鬱陶しかった梅雨が明け、水色の空にギラギラと太陽が照りつけていた。日光を浴びない体育館にいるにも関わらずおれの額から玉の汗が次々と浮かび上がり半袖の袖口でそれを拭う。しかしそれでも汗は止まらず、ポタポタと床に流れ落ちた。
 ──何故ならおれらは今バスケットボールをしていて、そのうえ他校と練習試合をしているから。
 コートを駆け回る音、ボールが変則的に弾む音、ギャラリーの歓声や応援が体育館内に響く。それらを軽く聞き流しながら追うおれの視線の先に、敵チームの選手がボールをダンダンと弾ませゴールへ走り出した瞬間、味方チームの選手──がくぽの伸ばした手によってボールをスティールされたのだった。取られた選手は驚きと悔しさを入り混ぜた表情でさっきまで持っていたボールの行方を目で追った。
 ボールはまだ床についておらず、徐々にそのカーブを落としていく。大丈夫、まだ手を伸ばせば取り返すことが出来る──。そう思ったのか彼は手を伸ばした──が、それは誰よりも早く味方チームの一人──カイトが取ることによって叶わなかった。取り返すことに失敗した彼の顔が苦痛に歪む。

「グミヤ!」

 カイトがボールをおれへとパスしてきた。おれはそれを受け取ると、

「──サンキュ、カイト」

 おれは膝を屈伸して大きく跳ぶと、ボールを持ったまま両腕を上に伸ばし、ゴールへと投げた。ボールは吸い込まれるかのように大きな弧を描いてゴールへと入り、ネットを通過した。次の瞬間試合終了をお知らせするブザーが鳴り響く。その音におれは弾かれたようにスコアボードを見た。
 スコアボードには「62-59」で、おれらが勝利した。
 思わず柄になくガッツポーズをしそうになったそのとき、背後から誰かの手が伸び、おれの頭を掴んできてグシャグシャと撫でてきた。こんなことをしてくる奴はただ一人しかいない。おれは後ろを振り返らずに奴の名前を呼んだ。

「何すんだよカイト。せっかくのおれの髪が乱れちまうだろ」
「おいおいwww今更髪のこと気にしてたって意味ねーだろwww」
「あ゛? あるに決まってんだろーが。お前と違っておれはモテるんだよ」
「うわ何その自慢www」

 コイツの喋り方におれは芝刈り機でその草を刈ってしまいたい衝動に駆られた。なんとか我慢するもイライラだけが募りおれはキッとカイトを睨みつける。しかしカイトはそれさえも「おーコエーwww」と草を生やしたのだった。一体何なのだこの悪循環は。
 いっそのこと芝刈り機で殺してしまおうか、と考えたそのとき、

「グミヤ、お疲れ様」

 愛しい彼女の声でおれは現実に引き戻され、考えていた顔を上げると、視界が捉えたのは熱気に包まれた体育館の景色でも愛しい彼女の顔でもなく、真っ白な≪何か≫だった。
 ベッチャァ! と音ともに柔らかい感触がおれの顔を襲い、おれの視覚を奪った。やがてズルズルと≪何か≫がおれの顔からゆっくり滑り落ちると、開けた視界が右手を某バスケ漫画の影薄いっ子の得意技みたいに構えて無表情で立っているレンカと、腹を抱えて笑い転げているカイトを映した。
 カイトの下品な笑い声と、体育館内にいる人達がクスクスと笑う声が響く。おれは怒りも、驚きもせずただレンカを見つめた。レンカも無表情のままおれを見つめ返す。まるで睨み合いかのように続くそれは、意外にも早く終幕したのだった。

「──誕生日おめでとうの、顔面パイ」
「いやオカシイだろそれ!」
「ぶっはwww彼氏に顔面パイするとかwwwレンカちゃんマジ勇者wwwもうwwwおれを死なせる気?www」
「カイトお前は黙れ。っていうかもう二度とその口を開くんじゃねー」

 会話に草を生やすカイトにおれはとうとう我慢できなくなり蹴りを鳩尾に喰らわせた。しばらく動けないカイトを尻目に、おれは今度こそこんなことをした張本人であるレンカに向き直った。キッと睨むがそれでうろたえたりするレンカではない。

「……なんで、いきなりこんなことしてんだよ。おかげでカッコいいおれの顔が生クリーム塗れなんだけど」
「ぶっはwww自分でカッコいいとか言うとかナルsh」
「黙れバカイト」

