「連続暗殺事件…物騒な世の中」
唄音ウタことデフォ子。MARTで支援を受けて社会復帰を果たしたウタは、小さな広告店でうだつの上がらない毎日を送っていた。基本的にやることといえば、街中で昼前から夕方まで延々とティッシュ配り。彼女は正直、そんな仕事に満足はしていなかった。クールで無気力、それでいて人前に晒すことのないサディエストさを持った彼女にとっては、余計に。
しかしここまできて、ようやくまともな職を掴んだウタは、再びカイトの世話になるわけにはいかないと思い、贅沢は言えなかった。そうして今日も変わらず長く感じる昼休憩の合間に、自分のデスクに弁当を広げて新聞を読んでいた。15歳にはあまり見られない光景だが、カイトに「日頃から新聞を読め」と言われていたので、その習慣が身についているようだ。テレビ番組覧の裏には、連日この¨暗殺事件¨について大きく報道されていた。
¨立て続けに起こる暗殺事件。そして昨日未明、30代と見られる男性が都内のマンションで倒れているのを近隣住人が発見した。警察によると男性は腹部に銃撃を受けており、現在懸命な治療が行われている。男性の身元は現在確認中であるが、アンドロイド平和統括理事会の重役であるとみられ、理事会も独自に調査を開始している。警察は殺人未遂の容疑で、以前の事件と同一犯である可能性もあるとみて捜査を進める方針だ。¨
「…寝よ」
ウタは新聞紙を顔に乗っけたまま回転椅子にもたれこんで、そのまま寝てしまった。彼女は仕事が無ければ、1日のほとんどを睡眠に費やすことだろう。だがしばらくして、電話に着信が入った。携帯ではなく、会社の電話に。浅い眠りについていたウタは、それに起こされてしまった。
「あぁ…もう…」
ウタは目を閉じたままで椅子にもたれたまま電話を探す。だがちょうど手の届かないところにあり、寝ぼけているのもあって少しイライラした。
「はい、もしもし…?」
ウタは電話に出た。そこから聞こえてきたのは、女性の声だった。聞いたこともない。
¨おはよう、唄音ウタ君。いやデフォ子くんと呼んでもいいのかな?¨
「…どちら様ですか? ウチは迷惑電話ならお断りですよ」
¨いやいや、迷惑電話なんかじゃないさ。私の名前は「アンリ」という。キミの会社には、とても世話になっている者だ¨
アンリなんて名前、聞いた事もない。そう思ったウタは、デフォ子と呼ばれたのも相まって、ますます気味悪く感じた。
「アンリさん…ですか?どうして私の名前を知ってるのかは知りませんけど、デフォ子って呼ぶのは止めて下さい」
¨それはすまなかった。昼寝の最中に起こしたことも謝っておこう、唄音ウタ君¨
(…どうして、寝ていたことを知っているの?)
なぜか向こうは、自分が昼寝をしていたのを知っていた。これは一体どういうことなのか…ウタは誰かに見られているような、気持ち悪い感覚を覚えた。ウタは一瞬、ここですぐ電話を切ろうかと思った。でもただのイタズラ電話には感じなかった。結局、そのまま話を続けたのだった。
「…それで、アンリさんのご用件は?」
¨警告だよ¨
「…は?」
¨キミに身の危険が迫っている、ということさ¨
「あの…言っている意味が、よく分からないんですが…」
唐突にまったく知らない相手から、身の危険が迫っていると言われても、どう反応すればいいのだろう?流石のウタも、きょとんとするしかなかった。アンリもそれを察していたのか、すぐに言葉を付け加えた。
¨それもそうだろうね。だが、そこの窓から外を見れば、ある程度は理解してくれるだろう¨
「え…?」
¨ゆっくり、外を見てみろ¨
ウタは半信半疑で、恐る恐る外を見てみた。するとそこには…
¨見えたか?¨
「あれは…?」
ビルの玄関には、物々しい雰囲気を与える大勢の黒スーツの集団がいた。そして彼らを率いているであろう人物。膝まである長い白髪のストレートに、赤い瞳。その人物に一瞬睨まれたと感じたウタは、すぐさま身を隠した。アンリが説明に入る。
¨かつてカイト総長のMARTにいたキミなら、トリプルエーという組織の名を聞いたことがあるだろう? アンドロイド平和統括理事会の査察部隊だ¨
「一応は…」
¨今キミの職場に入ろうとしているのは、正にその連中だ¨
「そんな…私に何の目的が…?」
¨ヤツらが来た理由は、キミを理事会の貴重な人材として欲しがっているか、もしくは邪魔な存在として消しにきたかのどちらかだ。今の状況じゃ、恐らく後者の方が妥当だと思うけどね¨
