(…どうしたもんかなぁ)
家族どうしで職業が違うってのは、別に珍しくとも何ともない。だけど俺は無名の新聞記者、妹は世間で話題のアイドル。こうも差があると、何だか自分が平凡で惨めに感じられる。
俺は今、リニアに乗って博多から東京に戻っている。この乗り物は、まるで疾風のような速さで走っている。到着に2時間もかからないのに、車内はまったくと言っていいほど揺れていない。これだけすごいと、鈍行列車のような揺られながら移動している感じが、恋しくなるんじゃないか。
時刻は朝方。博多で妹の喜びそうな土産も買ってやったし、後は最後の取材を終わらせるだけだ。その取材先は、東京の都心に本部があるという「MART」。最近メディアに取り上げられることの多い、アンドロイドの支援団体だ。自分は直接関わったことはないが、妹もMARTに一時期世話になったことがあったらしい。そんなわけで俺も新聞社も、この「MART」という組織に興味が沸いていた。よくないウワサも、一部では流れているようだが…
¨今日も、JTC高速鉄道を御利用いただきまして、誠にありがとうございます。間もなく東京、東京に到着いたします。お降りの際には…¨
「さてと、行くか…」
睡眠も腹ごしらえも十分だ。さあ、今日も1日がんばるか…っとっと危ない、妹の土産を置き忘れるところだった。しかし、さっきまでは喜んでくれると思っていた土産だが…これは本当に妹の趣味に合うのだろうか? そんな今更どうしようもない不安が、ふと頭をよぎった。
けど駅を降りてすぐにあった、笑顔で写る妹のポスターを見て、すぐにその不安は消えた。陽気なあいつなら、喜んで受け取ってくれるだろう。大丈夫だ。窮屈な人混みの中、俺は携帯を取り出して電話をかけた。改めてMARTの方に、取材のアポを取るために。
「はい、MART東京本部でございます」
「もしもし、私は昨日そちらにお電話させていただいた、時詠新聞記者のグミヤと言いますが…総務長のメイコさんは、今そちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「メイコさんですね。少々お待ちください」
俺はこれからMARTの取材を行うにあたって、あらかじめメンバー全員の下調べをしておいたんだ。どうだ、用意周到だろう? ん? 別にそれぐらい当たり前だって?
それはいいとして、このメイコさん。かつては「咲音メイコ」という名前で活動していた、とある酒場のシンガーだった。ようやく名が知られるようになったころに、たまたま店を訪れたMARTの総長・カイトさんと知り合ったようだ。彼と関係を持った後、ちょうど立ち上がったばかりのMARTの発展に大きく貢献。周囲からは、母性あふれ温かみのある人柄として知られている。だから俺は、この人に会うのを楽しみにしている。
「はい、メイコです」
「あっ、おはようございます。 昨日ご連絡させていただいた、時詠新聞のグミヤですが…」
「グミヤさんね。すると取材の件かしら?」
「そうです! いや、今しがた東京に着いたばかりなんですけど、早速そちらにお伺いしようかと…」
「分かりました。ちなみに行き方は…」
「バッチリです! ちゃんと調べておきました!」
「なら大丈夫ですね。では、こちらでお待ちしています」
「はい! ありがとうございます!」
よっしゃあ! これで後はMARTの本部まで直行すれば完璧だ。どうだ、この手際の良さは?順調だろう…と言いたかったんだが、ここで問題が発生した。
こともあろうに、MARTまでの行き方を書いたメモを、また会社に忘れちまったようだ。こういうことを、時折やらかしてしまうんだが…どこが順調だよ、まったく。携帯で調べてもいいが、ちょうど近くにあった案内所で行き方を聞くことにした。ついでに。
駅や百貨店の中にある案内所の人は対応が親切で上品だ。もっとも、俺が知る限りの場所でだが。特に東京駅の無料案内所に、いい案内員がいるのは巷で噂になっている。
「ようこそ…あら、グミヤくんじゃない」
「ようアンナちゃん、元気そうだな」
「ちょっと、年下のクセに¨ちゃん¨付けで呼ばないでくれる?」
「おっと失礼。でも口に気をつけた方がいいのは、今の状況からしてアンナさんの方かもよ?」
「どういう意味?」
「今は仕事中だ。それに加えて俺は客。いくら相手が知ってるやつでも、言葉遣いは乱れちゃいけない。特にこういう職ではね。この店のイメージを下げたくないだろう?」
