国連会議への出席で訪れたニューヨークで、友人である結月ゆかりと再会した巡音ルカ。その後、彼女はアルと名乗る捜査官に狙われ、命の危険に晒されたが、ゆかりたちの助けによって事無きを得る。しかしアルは、自分の立場を利用して国家権力を行使し、再び彼女を消そうと企む。逃げ場が無くなったルカたちは、ゆかりの友人である兎眠りおん、そして自身の恩人のスイート・アンに助けを求める。
だが獲物を仕留めようとする狩人は、すぐそこまで来ていた。車で逃げる彼女たちに、刻一刻とタイムリミットは迫っている。ゆかりは携帯電話を手に持ち、電話帳を開いた。
「アンさんに繋げます。少し待って下さい」
(今の私にとって、アンさんが最後の頼みの綱…)
ニューヨークから少し離れたワシントンのホワイトハウスに、ゆかりからの緊急連絡が入る。アンの部屋に扉のノックを忘れた秘書官が、慌ただしく飛び込んでくる。
「…アン様、結月ゆかり様より緊急の連絡が届いております!」
「あら、ミセス結月から?」
「はい、そちらのお電話に回線を繋ぎます」
アンは飲みかけのコーヒーカップを机に置き、目の前にある固定電話の受話器を手に取った。
「はい、アンです」
「よかった、出て下さって……アンさんお久しぶりです。結月ゆかりです」
「ハロー、ミセス結月。お久しぶりね」
「私のことは、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ勿論。お付きのミセス瑞希と一緒にここへやってきた、あの頃が懐かしいわ」
「その節は、本当にありがとうございました」
「ルカのフレンドだもの、助けてあげない訳にはいかないから」
今から1年ほど前に、アンは平和統括理事会から追われる身となっていたゆかりたちを受け入れ、アメリカへの移住の手助けをした。そしてゆかりたちに十分な衣食住を与え、身の安全も保証してくれた。ゆかりにとっては、ルカと共に自分たちを支えてくれた、かけがえのない恩人だった。そんな彼女なら、必ずルカを助けてくれる。ゆかりはそう考えていた。
「アナタからの緊急の連絡なんて、初めてだわ。何かあったの?」
「…今、ルカさんの身に危険が迫っているんです!」
「どういうこと? 話してちょうだい」
ゆかりは自分たちが捜査官のアルによって追われる身になっていること、そして彼らがルカを消そうとしていること。自分の知っている全てを伝えた。それを聞いたアンは、一刻も争う事態だというのを察知したのか、額から冷や汗を流した。ついに敵が、ルカに牙をむいたのだと。
「彼は捜査官としてではなく、裏で何者かによって依頼された刺客として、ルカさんを狙っているようです」
「…なるほど。あのルカをターゲットにするとすれば、MARTを邪魔に感じている連中に違いないわね。分かったわ、今すぐFBI本部と国防総省へ、アル・トーテンコップとその仲間を拘束するように伝えるわ」
「お願いします。今の私たちには、あまり時間が残されていないんです…どうかルカさんを助けて下さい!」
「任せて。でもミセスゆかり、ルカの側にいるアナタの協力がないと助けられない」
ルカのためなら、何も躊躇わない。ゆかりは本心からそう思っていた。だが今の状況では、アンのような信頼できる相手に頼るしかない。そのアンも協力を惜しまないつもりだったが、さすがの彼女でもゆかりの力がなければ何もできない。そのことを、ゆかりに伝えた。
「証拠が必要なのよ。アル捜査官の不正が明確に分かるものが。それがないと、私たちは迂闊に動くことはできないわ」
「証拠…それなら用意できます!少し時間を下さい!」
「分かったわ」
そう言ったゆかりは、パソコンに表示されている兎眠りおんの画面を拡大した。するとりおんからアルについての調査が完了したサインが出ていた。それは依頼してから、わずか数分の出来事だった。
「ゆかりお姉様、聞こえますか?」
「聞こえるよ、りおんちゃん。驚いたわ…もう終わったのね!」
「いえ、片手間に私のバグを直しながらやってたからちょっと遅れちゃいました。エヘッ…」
「そういえば、さっきの幼げな口調が直ってるね」
「でしょ~? ゆかりおねーさま…ってあれ?」