「…ちょっと待って、私は何もしてない!」
¨ああ、そうだろう。だが、連中も人違いでやってきたワケではない。確実にターゲットはキミだ¨
「どうすればいい…!?」
ウタもかつてMARTの下で保護を受けていた際に、理事会とトリプルエーの存在を聞かされていた。無論、裏でどんな悪事を働いているのかも。それを知っていた彼女は、トリプルエーの一団が現れたことに焦っていた。まだ信じられないが、このままではとてもまずい。そんなウタに、アンリはこう言い放った。
¨真実を知り、運命を変えたければ、私と共に来い¨
「えっ…」
「どうかな?」
「これってもしかして、私を…」
「そうだよ、これはまさしく君を…」
「¨エクストリーム・会社勧誘¨するつもり!?」
「!?」
説明しよう! エクストリーム・会社勧誘とは、不景気な日本において有能な社員を獲得する為の究極の最終手段である。今回のエクストリーム・会社勧誘を受けた、隠れた才能を持ちながら、しがない広告企業に甘んじていたデフォ子。しかし「君の命を狙う組織から守ってあげるから、私の会社においで」という、何とも筆舌し難いアンリ氏の寛容さをもった勧誘により、デフォ子は生命も将来も救われることになった。
そう、つまりエクストリーム・会社勧誘とは言い替えると「落盤の相次ぐ鉱山からダイヤモンドの原石(未来の有望な社員)を掘り起こすようなもの」なのである。これは正に会社生命(リアルに社長の身の危険を侵すと言う意味でも)をかけた、企業が生き残るか死ぬかの大挑戦なのだ。つまり(ry
¨…何を言っているんだキミは?¨
「え?」
¨まったくバカバカしい…キミは実に馬鹿だな。やはり私の見込み違いだったか¨
アンリの目的は当然「エクストリーム・社員勧誘」などではない。この状況で、そんな馬鹿な話があるものか。
¨まぁ…私自身、時間はまだまだあるしね。もう一度だけ、確かめさせてもらおうかな¨
「うわっ、あの変な奴らがビルに入ってきた…!」
¨連中、やけに手間取っていたな¨
黒スーツの集団は、ビルの中へとぞろぞろ入ってきた。ウタのいるオフィスは4階。すぐにでも、この部屋にやってくるだろう。
「どうしたら…アンリさん、助けて!」
¨よし、ウタ君。私の合図で奥の更衣室に移動しろ。姿勢は低くしたまま小走りで行くんだ¨
「…分かった」
¨以後はキミの携帯電話に連絡しよう。くれぐれも落とさないようにな…今だ、行け!¨
ウタは指示された通りに姿勢を低く保ったまま、携帯を持って奥の部屋に移動した。走っているわけでもないのに、彼女の呼吸は荒く、落ち着きがない。アンドロイドでも緊張するものだ。すぐにでもあの連中が部屋に入ってくるのではないか…顔も知らない相手に、なぜか身の危険を感じる。だが何事もなく、奥の更衣室まで移動することができた。ウタは安堵の表情を浮かべる。段々と心臓の高鳴りも収まってきた。
「はぁ…」
¨そのまま動くな。じっとしているんだ¨
「はい…」
そうしてアンリに返答して間もなく、オフィスの方からドアの開く音と、誰かが入ってくる足音が聞こえてきた。
黒スーツの集団の案内をしているのは、ここの会社の社長である¨詩葉(うたば)社長¨だった。初老の紳士的な、眼鏡を掛けた社長である。
「…ええ、唄音君ならこちらにいますよ」
「ホントですかぁ? どんな子か楽しみです☆」
「おい唄音君…あれ?おかしいですね、さっきまでいたんですが…」
「あれれ~? 話が違いますね、社長さん?」
「もしかすると、休憩でまだどこかに行っているのかもしれませんね…」
「そうですかぁ…それは残念です☆」
そこに現れたのは、平和統括理事会の執行議長でトリプルエーの1人である、健音テイ。数人の部下を連れて、詩葉社長に案内されているようだった。狙いはやはり、唄音ウタ。ウタはバレないように、ドアのわずかな隙間から様子を伺っていた。テイを初めて見たウタが最初に感じたのは、彼女の赤い瞳から発せられる¨敵意の無い殺気¨だった。どうしてそこまで読み取れるのか、理由は無かった。ただウタは彼女を見て直感的にそう感じた。だがあの連中に捕まれば、何か悪いことをされるに違いない。最悪、下手すれば命は無いのかも…それだけは確信できた。
「今、携帯でどこにいるか聞いてみます。少しお待ちを…」
「は~い☆」
(マズい…!)