 ちょっ、おれこれでも学年2位なんだけど! と叫ぶカイトを再び蹴りで黙らせる。しかしコイツ復活早いな。そのまま死んじゃえばいいのに。

「──さ、馬鹿は黙らせたことだし……言い訳を聞かせてもらおうか」
「……言い訳ってわけじゃないけど」

 レンカは悪びれもなく、

「カイトが『誕生日プレゼント? そーだなー、顔面パイとかどう?www』って──」
「バッカイトォ──ッ!」
「フンギャアッ!」

 レンカの言葉を皆まで聞かず、おれは床に倒れこむ馬鹿の鳩尾に踵落としをお見舞いした。踵落としが見事に決まって尻尾を踏まれた猫のような声を上げるカイト。さらにカイトの首に腕を回すと、ぐいぐいとホールドした。カイトの顔が青白くなってきている気がするが、おれはそれに構わず続けた。むしろそれ以上にやんなきゃ意味がない!

「グミヤ、これ以上やったらカイト死んじゃうよ?」
「──いいんだよこんな社会の塵一個が死んだって」
「ヒデェ……」

 ホールドをかましても尚喋れる馬鹿を黙らす最後のダメ押しとばかりにおれは馬鹿の鳩尾にグーパンチを入れた。「ぐっ」と呻き声が漏れ、馬鹿は完全に気絶したのだった。
 おれは立ち上がって手をパンパンと払いながら一つ溜息を吐いた。……ハァ、何やってんだろおれ。
 憂鬱感でもう一回溜息を吐きそうになったとき、スッとレンカが濡れタオルを差し出して、

「……これ使ってよ。いつまでも生クリーム塗れなのなんか可哀相だから」
「……誰のせいだと思ってんだよ」

 色々言ってやりたい気持ちをグッと堪え、代わりに、まあでもサンキュと濡れタオルを受け取って顔に当てた。

「…………」
「生クリーム、全部落ちたよ」
「ああ、そう」

 いつの間にかおれへのイタズラ()にクスクスと笑いやがっていた奴らはいなくなり、体育館内はおれとレンカと馬鹿だけになった。
 いつも通り喋らないレンカと、彼女が喋るのを待っているおれの間に長い沈黙が訪れた。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………」
「……その……ゴメンね、色々。ただ、やっぱり印象に残るような誕生日にしたくてさ……」

 その沈黙を破ったレンカが珍しく恥ずかしげに朱色に染まる頬を掻く。おれは、申し訳ないと思ってるのなら最初からやってほしくないのだが、という言葉を寸でで飲み込み、

「……まあ、印象に残りすぎる誕生日だったよ……」

 と皮肉じみた感想を言った。
 ……でもフツーに良かったかもしれない。原因である馬鹿は気絶させたから気ィすんだし。

「あ、そういえばわたしの誕プレはそのタオルね」
「え、これなの!? パイじゃなかったの!?」
「パイは前座だよ。わたしが誕プレをパイだけにするわけないじゃん」
「そりゃあ、パイだけだったらヤダけど……塗れタオルにして渡すってどうよ……」


 *


 今日の練習は一段と厳しかった。地獄でも見ているのかと思ってしまうような練習内容。そのうえ燦然と照りつける太陽があたし達部員のスタミナとメンタルをじりじりと削っていく。ちなみに終盤には天国のじっちゃんとばっちゃんが一瞬見えたのだった。
 そして部活から無事帰ったあたしは、女子高生というブランドも忘れて帰ってすぐベッドにダイブしたのは言うまでもない。ベッドはまるで「さぁ、ゆっくり羽を休め!」と言っているかのように投げたあたしの身体をぼふっと受け止める。普段のあたしなら制服に皴が出来ちゃうからこういうことしないが、地獄でも見ているのかと思ってしまうような以下省略──の部活によって見も心もくたくたなあたしは、そんなことも気にせずしばらくベッドに身を委ねていた。
 チラッとベッドに備え付けの時計を見る。アナログの時計には短い針が6と7の中間、長い針が7と8を示していた。するとあたしのお腹から「ぐーっ」と腹の虫が鳴いた。
 そういえばお腹空いたなーでも動きたくないなーっていうか動けないなーああ疲れたなー明日も学校あるとかマジありえないなー宿題なくてよかったなーはあお腹空いたよどうしようかなーなんか眠たくなってきたしなーこのまま制服に皴出来ちゃうから動かなきゃなーああでも動けないなーああ眠い、な──