りおんは自分のバグを直しながら、捜査官のアルについてあれこれ調べ上げていた。その内容は表の経歴から、内部の人間でも知らないような裏での汚職犯罪の数々まで、何もかもが洗い出されていた。
「それでゆかりお姉様、今調べていたアル・トーテンコップ捜査官についてなんですけど…」
「どうしたの?」
「この人、表向きはFBI捜査官らしいですが、どうも世界各地の様々な組織と内通しているようですね」
「やっぱり…」
「しかもその内通している組織の中には、あの平和統括理事会もあります。それでアル捜査官とは、かなり深い結びつきがあるみたいです」
「だからルカさんを狙ったのね…!」
「恐らくそうだと思います。ゆかりお姉様、今から私が調べ上げたアル捜査官のデータを送ります。電子記録によるものだけですが、不正の証拠もその中に押さえてあるので、これを誰か信頼できる人に渡して下さい。それで告発すれば、ルカさんを助けられるかもしれません!」
「ありがとう、りおんちゃん!」
画面の向こうで、りおんはグーサインをしていた。彼女のおかげで得た証拠は、本当に貴重なものだった。このデータの中身はアルにとって最大の弱みであり、大きな対抗手段だった。アルの実態の全てが詰まったこのデータを、一刻も早くアンの所へ送らなければ…ゆかりはそのことで頭がいっぱいだった。
「よし、これをアンさんに送れば…」
¨送信シマス。オマチクダサイ¨
「ゆかりお嬢様、あれを! 空に警察のヘリコプターが…!」
海岸方面の上空から何かが高速接近してくる。警察のヘリコプターだ。窓からは大きな銀色の筒が覗かせている。その中には例の捜査官がいた。
「ハハッ、見つけたぞ! 巡音ルカーッ!!」
「おいでなさったわね、アル捜査官。でも、もう少し遅く来てくれた方が嬉しかったわ」
捜査官アルはルカの姿を捉えるや否や、叫び声を上げる。ヘリコプターは車に寄り添う形で接近してきた。アルとルカ、対するお互いの目線が合う。
「さっきは見事な脱出劇だったな!だが今度こそ、あんたには消えてもらうぞ!」
「ふん、貴方にあげられるほどこの命は安くないわ!」
「ハッハッハッハッ! だからこそ殺りがいがあるもんだ!これから俺の¨マスター¨のために死んでくれるあんたへの責めてもの礼だ。あんたとその仲間共々、派手に火葬してやるからな!」
「悪いけど、棺桶に入るのは私じゃなくてアル捜査官…あなたよ!」
「ほざけ!」
ここで車とヘリコプター、互いのスピードは一層速さを増す。瑞希の運転する車は、これまでにない速度でニューヨークの街中を走っていた。信号が赤になっている交差点を走り抜けるリムジンに、無数のクラクションが鳴り響く。だがそんなことに、なりふり構ってはいられなかった。
「飛ばしますよ…お2人とも、しっかり掴まってくださいね!」
「ヤツら、速度を上げたぞ! 併走しろ、振り切られるな!」
パイロットに指示を出したアルの頭の中は、巡音ルカを必ず仕留めるという執念に満ちていた。
「もう少し、もう少しでアンさんの元に転送が完了する…!」
「…アル捜査官、あなたの目的は一体何なの?」
「今更言わせるな! あんたを殺して、血みどろの晒し首に上げてやるんだよ!」
「最初に会った頃の振る舞い方が、まるでウソのようね…それで、私を殺して何になるの? ご主人様から私の首にかかった、お高い賞金でも貰えるのかしら」
「ハッ、金なんか問題じゃねぇんだよ! あんたはなぁ…俺にとっても俺のクライアントにとっても、邪魔以外の何者でもないんだよ!」
「言ってくれるわね…じゃあ、そんなあなたの大嫌いな邪魔者の力を、見せてあげようかしら」
アルはライフルを構え、揺れるヘリコプターの中でしっかり銃身を定めた。そしてスコープを覗き、狙いをルカに向ける。今引き金が引かれてしまえば…するとルカは走行中の車の屋根に登って、アルの方を向いた。桃色の髪が強烈な向かい風でなびく中、手を胸に当ててゆっくりと深呼吸をした。ひたすらパソコンを打ち込んでいたゆかりは、ルカが隣にいないことに気づいて驚いた。
「…あっ! 何をしているんですかルカさん!? 危ないですよ!」
「あいつ、何をする気だ!?」