¨ウタ君、携帯の電源を切るんだ!¨
「はい…っ!?」
社長がウタの携帯電話に掛けようとする。今ここで着信音が大音量で鳴ろうものなら、隠れ続けるのは無理になる。ウタはマナーモードにしていなかったことを思い出し、慌てて携帯電話を開いた。だが、思いも寄らない事態が起こってしまったのだ。
¨デフォ子、はっしーん!!¨
(…待てぇー!?目覚ましィィィ!!?)
電源は切った。だがもう手遅れだ。まさかセットされていた目覚ましが今になって鳴るなんて。まさにバッドタイミング。現在の時間帯は昼過ぎ。そうだった、今はちょうど勤務開始の5分前だった。寝過ごさないように、目覚ましをセットしてたんだった。ウタはガチで死ぬほど後悔した。
「…今のは?」
「あはっ、そんなトコロにいたんだね☆」
「ちょっと見てきますね…」
(お、終わった…)
ウタは絶望した。テイは満面の笑顔で更衣室の方を見ていた。社長も来る。バレた。もう助からないだろう…
諦めかけていたウタ。だがふと目を横にやると、そこにはロッカーがあった。ロッカーの中に隠れるか…かくれんぼではないが、最早それしか手段はない。こんな単純な手で助かるもんか、と思うけれども…神にもすがる思いでウタはすかさず、でも音は立てないよう静かにロッカーへ入った。
「ウタちゃん、出ておいで~♪」
まだ15歳の唄音ウタの身に、最大の危機が迫りつつあった。かつて職探しで、一文無しの放浪をしていた時とは、比べものにならないほどに。
「VOCALOID HEARTS」~第22話・狙われた少女~
ピアプロの皆さん、お久しぶりです!
前回の投稿からかなり間が空いてしまいましたが、これまで温めておいた22話を投稿させていただきました。
かなり長くなったので、このウタ編は2つに分けました。次回は狙われたウタに魔の手が…咄嗟に入り込んだロッカーで、うまくやり過ごせるか?
今回のエクストリーム・会社勧誘の下りは、自分でも半分意味不明です。無視してやって下さいw
23話も完成しているので、近いうちに投稿したいと思います!
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ご意見・ご感想
enarin
ご意見・ご感想
オセロット様、今晩は!
今回から、小説の書き方が変わり、より小説らしく、更に読みやすくなり、状況表現とセリフからイメージされる感情表現がよりわかりやすくなったと思います。
今回の話の流れもイメージしやすかったです。状況ののんびり→緊迫感→次回に続く、がスムーズに流れていて、楽しかったです。
それにしても”エクストリーム・会社勧誘”、ウタさん14歳の事を差し引いても、怖いですよね~~。景気が良かった日本では、お金と凄い条件を提示して、ガンガンとヘッドハンティングしていくのが定石だったのですが、景気が最悪だと、そんなお金ないですから、もう、刑法に引っかかる寸前の行動も辞さない…。
ウタさんの運命やいかに!
ではでは~♪
P.S 暑い日が続いてます。私は軽くダウンしてしまったのですが、明日には復活する程度でした。是非ともご自愛下さいませ。
2012/08/02 21:32:41
オレアリア
enarinさん今晩は!
いつもメッセージ、感想ありがとうございます!
おお、そうですか!
やはりスタイルを変えてみて良かったです。台本形式よりはこちらの方がずっと小説らしいので、自分としてもしっかりきました。
ただ今回はこの短い時間軸で急展開になってしまいました。もう少し他の下りがあっても良かったかなと…
勢いで書いたエクストリーム・会社勧誘の説明はやっぱり意味不明でしたw
そうですね、少し前のお金のあった好景気の日本ではヘッドハンティングもよくありましたね。バブル時代の頃でしょうか、退役退職した有能な人達をターゲットに行われていた話を聞きました。
しかし今や「金にモノを言わせる」事のできない時代、法の目をかいくぐって犯罪スレスレのやり方でやる時代ですかね……
次回はウタ編の続きになります。良かったらまた見てやって下さい!
こちら関西も連日大変な猛暑でスタミナを削られる一方です…35℃以上を記録している所も多いですよね。enarinさんも大丈夫でしょうか?
自分も毎日の体調管理には気をつけます!
2012/08/03 21:22:08