「生意気ね、ホント…」
少し強気な、案内所の係員「安寝アンナ」。俺はさりげなく「ちゃん」付けで呼んでいる。彼女は自分より少し年上なんだが、童顔のせいか年下にしか見えない。見た目だけならそんな感じはないんだけど、何故か俺には妙につっかかってくる。他の客に対応する時とは、えらい違いだ。
「それで、今日はどうしたの?」
「いや、これから新聞の取材先に行くんだけど、行き方を調べたメモを会社に忘れちまって」
「ドジね」
「というワケだから、アンナさんの顔を見に来るのも兼ねて、道を聞きに来たんだよ。ちなみに目的地はMART本部で」
「そんなの、携帯でググれば分かるじゃない」
「ググっても、要領悪い俺1人じゃよく理解できないもんでさ」
「よくそれで新聞記者なんてやってるわ、ホントに」
アンナちゃんは、笑みをこぼしながら言う。散々な言われようだが、もう慣れっこだ。俺とアンナちゃんの会話じゃあ、これが標準化している。つまるところ、俺はヘタに上品っぽくした話し方は好きじゃない。営業トークみたいな。だから口は少し悪くても、砕けた話し方をするアンナちゃんが好きだ。
「まあ、それは置いといてさ。プロの案内員・安寝アンナさん、どうかこのいたいげな俺に道しるべを示したもうな!」
「タダじゃね」
「なにっ?」
「今月、ちょっと困ってるの。だから少し貸してくれない?」
「はぁ?」
「お・ね・が・い」
おいおい、いつからここの案内員は物を要求するようになったんだ。道を知りたきゃ金を払え、ギブ・アンド・テイク、ってか? アンナちゃんも、本当にタチの悪いやつだ。いくら無料案内所でも、都政から助成金を受け取ってんだから、給料に困ることはないはずなんだが…
「…しゃねーな。ほら、これで足りるか」
「気前がいいわね、グミヤくん。こんなにたくさん」
「変なもんに使うなよ?」
「はいはい。それじゃあ約束だし、教えてあげるわ。MART本部への行き方」
ようやく教えてくれるようだが、随分とお高い情報料になってしまった。自分で渡しておいて何だが。アンナちゃん、本当に困ってそうな頼み方だったかならなぁ。ん? そんな風には見えなかったか?
というわけで、俺はアンナちゃんにMART本部までのアクセス方法を教えてもらった。それからサービスで、俺の携帯に所在地と周辺情報、目的地までのカーナビ機能を付けてくれた。にしても急に親切になったな、アンナちゃん…
「またお越し下さ~い!」
「調子いいよ、まったく…」
俺はアンナちゃんに見送られて、この案内所を後にした。しばらくは来ないようにした方が懸命かもしれないな…ははっ。
人混みに揉まれながら数分歩いたところで、東京駅の南口に出た。天気は満点の快晴。気持ちはいいんだが、ここは博多に比べると空気が悪い。日本の各地を転々としていると、それが分かるようになる。数年前に都で「環境基本条例」が強化されたんだが、効果はまだ今一つのようだ。俺も基本的には、交通手段は公共の交通機関しか使わない。自家用車が無いってはのは不便かもしれないが、1人1人が少しでも排気ガスの量を減らさないとな。どうだ、俺って環境に優しい男だろう? ん? 別にどうでもいい?
しばらくMART本部に向かって歩いていると、ポケットの中で着信音が鳴った。俺の勤務先・時詠新聞社からメールが届いたようだ。送り主は企画部長。
¨グミヤ、次の新しい取材先が決定した。だからMARTの取材を期限より早めに終わらせてくれ。取材先は「アンドロイド平和統括理事会」だ。昨日、奇跡的にアポが取れたんだよ。予定は追ってメールで伝える。今年に入ってから大一番の仕事だ。よろしく頼む¨
たまげたなぁ…MARTの次は理事会を取材しろってか? あんな雲の上のような「お堅い」ところに行くのは、とても気が引けるんだが。それに俺たちブン屋の間では噂になっているんだが、理事会はどうやらMARTを叩き潰したくてたまらないらしいとか。前から気になってはいたんだが、この2つの勢力は一体どんな関係なんだ?
どうも危険な匂いがするが…とにかく俺は、MARTへの取材を急ぐことにした。新聞記者は大衆に真実を伝えることと期限が命だからな。それだけは疎かにできない。部長もメールで言っていたように、今年大一番の仕事だ。さあ、ノンストップで走るぞ!