「…………」

「…………」

「……んっ、よく寝た……あ」

 目を擦りながら身を起こし、制服のまま眠ってしまったことに気がつく。ああ、ついウトウトして眠っちゃった! 傍にあったケータイで時刻を確認すると、「6/25 23:56」と示される。

「はぁ、スグに着替えなきゃ……って、ん?」

 そこまで言いかけ、あたしはバッと後ろを振り返った。あたしの後ろにはちょうどこの部屋に一つしかない窓がある。あたしはいつも窓を開けっぱなしにしているため、掛けていたカーテンが風で揺れていただけだった。
 ……今、なんか人の気配がしたような気がしたんだけどな……
 気のせいか、と揺れるカーテンを見つめながら着替えを始めようとしたそのとき、突然カーテンがバッと開け放たれ、金髪の少年が夜の月をバックに現れた。

「──よう、グミ」
「!? きゃあァ──ッ! 泥棒がでてきふぁむぅ!?」
「シーッ!」

 あたしが悲鳴を上げると、泥棒(?)が部屋に上がりこんできてあたしの口を塞いできた。抵抗しようとあたしは泥棒(?)の頭をポカポカと叩く。あたしの口を塞いでいるせいで防ぐ術がない泥棒(?)が「痛ッ、ちょっ、グミ、待っ」と訴えてくる。……ん?

「……レン?」
「そうだよ! お前一体今まで誰だと思ったの?」
「泥棒」
「ヒデェなオイ!」

 あたしが叩く手を止めると、泥棒──もといレンが恨めしそうにあたしを見てきた。いや、元はといえば貴方のせいですから。……いや、それよりも!

「一体何処から上がりこんできてるの!?」

 そう、窓から現れたということは、レンは窓からやってきたということになるのだ。確かここは2階のはずでは!?

「別にウルトラスーパーデラックスジャンプしたわけじゃねーよ。梯子使って上ってきただけだ」
「ああ、そういうこと……」

 窓枠に手をかけ下を除いてみれば、確かに梯子がぽつんと壁に掛けられていた。「…………」あたしは半ば呆れながら梯子からレンに向き直ると、今度はレンが質問してきた。

「お前こそ、なんで制服のままなんだよ」
「ああ、実は制服のまま寝ちゃっててさ……」
「ふーん、お前らしいな」
「何それ!」

 あたしらしいって何よ! と詰め寄ると、レンはワリィワリィと心のない謝罪の言葉を並べる。

「っていうか別によくね? おれ達付き合ってるんだし」
「だからって不法侵入していい理由にはならないと思う」
「あーもううっせーなー」レンはガシガシと頭を掻き、「──それじゃあ、わざわざ不法侵入してまでお前に会いに来たのか教えてやろ──」
「え? あたしの誕生日お祝いしに来てくれたんでしょ?」
「嘘だろ! なんで分かった!」
「もちろん勘」
「勘かよ!」
「はーい、あたしの誕生日のお祝いの言葉が『勘かよ!』なんだねー」
「あ」

 アナログ時計の針はどちらも12時ちょうどを指していた。
 レンがしまった、という表情を顔をするが、もう遅い。それにしても最初の言葉が『勘かよ!』なんて……

「これはもう、愛しの彼氏に大切にされてないでOK?」
「うわあああああ愛してる! メチャクチャ愛してるから!」
「はぁ、あたしは所詮愛されてないというのか……」
「ちょっ、マジでゴメンって、遅れたけど誕生日おめでとううううう!」
「はいはい分かった分かった。お願いだからもうちょっと静かにしてくれる? じゃないと親が起きちゃうでしょ?」

 すると、レンはピッタリと喚くのを止めた。おお、何か凄いぞこれ。それじゃあこれはどうだ。

「とりあえずベッドの上で正座して」
「はいィ!」

 あたしの命令コンマの速さでベッドの上で正座をするレン。その光景に内心ゴロゴロと転がるぐらいに笑いながら、だが済まし顔であたしはベッドの上に腰掛けた。二人も一緒に乗っているためか少しだけベッドが軋む。
 そのことに気にせず、あたしはレンに詰め寄るように訊いた。もちろん訊くことといえば──

「ねえ、そういえばあたしへの誕プレって何?」

 ──誕生日プレゼント以外に何があるというのだ。
 レンは思い出したかのような表情をしたかと思えば、次の瞬間、一気に顔を赤くした。しかも正座したまま顔が赤いので結構シュールだ。

