするんで先月辞めました。別の同僚は、判事が執務室に置きっぱなしにしていたヤク入りキャンディーを口に入れたばかりに、ラリってふらついていたところを逮捕され、それが原因でクビになりました。それに比べたら、僕は気楽なもんです。
 え、検察は何やってるのかって? 嫌ですね、この状態の国の検察が機能してるわけないじゃないですか。どうせ勝てないんだからと諦めモードで、最近じゃあ税金泥棒以外の何物でもないです、はい。
 まあ、僕としてはその辺のことはどうでもいいんです。とりあえずお給料もらって食べて行ければ。


 マーロン判事は現在机について、暇そうにしてます。まともに仕事してる人ならもっと忙しいんでしょうが、判決の中身がいつも金で決まる人なので、悩む必要がないんです。おかげでいつも黒字です。これで黒字ってのもどうかと思いますが。
 と、そこへ、二人の若い女性が駆け込んで来ました。マーロン判事の目が輝きます。あの人には、訪問者がお財布に見えてるんだと思います。
「マーロン判事、お願いがありますっ!」
 ああ、やっぱりこのパターンですか。まあいいです。判事のところにくる人なんていつもこんなのです。
「わたしたちを助けてくださいっ!」
 二人とも結構美人です。あのセクハラ判事ならあーだこーだ言い出してこの二人をホテルに連れ込むんでしょうが、幸い(?)マーロン判事の頭の中にはお金のことしかありません。
「で、罪状は何かね。売春か?」
「違いますっ!」
 判事、いきなり「売春か?」はないと思います。まあ、ここのところ売春の人が続いたから、勘違いしたくなるのも無理はないですが。
「じゃあ何だね、窃盗か? 詐欺か?」
 一応マーロン判事のためにフォローしておきますが、さすがに殺人クラスの重罪の当事者の顔は大体憶えているんですよ。つまり判事の頭の中では「顔に憶えがない=軽犯罪者」という図式なんです。
 女性二人はふるふると首を横に振りました。
「犯罪じゃありません。判事、わたしたち判事しか頼れる人がいないんですっ!」
 マーロン判事に向かってこんなこと言うなんて、大丈夫でしょうかこの人たち。
「判事、お願いですっ! わたしたちを、結婚させてくださいっ!」
 あ、マーロン判事がぽかんとしてます。こんな判事の顔初めて見ました。
「結婚……?」
 二人の女性は、しっかりと手を取り合いました。
「わたしたち愛し合ってるんです。だから結婚したいんです」
「でも、お役所が女同士には結婚許可書を出せないって言うんです」
「だからわたしたち、訴訟を起こすことにしたんです。わたしたちが結婚できないのはおかしいって」
「けど他の判事だと、敗訴しそうなんです。判事お願いします。お金は払いますから、わたしたちを勝たせてください」
 えーと、要するに、この二人は同性愛関係にあるそうです。そういや確かにこの国の法律では、結婚は男女と決まっていたはずですが……。
「金は払うんだな?」
「はい!」
 ずいぶんと元気のいい返事ですね。
「……じゃあ裁判をやるまでもないな。面倒だし。今ここで結婚許可書を発行してやろう」
 実はマーロン判事という人は、結構面倒くさがりなんです。法廷に座っているのすらかったるいそうです。なんでこんな人が判事なんでしょう?
「やったあ!」
「判事、ありがとうございます!」
 抱き合って喜んでいます。判事が書類を取ってこいと僕に言うので、僕は書類を取りに行きました。
 マーロン判事が出した結婚許可書をもらった二人、実に嬉しそうです。
「あ、そうだわ。式はどうしようかしら。教会じゃああげてくれないでしょうし」
「でも、裁判所の判事なら式をあげる権限も持ってるわよね」
 二人は、くるっとマーロン判事の方を向きました。
「マーロン判事、ついでですから式もあげてもらえませんか?」
「なんで私がそんな面倒なことを……」
「もちろんその分の料金はお支払いしますから」
「喜んで引き受けよう」
 ……本当に、この人はわかりやすいです。


「というわけで、君らを夫と妻、じゃなかった、妻と妻として認める。誓いのキスを」
「愛してるわ!」
「私も!」
 まあ、幸せなのはいいことだと思います。なんで判事の執務室でこんなことやってんだろうと思いますけど。


