もしも亞北ネルという女が、世界のモデル界を魅了するプロポーション抜群の超絶金髪美少女アンドロイドアイドル、なんて存在だったら、どれだけ良かったか…想像していたら、アホらしくなってくる。

 そんな妄想じみたことを考える私は、毎日のように街の警備や要人警護とかの仕事をしている。でも、それは普通の警察活動を行う組織とは少し違って、一都市の軍事防衛を兼ねた「軍警察」とでも言えるか。この軍警察は、通称「AMP」と呼ばれているんだけど、東京の湾内にある大きなアンドロイドの居住区っていうか、特別行政地区っていうか…ああ、も~ややこしい! とにかく、そーいうところを汗水流して守ってるワケ。

 私はAMPの第1師団長・リリィさん直属の部下になるまで、必死になりながら、のしあがっていった。訓練学校を出て下っ端から始まった負けず嫌いな性格の私は、とことん仕事に力を注ぎ、片手間に肉体を鍛え続けた。でも私はそれに物足りず、自分の体を痛めつけてでも、更に体を強化するために研究機関に依頼して自らモルモットになった。その盲目に追い求めた力の代償は、とても大きかったけどね。

 私は戦闘アンドロイドとして、諸々の武器をぶら下げ、時とあれば戦いもやる。すべては、私が愛するAMPが守る街のために。そんな信念があるから、毎日が大変でもこの仕事はイヤじゃない。けど、もっと女らしい仕事がやりたかったなって、今更だけど思ってしまう時がある。心境の変化、ってヤツかな。


「はいは~い、AMPで~す。下がって下がって」


 今日は出張警備で、東京の渋谷に来ている。管轄外の場所だけど、警察からの要請で、応援に余所の場所へ行く時がある。向こうも人手が足りないのだろうか。それにしても、いつもより街中が騒がしい。朝っぱらからうっせぇよ! って怒鳴りたいくらい。まったく。

 ここに無数のギャラリーで埋め尽くされているところがあった。時間は朝の9時だけど、既に道路では交通規制がかけられている。それもこれも、今日ここで行われる「GUMIのサマーライブ・コンサート」のため。会場となる路上の周囲には警察やスタッフ、そして私たちAMPが交通整理と警備を行っていた。


「マジあっつ…」

「もう7月ですしね。これからもっと暑くなりますよ」

「こんなクソ暑い日にライブなんてやるんじゃないよ…マジ空気の読めないアイドルだわ」

「カルさん、それ間違ってもファンの前で言わないで下さいよ」

「知ったことじゃないわよ。ネル、アンタだってこんな場違いな仕事、イヤだろ?」

「少なくとも、この足を使うことはなさそうですからね。退屈ですよ」


 カルさんは私の上官。次代の司令官候補として名が上がっていて、リリィさんの従姉妹にも当たるから、トップにかなり近い存在と言える。この人は、気が強くて威圧感があるから、AMPの隊員の間では「紅鬼」と呼ばれている。私もこの人の前では少し萎縮しちゃうけど、仕事がオフの時はただのギャルみたいだなんて、口が裂けても言えない。

 今日のコンサートの警備は、カルさんが仕切っている。だから次から次へと、部下の隊員に忙しく指示を出している。相まって、朝から真夏のような日差しが照りつけるもんだから、私にはカルさんがいつもよりイライラしているように見えた。そうしてAMPの警備が始まって1時間ほどが経過した時、守乃サコが慌ただしくやってきた。こいつは私の部下。


「ネルの姉貴!」

「どうしたの、サコ?」

「マナーの悪い人たちが待ち場所じゃない所に居座ってて、お客さんから何とかしろってメチャメチャ苦情がきてるんっすけど…どうしますか?」

「はぁ…仕方ない、私が何とするわ。他のやつは手が放せないんだろうし」

「マジっすか!? ありがとうございます!」

「カルさん、ここしばらく空けますね。また何かあったら、連絡して下さい」

「あいよ。だけどネル、アンタこの前まで病院でくたばってたところなんだから、無理すんなよ」

「大丈夫ですよ、カルさん」


 周りから「紅鬼」と呼ばれるカルさんも、その時は私に優しく気遣ってくれた。暑さで素が出たのだろうか。私もたまに考える時があるんだけど、みんなカルさんの本当の姿を知らないから、そう呼んでいるだけなんだと思う。それにあの人、あまり素直になれない性格みたいだから。