「あ、えっと、それは、だなぁ……」

 顔を赤く染めたレンの口からは歯切れの悪い言葉が出て、彼は顔を俯かせた。もしかしてプレゼントないの? と一瞬思ったが、だとしたら顔を赤くする理由がわからない。

「~~ッ! ……グ、グミっちください!」
「──ッ!」

 レンは声にならない声を上げ、意を決したかのように顔をバッと上げると、突然某バスケ漫画のわんこモデル()を思わせるような言葉(いや、告白!?)を告げ、そのままあたしの口にキスをしてきたのだった。今度はあたしが声にならない声をあげた。
 キスしてきたのは1、2秒ぐらいだった。キスをしてきた彼の顔はトマトみたいに真っ赤だったが、きっとあたしもそれと比にならないぐらい真っ赤になっているだろう。

「……レ、レンッ、いきなりッ、何をッ!」

 だが、あたしの言葉にレンはスルーし、

「彼女を祝うのが彼氏の仕事っスよね」
「おい──」
「今言わなきゃ、彼氏じゃない」
「ちょっと──」
「もし言わなきゃ、絶対後悔する。だって」
「それって──」
「おれ、グミ……好きなんスもん」
「わんこモデル()の名言のパクリじゃんかそれ!」

 あたしは思わず枕をレンの顔面めがけて加速させた。枕は至近距離だったためか見事にヒットした。

「痛ェなオイ! こっちはわんこモデル()の真似をしてやってるのによぉ!」
「だからって何でわんこモデル()!? あたしが好きなのは悪童なゲスなんだけど!」
「え、マジか」
「知らなかったの!?」
「知らなかったよバァカ」
「そうそうそれそれ!」

 その後、レンから誕プレに綺麗な指輪を貰いました、まる。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【GUMI誕】結論:こいつらはバカップルだ

[投稿日時:6/29]

遅れたけど愛はあるんですよっ!(`w´●)
最初はフツーのレングミを書いていたんですが、それ途中で全消ししてもう好き勝手書いたらこうなりました☆-(ゝω・)←

前半がツンデレナルシグミヤ君とクーデレレンカちゃん、
後半が何処かがズレてるグミちゃんとレン君です!
 ■
最初が何故かグミヤ君です。彼誕生日違うでしょとか言っちゃダメ。だってレンカちゃんが好きなんですよ切実に(

何故レングミかって? それはもちろん私が好きだからだよ!((
 ■
あと某バスケ漫画のネタが入ってるのは、最近私がコレ好きだからです(((ぇ
順位をつけるなら1位:ビビリ君→2位:わんこモデル()→3位:悪童なゲス、(*`・ω・)ゞデシ←

前半がバスケなのもそれのせいです。
だけどわかりにくかったらゴメンなさい。
なんせ文才がないものですから……orz
 ■
反省はしてますが、後悔はしてません(`・ω・´)キリッ(((ぉぃ
とにかくグミちゃん、誕生日おめでとう!(遅刻)

閲覧数:274

投稿日:2013/06/30 22:59:07

文字数:5,970文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • しるる

    しるる

    その他

    前半のカイトの草関連のネタ、おもしろいですね! これはいつかマネするかも←
    でも、私はやっぱり、後半のグミちゃんの方が好きでしたw
    レン×グミって、珍しいと私は思いましたw

    んー、某漫画がわからないんですけどねw
    それはあれでしょ?くろこの……?
    私たちの世代はスラダン……ですからね←スケ団じゃないw
    まぁ、スラダンもわかんないんですけどね←

    アイテムは今日の正午にスレにて発表しますw

    2013/06/30 06:41:15

    • 雪りんご*イン率低下

      雪りんご*イン率低下

      前半のカイトは、思いっきりウザくしようと思ったら草が生えました!www(芝刈り機
      どうぞどうぞ真似しちゃってください! あ、ついでにコレも…… つ【芝刈り機】←
      私も後半のほうが愛を込めた気がします。あ、「気がする」ですからね?(
      私はレングミ派なんです。レンリンも好きっちゃ好きなんですが、近親相愛? になるので、ちょっと……(?A?;)

      そうですよ! 某マンガはkrknbskです! krkくんとkgmくんがkskの世代を戦うやつです!
      スラダン……は名前は聞いたことありますが読んだことありません。
      「諦めたらそこで試合終了ですよ」は知ってるんですが((
      スケ団はアニメで見てましたry

      わーい! 楽しみにしてますね!ヽ(゜∀゜)ノ

      2013/06/30 10:39:57

オススメ作品

クリップボードにコピーしました