…やっぱしんどい。ちょっと歩いて行こう。
コメント1
関連動画0
ブクマつながり
もっと見るもしも亞北ネルという女が、世界のモデル界を魅了するプロポーション抜群の超絶金髪美少女アンドロイドアイドル、なんて存在だったら、どれだけ良かったか…想像していたら、アホらしくなってくる。
そんな妄想じみたことを考える私は、毎日のように街の警備や要人警護とかの仕事をしている。でも、それは普通の警察活...「VOCALOID HEARTS」~第29話・電撃無双~
オレアリア
「お待たせ、ゆかりちゃん」
「あっ、ルカさん。お待ちしてました」
「隣に座っていいかしら?」
「どうぞ掛けて下さい」
MARTの一員として活動を続ける巡音ルカは、ニューヨーク湾に面した公園を訪れていた。彼女を待っていたのは、結月ゆかり。おしとやかでミステリアスな雰囲気のアンドロイドだ。2人は自由の...「VOCALOID HEARTS」~第24話・海の向こう側で~
オレアリア
「連続暗殺事件…物騒な世の中」
唄音ウタことデフォ子。MARTで支援を受けて社会復帰を果たしたウタは、小さな広告店でうだつの上がらない毎日を送っていた。基本的にやることといえば、街中で昼前から夕方まで延々とティッシュ配り。彼女は正直、そんな仕事に満足はしていなかった。クールで無気力、それでいて人前...「VOCALOID HEARTS」~第22話・狙われた少女~
オレアリア
唄音ウタ。愛称はデフォ子と呼ばれる、15歳の少女。カイトからの支援で就職した広告会社で、いつもと変わらない退屈な日々を過ごしていた彼女に、突然「アンリ」と名乗る謎の女性から警告の電話がくる。その直後、アンドロイド平和統括理事会の査察部隊・トリプルエーの議長¨健音テイ¨が現れる。ウタは部屋を変えて息...
「VOCALOID HEARTS」~第23話・闇の兆し~
オレアリア
3月11日、午前4時半。
アイドルスターのグミは、しばらくぶりに仕事の休みが取れたため、かつての恩人・カイトの勧めでMARTの本部に泊まっていくこととなった。
だがその夜、悪夢にうなされて眠りから覚めてしまった。グミはルナの言葉で再び眠りにつこうとしたが、それでもなかなか寝れない。
とりあえず喉の渇...「VOCALOID HEARTS」~第10話・夜明けの決意~
オレアリア
国連会議への出席で訪れたニューヨークで、友人である結月ゆかりと再会した巡音ルカ。その後、彼女はアルと名乗る捜査官に狙われ、命の危険に晒されたが、ゆかりたちの助けによって事無きを得る。しかしアルは、自分の立場を利用して国家権力を行使し、再び彼女を消そうと企む。逃げ場が無くなったルカたちは、ゆかりの友...
「VOCALOID HEARTS」~第26話・夢を紡ぐ者たち~
オレアリア
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
enarin
ご意見・ご感想
こんにちは! 早速拝読させていただきました。コメント遅くなりまして申し訳ないです!
ブン屋で兄のグミヤさん、頑張ってますね?♪ (超時空で)アイドルの妹さんへのおみやげは、やっぱり人参関係なのでしょうか?(中の人の別キャラ繋がりです)
東京、今の時代でも確かに空気が汚く、更に変に蒸します。大学生の夏休み、夏の北海道旅行に行ってきて、電車で帰ってきて、東京駅に着いたとき、自分が住んでいるところなのに、北海道に戻りたくなりました。ヌォっとするような汚い空気で、ムワッと来て、ジメッとして…
さて、アンナちゃんはしっかりしてますね?♪ まぁ、私が観光地で車のバッテリーがあがったとき、現地のおばさんに、”ただじゃだめだよ”ってはっきり言われてOKして、バッテリーケーブルで車を動かして、1000円払って泣く泣く帰った事もありました。
さて、グミヤ君、ブン屋の立場とはいえ、MARTとアンドロイド平和統括理事会という、裏で対立している団体2つの取材、大丈夫か、ちょっと心配です。
次回も楽しみにしております! ではでは?♪
P.S pixivでも遂に”Dear My Friends! 1期”に突入しました。次の日に評価10、ブクマ2、応援コメント1をもらって、とてもうれしかったです。このシリーズは、結構いけるのではないかと思ってます。
2013/04/19 11:46:21
オレアリア
enarinさん、今日は!いつもメッセージありがとうございます!
この小説のグミヤは、ありふれた新聞記者として登場させてみました。その反面、妹は某超時空アニメばりのアイドルで活躍させてます。しかしさすがenarinさん、買ってきたお土産が中の人つながりの物だと何故分かったのですか(ry
俺は東京に行ったのは中3の修学旅行以来なんですが、失礼ながらやっぱり空気が悪いですね。北海道からの帰省だと、余計そう感じると思います。俺も関西の片田舎からやって来たので、首都の空気の悪さには驚きました。その大気汚染以外にも、海の汚れとか川のゴミとか…
現地にお住まいのenarinさんの言葉を聞くと、思わずゾッとしてしまいます。
バッテリーのおばさん、しっかりお金を取りますねw
タダじゃやらない、まるでアンナさんじゃないですか!←
それにしても観光地でバッテリーが上がって、お代を取られて、本当に災難でしたね…
はい、グミヤや新聞社側は大きな記事のタネになる取材先に行けるという感覚でいますが、やっぱりMARTと裏で対立しあう組織だけあって、その双方に行くグミヤはかなり危険な立場にあります。もしトリプルエーなんかに目をつけられてしまえば…?
pixivのディアフレ、ピアプロの時とは違う新鮮な気持ちで拝読させていただきました!
そちらの方での更新も、是非とも頑張って下さい!
2013/04/21 13:36:10