 しぶしぶ、私は持ち場を離れて、サコと苦情のあったところに向かった。しっかし、ホントめんどくさいわ…こんな仕事、できるならサコ1人に任せて、自分は何もしたくないんだけどね。


「ほら、あれっすよ…」

「あれね。さっさと片付けて帰るか…アンタはここにいなさい」

「え、でも…」

「あんな連中、私1人で十分よ」


 現場に着いた私は、人だかりのあるところに気づいた。その光景は、物々しくて、まるで典型的な不良の溜まり場のようだった。なるほど、そりゃあ苦情もくるわけね。早速ヤツらに話しかけてみた。


「おっはようございます~! 今日もあっついですね、ホント!」

「あん? 何の用だよ、ねーちゃん」

「あのぉ~、私イベントの警備をしているAMPの隊員なんですけど、長時間ここに居座り続けられると、往来する通行人の方や会場のお客様のご迷惑になるので、できれば他の場所に…」

「はぁ~? ねーちゃん、アンタ警備員のクセに、俺たちに指図すんのかよ?」

「いやぁ、あの、指図というよりは、お願いと言いますか…」


 下手に出たらこれか…まだこの時代にも、見た目も中身もステレオタイプのチンピラっていたのね。今時じゃ、絶滅危惧種も同然よ。


「…あのさぁ、俺たちこの暑さであんまり動きたくないんだよね。ダルいし。それ分かる?」

「ええ、まぁ…」

「だからよぉ、どうしてもどいて欲しいんならさ、俺たちのためにジュース持ってきてくんない~?」

「え?」

「それが嫌だったら…土下座して、お願いしてもらえないかなぁ~?」

「ハハッ!ユウト、マジ強気じゃん!」

「いや~、さっすがサツにもビビらねぇワルだ!」

「は、はは…」


 ああ~!! 何なの、この身の程知らずなチャラ男は!? 久しぶりにあったまに来たわ。ただでさえ、この暑さでイライラしてるのに…こいつら全員まとめて、迷惑防止条令違反で連行してやろうか?

 なーんて、そんなことしたら面倒臭いことになりかねないから、できるだけ私情は押し殺して、丸く収めないとね。AMPの管轄する場所でなら上の立場だけど、今の自分は余所の街に派遣された、ただの警備員だもの。こっちも迂闊なことはできない。でも自然と、右手を握り締めてしまう。


「で、どうするの、ねーちゃん」

「すみません、本当に別の場所に移動していただきたいんです。でないと…」

「あぁ? ちゃんと話聞いてたのかぁ、この鉄クズ?」

「…は?」

「お前さぁ、マジでちょっといい加減にしろよ? 」


 自分の頭の中で、何かが切れるような音がした。迂闊なことはできないって言ってるそばから、これじゃあね…でも¨鉄クズ¨なんていうのは、私らアンドロイドに対する蔑称に他ならない。こんな奴らをただで帰らせるほど、私もお人好しじゃない。もう知るもんか。全員まとめてぶっ飛ばしてやる! 私の右足に電撃が走り、触れば大火傷しそうになるほどの熱を帯びる。


「あーあ、マジで気分悪くなったわ。こりゃあ本格的に土下座してもらわなきゃダメだわ~」

「ホント、ホント」

「うは、ユウトキレちゃったじゃん! どうするよ、ねーちゃん!」

「…本当にキレちゃったのは、どっちかしらね」

「あぁ? 何いってんだ、この鉄クズ?」


 ぶっ飛ばしてやる。それから身も張り裂けそうになるほどの電撃を浴びせてやる。電流を帯びて微かに光りだした私の足を見たチンピラたち、遠くから様子を見ていたサコは異変に感づく。


「ん? なんかアイツの足、めちゃくちゃ光って…」

「…もういっぺん言ってみろ、このクソガキがぁー!!」

「…う、うわーっ!?」


 私は右足の装置に目一杯チャージした電気を放電し、ヤツらに向かって蹴りあげる。チンピラの1人をぶっ飛ばして、背後にいた2人も巻き添え喰らって、すっ飛んでいく。この流れは、一瞬の出来事だった。