(…私の大切な友達に、手出しはさせない)
そして次の瞬間、ルカの口から透き通った声が辺りに響き渡った。それはいつものクールでハスキーな感じの声からは、想像できない歌声だった。
¨ラララララ・・・¨
「これは…」
「綺麗…まるで心が洗われるような、美しい声ですね」
彼女がなぜ歌い出したのかは分からないけれども、この状況で思わず聞き入ってしまう2人。だが決定的におかしい反応をしている男がいた。
「うっ、あ…頭が…!」
「…どうしました?」
突然苦しみだしたアルにヘリコプターの搭乗員が容態を確認しに来たが、彼はその手を振り払ってもがき苦しむ。
その異変にゆかりも気づいたが、アル以外の者たちは不思議にも、どうどうもなかった。
「アル捜査官の様子が…これは一体?」
「…くそっ! 頭が…割れそうだ…!!」
¨ラララララ・・・¨
察するに今、周りに聞こえているこのルカさんの歌声の中にある特殊な音波、それが彼を苦しめているのだろう。ゆかりはそう推測した。歌はしばらく続いた。このままアルが音をあげるまで続けるのか、あるいは…と思った次の瞬間だった。
「畜生…! このクソッタレが…!!」
(この男…まだ…)
歌声の音波で、まともに立てることすらままならない状態のアル。だが覚束ない手で、再びライフルを撃とうとしていた。
「ルカさん、危ないっ!!」
「…今のあなたでは、私を撃つことはできないわ」
「…消し飛べーっ!!!」
大きな対戦車ライフルは、まともに狙いが定まっていない状態で火を吹いた。もはや暴発とも言えるだろうか。その弾丸はルカの脇を逸れて、車の右後ろに当たった。衝撃で車はバランスを失った。
「ルカさん!!」
「きゃあっ…!」
ルカは危うく落ちそうになったが、気合いで屋根に張りついた。左に右に揺れる車は、瑞希のハンドル捌きで何とか体勢を立て直した。通常運転に戻って間もなく、併走していたアルのヘリコプターの速度が急に遅くなった。その距離はだんだん開いていき、とうとう見えなくなった。どうやら追跡を中断したようだった。ようやく一息つける。緊張から束の間の解放を得たルカは、やれやれといった様子で車内に戻っていった。
「…This country」(まったく、この国は…)
車内では物が散らかっていたりはしたが、幸い瑞希とゆかりの両名ともケガはなかった。ゆかりはルカの安否を確認するや否や、いきなり抱きついてきた。
「ルカさんっ! ああ、無事で本当によかった…!」
「ちょっ…ゆかりちゃん」
「もう、本当に心配したんですから…!」
「ふふ…大丈夫よ。さっきより危ない経験をしたコトなんていくらでもあるもの。このくらいでは死なないわ」
「巡音様、私のドライビングテクニックは、いかがでしたか?」
「もう最高。おかげさまでアスファルトに叩きつけられなくて済んだわ」
とりあえず一難去ってホッとした三人。そうこうしているうちに、アンへのデータ転送も完了していたようだった。これでアルの実態が、白日の下に晒されることになるだろう。
「アンさんへのデータ転送が完了しました。これであの人も終わりです」
「ありがとう…みんなの助けがなかったら、私はここにいなかったわ」
「私、とても嬉しいです…これでルカさんに、また1つ恩返しができました」
「そんな、もう十分過ぎるくらいよ…それにゆかりちゃん、まだ油断はできないわよ」
「えっ…?」
ルカがそう言った後、前で運転していた瑞希が何かに気づいた。それは何気なく見たバックミラーに映っていた。瑞希は思わず声を上げる。
「はっ、あれは…!」
「どうしたの、瑞希ちゃん?」
「お嬢様、後ろを…!」
アルの襲撃から逃れて間もなく、再び追っ手が現れた。ゆかりたちの背後にいるのは黒の覆面パトカー。サイレンを鳴らしてこちらに迫ってくる。一難去ってまた一難。どこもかしこも敵だらけ。もはや彼女たちに、安息の時は訪れないのだろうか……
「VOCALOID HEARTS」~第26話・夢を紡ぐ者たち~
今日は、オセロットです!
約2ヶ月ぶりの投稿になりましたが、これでは最終話がいつになるやら、分かったもんじゃありませんね←
それでも見て下さっている方はいるのでしょうか…?
