第十二話 思い出の記憶

 一度目をあけると、そこは真っ白だった。
私はここに来たことがある。

 『レン』

 誰かが呼んでいる。

 けれども、まぶたが再び重くなってゆく。

 だめだ、目を閉じてしまってはだめだ。
もう、その声を聞けないかもしれない。
もう少し、もう少しの間でいいから、私の名前を呼んでほしい。

 
 私の意識は再び漆黒の闇の中へ落ちた。



    *



 「れん、れん」

 誰かが呼んでいる。


 「レン、起きなさいよ」


 そんなに急かすものじゃないよ、今起きるから少し待っておくれ。


 「おい、レン。起きろって言ってんだろ」



 目の中に入ってくる、光が痛い。
目の前には見なれた天井と、見なれた四人の人の顔。


 「おりんさん、おかみさん――ぐみ――かいと」


 「れん、大丈夫かい。ぐみさんが運んできてくれたんだけれど」

 
 私は何をしていたんだろうか。

 そう、寿々屋に暴漢が来て、おりんさんが声を荒げて、抱きしめた。
それで、自分に牙と長い爪があって――ぐみに会って―――。


 自分の手を見る。


 至って普通の爪。


 牙も、口元に手をやってみたが、ない。



 「私は――本当に――――」



 涙が出そうだ。
己が何者なのかくらいとっくの昔、あの日に分かっていた。
分かり切っていたことなのだ。

 それを改めて突き付けられると、こんなにも、悲しいものなのか。

 私はどうしてヴァンパイアなどに生まれたのだ。

 今は、この、優しいお嬢さんと笑って平凡に奉公人生活を送れたらそれでいい。


 高望みなんてしない。




 「れん―――?」



 おりんさんが私の名前を呼んだ。

 そちらへ顔を向けるが、なぜだかよく見えない。
なぜだ。私は今目を開いている筈だ。

 頬に何かが伝ってゆく感触を感じた。

 「雨漏り、でしょうか……水が―――」


 私は、おりんさんが居るであろう方向へ顔を向けて言った。



 途端、私の体は起こされて、自分よりいくらか小さな体に懸命に抱きしめられていた。
やはり、雨漏りしている。
頬に流れる水は、止まっていない。むしろ増している。


 「雨漏りなんかじゃないよ……」


 今度はぐみの声だ。

 雨漏りじゃない。
ならどうして水がこんなに、私の頬を伝うのだ。


 耳元で、お嬢さんの嗚咽が聞こえた。
泣いているのだろうか。



 そうか。
私は泣いているのだ。



 前がにじんで見えないのも、なぜだか肩が震えるのも、皆が心配そうに見ているのも。



 私は泣いているからなのか。








 「おりんさん……こ、わくは――っないですか……」



 小刻みに揺れる声を絞り出し、訊いてみた。



 「いいえ、怖くなんっ―――て、ないわ……。言った、じゃない……っ」



 私を抱きしめる手が、一層強くなった。






 「私は、れんのこと――好きなんですよ」









 今はもう、どう答えていいか分からない。
有難うと言えばいいのか、何を言ったらいいのか。












 ただ、知らぬ間に来ていた冬が、寿々屋を軋ませて、一層涙を誘った。
庭の木はもうすぐ葉がなくなる。












 そんなことがなぜだか、とても寂しかった。
























 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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ノンブラッディ

閲覧数:173

投稿日:2012/10/08 09:26:39

文字数:1,438文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    この状況を……グミちゃんはどう思っているのだろうか……

    カイトは、なんだかんだで心配しているけど、素直じゃない感じがww

    2012/12/22 09:12:05

    • イズミ草

      イズミ草

      複雑でしょうねww
      無表情なんじゃないかなww

      カイトは後で出てきますよーたぶんww

      2012/12/22 16:50:27

  • つかさ君

    つかさ君

    ご意見・ご感想

    りんちゃん強し!、
    うっ、れんそこ変われ!!!

    2012/10/08 11:52:03

    • イズミ草

      イズミ草

      だめだめ、だめだめよっ
      そこは永遠のレンのポジションなんだからさっww

      2012/10/08 13:06:13

  • Seagle0402

    Seagle0402

    ご意見・ご感想

    待ってました、続き!
    今回のお話は、前のみたいにバトルはないけど、少しずついろんなことがわかってくる展開は一緒で、すっごくどきどきします…
    れんの過去って何があったの…?

    2012/10/08 09:43:33

    • イズミ草

      イズミ草

      お待たせしました!!
      バトル、入れてもいいんですけどねw
      苦手なんで、しかも、設定は江戸なので、入れにくいんですよねえww

      それは――、今後明かしていきますw
      もちろん少しずつ!!

      2012/10/08 09:53:50

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