「な…何なんだ……あいつ…は……」

「ば…バケモノ……」


 私に喧嘩を売ってきたチンピラ3人は、電撃を浴びて完全に伸びていた。いい気味だ、と吐き捨ててやろうかなと思ったけど、さすがにそれは止めといた。後から慌ててやってきたサコも、目を見開いて驚いていた。


「ちょっと、やりすぎたかな…」

「ネルの姉貴! これは…」


 周りには、いつしか人が沢山集まっていた。慌てふためく人、携帯で写真を撮る人、どこかに電話をかける人。色々とシャレにならない状況になってしまった。しばらくして、近くにいたAMPの隊員と警官がやってきた。


「どいて! 道をあけて下さい!」

「な、なんだこれは…?」

「亞北少尉、何があったんですか!?」

「いや、これは私が…」


 正直、やりすぎた感が否めなかった。そして、この日は私の憲兵人生の中で、一番後悔した日になってしまった。自分の未熟さが、身に染みて理解させられたのだから。

 この騒動の後すぐ、私は警察署に連行されて、チンピラたちの安否が確認できると、とりあえずの釈放を受けた。けど胸を撫で下ろすなんてことは、とても出来るはずがなかった。翌日、AMPの司令部から「早急に出頭せよ」との命令を受けた。もう腹は決めたけど、私の処断についてリリィさんが直々に下すことになったのを聞いた時は、まだ救われたような気がした。

 次の日の早朝、司令部の本部に赴く途中で私は考えていた。どんな処罰が下されるかな…でも過ぎたことはしょうがないか。そう楽観視していた私に、予想以上の重い罰が待っていた。まったくもう、自分の浅はかさを呪いたいわ…いつもなら感じることのない、重苦しい空気が私にまとう。リリィさんの個室の前に立ち、ドアをノックした。


「入りなさい」

「失礼します、少将」

「前に来なさい」


 敬礼して部屋の奥に進む。尉官に昇進してからも、将校らしい豪華な部屋に入ったことは殆どない。やっぱり将官クラスは格が違うわね~!
 …って、そんな感心をしている場合じゃない。


「私は本当に悲しいわ、ネル。今回のあなたの行き過ぎた行為、極めて軽率なものに他ならない」

「…面目次第もございません」

「あなたのことを、私は何でも知ってる。性格、好きなこと、嫌いなものやAMPに入隊した動機も。でも子供3人の挑発に対して、感情の抑えが効かない子だったというのは知らなかった」

「……」

「残念だけどネル、あなたは本日付けで憲兵少尉から巡視曹長へ降格とし、私の師団からは外れてもらうわ」

「…はい」

「その後については、カル大佐の指示に従いなさい。以上よ、下がってよし」

「失礼しました、少将…」


 とてもショックだった。2階級も下がった上に、リリィさんからの師団から除外された。目標としている人の側で職務を遂行するのが、私の夢だったのに。それが満足に叶う前に、こんなことになっちゃうなんてね…私って、ホントにバカだわ。意気消沈して部屋を出ていこうとした時、突然リリィさんに呼び止められた。私の胸が大きく高鳴る。


「ネル」

「…何でしょうか?」

「また、ここに戻ってきなさい。私と私の隊は、いつでもあなたを待っているわ」

「え…?」

「時間はたくさんある。焦らず、少しずつ成長を続けなさい。そうすれば、必ずそれに見合った結果が得られるから」

「…はい!」


 今までリリィさんから、そんな言葉をいただいたことは無かった。そう思うと、何だか無性に元気が出てきた。仕方ない、また下っ端から這い上がってやるか。そういえば、さっき誰かに私の名前を呼ばれた気がしたんだけど…たぶん気のせいよね。


「カル大佐、あなたは部下に対する監督不届で減給処分ね」

「ネ…ネルのバカヤロー!!」


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「VOCALOID HEARTS」~第29話・電撃無双~

いや、リアルでも本当に暑いもんですね…
というわけで、今回久しぶりに投稿させていただきました。正直、タイトル負けしているのが否めません(笑)

次回から30話目になるんですが、ここからボカロハーツも終盤に向けてストーリーを動かしていきたいと思っています。

ところで、この前はがくぽさんの誕生日だったとか。完全に忘れてた、サーセン←

閲覧数:2,301

投稿日:2013/12/24 20:03:27

文字数:5,025文字

カテゴリ:小説

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  • enarin

    enarin

    ご意見・ご感想

    こんにちは! 今日は早起きできて、2020年オリンピック開催が東京をライブで確認して、時間もとれたので遊びに来ました!