 それから数日が経過しました。たった今、マーロン判事が出勤してきたところです。
「おい、なんだあの行列は」
 判事の執務室の前には、押しかけてきた人たちが行列を作っていました。
「ああ、判事。ほら、この前『結婚したい』って言った女同士のカップルを結婚させてやったでしょ」
「そういやそんなことがあったな」
「あの二人がそのことを仲間に喋りまくったらしくて、同じように『結婚したい』ってカップルが押しかけて来ちゃったんです」
「じゃあ、あれは全部同性愛者のカップルか?」
 男同士、女同士でべったりくっついてるんだから見りゃわかりそうなもんですが。
「そうですよ」
「金さえ払えば結婚させてやろう」
「そう言うだろうと思って、この前を基準に料金表を作っておきましたよ」
「おお、気が利くな」
 まあ、判事からすれば許可書を発行して、式をあげるだけでお金が貰えるんだから悪くない話でしょう。幾ら金で判決の中身を好き放題にしてるとはいえ、裁判の間は法廷座ってなくちゃならないんですから。


 ああ、どうも。
 早いもんで、マーロン判事が亡くなってから五十年が経過しました。僕もすっかりおじいちゃんです。
 あの人が悪徳判事と言われたあげく、巷の怒りをかって焼き殺されたのは有名な話なので、皆さんご存知でしょう。司法全体が腐ってるこの国で、一人だけターゲットにするのもどうかと思いますが。まあ、僕が言うのもなんですけど、マーロン判事やりすぎたんですよね。ほら、昔っから「片方の手で奪ったのなら、もう片方の手で与えなくてはならない」って言うでしょ? 一応僕も判事に冗談めかして警告はしたんですけどねえ、判事、取り合ってくれなかったんですよね。
 で、まあ、今も伝説の悪徳判事として有名な人なんですけどね。別の方面でも実は有名なんです。あの当時、同性愛者の結婚を認めたのはあの人だけでした。だから、同性愛者の人たちの間では、ガレリアン・マーロンは、「同性愛者の守護聖人」ということになっちゃってて――教会は認めていませんが――愛を誓う時にマーロン判事の名前が出てきたり、マーロン判事の姿が刻まれたメダルを恋人に贈ったりするんです。
 世の中って、奇妙なもんですね。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪徳のジャッジメント 小ネタ集

イギリスでは実際に判事がカツラをかぶるんですよね。
http://www.bbc.co.uk/drama/judge/(これは向こうの法廷ドラマのサイトですが、感じはつかめると思います)
どなたか勇気のある方、イラストを書いてみませんか?


お金で判決を左右してくれるとなると、犯罪関係以外の人も来るんじゃないのかな? と思ったところから生まれたのが三本目のネタです。賄賂目当てなら刑事より民事の方が稼げそうな気がするんですが……。
職員の台詞「片方の手で奪うのなら、もう片方の手で与えなくてはならない」は、ネタわかる人だけ笑ってください。がめつすぎる人は嫌われるって、誰かが言ってあげなきゃいけなかったんじゃないのかな……言っても無駄でしょうが。

閲覧数:1,488

投稿日:2011/06/16 19:38:26

文字数:4,176文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 栖夏

    栖夏

    ご意見・ご感想

    こんなジャッジメントでいいのかあ!?
    「いーのだー!!」

    2011/11/17 03:55:18

    • 目白皐月

      目白皐月

      ……どうもありがとうございます。
      でも、こういう人が現実にいたらやっぱり困ると思っちゃうんですよ。

      2011/11/17 23:52:41

  • Raito :受験につき更新自粛><

    こんばんは、始めまして。ライトという通りすがりの者です。
    楽しく読ませてもらいました。ラストのネタに関してはもう耐え切れずに笑いが声になってしまいまして、妹に変な眼で見られてしまいました。^^;

    ジャッジメントの世界観ってホントにいいですよね。

    2011/06/20 22:14:57

    • 目白皐月

      目白皐月

      ライトさん、初めまして。目白皐月です。

      笑ったと言っていただけて嬉しいです。
      ジャッジメントの世界観に関しては、ネタとしては色んな解釈ができて非常に興味深いのですが、こんな人が現実にいたらイヤです(笑)

      2011/06/21 22:20:04

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