それはさておき、今回の26話はルカ編の第3話でした。次回、執拗に狙うアル捜査官(変態ストーカー)との決着!
…ん?何かがおかしい?
前回の25話でメッセージ、ブックマークして下さった皆さんありがとうございました!
特にブックマークして下さった方が多かったので、とても嬉しかったです。
大学受験も終わったので、更新頻度を上げていきたいと思います!
…そうは言っても、実行した試しがない自分←
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ご意見・ご感想
enarin
ご意見・ご感想
今晩は! 早速拝読させていただきました!
いや~、アルの執念深さ、まさにハリウッド映画の悪役そのものです! 今回はルカさんの歌声で退散しましたが、次出てくるときは、耳に”波長変更装置”(ルカの歌声対策)でも付けて、更に凶悪な武器を持って、リベンジしそうですね!
そしてアンさん、さぁ、この難局、どういう形で協力するのでしょうか? 楽しみです
それにしても、ルカを狙う敵達は、表の世界でも顔が利き、ウラの顔は暗躍、と、まさに敵役として存分に活躍してますね~。
さて、ルカさんの歌声、普通の人だと綺麗な声ですが、アルなどが聞くと攻撃になる、格好いい設定ですね! ルカさんには、殺傷兵器ではなく、こういう攻撃が一番似合うと思うんです。
続きも楽しみにしてますね!
P.S 大学受験も終わったようで、なによりです。これから超寒くなりますので、ご自愛下さいませ。ではでは~♪
2012/12/04 18:52:46
オレアリア
enarinさん今晩は!
お返事が遅れてすみませんでした、メッセージありがとうございます!
ええ、もうアルは正にハリウッド映画に出てくる悪役みたいな執念深さですね…悪く言えばしつこいというか←
流石のルカさんも、またこんなストーカー捜査官が現れたら、もう呆れるしかないでしょうねw
波長変更装置ですか…!抜け目のないアルなら、再び現れた際に歌声対策もバッチリで来るやもしれないですね。んでもって更に武器も凶悪になって…それはマジたまりません←
カイト達も含め、戦う相手や襲ってくる敵はみな強大な組織や国家レベルのものばかりです。(何故か)
それで例え手強い連中ばかりでも、決して怖じ気づいたりはしない。MARTのメンバーは一様に固い意志を持っています。
ルカの最後の望みになったアン、彼女からの助けはやってくるのか?そして間に合うのか…次回にすべてが描かれます。
僕もルカさんはピストルやレーザーとか、とにかく物騒な武器を振り回すロボットじゃなくて、こういったボーカロイドらしい「歌声」を武器にする感じが似合うと思っています!
追伸のお心遣い、本当にありがとうございます!こちらも昨日、雪が降って今月一番の寒さになりました。自分も体調管理にはしっかり気をつけたいと思います!
2012/12/09 00:43:12
tamaonion
ご意見・ご感想
こんばんは。はじめてコメントさせて頂きます。
読ませてもらいましたが、たいへん面白かったです。
26話ということで、全体は長編なのでしょうか。
今回読んだのは途中からということになりますが、テンポが良く、面白かったです。
戦いの描写の、間の取り方も、読んでいて引き込まれて、良いと思いました。
行間を開ける書き方も、独特ですね。
ウェブでは読みやすいと思いました。
機会があれば、じっくり全体を読みたいと思います。
それでは、失礼します。
2012/12/02 20:37:16
オレアリア
tamaonionさん、初めまして!
以前からフォローさせていただいていたのに、一言も声をかけずに申し訳ありませんでした(汗)
いやいや、そんなお言葉を言っていただけるなんて恐縮です…!
本当に嬉しい限りです!
はい、26話で全体は長編になります。それでも更新ペースが遅すぎて、一向にストーリーが進まないのですが…
自分の書き方や文体はまだまだ改善しなければいけないなと感じているのですが、tamaonionさんが評価して下さって自信がつきました!
行間の取り方も携帯からの投稿なので、ウェブからはどんな感じか分からなかったのですが、読みやすくて良かったです。
過去の投稿作品も恥ずかしながら、分かりにくくて稚拙なものが多いですが、また見てやってくださいw
良ければまたtamaonionさんの作品も拝見させて下さい!メッセージの短いお返事、失礼しました。
2012/12/04 00:18:20