    早速拝読させて頂きました。う~ん、こういう立場の方々ってホント、大変ですよね。暴力しないで確保の体術だけで身を守れ、銃は持っていても死ぬまで撃つな。無茶もいいところです。

    だからこーいう、どうしようも無い輩に関わった場合、”相手の話をとにかく聞いて、ボロが出る間で手を出さない。出したところで公務執行妨害で逮捕”なんだと思います。勿論手を出したら、体術で確保して、連行。

    で、実はこれとほぼ同じ事例が、最近リアルでありました。それもかなーり腑に落ちない事例が。

    http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00253392.html

    この事件は、

    『警察官を恐喝したとして男と少女逮捕 警察官も傷害容疑で逮捕』

    というもので、相手に恐喝され、3万円奪われた後、逃げるため車を発進させたとき、車に乗っかった相手をふりほどくために車を運転したときに落として、相手に怪我を負わせたため、相手も警官も逮捕されてしまい、警官は処分されてしまった、という事件です。

    もうニュースで観たとき、開いた口がふさがりませんでした。ネルさんの場合、相手への対応がまずかったわけですが、この警官だって人間、保身はするわけで、なんで逮捕されちゃうのか、本当に腑に落ちませんでした。

    私にして思えば、ネルさんの処分だって、ほんと、腑に落ちません。侮辱罪と公務執行妨害もある程度考えてもいいと思うのですが、やはり、アンドロイドとかそういう所の人権も、関わってきてしまうのでしょうか? 実に可哀想です。

    まぁ、ともあれ、ネルさんがたくましく、また立ち上がっていくことを切に願います。

    それでは、また。

    P.S ディアフレ2期の方、もうちょっと待ってくださいね。最近時間が少し作れるようになったので、またちゃんと続きを書こうと思います。

    2013/09/08 14:48:30

    • オレアリア

      オレアリア

      enarinさん、今日は!
      またメッセージのお返事が遅れてしまい、申し訳ありませんでした(汗)
      俺も2020年のオリンピック開催地が、東京に決定したのに歓喜してました(笑)

      さて、今回の内容についてなんですが、ネルの所属する「AMP」は軍隊と警察を足して2で割ったような治安組織、という設定ですね。これも日本国から半ば独立した、アンドロイドの特別行政地区(中国とマカオのような関係でしょうか)を守る為にあります。

      そうですね、警察官も拳銃を引っさげていても、余程の状況にならなければ撃つことはできないんですよね。いくら危険な犯罪者相手でも、映画の警察やアメリカンポリスみたいに撃ちまくるなんてのは、まず日本の警察ではあり得ないですよね。「武器を持っている」という実質的な力があっても、それを適切な状況、判断の上でないと使えない。本当に難しいものです。

      enarinさんのURLから、動画のニュースと一緒に記事を拝見させて頂きました。いや、こんな事例がリアルであったとは…俺も驚きを隠せません。さながら喧嘩両成敗のような形になったわけですが、逮捕された警察官の方は、法の下では致し方無いと考えているのか、それともこの処分に理不尽を感じているのでしょうか。自分はそれが気になるところですが、何にせよ、こんな事もあるのだと衝撃を受けました。

      ちなみに今回のネルにしても、普通なら降格どころか懲戒免職もいいところです。しかし、上官のリリィがネルの処分をできるだけ軽くする為に尽力したのと、責任者のカルも部下と共に罰を受けるのに加えて、何よりも被害者のチンピラたちが軽症で済んだことも相まって、2階級の降格処分に留まったという理由です。でも実際なら、こんなのは有り得な(ry

      この小説の世界のアンドロイドたちの人権については、人間との共存社会が確立したとはいえ、未だに根強い差別があります。AMPの上層部さえも、その多くを人間が支配している状態で、アンドロイドの中でも高い地位にいるのはリリィぐらいです。そんな中でネルも、この話でたくましく成長させていきたいと思います!

      はい、ディアフレ2期の続きも楽しみにしています! ヤマト国での戦いも本番に入ってきたので、テイマーたちのギア戦も加えて、続きが本当に気になっています。また近いうちに必ず拝読させて頂きますね!

      2013/09/24 20:07:35

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